Paradise Lost   作:颯月りお

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 3日ぶりに一係のオフィスに顔を出した芹香は、週に一度行われているミーティングに参加した。芹香の事には特に触れられず、他部署からの連絡事項や、業務連絡等が済むと、15分ほどでミーティングは終了となった。

 

「北条先輩、今日は午前中ずっと一係にいるんですよね」

 

 隣の席の牧野が、嬉しそうに芹香に声をかけた。

 

「うん、瀬川さんに事務仕事頼まれたからね。牧野は、たしか今日第1当直のはずよね。まだ帰らないの?」

 

 芹香は不在の間に貯まっていたメールをチェックしながら、牧野に訊ねた。

 

「今日は第1当直から、そのまま日勤なんです」

 

 牧野の言葉を聞いて、今日の日勤担当が、本来であれば芹香自身であったことを思い出す。

 

「あ、そうか。私が抜けちゃったから、シフトきつくなってるよね。ごめんね牧野」

 

 申し訳なさそうに言う芹香を見て、牧野はぶんぶん首を横に振る。

 

「大丈夫ですよ、北条先輩。報告書のやり直しと、始末書の提出もあるので、仮にシフト明けだったとしても、残業確定だったんですもん」

 

「また始末書? 今度は何やったのよ」

 

 芹香はあきれたような表情で、牧野に問いかけた。彼女の始末書提出率の高さは、刑事課でもトップレベルだ。

 

「ちょっとよそ見しながら現場写真撮ってたら、足下にいた小型鑑識ドローンを思い切り蹴飛ばしちゃって、ドローンのアームをへし折っちゃったんですよね」

 

 そう言いながら牧野は肩をすくめているが、あまり反省しているようには見えない。

 

「だから足もとちゃんと見なさいって、いつも言ってるでしょ。今に給料から修理代引かれるわよ」

 

「うわーそれは嫌だぁ! 新しいサラウンドスピーカー買おうと思ってるのにぃ!」

 

 そう言いながら大げさに頭を抱えている牧野を見て、芹香はくすくすと笑う。牧野とは、何度もこうやってくだらない話をして笑い合った。あたりまえの日常が今になると、とても大切に思えた。

 

「楽しいおしゃべり中のところ悪いけど、そろそろ仕事に戻ってもらおうかな?」

 

 瀬川が笑いながら、二人に話しかけてきた。

 

「すみません、瀬川さん。ほら牧野、早く始末書書いてしまいなさい」

 

「はーい」

 

 少し不満そうな返事をした牧野は、肩をすくめて端末に向き直ると、めんどくさそうにキーボードを叩き始める。

 

「じゃあ北条君、悪いけど午前中は僕の仕事手伝ってもらうよ。まずは資料室行こう」

 

 瀬川に促され、芹香は刑事課フロアの奥にある資料室に向かった。

 けれど瀬川の様子が少し変だった。いつもなら何かと話しかけてくる瀬川が、資料室に着くまで無言だったのだ。

 資料室の中に入り、人がいないことを確かめた瀬川が、おもむろに芹香に向き直った。

 

「今日、何かあるのか?って聞いても、やっぱり答えてもらえないよね」

 

「え?」

 

 瀬川の言葉に芹香は少し驚いた。今日の事は瀬川には一切話をしていない。何故瀬川が気づいているのか判らず、芹香は口ごもった。

 

「昨日の午後、公安局特務課から僕宛に直接連絡があったんだよ。今日の午前中は、君をオフィスにいさせるようにってね。それで無理矢理仕事をでっちあげて、君に一係へ来てもらったって訳さ」

 

「ああ、それでいきなり瀬川さんの手伝いって話になったんですね」

 

 その話を聞いて、ようやく芹香は合点がいく。これはすべて、公安局特務課の村木の差し金だ。

 

