Paradise Lost   作:颯月りお

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「北条芹香だと?」

 

 その名前を耳にした瞬間、山本と竹下は同時に通信担当へ視線を向けた。

 

「いったいどういう事でしょうか、隊長」

 

 予想外の人物からの通信に、山本は明らかに動揺していた。同じように竹下も困惑の表情をうかべている。

 

「まずは、話を聞こう。インカムをくれ」

 

 通信担当から渡されたインカムを山本が受け取り、それを竹下に手渡す。通信担当がスイッチを操作し、OKサインを出したところで竹下が口を開いた。

 

「聞こえるか?」

 

 微かなノイズ音の後、艦橋内に若い女性の声が聞こえてきた。通信内容をモニター出来るよう通信担当がスピーカー出力に切り替えたためだ。

 

『良かったあ、日本語通じるのね。いきなり外国語で話されたら、どうしようかと思ったわ』

 

 聞こえてきたその声は、まるで友達とでも会話しているかのようで、山本は思わず横にいた通信担当の男と顔を見合わせた。

 

『まずは、お礼を言わせてもらおうかな。あなたたちが、公安局に私の身柄引き渡し要求なんて事してくれたおかげで、晴れて自由の身になれたんだもん。助かっちゃった』

 

「君は本当に、北条芹香なのか?」

 

『あら、疑ってんの? そうねえ……あ、あなたまだ公安局に顔割れてないわよね。公安局が絶対にしらないはずの、あなたの顔の特徴言ってあげましょうか?』

 

 竹下の沈黙を、了承と受け取った芹香が言葉を続ける。

 

『髪の色は黒、かなり短くて軍人がやってそうな髪型、日に焼けてて、左頬にかなり大きな傷跡が1本ある。背の高さは判んないわ、あなた車に乗ってたから』

 

「なぜ俺の顔を知っている?」

 

 芹香がいい当てた通り、竹下の左頬には斜めに傷跡が残っていた。

 

『あたし、見ちゃったんだよねぇ。あんた達が岩谷博士の家から逃げてくとこ。歩道にいた私の横を、車に乗って通り過ぎていったの、あんた達は覚えてるわけないか』

 

「そういうことか。そこまで知っているという事なら、本物と見て間違いないようだな。しかし何故我々の通信に割り込めた? いや、それ以上に君は潜在犯として拘束されていたんじゃないのか?」

 

『そーなのよ。あっさりとっつかまっちゃってさ。施設に放り込まれて、腐ってたんだけど、あんたたちが私の身柄を要求してるってんで、出してもらえたってわけ』

 

「ということは、公安局は君を我々に引き渡すつもりだったということか?」

 

『そうなんじゃない? 潜在犯の命なんてどーでもいいと思ってんだから、あいつら。だからさー、引き渡しの準備とかで国防軍の施設に連れてかれた時に、軍の車かっぱらって逃げてきちゃった』

 

 まるで深刻さを感じさせない、物言いをする芹香の声が、艦橋にいる男達の失笑を買う。

 

「なるほど。公安局が何も返答をしてこないので、君を引き渡すつもりが無いのかと思っていたが、そういうことだったのか。で、君は、我々と話がしたいようだが?」

 

『そーなのよ。この先どうしようかなって思っててさ、あんた達と取引しよって思いついたんだ。で公安の奴らが、次に狙われるのは室蘭だとか話してるの聞いてたからさ、そっちに向かいつつ、無線機であんた達の会話拾えたら、割り込んで話しようと思ってね。なんかボタンとかスイッチいろいろいじってたら、なんかうまくつながっちゃったわけ』

 

「それはご苦労様な事だったな。我々と取引をしたいということは、君は岩谷博士のデータを持っているということでいいのか?」

 

『当たり! 結局、何が大事なのかよくわかんないんだけど、聞いてた話だと、ケーブルからのでんそーけーろ?とか、ちゅーけーぽいんとの場所とか、難しいこと言われてたけどよくわかんない』

