Paradise Lost   作:颯月りお

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「失礼するよ」

 

 分析室では、真里亜が一人コンソールに向かって、忙しそうにタブレットのキーを叩いていた。

 

「瀬川さん? 分析依頼ですか?」

 

 真里亜は、ちらりと後ろを振り返っただけで、すぐディスプレイに視線を戻す。

 

「ずいぶんと忙しそうだね。少し休んだら?」

 

 そう言うと、瀬川はコンソールの上に、缶入りのミルクココアを置いた。

 

「ありがとうございます。でも、無理矢理忙しくしてるんです。余計な事考えたくないから」

 

 そう言いながらも、真里亜はキーを打つ手を止めない。その横顔には、明らかに疲労の色が見て取れた。

 

「気持ちは判るけど、今君に倒れてもらっちゃ困るんだよね。ちょっと手伝ってもらいたい事があるんだ」

 

「なんです?」

 

 瀬川の言葉に、ようやく真里亜は手を止めた。

 

「焦らない焦らない。もう一人助っ人を呼んでいるんだ。来るまで一休みするといい」

 

 そう言って、にっこり笑いかける瀬川に、真里亜は怪訝そうな表情を見せると、コンソールに置かれた缶を手に取り、プルタブを開けた。

 

「いったい、何企んでいるんです? 前々から変な人だとは思ってましたけど」

 

 椅子を回転させ足を組み直した真里亜は、そう言って缶に口をつけ、ソファに腰掛けようとしている瀬川を見た。

 

「変な人はひどいなあ。僕はただの平凡な監視官だよ」

 

 苦笑いを見せる瀬川を、真里亜は疑いの眼差しで見つめている。

 

「表向きは……じゃないんですか?」

 

 真里亜の問いかけに、瀬川は黙って肩をすくめて見せた。彼女は情報分析と共に情報収集も得意とする分析官だ。瀬川に関してもどこかから情報を入手しているのかもしれない。そう思った瀬川は、真里亜の言葉に、それ以上答えなかった。

 

「失礼します」

 

 ちょうどその時、分析室のドアが開き、高峰が入ってきた。いつものスーツ姿ではなく、黒のTシャツにチェックのシャツとジーンズというラフな格好だった。

 

「あ、悪いね高峰君、休みのところ呼び出して」

 

「いえ、何かあったんですか?」

 

 真里亜と瀬川の顔を交互に見ながら、高峰が問いかけた。

 

「じゃあ、揃ったところで、そっちの部屋借りようか。ここじゃあ、内緒話はしずらいし。ロック解除してもらえるかな、藤城君」

 

 そう言うと、瀬川は分析室の奥にある、処置室を指さした。真里亜は、瀬川に少し鋭い視線を向けてから立ち上がり、処置室のロックを解除すると二人を招き入れた。

 

「外部からの干渉がシャットダウン出来る電波暗室で、わざわざ話をするということは、相当危ない話のような気がするんですけど。何するつもりなんです、瀬川監視官?」

 

 真里亜は腕組みをしたまま、瀬川に問いかけた。瀬川は、さっきまでの表情から一転真剣な眼差しで話始める。

 

「次の……というか、最後のケーブル収容施設の爆破予定日時が判った。今晩深夜0時だ」

 

 瀬川の言葉に、高峰と真里亜は共に驚きの表情を見せた。

 

「どうして、そんな情報を……まさか北条からですか?」

 

 と言う高峰の言葉を聞いた真里亜が、顔色を変える。

 

「さすが高峰君、鋭いね。僕が直接聞いたわけじゃないんだが、北条君と犯人グループの会話を教えてくれた人がいてね」

 

「教えてくれた人って、芹香を連行していった特務課の人間なんじゃないんですか?」

 

 真里亜が、瀬川に厳しい視線を向けたまま言う。そんな真里亜の表情を見て、瀬川は苦笑いを返した。

 

「悪いけどその点に関しては、肯定も否定もしないでおくよ」

 

 瀬川の答えに、真里亜は少し不満そうな顔をする。

 

「じゃあ、やっぱり北条は一人で犯人グループの所へ行くために、一芝居打っていたって訳なんですね?」

 

「ああ、やっぱり高峰君も気づいてたのか」

 

「連行される日の北条の様子を見ていて、何かやったなとは思ってました」

 

「高峰君は、北条君から何か聞いているのか?」

 

 瀬川の問いかけに、高峰は少し躊躇してから言葉を続ける。

 

「爆破事件が起きてから、北条の様子がずっと変だったので、話を聞いたんです。北条が言うには、今回の爆破犯のグループと、岩谷博士を襲撃したグループは同一だと。だから、なんとか奴らにドミネーターを向けたいんだって言ってました」

 

「芹香は、岩谷博士を襲撃した奴を、いつか見つけられるかもしれないって思ったから、執行官になったんです。そのためなら今の芹香は、どんな無茶な事でもやるつもりですよ」

 

 二人の話を聞いて、瀬川は監視官デバイスを操作すると、村木から転送された地図を表示させた。今現在芹香がいるはずのポイントと、ケーブル収容施設の場所が×印で表されている。

 

「北条君は、今ここにいる。最後の爆破が行われる前に、一人で犯人グループの元へ乗り込むつもりだ」

 

 瀬川の言葉を聞いて、真里亜が唇を噛みしめた。その視線は地図に向けられたまま微動だにしない。内心では今すぐにでも、その場所へ行きたいと思っているのだろう。

 

「まったく、あいつは……。藤城の事も考えてやれって言っておいたんだが」

 

 そう言うと高峰は、慰めるように真里亜の背中を叩く。

 

「北条君、ちょっと勝手に無茶しすぎだよね。そこでだ、僕らもちょっと無茶をやろうと思う。その為に、君たちの力を借りたい」

 

