「死神に会わせてください」
死神に会いたいと思ったのは雪村先生が死なないように忠告できると思ったのも一つだけど、それ以上に殺せんせーになる前の最強の殺し屋から教えを請いたいと考えたからだ。今のぼくはあまりにも稚拙な技しか持っておらず、本当に殺し屋になるとしたら元殺し屋に教わった方がいいと思ったのだ。
雪村先生は目を見開き、そしてすまなそうに顔を俯けた。失敗した。彼女が発言をする前に察する。
「ごめんなさい。それはできない」
そう断られる可能性が高いことは理解してた。ぼくはめげずに続ける。まだ交渉の余地はあると思ったからだ。
「今じゃなくてもいいんです。来年までに1度会えたらそれで満足ですから」
彼女はさらに困った顔をして、理由を話し始めた。
「婚約者との約束だから、本当は誰にも言えないことになってるの。それに警備が固いから手引きすることもできないと思う」
「そう、ですよね。無理言ってすみませんでした」
そうだ。雪村先生は婚約者とはいえ、あの研究では下っ端もいいところ。彼女が手引きすることは不可能に近い。そうなるとプランBか。こちらの方が随分と現実的だな。
ぼくは頭の中に作戦を思い浮かべる。雪村先生は不思議そうにぼくの表情を眺めていた。きょとんと首を傾げると彼女は気まずそうに視線を外す。
「渚さん、こんなこと聞くのもなんだけど死神さんとどういう関係なの?」
やっぱりそこ気になるよね。でも雪村先生には分からないよ。誰にも分からなくていい。ぼくだけが知っていればいいんだから。
だからぼくは人差し指を口に当てて微笑する。
「内緒です」
ぼくはくるりと後ろを向き、本校舎へと帰ることにした。
本校舎に戻る途中に見えた校庭のテニスコートで活躍する浅野君の姿に、彼は何でも完璧にこなすなと感心した。この前大会に出て優勝したらしい。本当に浅野君はすごいよ。
あ、今すごいかっこいいサーブ打った。
「あれ、見学?」
後ろから声をかけられて驚き固まってしまった。よく考えたら部活を覗き見するのって変な人だ。ぼくはいいわけをしようと相手の顔を見て、それが磯貝君だったことに面食らう。
体操着にどう見てもお下がりか中古のラケット。でも相変わらずイケメンだ。
ずっとテニスをやるのがかっこいいと思っていたけど、かっこいいひとがテニスをやるから様になるんだなと思い直す。それは例えば磯貝君や浅野君みたいな。
「ああ!君、A組の」
磯貝君はぼくの顔を見てすぐに誰だか分かったようだ。知名度が高いのはこういう時使える。ぱっと笑顔になって試合中の浅野君を呼ぶ。
「おーい、浅野!お前の客」
「ファンなら……なんだ、渚か」
気になってはいたんだ。浅野君と磯貝君って話し方に多少の親しみがあったなって。そうか。2人は元々同じテニス部だったんだ。
「今日部活なのに来てる人が少ないんだ。良かったらベンチで見学していってよ。浅野もその方が喜ぶし」
そういえば人があまりいない。今日部活があるのが男子テニス部だけで女子がいないのも大きい。
浅野君は上級生らしき人と対戦していた。しかし、浅野君が圧倒しているのはテニスに詳しくないぼくにでも分かる。試合が終わるとその上級生は落ち込んだように水を飲みに行った。
浅野君がベンチに座るぼくを見据え、スポーツドリンクを飲んでいる。汗をあまりかいておらず、そこまでキツい試合ではなかったんだなと予想がついた。
「先生の用事はもう終わったのか?」
「すぐ断られちゃったんだ。もうちょっと粘ればよかったかもなあ」
「磯貝、帰る」
マイラケットをしまいながら浅野君は尊大な態度で言った。テニスコートではまだ少数だが試合と練習を行う生徒がいた。彼らをかなり興味なさげに一蹴するあたり浅野君らしい。
「ええ?!帰るってそんないきなり……」
「今日は来れる人のみ参加だろう。何も問題ないじゃないか」
「そりゃあそうだけど。まあ、止めて言うこと聞くお前じゃないよな。俺も、もうそろそろ帰んなきゃバイト……じゃなくて門限が!」
磯貝君は時計を見て慌てている。浅野君は聞いていなかったようだけど、磯貝君は中学2年生でもバイトで忙しいみたいだ。同い年でもうバイトなんて何だか尊敬するなあ。
「渚、教室に戻って帰る準備をしてこい」
磯貝君をじっと見ていたら、浅野君が呼びかけてきた。ぼくはまた校舎に戻ると思っていたのでスクールバッグは教室に置いたままだ。
「う、うん」
ぼくは校舎に入り、間違えて1年の教室に入りそうになったがそれが誰にも見られていないことにほっとして2年A組の教室に辿り着いた。教室には誰も居らず、荷物もぼくのものしか置いていなかった。
広げて乾かしていた制服を畳んでスクールバッグにしまい、ファスナーを閉めたあたりで浅野君が教室の前にやって来た。もう制服に着替え終わったみたいだ。
「帰るぞ」
ドアの前で浅野君が唐突に言う。ぼくは彼の支度が想像よりずっと早かったことに驚きを感じつつも、スクールバッグを持ちすぐに教室を出た。
「相談があると言ったな?」
「言った」
下駄箱で靴を履き替えている時、彼は唐突に話を切り出す。
もしかしてこれが気になっていたから早く帰ろうって言ったのかも。ぼくはそう予想しながら返事をした。
「言ってみろ」
「浅野君はE組行ったら差別する?」
これは今日、浅野君がぼくのいじめに激怒した時に思ったことだった。E組のいじめには何も言わないのにクラスメイトのいじめには口を挟む。それはE組には無関心だということだ。この前の彼は理事長に対してぼくのことを友達宣言してくれた。でもぼくがE組に行ったらその時の彼は、ぼくを友達と思わなくなってしまうのだろうか。
「……はっきり言うと、ぼくはE組に行きそうな奴には最初から関わらない。手下にするなら優秀な奴がほしいし、E組に行った時に感情移入なんて絶対したくないからだ」
確かに彼は人脈こそ広いものの、E組の生徒にそこまで仲の良い生徒がいない。女子たちでさえ本校舎にいた頃は浅野君のファンではなかったものがほとんどだ。浅野君は人を見下す傾向があるが、成績に関してはそれがさらに顕著なものとして現れる。
「磯貝君とかも?」
「磯貝の成績は問題ないじゃないか。友達と言えるほどの仲じゃないから気にもしないだろうが」
磯貝君のE組に落ちた原因は校則違反だった。浅野君も校則違反をする生徒までは選別できないようで、それが磯貝君と先ほど普通に接していたことに繋がる。
「じゃあ、ぼくは?」
「渚のどこにE組に行く要素がある?」
「もしもの話だって」
「何が何でも阻止する」
これまたぼくが考えていた浅野学秀の答えとは違う。
そもそも阻止するの?!行ったら差別するかって話なのに阻止しちゃうの?!
