Paradise Lost   作:颯月りお

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 無表情な黒服の男2名を従えた村木が、手にしたホログラム表示の身分証を見せると、二人の監視官は立ち上がって敬礼をした。

 

「刑事課一係監視官、三波義久です。さきほど送られて来た監視官通達は拝見しましたが、あれはいったいどういう事なんでしょうか」

 

 三波がそう問いかけたが、村木は一瞥をくれただけで、すぐに自分の腕にはめられたデバイスを操作しはじめた。

 

「質問は認めない。それは決定事項だ。君たちはそれに従えばいい」

 

 村木の冷酷な物言いに、三波は不満そうな表情で黙り込んだ。

 

「北条芹香執行官は、どこにいる?」

 

 村木は、瀬川に視線を移して問いかけた。それを聞いて、芹香は片手を上げ、席から立ち上がる。

 

「私です」

 

 芹香の声に振り返った村木が、腕のデバイスにホログラム表示された令状を読み上げ始めた。

 

「北条芹香執行官、本日現時刻をもって、君の執行官たる資格を剥奪する。なお君の身柄は、公安局特務課が引き取る。詳細はこれを確認したまえ。以上だ」

 

 そう言うと村木は、読み上げた令状のホログラム画面を反転させて、芹香に内容を確認させた。

 

「判りました」

 

 芹香が令状の内容を確認したのを見て、村木は腕のデバイスに表示させていたホログラムを消去する。

 

「では、君の執行官ID、手錠、警棒を没収する」

 

 村木の指示に従い、芹香はスーツの内ポケットから執行官IDを、背中側にあるホルスターから手錠と警棒を取り出すと、村木に手渡した。

 

「執行官の資格剥奪って……三波監視官、これどういう事なんすか?!」

 

 いままで呆然と様子を見守っていた片山が、三波に向かって叫んだ。しかし片山の問いかけに、三波は答えない。

 

「あの、みんなにお別れを言ってもいいですか?」

 

 芹香は目の前に立つ村木に、そう訊ねた。

 

「いいだろう、なるべく急いでくれ」

 

 そう言うと村木と二人の男達は、通路の端に移動した。

 

「はい、ありがとうございます」

 

 村木の了解を取った芹香は、眉間にしわを寄せたままの三波と、悔しそうな表情をしている瀬川の前に立った。

 

「瀬川さん、三波さん、今までお世話になりました」

 

 芹香がそう言って頭を下げると、三波は黙って頷き、瀬川は改めて姿勢を正し芹香に敬礼する。

 

「北条執行官、いままで本当にご苦労様でした」

 

 律儀に挨拶をする瀬川に、芹香は笑顔で答えた。

 高峰の席に向かうと、高峰は椅子から立ち上がり、まっすぐに芹香を見た。

 

「高峰さん、いままで本当にありがとうございました」

 

 芹香がそう言うと、高峰は両腕で芹香を抱きしめ、激励するかのように背中を叩いた。

 

「死に急ぐなよ、北条」

 

 高峰は芹香の耳元で囁いた。たぶん高峰は、芹香が何をしようとしているのか、薄々感づいているのだろう。

 次に芹香は自分の席のそばに立ち、まだ訳がわからないというような表情をしている片山に声をかけた。

 

「片山、いままでありがとね。あんたと組むの、結構楽しかった。もう私はフォロー出来ないんだから、ドジって怪我するんじゃないわよ」

 

「おい、芹香……なんだよ、それ。なんでそんなに平然としてんだよ! 頭どうかしちまったんじゃねーか? ちゃんと説明しろよ!」

 

 そう言うと片山は、怒りにまかせて机を思い切り拳で叩いた。

 

「片山君、僕から説明しよう。例の建造物爆破事件の犯人グループが、次の爆破を取りやめる見返りとして、北条君の身柄引き渡しを要求している。そこで公安局は検討の結果、北条君の身柄を犯行グループに引き渡す事を決定した、そういうことだ」

 

 瀬川は淡々と説明したが、心なしか声が震えていた。

 

「はあ? なんで芹香なんだよ。そんなことって……あるのかよ」

 

 片山はそう言うなり、椅子に座り込んでしまった。

 芹香はそんな片山から視線をはずし、その場に呆然と立ち尽くしている牧野をそっと抱きしめた。

 

「牧野、今まで楽しかったよ。ありがとう」

 

「先輩?」

 

 呆然としたままのそうつぶやく牧野の耳元に口を寄せ、芹香は小声で囁いた。

 

「牧野お願い……私の机の引き出しの中にある手紙を真里亜に渡して」

 

 それだけ告げると、芹香はもう一度牧野をぎゅっと抱きしめてから体を離した。

 

「北条……先輩? 何言ってるんですか?」

 

「あんまりみんなを困らせちゃだめだよ、牧野。元気でね」

 

 芹香は精一杯の笑顔を作って牧野に笑いかけ、ショートカットの髪を少し乱暴に撫でた。

 そして通路の端にいた村木の前に進み出ると、自らの両腕を芹香は差し出した。

 

「ありがとうございます。行ってください」

 

 村木は頷き、芹香の両手に手錠をかけた。それを見た牧野が村木に食って掛かる。

 

「ちょと待ってください! なんで先輩に手錠なんかかけるんですか!」

 

「もう、彼女は執行官ではない。ただの潜在犯だからな。よし、連行しろ」

 

 黒服の屈強な男二人に両腕を取られ、芹香は歩き出した。混乱のあまり呆然としていた牧野だったが、ようやく事の重大さが飲み込めたらしく、大声で叫び始めた。

 

「ちょっと待てよ、てめーら。敵に引き渡したら先輩どうなんだよ。執行官の命より、建物の方が大事かよ!」

 

 村木を追いかけようとした牧野を、片山が慌てて羽交い締めにして制止する。

 

「牧野、落ち着け!」

 

「なんでみんな黙ってんの? 監視官!なんで止めないんですか?」

 

「これは公安局局長命令だ。俺達に覆せるわけがないだろう!」

 

 今まで黙っていた三波が、珍しく声を荒げて叫んだ。

 

「離せよ片山!先輩見殺しにするのかよ! 北条先輩!!行っちゃだめですよ!先輩!」

 

 オフィスを出た後も、芹香の耳に牧野の叫び声が聞こえていた。

 廊下や、ガラス張りの部屋の中にいる執行官や監視官が、驚きの表情をして芹香達を黙って見送っている。

 

(みんな、嘘ついてごめんね。でも、みんなを巻き込みたくないんだ)

 

 芹香は、心の中でそうつぶやき、顔をあげて廊下を歩き続けた。

 

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