死神と会って数週間後、お母さんが家に帰ってきた。小さな女の赤ん坊を連れて。
「お姉ちゃんよ、海咲」
お姉ちゃん。そうか、ぼくは姉になったんだ。お母さんが抱く海咲の小さな手に触れる。彼女の生温かさが指先から伝わった。ぼくの指を握るこの子はそれが例え偶然が重なって生まれた生命でもちゃんと生きているんだ。
得体の知れないと思っていた子供が普通であることにほっとしている自分をお母さんは堅い表情で見つめていた。ぼくは動揺してお母さんを見上げる。お母さんの顔色には影が差していたのだ。
「渚、一人暮らししなさい」
今、なんて言ったの?
ぼくは言葉が出なかった。喉が渇いて苦しい。でもこの渇きは何だろう。水不足とか、そういうものじゃない。ぼくの中で前まであった感情が音を立てて崩れていく。
「小さい子供が家に居たんじゃ勉強も捗らないでしょうし。渚の部屋はこの子が使うから問題ないわ。学校の近くに良いアパートがあってね、そこなら落ち着いて勉強が出来ると思うのよ」
全ての言葉は後付けだった。ぼくを追い出すためにお母さんが用意した言い訳だ。
「おい待てよ!何で渚を追い出すような真似_________「あなたは黙ってちょうだい!渚のことは私が1番分かってるのよ!!」」
お母さんが投げたグラスが壁にぶちあたりパリンと音を立てて割れた。お父さんはやってられないと言った様子でお母さんを蔑みの目で眺めた。それでも手を出さないのは彼女のヒステリックを起こしたくないからだ。
ぼくは震える声でお母さんを呼ぶ。
「ねえ、何がだめだったの?新しい子が生まれたから?お母さんが望むような娘になれるようあれほどがんばったのに……!」
「私が望む娘?わたしが欲しかったのはね、普通の女の子よ。天才でも神童でもないわ。あなたはまともじゃない!まるで何もかも分かってるようにわたしの顔色伺って……完璧すぎて気味が悪い」
膝から崩れこむようにしてぼくはしゃがんだ。涙は出てこないけど、無性に悔しかった。ぼくがこの14年でやって来た全てを否定されたのだ。よりにもよって1番尽くしてきたお母さんに。
「1週間後には支度を整えてちょうだい。それまではあの部屋を使っていいわ。もうアパートは借りてあるから__________」
残りの言葉は耳に入らなかった。お父さんの顔が同情に染まるのを見て、ぼくは彼にも失望した。前の時は逃げ出して、今度は自分の意見を押し通せない
「もういいよ。最後だからいうけど、
________この14年、ぼくが2人を尊敬したことは1度もなかった」
子供に尊敬されない親って何なんだろうね。親が子供を追い出すって何なんだろうね。
カルマ君が昔言ってた。相手に絶望したら自分の中で死んだも同然だって。
この14年間、ぼくは2人をいつでも殺せた。絶望する寸前までいかなかっただけだ。
*
学校の昼食の時に一人暮らしをする話を打ち明けた。姫希さんはやはり相談相手に向いていて、適切な箇所で相槌を打っていた。姫希さん以外にも仲の良い子はいるが、みんなぼくが「学問の天使」だからその栄光にあやかろうとしているだけ。要するに上辺だけの関係じゃないのは女子の中では姫希さんしかいないのだ。
「妹がいると勉強の邪魔になっちゃうから……」
親子喧嘩の流れはぼかし、一人暮らしをする経緯はお母さんが言っていた理由を借りる。声が小さくなってないか心配していたが杞憂だった。姫希さんの返事が結構好意的だったからだ。
「へぇ〜、渚ちゃん大人!」
「学校から近くなって便利だけど不安だなあ。よく言うよね、近くなると油断するから遅刻するって」
「分かる分かる。逆に遠い家の子ほど遅刻少ないんだよ〜」
「ひーめちゃん!」
甘えるような声に姫希さんは顔を歪めた。姫希さんは態度が分かりやすく、あの一件があってからはじゅりあちゃんたちとは距離を取ってた。
「何か用?」
「ねぇねぇまだ掲示板見てないのぉ?じゅりあ、姫ちゃんより3つも順位上の10位だったんだけどなぁ」
「……うざっ」
「姫希さん、声漏れてるよ」
ぼくが小声でそう指摘するも姫希さんはしらばっくれて全く直す気はなさそうだ。順位はじゅりあちゃんが上とはいえ、姫希さんはじゅりあちゃんの弱味を握っている。
「あれぇ?姫ちゃんスマホケース変えたのぉ?ちょっとじゅりあにも見せてよぉ」
さっとスマホを奪いとり、じゅりあちゃんはそこに持っていたペットボトルのジュースをかけた。
「あ、ごっめーん!手が滑っちゃったぁ!じゅりあドジっ子だからさぁ」
「あんた……何するの?!これ壊れたんだけど!」
「ごめんごめん。ちゃーんと弁償してあげるってば。それより姫ちゃん。あのデータ移した?」
ぼくはその言葉ではっとする。まさかこの子、データを消すためにスマホにジュースかけたっていうのか?それだけのためにこんな荒技を?