「……浅野君って意外とぼくのこと好きだよね」
「だいたい渚がE組なんて、望まない限り絶対起きないだろう。素行不良ができるような性格じゃないし」
「ぼくは望んでいるんだけどね」
「冗談だろう?」
「来年三日月がずっと続くってことぐらい確かだよ」
浅野君は冗談だと確信しているようだった。全く動揺はしていなかったし、彼からしたらぼくがE組に行く理由がない。
「ところでさ、今から話すのが本当の相談なんだけど。少し物騒な話だからスペイン語で言うね」
深呼吸してぼくは本題に突入する。E組についてどう思うかは気になってはいたけど、ぼくが話したかったのはあくまで別のことだ。E組のみんななら__________律とかなら普通にできるだろうけど今はまだみんな未熟。となると必然的に相談できる相手が限られてくる。学校屈指の秀才、何でも万能な浅野君ぐらいにしかできない。
『そうか。どうしたんだ?』
『とある研究施設に潜入するのを手伝ってほしいんだ』
『…………え?』
*
「ただいまー」
ってまだ帰ってきてないか。
「渚おかえり」
両親の寝室から声がして、ぼくはお母さんがいたことに少しびっくりしていた。
「……お母さん。今日仕事は?」
「しばらく休むことにしたわ。お腹の子供に悪影響だし」
お腹をさするお母さんは幸せそうだった。1周目の彼女とは別人みたいだ。
「…………」
ぼくは密かに恐れていることがあった。それはお母さんが妊娠したこと。
確かにお父さんが出て行かなければそんな可能性もあったはずだ。でも、この時期このタイミングで?
ぼくはお母さんのお腹に手を当てた。意識の波長……なんて胎内の子から感じるはずもなく、それが更にぼくの警戒心を煽った。
得体が知れない。ぼくが分からないことなんて。
「でも何でトランク?旅行でも行くの?」
彼女の周りには洋服などが散らばっており、部屋のど真ん中に置かれたトランクは4月のこの時期には異様な存在感を放っていた。
「渚、お母さんしばらく田舎に行くことにしたの」
「……え?」
「お父さんはこっちに残るから、それまで家事全般よろしくね」
今もほぼ全部ぼくがやってるんだけどなあ。
何となく納得できない言い方にぼくは曖昧に頷いた。次に産まれるのが女の子だったら2周目の役目も終わりかな、なんて考えながら、帰りに浅野君としたやり取りを思い出す。
彼はぼくの頼みを二つ返事で引き受けてくれた。でもハッキングはしたことないからもう半年ほど待ってほしいそうだ。半年ぐらい問題ない。時間はまだ充分あるし。
お父さんが帰ってくるのはいつもより遅かった。普段はお母さんがヒステリックになるからあまり飲まないお酒の匂いと、女物の香水の匂いにぼくはげんなりする。
1周目にお父さんと会う時はいつもお寿司を食べて、学校の話をしたり、友達の事を話したりして、お母さんの束縛から解放される一時だと感謝していた。
2周目で、ぼくが気遣えば気遣うほど2人はぼくのことを見てくれない。お母さんの理想の娘に近づいたのに、近づいたからこそ、ぼくが消えていく。
学校のみんなが見ているのもぼくじゃない。学問の天使ではなく、ぼく個人を見てくれている人はどれだけいるんだろう。
それならそれでいいんじゃない?
そう、ぼくに誰かが語りかけてきた気がした。ぼくのことが見えないなら、いっそ相手に悟られぬまま殺してしまえばいい。
暗殺者としては最高の才能だ。
原作からの変更点
・研究施設に潜入しようとする渚ちゃん。雪村先生を助けるためと言いつつ、最強の殺し屋を見たいと思っている。
・浅野君のE組に対する考え。もちろん渚ちゃんが入るとは思ってない
・渚ちゃんのお母さんが妊娠した。別居してるとそんなこともある。
今回は文字数かなり少なめ……手抜きではない、はず。文字数ってどのくらいが1番いいんでしょうね。読み応えがないと思った方、次回研究施設潜入です。