Paradise Lost   作:颯月りお

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「失礼します」

 

 牧野が分析室の中に入ると、真里亜がコンソールの前に一人で座っていた。

 いつもは、様々なデータが表示されているいくつもの端末は、すでに電源が落とされ黒い画面だけになっている。

 

「牧野さんか。どうしたの?」

 

 真里亜は、牧野のほうを力なく振り返り、それだけ言うとすぐに前を向いてしまった。

 

「今日は、きららちゃんって呼ばないんですね」

 

 牧野はそう言いながら、真里亜のいるコンソールのそばへと近づいていった。

 真里亜は椅子に座り、腕組みをしたまま、目の前の黒い画面を、ぼんやりと見つめ続けている。

 

「今日は、そんな余裕ないのよ」

 

 牧野に視線を向けることなく、真里亜が言った。

 

「北条先輩の事は、知ってるんですよね?」

 

「芹香が連行された直後に、瀬川さんが連絡をくれたわ」

 

「こうなること、知っていたんですか?」

 

 牧野の言葉を聞いて、真里亜は大きなため息をつく。

 

「芹香は結局、私に何も言わなかった。もちろん今日の事もね。でも昨夜の芹香を見ていたら、気づいちゃったのよ。彼女はここを出て行くつもりだってね」

 

 そう言うと真里亜は、椅子を動かし牧野へと向き直った。

 

「今回公安局特務課が芹香を連行していった件。たぶん芹香自身が仕組んだ事よ。どういう手を使ったのか、詳しい事は判らないけどね」

 

「そこまで判ってて、どうして北条先輩を止めなかったんですか!」

 

 牧野は涙目になりながら、真里亜に向かって叫んだ。

 

「藤城さんなら、先輩を止められたかもしれないじゃないですか!なんで黙って行かせちゃったんですか!」

 

「出来ないわよそんなこと! だってそんなことしたら、かえって芹香を苦しめるだけだもの!」

 

 真里亜は珍しく語気を荒げてそう言うと、唇を噛みしめた。

 

「言いたかったわよ。どこにも行かないでって。でもそんな事言ったら、芹香は自分の気持ちと私の気持ちの間に挟まれて辛い思いをするわ」

 

 そういうと真里亜は、椅子の背にもたれ深いため息をついた。

 

「でも今朝、無理矢理いつもどおりのフリして出て行こうする芹香見てたら、我慢できなくてね。言わせちゃった、必ず帰るって言葉」

 

 真里亜はそう言うと、口元に笑みを浮かべたが、その事をひどく後悔しているようだった。

 

「でも今になって思えば、何も気づいていないフリをして、黙って送り出してあげれば良かった。それだけが心残りよ」

 

 悲しげに俯く真里亜を見て、牧野はもうそれ以上真里亜を責めることは出来なかった。

 

「瀬川さんにね、今日はもう体調不良という事にして、宿舎に戻っていいって言ってもらったんだけど、一人の部屋に帰る気になれなくてね。本当はものすごく泣きたいのに、悲しすぎて何も考えられなくて、涙も流せない」

 

 そんな真里亜の横顔を黙って見つめていた牧野が、スーツのポケットから淡いブルーの封筒を取り出した。

 

「藤城さん……これ北条先輩が、渡してくれって。連行される直前に頼まれました」

 

「芹香が?」

 

 真里亜は差し出された手紙を受け取ったが、その手は微かに震えていた。

 

「私の用事はそれだけです。じゃあ失礼します」

 

 牧野はそう言うと踵を返し、分析室のドアへ向かって歩き出した。

 

「藤城さん、これだけ言わせてもらってもいいですか?」

 

 牧野は立ち止まり、ドアの方を向いたまま、真里亜に声をかけた。

 

「何?」

 