「っ……!」
「その顔は移してないんだねぇ。ちょっと一緒にトイレ行かなぁい?」
「……分かった」
姫希さんは悔しそうに唇を強く噛んでいた。じゅりあちゃんに連れられて姫希さんが教室を出て行く様子を目にかける人はいない。
「伊藤さん、今週の放送についてなんだけど……あれ、伊藤さんは?」
荒木君が放送部の企画案を持ってやって来た。情報通の姫希さんなら何か分かると思ったのだろう。
「トイレに連行されてた」
「美しくない行為をする者もいるのだね。綺麗な薔薇には棘があるというけれど、互いの棘に触れないようにするのも大変のようだ。ところで渚ちゃん、今日のディナーに渚ちゃんの好きなお寿司でも________「お寿司は行きたいけど榊原君とはやめとくね」」
ぼくはにっこりと微笑んで丁重に榊原君の誘いを断った。
「また揉め事か?伊藤さんが渚と居ないなんて珍しい。あれほど言ってるから絶対に離れるはずなんてないんだが」
浅野君は缶コーヒーを片手に現れた。どうやら自動販売機で飲み物を買ってきたらしい。
「浅野君、伊藤さんに何を言ったの?」
「……気にするな。それより」
浅野君は言葉を切り、言語をフランス語に切り替えた。
『
ぼくは浅野君がぼくを「見ていた」ことに呆気にとられ、気がついたら一人暮らしをするまでの経緯を全部洗いざらい話していた。もともとお母さんはぼくを自分の2周目としか見ていなかったこと。彼女の言いなりに何でもやってきたこと。妹ができたことでぼくが要らなくなったこと。完璧すぎて気味が悪いと言われたこと。お父さんが全く頼りにならないこと。
浅野君は最後まで聞くと真顔でぼくを見つめていた。こんな話をしたら可哀想だと要らない同情をされるかと思った。しかし、彼の表情から感じ取れるのは怒りと呆れだった。
『そんな酷い話聞いたこともない。今すぐ裁判で訴えるべきだ。言葉とはいえ、家庭内暴力には変わりない』
とても浅野君らしい意見をぶつけられ、そういう考えもあるのかと納得したが訴えて解決する問題でもない。聞いたところだとお金の仕送りもしてくれるそうだし、学費も家賃も払ってくれる(お父さん持ち)とのことなので金銭面では苦労しなそうだし、2人には失望したところなのでもう金銭面の援助をしてくれるなら何も要らない。
『もういいんだ。終わったことだから』
『渚は諦めるのか?そんなことをしていたら、君の妹が挫折した時また渚を頼りに現れると思うが』
『その時はもちろんきっぱり断るよ。ぼくはお母さんの道具じゃないって』
『それが一番だな。しかし子供に過剰な期待をする親はよく聞くが、完璧過ぎることの何が悪いのかはよく分からない』
『……まあ、浅野君のお父さんは浅野君以上に完璧だよね』
あの理事長は自分の息子が完璧過ぎると思うことは決してないだろう。彼自身が完璧主義の塊なのだから。
「ごめん、長話されちゃって」
姫希さんが浮かぬ顔で帰ってきた。濡れている様子はない。となると一体何をされたんだろう。
「何をされたのって顔だね〜、渚ちゃん。大丈夫だよ、私は無傷!」
姫希さんが自信満々に胸を張る。この様子だとそれは本当なのだろう。意識の波長を見た限り、その言葉に嘘はない。
「よかった。トイレで何してたの?」
「そうだね〜、女子トーク?」
これも本当だ。ぼくは姫希さんが無事に帰ってきたことにこころの底から安心した。
「でも意外だなあ。あのじゅりあちゃんが何もしないなんて」
「順位の差が少ないからかな〜。じゅりあちゃん、イジメとかやってるけどいつも成績悪い子にしかしてないし」
「イジメしてるんだ……」
「されてる子、我慢できなくて転校しちゃったらしいよ。E組に行ったら何されるか怖かったんだろうね〜」
ぼくはたまたま姫希さんを味方に付けて難を逃れた。でも、姫希さんがぼくの味方についたのはぼくの成績がいいからだ。損をしたくない彼女は成績の悪い子を庇うような正義感はないし、そういう子たちは諦めるしかない。つまり、逃げるという選択肢しか残されていないのだ。
