Paradise Lost   作:颯月りお

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 闇に包まれた海上に、一隻の中型船が停泊していた。

 もとは客船だった船の外装に、レーダー波を吸収する灰色のステルス素材を貼り付けたその船は、光の少ない海上では、まるで海に同化しているように見える。

 

「上陸部隊、移動を開始しました。推定5分で配置完了します」

 

 外部に光が漏れないよう特殊加工を施した艦橋の窓から、暗視スコープで外を見ている偵察担当の男が、山本に報告をする。

 

「よし、ジャミング波の送出準備は?」

 

 操作コンソールに張り付いている男に、山本が訊ねる。

 

「完了しています」

 

「よし、そのまま待機だ」

 

 山本はそう言うと、艦長席に座っている竹下の元へと向かった。

 

「まもなく準備完了します」

 

「よし。準備が整い次第、作戦行動開始だ」

 

 膝の上に置いたノートパソコンを見つめたまま、竹下が言う。

 その画面には北海道の地図と、7カ所の海底ケーブル収容施設の場所が表示され、そのうち3カ所には赤い×印がついている。

 

「やはり最初の3カ所は、はずれでしたね。一応それらしい見た目の施設でしたが、警備は手薄でしたし、いまだに復旧作業を始める気配もない」

 

 パソコンの画面をのぞき込みながら、山本が言った。

 

「まるで、子供だましのような偽装だったからな。まあ、想定の範囲内だ。4カ所目は復旧作業に着手し始めたようだが、ここは当たりだったようだな」

 

「はい、これまでの3カ所と違い対応が早かったですから。おそらく使用回線を収容している施設の1つだと思われます」

 

 山本は手にしていたタブレット端末に指を走らせる。

 

「狙い通り、本州からの資材調達に時間がかかっているようで、復旧作業はほとんど進んでいないようです」

 

 山本が見ているタブレットの画面には、望遠カメラで撮影した施設の写真が何枚も表示されていた。

 施設を爆破したあとの残骸処理はされているものの、いまだに建物らしきものは着工されていない。

 

「15年前の大地震で青函トンネルが輸送手段として使用不能になったのは、我々にとって幸いだったな。本州と地続きだと、資材調達も簡単で復旧が早まってしまう」

 

 竹下は、画面上の青函トンネルが通っている場所を、指先で叩いた。

 

「現在の北海道では大型の資材調達は船に頼らざるを得ない。北海道側の施設を破壊すれば、復旧にも時間がかかる。それだけ、我々も動きやすくなるというものだ」

 

「しかし、公安局の動きが鈍いのが少し気になるのですが」

 

 心配そうな口調で言う山本を見て、竹下は口元に笑みを浮かべた。

 

「公安局が騒がないのは当然だ。これらの施設は表面上、さほど重要な施設ではないのだからな」

 

 そう言うと竹下は、再び視線をパソコンの画面に戻す。

 

「だが、どこまで平然としていられるか……。今日この青函トンネルの予備坑道を使った通信施設を破壊すれば、残りは2カ所。そろそろ公安局も何か手を打ってくるかもしれん」

 

「確かに。我々としても、もう一手、何か策を講じておきたいところですね」

 

 山本がそう言って頷いた時、操作コンソールの方から声が聞こえた。

 

「副長、準備完了しました」

 

「判った。では作戦行動開始します、隊長」

 

 竹下は黙って頷き、傍らの暗視スコープを手に取った。

 

「これより作戦行動を開始する。ジャミング波送出用意」

 

 山本が指示を聞いて、操作コンソールにいた男が作業を開始する。

 

「照射ポイント確認、照準誤差修正完了。出力調整完了、ジャミング波送出オールグリーン」

 

「ジャミング波照射」

 

「ジャミング波、照射開始します」

 

 艦橋内の上部に設置されたモニター画面が切り替わり、施設の建物に向かって、妨害電波を照射している様子がビジュアル表示された。

 

「上陸部隊、接岸を開始しました。A班上陸開始。ジャミング波によりセキュリティは沈黙しています。B班上陸開始。これよりコンポジション C-4の設置を開始します」

 

 艦橋から、現場の様子を見ることは出来ないが、逐一入る報告で状況を推察することが出来る。

 5分ほどで、コンポジション C-4と呼ばれる軍用プラスチック爆薬の設置が完了したという報告が入り、山本は上陸部隊の撤収を指示した。

 

「上陸部隊、全員乗船、上陸艇の回収完了しました」

 

 作戦行動開始から、これまで30分と経っていない。

 山本は、腕時計を見て時間を確認してから、爆弾の起爆用ユニットへの信号送信を指示を出した。

 

「よし、起爆信号送信」

 

「起爆信号、送信します」

 

 操作コンソールにいる男の手が端末を操作すると、2秒ほどで地上の建物が大爆発を起こした。

 

「ターゲット爆破確認」

 

 偵察部隊の男が、暗視スコープをのぞいたまま声をあげる。

 

「これより現場海域より離脱する。目標海域まで全速前進」

 

 山本の指示で、船は急速にその海域を離脱し始めた。

 ほっとしたように肩の力を抜いた山本が、艦長席の竹下の所へと戻ってくる。

 