「……私も、北条先輩の事好きでした。私こんなだから、みんなに乱暴なやつとか、怖いから関わりたくないとか、いつも言われて来たのに、北条先輩はいつも自然に接してくれて、言葉使いも先輩がしょっちゅう直してくれたし、出動の時でも先輩が褒めてくれると嬉しかった」

 

 そこまで言うと、牧野は天井を仰ぎ、少しの間黙り込んだ。

 

「でも先輩は、藤城さんのことが一番大事だった。それが判ってたから、私は何も言わなかったんです。でもこんな事なら、自分の気持ち伝えておきたかった」

 

 そう言う牧野の声は、途中から涙声になっていた。それだけ言い終えた牧野は手の甲で必死に涙を拭っている。

 

「芹香は、そういうの鈍感だからまるで気づいて無かったみたいだけど、私気づいてたのよ牧野さん、あなたの気持ち」

 

「それはなんとなく判ってました。藤城さん、勘鋭そうだし。この話はもうしません。じゃあ、失礼します」

 

 牧野はそう言って、足早に分析室を出て行った。

 

 一人残された真里亜は、手にした淡いブルーの封筒をじっと見つめた。通信手段として郵便はほとんど利用されなくなってきているが、昔ながらの便せんや封筒は、気持ちを伝えるツールとしていまだに残っている。

 真里亜は、宛名部分に自分の名前が書いてあるその封筒から、震える手で便せんを取りだした。

 封筒に合わせた、淡いブルーの便せんに、芹香の几帳面な字が並んでいた。そして、真里亜は、泣きそうになりながら、ゆっくりと文字を追い始める。

 

  『真里亜へ

 

  あなたがこれを読んでいる頃、私は、あなたの前からいなくなっていると思います。

  たぶん、ちゃんとしたお別れを言えないまま、ここを去ることになると思うので

  この手紙を書くことにしました。

 

  執行官として配属されたこの場所で、あなたに出会って3年

  私にとって、真里亜は誰よりも大切な人になりました。

 

  いろんな話をして、一緒に笑って、真里亜と過ごせた時間は本当に楽しかった。

  ずっと一緒にいたい、そう思っていました。

 

  でも、目の前に先生を死に追いやった連中が現れた時

  どうしてもこの手で、奴らにドミネーターを向けたい

  そう、思ってしまったんです。

 

  少しも迷わなかった訳じゃありません。

  高峰さんに、残される真里亜の事も考えるようように言われていたし

  もし、私がいなくなったら、きっと真里亜につらい思いをさせてしまう。

  それは、よく判っています。

 

  でも、そうは思っても、私は、どうしてもこのチャンスを逃したく無かった。

  今行かなければ、もう二度と奴らの前には行けない。

  そう思った時、結局私は、真里亜と一緒にいることより

  先生の敵討ちを選んでしまいました。

 

  そのことは、本当にごめんなさい。

  もう一度真里亜に会う事が出来たなら、その時はもう一度謝ります。

 

  でも、生きてここに戻ってくる自信が、今の私にはありません。

  

  だから最後に、今の私の気持ちを言わせてください。

 

  真里亜 辛い思いをさせて、本当にごめんなさい

  あなたに会えて、あなたを愛することが出来て、本当に良かった。

  あなたと過ごした3年間、私は本当に幸せでした。

 

  いままで、ありがとう  北条芹香 』

 

「芹香……」

 

 真里亜は便せんを持った手を、ぎゅっと握りしめた。

 今まで流すことの出来なかった涙が、一気にあふれ出してくる。

 

「いやよ……私を……一人にしないで……」

 

 叶うなら、今すぐ芹香を追いかけたかった。けれど、芹香はもうここにはいない。

 どんなに見苦しい姿をさらしても、芹香を引き留めれば良かったと真里亜は後悔した。

 

「芹香……ずっと……大好きよ……」

 

 真里亜は手にしていた便せんを胸にあて、そうつぶやいた。

 この想いが、芹香に届いて欲しいと、心から願いながら。

 

- To be continued -

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