ぼくらのE組は落ちこぼればかり集められたクラスだったけど、いじめられっ子がいなかったのはそういう事情があったからなのだろう。
「今度の学年末でE組行く人が決まるから、さ。既に何人か確定している人もいるけど。赤羽君とかテニス部エースの磯貝君とかだね〜」
「校則違反?」
「そう、校則違反組。赤羽君は暴力沙汰起こし過ぎだから2ヶ月も停学になったって。逆に磯貝君は模範生だったから停学は無しだったらしいよ。周りの目が痛いけどね〜」
姫希さんはすっと笑みを消し、ぼくのことをじっと見た。
「渚ちゃんには関係ないことだったね」
言い返し方が分からなくて黙り込む。実はぼくはE組に行くことを迷っていた。A組のままの生活は楽しい。浅野君と語学トークでちょっと難しい話をして、体術を教わったり、研究施設に潜入。たまにする勉強会で5英傑と盛り上がったり。女子で1番仲良しの姫希さんと馬鹿みたいにくだらない話で夜中にメッセージをやり取りしたこともある。
どれもこれもぼくが1周目では経験しなかった2周目のぼくだけが持つ思い出だ。
もしも雪村先生が死ななかったら、殺せんせーが誕生することもない。そうしたらぼくはA組のままみんなと過ごせるんじゃないか?
ぼくは悩んだが、学年末テストの後に考えることに決め、その後はひたすら復習に精を出すことに決めた。
*
荷物を下ろし、自分がこれから住むことになるアパートの一室を見渡した。家賃4万と聞くと高いのか安いのかまだ子供のぼくじゃ分からない。でもワンルームにキッチン、バスタブがあったら何だか十分かななんて思えてしまった。ぼくの部屋にあった勉強机と、衣類を収納する小さめの箪笥、ベッドを置いたらそれだけでもうスペースがほぼなくなったけど、もともとの自分の部屋ぐらいのスペースはあった。
学校にはそこそこ近いが、駅からは遠いところにある。それから面白いことに本校舎より旧校舎が近かったりする。つまり山を挟んだ反対側にあるのだ。
これはとても興味深い。毎日フリーランニングで学校に通えば早く着くし、あの裏山でトレーニングをしたい時はすぐすることができるということだ。
それから学園祭の時のお店みたいに自給自足も期待できる。山のものを勝手に使っていいか分からないけどちょっとぐらいはいいと思う。
仕送りが5万か。これ大体が食費に当てる感じのかな?家賃、光熱費なんかは全部払ってくれるってことだし。
料理は自分で作るんだろうけど、ぼくは実際最近はお母さんより料理している。2周目ってこともあって料理は完全に慣れたし。
「にゃー」
「あ、メルもいたんだっけ」
ぼくがすっかり存在を忘れていた灰色猫が、ぼくの足に自分の体を擦り付けて存在をアピールしてきた。メルダリンって長い名前が面倒なので最近ではメルと呼んでいる。幸運なことにこのアパートは大家さんが動物好きなこともあってペットOKだった。
この様子だとどうやらお腹が空いているみたいだ。
ぼくも引っ越し屋さんから自分の部屋の持ち物が届いてからどっと食欲が湧いてきた。
財布の中には5万がそっくり入ってる。もっともこれで1ヶ月分なのだが。
「とりあえず何か買おっかな」
自転車で15分のところにスーパーがあったはず。ぼくは自転車のカゴの上にメルを乗せ、スーパーまで行った。メルをスーパーの外で待たせ、陳列棚の食品を見ていく。実はよくお母さんにお使いを頼まれていたので慣れていた。安めで壊れなさそうな食器類と箸など、メル用の皿もかごに入れ、大体のものが揃った。
問題は、とペットフードが置いてある棚を見て唸る。キャットフードを買えばいいんだろうけど、何がいいのか全然分かんない。
「何探してるのー?」
「キャットフードだけど……なんだ、倉橋さんか」
誰かと振り返るとそこには買い物かごを持つ倉橋さんが立っていた。
「わたしの名前知ってたんだ〜。A組の天使ちゃんだよねっ!キャットフードだったらこれがおすすめだよ」
「そうなんだ。教えてくれてありがと」
「いえいえ!」
さすが倉橋さん。動物に関しての知識は完全網羅している。よくキャットフード野良猫にあげていたりするのかな。
