刑事課一係のオフィスが、重苦しい雰囲気に包まれていた。
10月23日土曜日、午後12時10分。
6カ所目の爆破事件が発生し、刑事課監視官と執行官全員に非常招集が発令された。
もともと日勤だった片山と牧野に加えて、第一当直を終えて宿舎に帰っていた高峰も、オフィスに戻って来ている。監視官の三波と瀬川は、緊急で開かれた監視官ミーティングに参加するため、会議室に行っていた。
普段であれば、監視官の目がないのを良い事に雑談を始める片山は、机の上に頬杖をついたまま黙り込んでいる。牧野は、真っ赤に泣きはらした目をして、口をへの字に曲げたまま、隣の芹香の席を見つめ続けていた。
高峰はいつもの調子で、腕組みをしたままじっと目の前のディスプレイに表示されている、リアルタイムのエリアストレスレベルの数値を眺めている。
「あーもう、訳わかんねーよ!」
静けさに耐えかねた片山が、体を勢いよく椅子の背もたれに倒し、短い髪を両手でかき回す。
「いったいどういうことなんだよ。芹香は犯行グループに引き渡されたんじゃねーのかよ。芹香を渡したら次の爆破はしないって事で無理矢理連れてったんだろう? なのに何で次の爆破事件が起きてんだよ」
片山が頭の中の疑問をはき出しても、高峰や牧野は何の反応もしなかった。拍子抜けしたように大きなため息をついた片山は、再び机に頬杖をつく。
「もう芹香、殺されちまったのかなあ」
力なくつぶやいた片山を、鋭い目つきで牧野が睨みつけた。
「そんなわけ無い! 先輩はまだ生きてる!」
牧野はそう叫ぶと、力任せに机を叩いた。
「何の根拠があって、そんなこと断言できんだよ」
頬杖をついたまま、牧野に視線を合わせることもなく片山がボソリと言った。
「藤城さんが言ってたの。今回特務課が先輩を連行していった件は、先輩自身が仕組んだ事だって」
そう声を振り絞るように言った牧野は、目に涙を浮かべて唇を噛みしめた。
「芹香が仕組んだ? なんで芹香がそんなことすんだよ。それにたかだか執行官が、公安局特務課をどうやって動かすんだ?」
片山は、少しあきれたような表情で牧野を見た。
「そんなの判んないけど……。でもひょっとしたら先輩、あたし達に内緒で何かするつもりなんじゃないのかな?」
牧野の言葉を聞いて、片山は再び椅子の背もたれによりかかり、腕組みをすると天井を見上げた。
「何かって言ってもなあ……。龍二さん、何か芹香から聞いてます?」
「いや、何も」
片山に声をかけられた高峰だったが、芹香と約束した事もあり、一緒に朝食を取った時の会話については口をつぐんだ。
「だめだ、頭こんがらがってきた。こういうとき芹香がいてくれたら、きっちり話を整理して教えてくれんだけどなあ」
そう言うと片山は、両手で頭を抱え込んで机に突っ伏した。その脳裏には、芹香と過ごした2年間の日々が浮かぶ。
年は5つも下だったが、芹香は片山の1年先輩にあたる。同じシフトになる事も多く、おおざっぱな仕事ぶりの片山を、芹香はうまくフォローしていた。
できの良すぎる妹のような感覚でいたせいもあり、たまに藤城をネタにしてからかうとムキになる様子が、楽しくてしかたなかった。
出動時も、芹香と組むときは安心して背中を任せられる。片山にとって芹香は、本当に大事な相棒だった。
そんな芹香と、もう二度と仕事が出来ないという喪失感が、今頃になって片山に重くのしかかっている。
「みんな、待たせたね」
無言のまま眉間にしわを寄せオフィスに戻って来た三波の後について、瀬川が声をかけた。いつもなら、笑顔を見せる瀬川だったが、さすがに今日は表情が厳しい。
席に座ることなく三波と瀬川は、監視官席の側に立つと、腕の監視官デバイスを操作し。会議議事録をホログラム表示させた。
「通達事項を伝える。これまで二係の専任案件だっった建造物爆破事件だが、本日13時をもって、公安局特務課が担当することになった。今後刑事課は、この件に関しては一切手を引く」
三波の言葉に、高峰をはじめ、片山と牧野も一斉に三波の顔を見た。
「どういうことですか、三波監視官」
真っ先に口を開いたのは、高峰だった。その口調はいつもより厳しく、あきらかに納得できないという表情で三波に視線を向けている。
「聞こえなかったのか? 建造物爆破事件に関する案件に、刑事課はもう一切関わらない。そういうことだ」
「また上層部お得意の隠蔽工作ですか」
高峰は苦々しい表情で、そう言い捨てると、三波から視線をそらした。
「専任を解かれた二係は通常シフトに戻る。なお今後は、隔離区画周辺の警備を強化する事になった。警戒が必要と思われるエリアに警備ドローンが追加配置され、それに伴って我々への出動要請も増える事が予想される。心しておけ、以上だ」