「東京公安局の特務課は、局長直属の実働部隊だ。シビュラの職業能力判定で国防軍の適性が出た人間の中から、軍でそれなりの実績がある人間をスカウトしているとも聞く。諜報から監察、それに荒事まで引き受ける、いわば公安局の特殊部隊なんだよ」

 

「そうだったんですか。知りませんでした」

 

 局長に紹介された特務課の村木も、顔は典型的な事務方のエリート官僚のようだったが、スーツの下はかなり鍛え上げられているように見えた。

 国防軍適性が出た人間というのであれば、その姿も頷ける。

 

「いくら監視官といえども、特務課の係官相手じゃ、何があるのか問い詰めるわけにもいかなくてさ」

 

 そう言うと瀬川は、腕組みをして考え込むような素振りをした。

 

「爆破事件の犯人グループが、君の身柄引き渡しに対する回答期限として通達してきたのは明日23日だ。これで君が絡んでいて、なおかつ特務課の係官がご登場となると、僕は嫌な予感しかしない」

 

 瀬川は眉間にしわを寄せながら、つぶやくように言った。

 

「瀬川さん、そんなことばかり考えていたら犯罪係数の数値上がりますよ」

 

 芹香が苦笑いしながらそう言うと、瀬川はにっこり笑顔を返す。

 

「ああ、それなら大丈夫だよ。僕の犯罪係数は今朝の段階で20、色相はaliceblueだ」

 

 こともなげに言う瀬川の犯罪係数の低さに、芹香は改めて驚いた。

 いくら犯罪係数の低さが適性の第一条件である監視官とはいえ、かなり低い部類の犯罪係数だった。

 

「20ですか? さすが監視官ですね。色相も、みごとにクリアカラーだし」

 

 感心したように言う芹香を見て、瀬川は少しあきれたような顔をする。

 

「北条君、僕の犯罪係数を心配するより、今は君の心配をしたいところなんだけどな」

 

「ああ、そうですよね。でも私は大丈夫です。このあいだ瀬川さんに泣かせてもらったおかげで、結構気分的にもすっきりしてますし」

 

 穏やかな表情で、そう答える芹香を見て、瀬川はそれ以上何も言えなかった。

 

「まあ、今ここで心配してもしょうがないね。じゃあ、とりあえず……これと……このファイル」

 

 瀬川はキャビネットからデジタル化されていない紙の資料が納められているファイルを2冊手に取った。

 

「フォーマットは作って共有フォルダに入れておいたから、この資料を入力してデジタルデータにしてくれるかな。でも無理矢理作った仕事だから、ぜんぜん重要じゃないけど」

 

「判りました。これだけあれば時間稼ぎ出来そうですね」

 

 ファイルを受け取り、芹香は瀬川と共に資料室を出た。

 

 単調な入力作業ではあったが、時折牧野や片山と他愛ない話をしては、三波に咳払いで注意をされるという、いつもの穏やかな時間が流れていた。

 

 けれど、その穏やかな日常は、3時間ほどで終わりを告げた。

 始まりは、三波の苛立ち紛れの声だった。

 

「おい瀬川、今届いた本局からの監視官通達だが、これはいったいどういうことだ? 朝から何か裏でコソコソしてたようだが、お前何か知ってるんじゃないのか?」

 

 端末に向かっていた三波が、隣の席にいる瀬川を睨みつけながら言う。

 

「いや、僕に聞かれたって判りませんよ」

 

 ディスプレイに表示されている通達文書を何度も読み返しながら、瀬川が返事をする。

 そして廊下がにわかにざわつき始めた時、芹香は作成していたファイルをさりげなく片付け、使っていた端末の電源を落とした。

 芹香が廊下に視線を向けていると、やがて黒服の屈強な男が二人、それに紺色のスーツを来た男性が一係のオフィスにずかずかと入り込んできた。

 あっけにとられている一係の面々を尻目に、まっすぐ監視官席に歩いて行った3人の男達のうち、紺色のスーツを着た男が最初に名前を名乗る。

 

「公安局特務課の村木だ」

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