かごにキャットフードを入れ、ぼくはレジに並ぶ。倉橋さんは同じ列に並び、ぼくのかごの内容が食品に偏ってるのを見てもしかしてと思ったようだ。
「天使ちゃんもお使い?」
「そんなとこ。一人暮らし始めたとこなんだ」
「すごいねっ!キャットフード買うってことは猫飼ってるんだね。今度遊びに行ってもいいかな?」
目を輝かせて言うところを見ると倉橋さんは本当に猫が好きらしい。昆虫にも詳しいけど動物はみんな好きって性格だしね。ぼくは納得して倉橋さんのお願いに頷いておく。
「いいよ。倉橋さん猫詳しそうだし」
レジの会計が終わって、2人で袋に品物を詰めていると倉橋さんが閃いたような顔をしてある提案をしてきた。
「あ、そーだ。天使ちゃんアイス好き?今からお使いの帰りに近くのアイス屋さん寄ろうと思ったんだ!良かったら一緒にどうかな?今日月末だから割引きしてるよ」
「せっかくだからわたしも買おっかな」
ぼくは完全にアイスに釣られた。しかも割引きなんて言われたらアイス買わなきゃって気になってしまう。
「わかった!」
ぼくは自転車を駐めていたことを思い出し、ビニール袋をかごに乗せた。ふと、足元を見るとメルがぼくのことを見上げている。
スーパーの外に待たせてたの完全に忘れてたなあ。
「にゃー」
「この子が天使ちゃんの猫?すっごーーーくかわいいっ!名前は?」
「メルダリン。長いからメルでいいよ」
「メルちゃんかあ。毛並み綺麗だね〜」
倉橋さんに背中を撫でられびくりとメルが毛を逆立てた。倉橋さんには動物がよく懐くけど、メルの場合は極度の人見知りで今のところぼく以外懐いた相手がいないので無理もない。死神の話だと死神にしか懐いていなかったらしいし。
「メル、仲良くしてね」
ぼくがメルに声をかけると仕方なく撫でられていた。目を細めているので撫で方は気に入っているらしい。
「ごめんね、倉橋さん。この子かなりの人見知りなんだ」
「そういう子多いよね」
倉橋さんは気にしていないようだ。ぼくは自転車を引っ張り、目的地のアイス屋さんにたどり着いた。割引きしているということもありそこそこ混雑している。
自転車を駐め、メルをまた外で待たせる。聞き分けがいいのはまるで犬みたいだなと思ったが、何となく猫が嫌いそうな喩えなので口には出さなかった。
中に入ると早速別の知り合いと遭遇する。
「陽菜乃、来てたんだ」
「あ、凛香ちゃん見て見て、天使ちゃんも一緒だよっ!」
「よろしく」
「うん、よろしくね」
「2人とも反応薄くない?」
ぼくらはそれぞれ速水さんがコーヒー色、倉橋さんがストロベリー色、ぼくがミント色で自分で言うのもなんだけどみんな結構イメージに合っていた。
少し甘いものについて語り、倉橋さんがメルの話題を出した時にはさりげなく食いついてくる速水さんを2人でいじり、アイス屋さんから出た時にはメルは寝ていた。それを速水さんが普段は変えないポーカーフェイスを緩めて見ている。
「2人ともまたね!学校で会ったらよろしく」
「うん、またね〜」
「またね」
2人と別れ、ぼくがメルを自転車のかごにがんばって乗せ(食料品とメルでかごはいっぱいになった)アパートに帰った頃には7時になっていた。
お母さんに新しいの買うからともらった炊飯器でご飯を1人分炊き、何となく食べたくなったという理由で親子丼を作った。横でメルがキャットフードにがっついて食べているのを見て、あそこで倉橋さんに会えたのは幸運だったなと思う。
殺し屋の飼い猫がそんな不味いもの食べてるとも思えないし。
食後に宿題を手早く片付け、その日のノートまとめを終わらせる。夜はベッドでメルも一緒に寝た。何だか1日目なのに一人暮らしに馴染んでいる自分がいて少し怖くなった。
*
中学2年生の学年末テスト。これはE組選定をするための堕とす生徒を決めるための試験である。よって中学1年生の基礎問題から2年生最後の応用問題まで範囲が広く、どこかで躓いてしまったらそこで負けだ。
最初の試験から順に国語、英語、数学、社会、そして理科で試験が行われ、他の家庭科などの試験を行わないのが特徴だ。