「どういう意味ですか?」

 

 意図をわかりかねるというような表情で、高峰が問いかけた。

 

「今から言う話は、君たちを信用しているからこそ伝える話だ。くれぐれも口外はしないでもらいたい」

 

 高峰と真里亜が、黙って頷くのを見て、瀬川は話を続けた。

 

「北海道と本州を結ぶ海底ケーブルは、使用、未使用含めて7本あった。そのうち6本が、収容施設を破壊されたことにより、現在使えなくなっている。そして今回、最後の1本を収容している施設が破壊され、利用できなくなった場合、東京と北海道を結ぶシビュラシステムのリンクがオフラインになる」

 

 瀬川の話を聞いて、最初に疑問を投げかけたのは真里亜だった。

 

「そんな、だって東京と北海道との回線は、通信衛星で……って。ああそうか、情報操作されてたのね」

 

 ようやく納得がいったというような表情で真里亜がつぶやいた。

 

「なるほど、犯人グループはだたの建造物爆破目的ではなく、北海道のシビュラシステムを無効化するのが目的だったという事ですね。どうりで公安局のトップが隠したがるわけだ。そんな情報が外部に漏れた日には、あっという間にパニックになる」

 

 高峰は厳しい表情でそう言うと、考え込むように腕を組んだ。

 

「でも、それにしては公安局としては、特に騒いでませんよね。それこそ広域重要指定がかかってもいい案件だと思いますけど、特務課だけで対応できるという判断なんですか?」

 

 真里亜の問いかけに、瀬川は首を横に振った。

 

「ケーブルが使えなくなってシステムが一時的にオフラインになっても、約3分後にバックアップシステムが起動して、オンラインに戻る。公安局が騒がないのは、それを見越しての事だ」

 

「3分間程度なら、なんとかごまかせると思っているわけですね」

 

 高峰の言葉に頷いた瀬川は、もう一度監視官デバイスに先ほどの地図を表示させた。

 

「問題は、その時の北条君の状況だ。彼女は爆破の前に施設に突入している。にもかかわらず爆破が予定通り行われるとすると……」

 

「犯人グループへのダメージが無かった、かわりに北条が、かなり危険な状態になっているということですか?」

 

 瀬川の言葉を続けて、高峰が言う。

 

「ああ、そういうことになる。悪いね、藤城君、こんな話聞かせて」

 

 高峰の横で厳しい表情をしている真里亜に、瀬川は少し優しい視線を向けた。

 

「いえ、大丈夫です。続けてください」

 

 真里亜の言葉に頷き、瀬川は話を続ける。

 

「現状、建造物爆破事件の捜査権は特務課に移ってしまっているので、北条君がどんな状況になっていても、今の刑事課には、一切手出しが出来ない。だが、別の事件が発生したというなら、話は別だ」

 

「シビュラシステムとのリンクに障害を発生させた、という別事件として扱うというということですね。しかしその捜査はどの係が受け持つか、判らないのでは?」

 

 高峰の問いかけに、瀬川は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

 

「大丈夫だ。この事件は一係の専任案件になる。なんでそうなることが判るのかっていうのは、聞かないでもらえるかな」

 

 そんな瀬川の様子を見て、真里亜は小さくため息をつく。

 

「なんとなく予想がつきますけど、あえて言わないでおきます。で、通信障害事件が一係の専任案件になったら、それを口実に芹香を助けに行くって事ですか?」

 

「その通り。そこで藤城君に質問だ。ティルトローター機、使用申請を出して、飛ばすのにどれくらい時間がかかる?」

 

 いきなりの質問に、真里亜は一瞬戸惑うような表情を見せたが、すぐに記憶をたどりながら話始めた。

 

「そうですね……。公安局のティルトローター機は、国防軍に保守を委託しているので、正式な使用申請を出せば10分程度でうちのヘリポートまでは来てもらえます。その後、機体が到着したら操縦ドローンへの飛行ルート設定、航空管制局への離陸通達とと飛行ルートの緊急承認とかで20分。トータル30分程度はかかります」

 

「30分か……。できればティルトローター機が、公安局のヘリポートに到着したら、すぐ出発したいんだ。もうちょっと短くしてもらえないかな?」

 

「そんな事、私に言われても……」

 

 真里亜は眉間にしわを寄せて、考え込んだ。

 

「軍の施設から機体が離陸したところで、操縦システムに強制割り込みかけて、操縦ドローンのシステムに、あらかじめルート設定データをセッティングするくらいしか。後は、航空管制局への通達と承認を、使用申請と同時に出せば……でもこれは監視官権限がないとだめです」

 

「判った、航空管制局のほうはこちらでなんとかする。操縦ドローン関係の処理は、藤城君に任せていいかな? 目的地のデータは後で渡す」

 

「判りました。なんとかします。芹香を助けられるなら、多少の始末書くらい覚悟しておきます。じゃあ私、さっそく準備はじめますね」

 

 そう言い残し、真里亜は先に処置室を出て行った。芹香を助けられるかもしれない、その思いが真里亜を、幾分元気にしたようだった。

 

「で、高峰君には、片山君と牧野君の二人に、出動命令が出たらすぐに出られるよう、うまく話をつけておいてもらいたいんだ。今ここで話をした内容は伏せたままでね」

 

「判りました。無理矢理にでも、言いくるめてみせます。どうしても切り抜けられなかったら、瀬川監視官に聞けといっておきますよ」

 

 苦笑いを見せながら言う高峰を見て、瀬川も肩をすくめて見せた。

 

「一番良いのは、回線がオフラインにならず、この計画が無駄に終わってくれる事なんだが……」

 

 そう言うと、瀬川はデバイスに表示させたままだった地図に、もう一度視線を落した。

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