Paradise Lost   作:颯月りお

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「すでに全員情報を確認していると思うが、昨夜4カ所目の爆破事件が発生した」

 

 三波が自席の端末を操作すると、執行官それぞれの机に設置されているディスプレイに、北海道地図が表示された。

 

「先週10月7日木曜日に石狩地区の2カ所で発生した連続建造物爆破事件、それと今週火曜日10月12日に発生した函館白崎岬での爆破事件」

 

 画面に表示されている北海道地図に、赤い×印が順に表示されていく。

 芹香は、厳しい表情でその画面を見つめていた。

 

「そして木曜日10月14日未明に、苫小牧地区で発生した爆破事件。これらに共通しているのは、すべて本州からの海底ケーブルを収容していた施設という点だ」

 

 4つめの×印が、苫小牧地区の上に表示され、同時に各地点と本州を結ぶ線が追加された。

 

「このうち最初の3カ所は、現在ではまったく使用されていない施設。苫小牧の施設は、現地にある無人の石油化学プラントが、予備電源確保の為に保持していたらしいが、現在は操業を停止していているので、大きな影響は無いということだ」

 

「やっぱ、ただ目立ちたいだけなんじゃねーの? たいした重要な施設じゃなくても、建造物爆破っていったら、なんかカッコイイじゃん」

 

 片山のふざけたような言い方が気に入らないらしく、三波は思い切り眉間にしわをよせる。

 

「なにがカッコイイだ! 不謹慎な事を言うな! 建造物爆破は立派な犯罪行為なんだぞ! それも4件立て続けに発生してるんだ。事の重大さを判っているのか?」

 

「へーい、すんません」

 

 三波に厳しい口調で言われ、片山はふてくされたような返事をして肩をすくめる。

 

「まあまあ三波さん、落ち着いてください。続きは、僕から説明しますね」

 

 瀬川は、三波を宥めるようにおだやかな声で言うと、端末に指を走らせた。

 ディスプレイに監視カメラの映像が表示される。

 

「最初の三カ所には監視カメラが設置されていなかったので、詳細は不明ですが、苫小牧の施設は地上の一方向からのみですが監視カメラの映像が残っています」

 

 左上に撮影日時が表示されているその映像には、暗闇にぼんやりと四角い建物が写っていた。

 けれどその建物は、ものの30秒ほどでいきなり爆発炎上してしまう。

 

「海底ケーブル収容施設ということで、どの施設も背後が海になっています。このように、監視カメラの映像に不審人物が写っていない事から、いずれの犯行も、深夜に海上から侵入し、監視カメラの死角となる場所で爆弾の設置を行い、犯行に及んだものと推測されます」

 

 そこまで瀬川が説明したところで、高峰が手を挙げた。

 

「犯人の目星はついてるんですか?」

 

 高峰の問いに、瀬川は首を横に振る。

 

「証拠も犯行声明もない現状では、正直なんの手がかりもない。二係が専任で捜査にあたっているとはいえ、解決には時間がかかりそうだよねぇ」

 

「一応、道内にある海底ケーブル関連施設では警備を強化しているが、今後も犯行が続くのか、それとも、これで終わりなのかも判らん」

 

 先ほどよりは幾分落ち着いた口調で、三波が言葉を続ける。

 

「今後も捜査の進展については随時情報を共有する。場合によっては一係もサポートで入ることになり、急なシフト変更等もありえる、各自そのつもりでいるように。以上だ」

 

 三波はそう言うと、分厚いファイルを片手にオフィスを出て行った。

 

「はい、それでは緊急ミーティングは以上です。第一当直だった、北条君と高峰君は、お疲れ様。日勤の牧野君と片山君は、お仕事始めてください」

 

 瀬川はにこやかにそう言うと、自分も端末に向かい仕事をし始めた。

 

「北条先輩、帰らないんですか?」

 

 ディスプレイを見つめたまま考え事をしていた芹香は、牧野の声にあわてて顔をあげる。

 

「ううん、もう帰るわ」

 

 芹香はそう言うと、端末の電源を切り、席を立った。

 いろいろな事が、頭の中で渦巻いている。

 とにかく今は一人で、考えを整理し、自分がどう動くべきか考えたかった。

 

「じゃあ、お疲れ様でした」

 

 オフィスに残るメンバーに頭を下げて、芹香は廊下に出た。

 真里亜から、仕事がたまっているので早朝出勤だとメールが来ていたが、今日は分析室に行く、気持ちの余裕がなかった。

 真っすく執行官宿舎に戻ろうと、エレベーターホールに向かって歩いていた芹香の肩を、高峰が後ろから叩く。

 

「高峰さん?」

 

「北条、朝飯食いにいくぞ」

 

 高峰はそう言うと、芹香の背中を押して歩き始めた。

 

「すみません高峰さん、今日は……」

 

 そう言いかけた芹香の頭を、高峰がポンと叩く。

 

「いいから、付き合え。お前にちょっと聞きたい事もある」

 

「……判りました」

 

 高峰にそう言われ、芹香は大人しく食堂についていく事にした。

 