「作戦完了しました」

 

「ご苦労」

 

 竹下は満足そうに頷くと、ノートパソコンを操作し、地図上に5カ所目の×印を表示させた。

 

「残りは、あと2カ所か」

 

「そうですね。青森県と函館を結んでいる、かつて北本連系と呼ばれた電力供給ケーブルに沿って、新たに敷設された海底ケーブル、それに八戸と室蘭を結んでいる通信専用ケーブル」

 

 山本もノートパソコンの画面をのぞき込みながら言った。

 

「状況から見て、どちらも専用回線として現に使われていると思うが、どちらを先に潰すかだな……」

 

 そう竹下がつぶやいた時、ヘッドセットをつけて通信管制を行っていた男が声を上げた。

 

「副長、向田から通信が入っています」

 

「向田から? よしこっちに回せ」

 

 山本の指示を受けて、艦長席の前に立体ホログラムディスプレイが表示された。

 画面にはスーツ姿の男性が映っている。

 

「向田、状況はどうだ?」

 

「はい、岩谷宗一郎に関する、一通りの調査は完了しました」

 

 竹下の問いかけに、向田はあまり表情を変えずに答えた。

 

「まず親族関係ですが、ほぼ絶縁状態だったようで、近年なにかしらのコンタクトをとった者は、いないようです」

 

「他には?」

 

「岩谷が、北海道に移住してからなんですが、近所に住んでいた家族と、かなり親密な交流があった模様です。めぼしいのは、それくらいかと」

 

 そう言うと向田は画面を男性のパーソナルデータに切り替えた。

 

「北条恭平、元々大学病院の医師だったのですが、突然退職し、その後は非居住区画で非公認の開業医をやっていました。」

 

 画面上には、眼鏡をかけた見るからに優しそうな顔をした、白衣姿の男性の姿があった。

 

「ですが、今から7年前、医薬品の調達の為に中心街に来た時、簡易スキャナ測定に引っかかり身柄拘束、そのまま更正施設に収容され、半年後に死亡しています」

 

 画面が切り替わり、若い女性のパーソナルデータが表示された。

 

「北条恭平の妻、北条つかさは、8年前に病死しています。残っているのは、この二人の娘である、北条芹香」

 

 切り替わった画面に、一人の少女のパーソナルデータが表示された。

 肩より少し短い茶色がかった髪で、ぱっちりとした目が印象的な少女だった。

 不安そうな表情をしていたが、その瞳は意志の強さを感じさせる。

 

「この経歴、16歳より前のものが、一切無いぞ」

 

 山本が、怪訝そうな目で表示されたデータを見つめている。

 

「彼女は、法で義務づけられている出生届とDNAデータの提出がされていませんでした。もちろん就学もしておらず教育は、両親と岩谷から受けていたようです」

 

「この娘は、まだ生存しているのか?」

 

 竹下の問いかけに、向田は渋い顔をする。

 

「生存はしていると思うのですが、この娘も、岩谷が死亡した数ヶ月後、居住エリアに侵入した所で、街頭スキャナに引っかかり潜在犯として、身柄を拘束されました」

 

「親子揃って、潜在犯認定か……。じゃあ、この娘も今は更正施設に収容されてしまっているということか?」

 

 山本が、忌々しそうに言った。

 

「はい。このパーソナルデータは、潜在犯認定され、施設に収容された時に初めて登録されたものです。我々が、追跡できたのはここまででした」

 

「空振りでしたね、隊長」

 

 山本がそう言うと、竹下は口元に笑みを浮かべた。

 

「いや、そうでもないぞ。これは使えるかもしれん」

 

「と、言いますと?」

 

 不思議そうな顔をしている山本を見ながら、竹下は話を続ける。

 

「岩谷がデータを預けたか、それともデータに関するなんらかの情報を伝えたか、何かしらの行動を取ったとすれば、この娘が関与している可能性が高い」

 

「それは、そうですが、彼女は更正施設に収容されています。そこから誘拐というのは不可能かと」

 

「誘拐などしないさ。差し出してもらうんだよ、公安局にね」

 

 そう言うと、竹下はノートパソコンの画面を見た。

 

「青森と函館を結ぶ海底ケーブルは、後から敷設された通信ケーブルと、元からある電力供給用ケーブルがある」

 

 海底ケーブルの位置を指でなぞりながら、竹下が言う。

 

「ここの爆破を見送る事を条件に、彼女の身柄を引き渡してもらうように伝えるんだ。うまく交渉に応じて身柄を引き渡してもらえれば良し。もっともどのみち爆破は予定通り行うがね」

 

「なるほど。潜在犯一人の命と、電力供給用と通信回線用の施設、公安なら潜在犯を差し出す可能性もありますね」

 

 山本は、納得したように言うと、向田に視線を移した。

 

「向田、公安局への声明通達ルートは確保できるか?」

 

「はい可能です」

 

 向田が返事をすると、竹下が満足そうな顔をした。

 

「よし、この方法で、公安局にちょっと揺さぶりをかけてやろうじゃないか。公安局がどんな反応を返すか楽しみだよ」

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