三波はそれだけ言うと、さっさと自分の席に戻ってしまった。
「はあ? それで終わりっすか? 芹香の事はどうなったんです! 芹香は犯人グループに引き渡されたんじゃないんすか? なのに、なんでまた次の施設が爆破されたんです?」
片山がその場に立ち上がり、三波を厳しい口調で問い詰めた。
三波は、そんな片山に視線を向けることなく、目の前のディスプレイを見つめ続けている。
「片山執行官、今後その件に関しての質問を禁じる」
冷たく言い放つ三波を見て、片山は怒りを爆発させるかのように拳を机に振り下ろした。
「ふざけんな! なんだよそれ! 芹香はどうなったんだよ! 答えろよ!」
「落ち着け、片山!」
高峰がそう叫んで片山を諫めたが、片山の怒りは収まりそうになかった。
「これが落ち着いてられっかよ。芹香はどうなったって聞いてんだよ! 芹香はなあ、俺達の仲間で、あんた達の部下だった人間だろう! それを、もう質問するなとか、おかしいだろ!」
「私だって納得しているわけではない! だが公安局特務課は局長直属の機関だ。案件が特務課に移った以上、たとえ監視官でも、これ以上干渉することが出来ない。理解してくれ」
いつになく悔しそうな表情で言う三波を見て、片山は忌々しげに机を蹴り飛ばし、椅子に身を沈めると、大きなため息をついて黙り込んだ。
「とはいえ、このまま上層部の圧力でうやむやにされるというのも、気に入らないよね」
監視官席で腕組みをしていた瀬川が、いつになく厳しい表情でつぶやいた。
「何か考えでもあるのか、瀬川?」
三波の問いかけに、瀬川は首を横に振る。
「いや、まったく。とりあえず食事に行ってきていいかな、三波さん。お腹がすいていちゃ名案も浮かばない」
「好きにしろ」
三波はあきれたようにそう言うと、端末に向かい事務仕事を始めた。
「じゃあ、食事に行ってきます」
瀬川はそう言うと席から立ち上がり、一係のオフィスを出た。
「あの、瀬川さん!」
エレベーターホールに向かって歩いていた瀬川を、後をついてきた牧野が呼び止めた。
「どうした、牧野くん?」
瀬川は廊下に立ち止まり牧野の顔を見たが、牧野は何かを言いかけては、口ごもっている。
「人に聞かれたくない話なら、あっちの隅に行こうか?」
通路の突き当たりにある、人気の無いスペースを指さしながら瀬川が言うと、牧野は黙って頷いた。
「瀬川さん、私藤城さんに聞いたんです。今回先輩が特務課に連行されたのは、先輩が仕組んだ事だって」
周囲に人がいない事に安心した牧野が、ようやく口を開いた。
「だから先輩は絶対にまだ生きてる。先輩は、一人で何かするつもりです。それが何かはぜんぜん判んないけど」
そう言うと牧野は悔しそうに俯いた。
「そうだね。僕も北条君はまだ生きてると思う。一人で何か無茶しようとしてるなら、やっぱり助けにいきたいよね」
「はい! 私もいろいろ考えたんですけど、何をしていいのかもさっぱり判らなくて。でも瀬川さんなら、何かいい方法、思いついてくれるかもしれないって思ったんです」
「いや、僕も所詮ただの監視官だからね。公安局の特務課案件には、もう口は出せないよ」
瀬川の言葉に、牧野は一気に落胆の表情を見せた。そんな牧野の頭に、瀬川は、ぽんと手を乗せる。
「でも、北条君を助けたい、その気持ちはぼくも同じだ。これでも少しは公安局上層部にツテもある。なにか方法がないか考えてみるよ。でも、このことは三波さんには内緒だよ。あの人頭固いからね」
「判りました。よろしくお願いします!」
牧野は瀬川に深々と頭を下げると、少し安心したような表情で一係のオフィスに戻っていった。
瀬川は、そんな牧野を見送るとエレベーターホールに行き、ちょうど降りてきたエレベーターカーゴに乗り込んだ。
B3Fと書かれたボタンを押し、瀬川は壁によりかかると腕組みをして目を閉じる。
やがてエレベーターは、職員専用駐車場のエリアに到着し、瀬川は急ぎ足で自分の車が止めてあるスペースに向かった。
自分の車の運転席の収まった瀬川は、監視官デバイスを操作し、守秘回線のコールボタンを押した。しかし、コールはしたものの、相手はいっこうに通信に出る気配がない。
「くそっ……いつまでだんまり決め込むつもりだ!」
瀬川は忌々しげにそうつぶやくと、コールをあきらめて座席に背中を預けた。
「俺がこのまま、大人しくしてると思うなよ……」
瀬川は監視官デバイスを睨みつけながらそう言い放つと、車を降り食堂に行くためにエレベーターホールへと歩き始めた。