 刑事課オフィスフロアの2階上に、職員用の食堂がある。

 壁の大部分がガラス張りで、見晴らしの良いフロアに、4人掛けと2人掛けのテーブルが点在していた。

 入り口を入ってすぐ、右の壁際にそって注文用の端末が並び、その奥に注文した食事を受け取るカウンターが続いている。

 

「今日は俺のおごりだ。何注文してもいいぞ」

 

 電子マネーカードを手に、メニューを見ていた高峰が芹香に言った。

 

「はい」

 

 そう返事をしたものの、芹香はあまり食事をする気分にはなれなかった。

 

「北条、食いたくなくても、何か腹に入れておけ。体のコンディションが悪いと、正常な判断が下せないし、いざというとき力も出ない。危ない仕事してる俺達にとって、それは命取りだぞ」

 

 高峰は、真剣な表情で芹香にそう言うと、自分は和定食を注文した。

 

「判りました。じゃあ、卵とじうどんを」

 

 芹香はメニューの中で、一番胃にやさしそうなものを選び、高峰に続いてカウンターに向かって歩き出した。

 

 カウンターで注文の品を受け取り、窓に近い4人掛けのテーブルに席を取ると、芹香と高峰は食事を始めた。

 

「で、何か心配事でもあるのか、北条?」

 

 芹香がうどんをほぼ食べ終えた頃合いを見て、高峰が言った。

 

「別に、なんて言っても、高峰さんは信じませんよね」

 

 芹香はそう言って、箸を置いた。

 

「他のやつらが気づいてるのかどうか判らんが、お前の様子がおかしくなったのは、例の建造物爆破事件が発生してからだ」

 

 高峰は、トレイに乗っている水の入ったグラスを取り上げ、話を続ける。

 

「今回の犯人に、心当たりがあるんじゃないのか? 例えば、前にお前が話してくれた事のある電波工学の権威、岩谷博士の死亡現場から出てきた集団……とか」

 

 芹香は、グラスに口をつけている高峰を、一瞬驚いたような表情で見た。

 

「高峰さんは、なんでもお見通しなんですね」

 

 そう言うと芹香は苦笑いをみせ、数秒考えてから口を開いた。

 

「高峰さんの推測通りです。私は、今回の破壊活動を続けている連中は、先生を死に追いやった集団と同一だと思っています」

 

「その根拠は?」

 

 高峰の問いかけに、芹香は小さく首を横に振る。

 

「すみません、これ以上の事は、今お話できないんです」

 

「判った。無理には聞かない。で、北条としては、犯人を捕まえに行きたいと思っているのか?」

 

「はい。でも、これだけの犯行を繰り返している連中です。ドミネーターはリーサル判定を下すでしょう。捕まえるというより、殺しにいくというのが正解かと」

 

「なるほどな」

 

 高峰は手にしていたグラスをトレイに置き、難しい顔をして腕組みをした。

 

「しかし、どうする? 俺達執行官は、監視官の同行が無いと公安局から出ることもできない。まして、今この事件は二係専任案件だ。一係の俺達が首を突っ込むわけにはいかないだろう?」

 

「そこなんですよね、問題は。監視官に言って、二係の捜査に加えてもらうことも考えました。でも他に人がいると自由に動けませんし、できれば他人の手にかけず、私自身の手でドミネーターを向けたいんです」

 

「そいつは難問だな。せめて俺が監視官だったら、お前だけ連れて歩けたんだが……」

 

 難しい顔をして考え込む高峰を見て、芹香は思い切ったように問いかけた。

 

「あの、高峰さんって、監視官時代は東京の公安局にいたこともあるって聞きましたけど、公安局の局長と、話をしたことありますか?」

 

「ああ、もちろん何度もあるが、それがどうかしたか?」

 

「末端の執行官が、いきなり話をさせろといっても、通用しないのは判ってます。でも、それなりの取引条件を出せば、会ってもらう事は可能でしょうか?」

 

「取引条件? そうだな局長は、なかなか計算高いところがある。提示されたものが、本当に話をする価値があると判断すれば、相手が執行官でも、話は聞くだろうな」

 

「そうですか」

 

 そう言うと芹香は、視線を窓の外に向けて黙り込んだ。

 

「北条……これだけは言っておく」

 

 芹香が視線を向けると、高峰はいつも以上に真剣な眼差しで、芹香を見つめていた。

 

「命を粗末にするな。残される藤城の事も、ちょっとは考えてやれよ」

 

「高峰さん」

 

「今お前から聞いた話は、誰にも言わない。北条、お前は俺の大事な同僚であり、仲間だ。力になれる事があれば、いくらでも力を貸す。それを忘れるな」

 

 高峰はそう言うと、口元に笑みを浮かべ、箸を手に取った。

 

「ありがとうございます、高峰さん」

 

 残っていた食事を片付け始めた高峰から視線を窓に移し、芹香は朝日に照らされている外の風景を見た。

 

(残り3カ所か。もうあまり時間が無い。どうすればいいんだろう)

 

 芹香は心の中でそうつぶやき、わずかに唇をかみしめた。

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