5カ所目の爆破事件が発生した。
今回は、青函トンネルの予備坑道に設置された、通信用海底ケーブルの収容施設。
施設爆破の一報が刑事課に入ったのは、10月17日の23時過ぎで、二係はすぐさま現場に急行し、戻って来たのは18日の深夜だった。
芹香は、二係が共有フォルダにアップしたばかりの事件報告書を見ながら、かなり長い時間考え込んでいた。
海底ケーブル収容施設7カ所のうち、残っているのは、あと2カ所しかない。
相変わらず、二係の捜査は後手に回り、いまだに犯人の手がかりになるようなものは見つからず、まったく犯人の目処が立っていない状況だった。
(上層部は、この事件を広域重要指定事件にするつもりは無いのね。指定してくれれば私も捜査に加われるのに)
公安局は、捜査の進展が無いにもかかわらず、いまだにこの事案を二係の専任案件にしている。
あまり長期にわたって捜査の進展がない重要事件の場合、通常であれば広域重要指定事件として、刑事課総出で捜査にあたる。
爆破事件がいつまで経っても、広域重要指定事件にならないのは、公安局が、この事件をさほど重要と見ていないという証拠だ。
(やっぱり、二係の捜査に加えてもらうように言う? いや、でもなんて言い訳すればいいのよ)
個人的な事で、捜査に加えて欲しいと言っても、簡単には認めてもらえないはずだ。
(最後の手段は、できれば使いたくない。でも今回奴らを見逃してしまったら、もう奴らにたどり着くことはできない。どうしたらいいのかな)
芹香は、何度も思考をループさせながら、何かいい方法は無いかと、考え続けていた。
「北条執行官」
三波に突然声をかけられ、芹香は慌てて背筋を伸ばした。
「はい」
芹香が三波のほうを見ると、いつもならこちらを見向きもしない三波が、めずらしく芹香に視線を向けている。
「話がある、ちょっと来い」
そう言うと三波は、隣にいた瀬川を促し、席から立ち上がった。
急ぎ足でオフィスを出て行く三波を、呆然と見ていた芹香の肩を瀬川が叩く。
「行こうか、北条君」
「あっ、はい」
瀬川に促されて、芹香は席を立った。
「監視官二人に説教か? 何やらかしたんだよ、芹香」
向かいの席の片山が、冷やかすように言う。
「知らないわよ」
芹香はそう言い捨てると、瀬川と共に、三波の後を追って会議室へと向かった。
三波が入っていったのは、全体ミーティングで使用する大会議室ではなく、半分以下の広さの小会議室だ。
簡素な長机と、パイプ椅子が置かれただけの室内に入り、芹香は、瀬川に勧められるまま椅子の1つに座る。
「たった今、公安局局長より監視官通達があった。単刀直入に言おう。連続建造物爆破事件の犯人から、お前の身柄引き渡し要求がきたそうだ。次の建造物爆破を見送る事と引きかえにな」
目の前に立つ三波が、厳しい表情のまま言った。
「そう……ですか」
芹香は直感した。
犯行グループは、芹香と岩谷に接点があることに気づいたのだ。
北海道に移住してからの岩谷は、隣に住んでいた芹香の家族くらいしか、交流はなかった。
調べを続けていけば、最終的に芹香の存在には気づく。
そして、身柄を要求しているということは、岩谷が保管していたデータに関して、芹香が何か情報を持っていると予測したのだろう。
「正直、何故お前なのか、公安局も判りかねている。何か心当たりはないか?」
三波の問いかけに、芹香は即答することが出来なかった。
今回の海底ケーブル収容施設の破壊行為が、どんな意味を持っているのか彼らは知らない。
芹香が岩谷から伝えられている情報は、公安局内部では極秘事項扱いのはずだ。
監視官には悪いが、今ここで、そう簡単にすべてを話すわけにはいかなかった。
「心当たりといえば……、潜在犯として捕まる前、とある組織の秘密を知ってしまい、命を狙われていました。潜在犯となって捕まったおかげで、奴らから逃げることができましたが、ひょっとしたら、その組織が、今回の犯人に頼んで、私を殺すために身柄を要求するよう仕組んだのかもしれません」
というような話が、発行禁止書籍を闇取引していた業者を摘発したとき、押収した古い書籍に書いてあった。
その内容を思い出して、適当にでっちあげた話だったが、意外と効果があったらい。
芹香の話を聞いて、三波と瀬川は、真剣な表情で顔を見合わせている。
「なるほど、そういうことなら納得がいく」
二人とも頷いているところを見ると、三波と瀬川は、芹香の嘘をあっさり信じたようだった。
「公安局として北条君の身柄をどうするか、現時点では検討中なんだよ。だが今の話を聞く限り、犯人の要求を飲めば、君の命を危険にさらすことになる」
そう言って、瀬川は芹香の肩を叩いた。
本気でこの話を信じているらしい瀬川の様子に、芹香は少し申し訳ない気持ちになる。
「潜在犯とはいえ、君は一係にとって大事な執行官の一人だ。さっきの話はもちろん上に報告するし、たかが施設のために人の命を引き替えにするほど、公安局は鬼じゃない。たぶん大丈夫だよ」
瀬川はそう言うと、芹香を安心させるかのように、にっこりと笑った。
「とりあえず、北条執行官は最終判断が下るまで、勤務シフトを外れてもらうことになっている。当分の間は、分析室でサポート業務だ、いいな」
「判りました」
三波の言葉に頷きながら、芹香は、もう次の事を考えていた。
犯人グループが、芹香の身柄を要求してきたこと。
これをうまく利用すれば、自分一人で犯人グループの元へ行けるかもしれない。
三波達と共に会議室を出た芹香は、そう考えながら、ある決断をしていた。