 

 聞かされていた単語が何を意味するのか、まるで判っていないように聞こえる芹香の言葉に竹下も、思わず鼻で笑ってしまった。

 

「それは、我々が探していたものだ。それを譲ってくれるというのかね?」

 

『タダじゃいやよお。いくらで買ってくれる?』

 

 金の話になったとたん、声が変わった芹香の話ぶりに、竹下は山本と顔を見合わせ、苦笑いを交わす。

 

「そうだな……1億でどうだ?」

 

『あはっ、そんなに価値のあるもんなのこれ。いいわ、それで売ってあげる。でもさー、あたし金融機関っていうやつの口座って持ってないんだよね。現金もらったって、今の世の中じゃ使えないしさ。なんとかしてくれないかな?』

 

「いいだろう。 こちらの裏ルートを使って、君名義の海外口座を用意する。君のデータと、口座書類一式を引き替えというのはどうだ」

 

『それでお金使えるようになるなら、それでいいよ。でブツの受け渡しなんだけどさあ……わがまま言っていい?』

 

 急に口ごもった芹香に、竹下は怪訝そうな顔を見せる。

 

「なんだ? 言ってみろ」

 

『あんたたち、いろんな所を爆弾つかって爆破してるんだって? どうせだったら、あたしもばーんって爆発するとこ見たいんだよねえ。見物しちゃだめかなあ?』

 

「おいおい、花火を上げるわけじゃないんだぞ。それに今回の爆破施設は地下だ。派手なことは何もおこらない」

 

『えーそうなの? つまんないの。公安のやつらに嫌がらせしてるみたいだから、面白そうだなって思ったんだけど』

 

 いかにも不満げな声で言う芹香に、竹下は言葉を続ける。

 

「確かに、これは公安局への嫌がらせのようなものだ。その爆破の現場に立ち会いたいというなら、見物するのはかまわん。爆破は地下で行うが我々は地上の施設で状況確認をする予定だからな」

 

『ほんと? 行く行く! そこでおじさ……っと、おにいさんに会ってデータ渡せる?』

 

「竹下だ。現場には俺もいる。直接データをもらおう。爆破は26日火曜日午前0時に行う。見物したいなら、間に合うよう早目に来い」

 

『おっけ-。26日の火曜日、時間は午前0時だね。あたし公安に見つからないように動いてっからさ、移動に時間かかんのよ。何時に着くかわかんないけど、間に合うようにいくわ』

 

「了解した。公安にみつからないように来てくれよ」

 

『せーっかく自由の身になれたんだもん、がんばる。まあ話のわかる相手で良かったわ、竹下さん。んじゃ明日の夜にね。ばいばーい』

 

 芹香の声消えたところで、艦橋にいる男達から笑い声があがる。

 

「いまどきの若い女の子は、あんな感じなんでしょうかね?」

 

 やはり苦笑いを浮かべている山本が、疲れたような表情をしている竹下に言った。

 

「若い女の子と会話など、久しくしていないからよく判らん。しかし伝送経路のデータがあると言っていたから、まるっきりデタラメな事を言っているわけではなさそうだ」

 

「そうですね。まあ予想外の展開ですが。では一応海外口座のデータを用意しておきますか」

 

 そう言うと山本はタブレット端末に視線を落とした。その様子を見ていた竹下が、数秒考え込んでから、声をかける。

 

「ああ、だが山本……」

 

「はい?」

 

「ひょっとすると……これが公安局の仕掛けた最大の罠……という可能性もゼロではない。念のため、対策はしておいてくれ」

 

「判りました」

 

 竹下の言葉に、はっとするような表情をした山本は、表情を引き締めてうなづく。

 

「彼女が本当に公安から逃げてきたただの潜在犯なのか、もしくは公安局の犬か……なかなか面白い展開になってきたな」

 

 そうつぶやいた竹下は、愉快そうに口元に笑みを浮かべた。

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