社会のテストまで終わり、残るところは理科のテストのみとなっていた。トイレ休憩のために与えられる10分だが、みんなノートまとめや教科書を見るのに必死だった。
「渚ちゃん、シャーペンの芯持ってない?芯使い切っちゃって」
姫希さんが焦り顔で言った。ぼくはスクールバッグのペンケースを引っ張り出し、シャーペンの芯が入った入れ物ごと姫希さんに貸す。
「ありがとね、ほんと」
緊張しているのか青ざめた顔で姫希さんはお礼を言った。ぼくはノートまとめに目を通す。
「おいお前ら席に着け」
「ええ〜!最後の試験官宍戸先生なのぉ?!」
じゅりあちゃんがわざとらしい大きな声で抗議する。先生は舌打ちをして返事を返した。
「嫌ならE組行くか?」
「やめときま〜す」
じゅりあちゃんの方向を見ていたぼくは途中で彼女と目が合った。満面の笑みを返される。そう笑みを浮かべられると嫌な予感しかしない。ぼくは内心文句を言ってやりたい気持ちでいっぱいだった。
試験用紙が配られると、先生が時計の長針をひたすら見つめる。針が目的の時間を示したらテストの始まりだ。
「始め!」
先生の声を合図にシャーペンの芯が紙に擦り合う音で教室を埋め尽くす。中学2年生最後のテストだ。E組に行くにしろ行かないにしろ、テストは本気で挑まなくちゃ。
理科の問題は1度経験のあるぼくにはとても簡単だ。だから素早く片付けることができる。小山君の言う、理科は暗記というのは分からないでもない。満点回答を覚えていれば間違えることがないわけで、計算をしなきゃいけない数学や、翻訳を必要とする英語とは違う。だが、記述問題では如何に理解しているかが問われるのが理科という教科だ。
でもぼくなら殺れる。どの問題も正確に、ケアレスミスで点数を落とさないように。
その時、予想外の出来事がぼくのテストを遮った。宍戸先生がぼくに立つように命じたのだ。
「大石、席を立て」
ぼくは訳もわからず席を立つ。先生が机の中から小さな紙を取り出し眉をひそめた。あまり信じたくないようだがこれが事実なのだと受け取る。それが仕組まれたものだとは思うはずもないのだ。
「……お前の成績が良いのはそういうことか、大石。まさかカンニングの紙を仕込んでいたとはな」
ぼくは思わず振り返って姫希さんを見た。彼女は何事もないかのように答案にシャーペンを走らせていて。それでも手首は少し震えていた。
「テストが終わるまで廊下に出てろ!後で詳しい話は聞く」
茫然自失のまま廊下へ向かう途中、じゅりあちゃんがイヤミな笑い声を我慢できずといった様子で洩らした。さっきのじゅりあちゃんの笑顔の訳をようやく理解した。
ぼくは罠に嵌められたのだということ。ぼくの机にカンニングの紙を仕込んだのが姫希さんだということ。
信じていた友達に裏切られた。1度そう思うと徐々に絶望に侵食されていった。裏切られた分だけ相手に失望し、裏切ったのが彼女だということに衝撃を受ける。1度は助けてくれた。でもあれは利用するためだったっけ。
姫希さんはじゅりあちゃんに逆らえなくて……いやそれだけじゃないはずだ。姫希さんだってどこかでぼくのこと妬んでた。たまに見せる意識の波長の乱れは嫉妬だった。
やばい。死ぬ。ぼくの中で姫希さんが死ぬ。
廊下でテスト終了を待つ時、終了のベルが鳴る前にぼくは一つの声を耳にした。
「先生、渚はカンニングをしてないと思います」
それは浅野君だった。
原作との変更点
・渚ちゃんの妹誕生。それにより一人暮らしの無理強い
・渚ちゃんの母親が原作より悪化
・スーパーで会う倉橋さん
・速水さんが猫好き(公式)
・渚ちゃんがカンニングの罠にはまる。もちろん黒幕はあの子。でも仕込んだのは姫希さん。
・最初家出の理由にしようと思っていた没ネタ
渚母「私が猫アレルギーなのに猫なんて家に置いておけるわけないでしょ!このマンションペット禁止なのよ?!」
渚「もういいよ__________メルと住めないんなら出て行くから!」
(アパートはペット可です)