ぬれた髪をバスタオルで拭いながら、芹香は冷蔵庫を開けた。
ペットボトルのミネラルウォーターを手に取り、裸足のまま部屋を横切る。
壁際に置かれたワークテーブルの上へボトルを置き、シンプルなオフィスチェアに、芹香は腰掛けた。
テーブルの上に置かれたノートパソコンの何も表示されていない画面を、しばらく見つめていた芹香だったが、思い切ったようにパソコンの電源を入れた。
芹香は、起動したパソコンの画面に表示されているフォルダアイコンを操作して、納められていた映像ファイルを再生させる。
その画面には、背筋を伸ばして座る一人の男性が映っていた。
年の頃60ばかりの男で、短い髪はほとんど白くなっている。
カメラの向きを調整するような動作の後で、小さく咳払いをすると、優しそうな笑顔を見せながらゆっくり話し始めた。
『芹香、君がこの映像を見るとき、私はもうこの世にいないだろう
君にこのファイルを預けたことが、本当に正しかったのか、正直、今でも少し迷いがある』
画面の男性は、そう言ってしばらく黙り込んだ。
『このまま、データの全てを私があの世まで持って行くという事も考えたが、
やはり完全にデータを消し去ることを躊躇してしまったのは、技術者の未練なのかもしれない』
芹香は、画面の男性を見つめながら、テーブルの上にあったボトルを手に取る。
『公安局の目から逃げるように、この土地にやってきて、私は一人孤独に死んでいくつもりだった。
しかし、隣人となった君たち家族の暖かさに触れ、本当の祖父のように懐いてくれた芹香と共に時を過ごし、私は実に幸せだった』
そう言って男性は目尻にあふれた涙を指先で拭った。
『年をとると、涙脆くなっていけないな。
芹香、すでに両親を失い、今私をも失った君はどうしているのだろうか?
いや、芹香、君ならきっと強く生き抜いていると、私は信じている。
そして願わくば、一生この”切り札”を使うことなく、平穏な人生を歩んでもらえたらと思っているよ。
芹香、君には幸せに生きてもらいたい。それだけが私の心からの望みだ』
映像の再生が終わり、画面から男性の姿が消えた。
「先生……」
芹香は頬を伝う涙を、手の甲で拭い、一度深呼吸をした。
そしてペットボトルを手に立ち上がると、窓際に向かって歩き出した。
窓の外はすっかり夜の闇に包まれ、眼下には点在する街灯りが見える。
「先生が、敵討ちみたいなこと望んでないのは判ってます。でも私は先生を死に追いやった奴らを、どうしても許せないんです」
芹香は、夜の闇を見つめながら、そうつぶやいた。
- To be continued -