Paradise Lost   作:颯月りお

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「なるほど……それが君の考えた敵討ちの方法というわけか」

 

 芹香の話を一通り聞き終えた禾生局長は、椅子の背もたれに体を預け、考え込むように目を閉じた。

 

「最悪失敗したとしても、人員の被害は私一人で済みます。公安局側としても、悪い話では無いと思いますが」

 

 しばらくの沈黙の後、禾生局長は体を起こすと芹香をじっと見つめた。

 

「いいだろう。君の覚悟は嘘ではないらしい。この作戦の実行に関しては、君に一任しよう」

 

「ありがとうございます」

 

「犯人グループが、君の身柄引き渡しに関する回答期限を10月23日土曜日の正午と言ってきているし、こちらも準備に1日はかかる。作戦開始は22日の金曜日ということにしよう」

 

「はい、それで結構です」

 

「そうなると、こちら側の人間で動ける者が必要になるな。ちょっと待っていたまえ」

 

 そう言うと禾生局長は、音声をオフにし誰かと話をしているようだった。やがて局長の背後に紺色のスーツ姿の男性が立ち、音声が復活する。

 

「今回の案件は、公安局特務課預かりの上で、君に特命を与えるという形式にする。担当はこの男だ」

 

 紺色のスーツ姿の男が、一歩前に進み出る。少し癖のある髪を七三に分け、整髪料でしっかり固めたその姿は、いかにもエリートコースを歩んできたような風貌だった。

 

「公安局特務課の村木拓真だ。話はすべて聞いた。君の計画が、滞りなく進められるようバックアップする」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 芹香はそう言って、村木に頭を下げた。

 

「今後の村木からの連絡は、君の執行官デバイスに守秘回線で送達する。盗聴の可能性を踏まえて音声連絡は不可だ。内容に関しては、誰にも知られないように留意してほしい。他に何か言っておきたいことはあるか?」

 

 禾生局長の言葉に、芹香は少し考えてから口を開いた。

 

「今回の事は、一係のメンバーにも内密にお願いします。誰も巻き込みたくないんです」

 

「無論だ。局長直轄組織である特務課の案件は、公安局内部においても秘匿される。君の執行官デバイスに搭載されている、監視官権限の追跡システムも、作戦開始とともに局長権限で停止しておこう」

 

「判りました。ご配慮感謝します、局長」

 

 芹香の言葉を聞いて、初めて禾生局長は口元に笑みを浮かべた。

 

「北条執行官、健闘を祈る。君は執行官として、いいものを持っているようだ。犬死にさせるのはおしい」

 

「はい、最善を尽くします」

 

 禾生局長が画面上で頷き、ほどなくして回線はオフラインになった。

 芹香は大きく深呼吸すると、踵を返し部屋を出る。廊下の壁に寄りかかっていた瀬川が芹香に気づき、ほっとしたような表情を見せた。

 

「無事話が出来たみたいだね、北条君」

 

「はい。瀬川さんのおかげです。ありがとうございました」

 

「僕は、何もしてないよ。ただ、君の話を局長に伝えただけだ。じゃあ戻ろうか」

 

 瀬川に促され、芹香は静まりかえった廊下を歩き出した。

 ずっと考えていた計画がようやく動き出す。この時を待っていたし、芹香は自分の選択を悔やんではいない。

 それでも、3年間共に過ごしてきた一係の仲間の事や、真里亜の事を思うと、胸が苦しくなった。

 

「北条君、ほんとに大丈夫?」

 

 芹香が顔を上げると、瀬川が少し心配そうに顔をのぞき込んでいた。

 

「大丈夫ですよ」

 

 そう言ってはみたものの、瀬川の優しそうな顔を見ていると、芹香は弱音を吐いてしまいそうになる。

 

「みんな揃って心配しすぎなんですよ。この間、高峰さんにも何か心配事でもあるのかって言われましたし、牧野からも頻繁にメールが来る。片山も廊下ですれ違う度に大丈夫かなんて言うし……なんで、みんな……」

 

 その場に立ち止まり、唇をかみしめて俯いた芹香の頭に瀬川の手が乗った。

 

「心配するよ。僕にとって君は大事な部下であり、仲間だ。僕は、今の君の状況を完全に把握してはいないけど、君が一人で、大きなものを抱え込んでいる事くらいは判る。僕だけじゃない、一係のみんなも、口には出さないけど、君のことをすごく心配してる」

 

 瀬川はそう言うと、芹香に背中を向けた。

 

「北条君、泣きたかったら背中貸すよ。ここほとんど誰もこないし、それに、泣けるうちに泣いておいたほうがいい」

 

「瀬川さん……」

 

「あんまり泣き顔とか見せたくないだろう? それに、君を正面から抱きしめられるのは藤城君だけだ。だから僕は背中を貸す」

 

 瀬川の言葉を聞いているうちに、芹香の視界が涙で滲んだ。

 芹香は、瀬川の背中にそっと頭をもたせかける。

 

「すみません、瀬川さん。ちょっとだけ……お借りします」

 

 瞳からこぼれ落ちた涙が、ひとつ、またひとつと床に落ちていった。

 

「気にしなくていいよ。執行官の面倒をみるのも監視官のつとめだからね」

 

 声を殺して芹香は少しだけ泣いた。

 一係のメンバー、そして真里亜の顔を思い浮かべながら。

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