「突然話があるというから、何事かと思えば、そんな話か監視官。いや、今日は特務課の人間として話をしているんだったな、瀬川特務官」
禾生局長は、机の上に両肘をつき指を組むと、目の前にいる瀬川をじっと見つめた。特務官として話がしたいということは、監視官としてでは口を出せないレベルの話をしたがっているということなのだろう。
「建造物爆破事件は、すでに特務課の案件だ。いまさら刑事課一係に捜査権を委譲するわけにはいかない」
「ですがこの事件は、シビュラシステム専用回線の断絶を目的とした、ケーブル収容施設を狙うという、極めて悪質な犯罪です。執行官一人にまかせて犯人を取り逃がすより、一係の人員を投入して確実に事件解決を図るべきと考えます」
瀬川の訴えにも、禾生局長は表情一つ変えない。
「確かにケーブル収容施設は重要施設ではある。しかしエマージェンシー・モードが利用可能になった今、たとえ全ケーブルが使えなくなったとしても、対応は出来る。そのことは君も知っているだろう。それに、破壊された施設の復旧作業も開始されて、あと1週間もあれば1回線が利用可能になる。こちらとしては、これ以上の人員を、この案件に投入する必要を感じていないのだよ、瀬川特務官」
そう言うと禾生局長は、手元の端末を操作し、ディスプレイ上に2人分のパーソナルデータを表示させた。記載内容は全てロシア語で、顔写真もあきらかに日本人のものではない。
「今回の犯人グループと内通していたロシア側の人間だ。すでに国家防衛法違反で身柄は拘束されている。今回使用された爆発物は、彼らが、軍から横流ししたものらしい」
瀬川は表示されたデータに視線を向けた。一人はいかにも軍人というがっしりした体格の男で、もう一人は細身の、少し神経質そうな男だった。
「犯人グループは資金、物資ともに彼らが持つルートで援助を受けていた。それが断たれた今、今後の活動継続は困難になるはずだ」
パーソナルデータを消し、再び禾生局長は、瀬川に向き直る。
「北条執行官が、どれだけ犯人を始末してくれるかは未知数だが、仕留め損ねた人間が出た場合は、国防軍と特務課が後始末をする。これでもまだ一係に捜査権が欲しいと?」
禾生局長は、挑戦的な笑みをうかべ、瀬川に問いかけた。確かに局長の言い分からすると、一係に捜査権を委譲する、必要性が感じられない。
「それは……」
口ごもる瀬川に、禾生局長は表情をゆるめた。
「結局のところ、君は北条執行官を助けたい……そう思っているのだろう?」
禾生局長の言葉に、瀬川は小さく息を吐く。
「お察しの通りです」
いくら取り繕ってみたところで、局長には全てお見通しに違いない。そう思った瀬川は、あっさり肯定した。
「だが、何故そうまでして彼女を助けたいと思う? 彼女は執行官適性があったとはいえ、所詮潜在犯だ。監視官として執行官とは一線を引くものが多いというのに、何故助けたいなどと思う?」
興味深げに問いかける禾生局長に、瀬川は迷うことなく言葉を返す。
「たしかに、彼女は犯罪係数の高い潜在犯です。しかし、彼女は実際には一度も犯罪を起こしてはいない。執行官としての職務にも忠実で、仲間からも信頼されている。それに彼女は、私にとって大事な部下ですから」
「なるほど」
瀬川の言葉を聞いた禾生局長は、片手で端末を操作した。ディスプレイの片隅に瀬川の犯罪係数と色相データが表示される。
「潜在犯の思考に近づけば、それだけ犯罪係数は上昇するというのが普通だが、その潜在犯に対して、ある意味好意的な感情さえ持つ君が、いまだかつて犯罪係数が30を越えたことがないというのが、実に興味深い。何か特別なストレスケアでもしているのかね?」
「いえ、特に何も。こういう性格のせいかと思っていますが」
まるでおどけるように肩をすくめて、笑顔さえ見せる瀬川に、禾生局長も口元に笑みを浮かべた。
「そうだな……。北条執行官は、なかなか使えそうな人材でもあるし、部下思いの君に免じて、特別な配慮をしてやってもいい」
「それでは、一係に捜査権の委譲を?」
嬉しそうな表情をする瀬川に、禾生局長は首を横に振る。
「早まるな。建造物爆破事件の捜査権に関しては、先ほどの理由で委譲は認められない。だが、別件でなら一係の専任案件にしてやろう」
「別件、といいますと?」
局長の意図を掴みかねた瀬川が、怪訝そうな顔で問いかける。
「最後のケーブル収容施設が爆破されると、エマージェンシー・モードが起動するまでの数分間ではあるが、シビュラシステムはオフラインになる。シビュラシステムの回線を、意図的にオフラインにする事は、重大な犯罪行為だ」
「では、シビュラシステム専用回線に対する通信妨害事件ということであれば、一係の専任案件にしていただけるという事ですか?」
「そうだ。ただし、一係に捜査命令を発令するのは、あくまでもシステムのオフライン状態が発生した場合に限る。北条執行官がその前に犯人を全員始末していたなら、オフラインにはならないはずだ。そうであれば助けに行く必要もあるまい」
そう言うと禾生局長は、眼鏡のフレームを指先であげながら、にやりとした笑みを浮かべる。
「システムのオフラインが確認された後、すみやかに一係へ捜査命令を出そう。だが発令前は、勝手な行動を一切禁じる。それで、構わないかね?」
「それで結構です。ありがとうございます」
深々と頭を下げた後、瀬川は敬礼して部屋を出て行った。
それを見送った禾生局長は、再び、にやりとした笑みを浮かべる。
「君たちがたどり着くまで、彼女が生きていればいいがな」
そうつぶやきを残し、禾生局長は通信回線をオフにした。