22日の朝になった。
部屋の外が明るくなってきた頃、芹香はゆっくりと目を開けた。
さすがにあまりよく眠れなかったが、気持ちが高ぶっているせいか、あまり眠気は感じない。
芹香は体の向きを変え、隣でブランケットにくるまっている真里亜の寝顔を見た。
(真里亜……ほんとにごめんね)
眠っている真里亜を起こさないよう、そっと指先で真里亜の唇に触れ、芹香は心の中でつぶやいた。
ずっとこうしていたい、という思いを振り切って、芹香は上半身を起こす。
何も身につけてはいなかったが、適切に温度調節された部屋では、寒さを感じなかった。
芹香は、ゆっくりベッドから降り、床に放り投げてあったTシャツとショーツを身につけ寝室を出た。
見慣れたいつもの部屋も、ここにいられる最後の日だと思うと、何故か少し違って見える。
昨日、真里亜が戻ってくる前に、身の回りのものを片付けたせいもあるのだろうか。
部屋の中をゆっくりと見回してから、芹香はシャワーを浴びるため、浴室に向かった。
シャワーを済ませ、髪を乾かした芹香がバスタオル姿で寝室に戻ると、真里亜がベッドの上で膝を抱えるようにして座っていた。
「おはよ、真里亜。もう起きてたんだ」
「うん、目……覚めちゃった」
そう答える真里亜の声は、ひどく元気がなかった。
「今日は7時からミーティングあるから、着替えたら行くね。午前中は瀬川さんに事務仕事頼まれてるから、分析室行くのは午後からになると思う」
まだ何も身につけていない真里亜に、床から拾い上げたTシャツを差し出しながら芹香が言う。
「うん、判った」
真里亜はそれだけ言うと、Tシャツを受け取り袖を通した。
芹香は、クローゼットから着替えを取り出し着替え始める。執行官に貸与されている黒のパンツスーツ、白いワイシャツに黒のネクタイを締め、鏡で全身をチェックした。
出勤の度に繰り返してきたこの動作も、おそらくこれが最後になるだろう。
そしていつものように、真里亜とキスをして、さよならは言わずに、この部屋を出て行くつもりだった。
余計な事を考えると、また泣いてしまいそうになると思った芹香は、一度深呼吸をしてからクローゼットの扉を閉めた。
「それじゃあ、もう行くね」
そう言って振り返った芹香の目の前に、いつのまにか真里亜が立っていた。目に涙をうかべて唇を噛みしめている真里亜を見て、芹香は気づいた。
これが最後の別れになることを、真里亜はもう判っていると。
それでも芹香は、気づかないふりをして、いつものように真里亜に声をかける。
「どうしたの真里亜? 今日は三波監視官もいるミーティングだから、遅刻できないんだ。続きは帰ってきてから……」
「帰ってくるの?」
こぼれ落ちる涙を拭おうともせず、真里亜が声を振り絞るように言った。
「お願い、嘘でもいいから、必ず帰ってくるって言ってよ!」
「真里亜」
大粒の涙をこぼしながら、訴えかける真里亜を見て、芹香も唇を噛みしめた。
「ねっ……芹香、必ず帰るって……言ってよ。そしたら、ちゃんと……あなたを、送り出すから」
そう言うと、真里亜は必死に笑顔を作って見せた。
「真里亜……」
芹香は今すぐにでもそばによって、真里亜を抱きしめたかった。けれど、そうしたら、真里亜も自分も、余計に別れが辛くなる。
「あたりまえじゃない。帰ってくるよ、必ず」
そう言って、芹香は真里亜の髪をやさしく撫でた。今真里亜にしてあげられること。それは精一杯の笑顔を見せてあげること。そう思って、芹香は真里亜に笑顔を見せた。
「まったく、何泣いてるんだか。じゃあ、行ってきます」
真里亜の頬に残る涙の跡を拭ってから、芹香はゆっくりと口づけた。
(大好きだよ……真里亜)
心の中でつぶやいたこの言葉が、唇から伝わればいい。
そう思いながら……。