街灯はおろか、信号さえも無い2車線の道路を、芹香はスピードを緩めて車を走らせていた。
もうこのあたりは、廃棄されたも同然の場所で、人が存在する気配もなく、監視カメラもスキャナも設置されていない。その証拠に、ここに来るまで1台の対向車にも出会わなかった。
道路の両脇はほとんどが、伸び邦題の草木の生い茂る荒れ果てた場所で、時折思い出したように崩れかけた建物が点在し、そこがかつての街だったという痕跡を残している。
単調な景色が続き、カーナビゲーションシステムが無ければ、どこを走っているのか判らなくなりそうだった。
「この辺だと思うんだけどな」
芹香は、時折ナビシステムのマップに視線を向けながら、村木の指示で車を乗り捨てておく場所へ向かっていた。しばらく進むと、ナビシステムが、目的地が近い事を告げ、芹香は指示に従って、車を脇道に左折させる。
そこは古い工場跡地で、錆だらけのクレーンや大型タンク、倒れかけている鉄塔などが残っているだけの場所だった。その敷地の片隅に、古びた倉庫がある。
倉庫といっても、鉄製の扉はすでに半分無く、かろうじて屋根は残っているものの、一カ所大きな穴があいていた。
芹香は、その倉庫の中へ車を進入させエンジンをとめた。車の外に出て、バックドアを開けると、積み込まれているドミネーター専用の格納ケースに手を伸ばした。
執行官デバイスをケースの認証システムにかざす。小さな電子音の後、人工音声の声が聞こえてくる。
『ID確認 所属と氏名を申告してください』
「刑事課一係、北条芹香執行官」
『声紋及びIDを認証 緊急時特例法第548条が適用されています 公安局局長権限によりドミネーターの使用が許可されました』
人工音声がそう告げると、ようやくケースのロックが解除された。ケースを開き、芹香はドミネーターを手に取る。
『携帯型心理診断鎮圧執行システム ドミネーター起動しました ユーザー認証 北条芹香執行官 使用許諾確認 適正ユーザーです』
ドミネーターが放つ指向性音声を聞いて、芹香は口元に笑みを浮かべる。
「こんな状態でも、執行官か」
通常なら、監視官がいないと身動きの取れないのが執行官のはずなのに、たった一人で動き回れる状態にいる事に、なんとなく芹香は違和感を覚える。
局長は、よくこんな事を許したものだと思うが、芹香と話をしている時の局長は、この状態を面白がっているようにも見えた。
「まあ、私は自分の目的を果たせればいいけどね」
芹香はそうつぶやくと、背中側にある腰のホルスターにドミネーターを納めた。予備バッテリーはジャケットの左ポケットに放り込む。伸縮タイプの電気衝撃警棒は、マグライトと共にカーゴパンツの足部分にあるポケットに入れ、電磁パルス・グレネードを詰め込んだベルトポーチを身につける。
車内をもう一度見回した後、コンテナの近くに折りたたまれていたビニールシートを手に取ってから、芹香はバックドアを閉めた。全てのドアにロックをかけ、車のキーを予備タイヤの隙間に隠すと、ビニールシートで車を覆い隠す。
この車は、後で村木の手の者が回収に来るらしい。すべての準備を終え、芹香は道路に向かって歩き出した。
この場所から、ケーブルの収容施設までの道も、両脇は背の高い草むらが続き、姿を隠しながら歩くには好都合だった。身体を低くした姿勢で草むらに紛れ、足元に気をつけながら、芹香は施設の正門が見える場所まで歩き続けた。
10分ほど歩くと、暗闇の中にぼんやりと人影が見えた。目をこらすと、古々しいコンクリートの門柱だけが道路の両脇に設置されたその場所に、小銃を構えた男が2人立っている。他に人影は見えなかった。ここで、この二人を倒しても、異変に気づかれる事もなさそうだった。
(まずは、こいつらか)
男達のいる場所までは、50メートルほどある。芹香はカーゴパンツのポケットから電気衝撃警棒を取り出すと、最大の長さまで伸ばして固定した。
それを小脇に挟み込むと、腰のポーチから電磁パルス・グレネードを2個取り出す。1個目の電磁パルス・グレネードの安全装置を解除した芹香は、すぐにそれを男達のいる場所へと投げつけた。
「なんだ?……うわっ!」
飛んできた異物に気づいた男が、視線を空中に向けた瞬間、電磁パルス・グレネードは空中で激しい閃光を放つ。閃光をかわそうと、とっさに腕を目の前にかざしているが、おそらく男達の視界は閃光に奪われている。
芹香は、続けて2個目の電磁パルス・グレネードを男達の足元に転がす。閃光と電磁衝撃波をまともに受けて、男達は続けざまに膝から地面に崩れ落ちた。
その隙を突いて、芹香は男達の元へと一気に駆け寄った。崩れ落ちている男達は芹香の気配に気づいたが、抵抗するより早く、芹香の電気衝撃警棒が首筋に数回叩き込まれる。
男達は、相次いで低いうめき声と共に意識を失った。ドミネーターのパラライザーほどではないが、最大出力にした電気衝撃警棒の衝撃なら3時間くらいは身動きできないはずだ。
芹香は、男達を足で転がし、小銃を取り上げると、安全装置がかかっているのを確かめてから、草むらの中に放り投げる。無線機も電源を切り、同じように遠くへ放り投げた。
男達が、完全に動けなくなっているのを確認して、芹香は先に向かって歩き出した。
(グレネードは、あと4つ。ドミネーターはなるべく温存しておきたいから、雑魚はこれで片付けられるといいけど)
注意深く周囲を見回しながら、芹香は闇に包まれた道路を歩いていく。さらに10メートルほど進むと、道は90度左に折れ、その先にケーブル収容施設の地上管理棟が見えた。
芹香は曲がり角の草むらに隠れ、管理棟の建物へ視線を向ける。入り口の側に、さっきと同じく、小銃で武装した男が2人立っていた。けれど今回はこの2人だけとは限らない。建物の裏手や、少し離れた場所にある地下のケーブル陸揚所にも人がいる可能性が高い。
(どれだけの人がいるのか、まずは出てきてもらおうかな)
背の高い草むらに紛れて、地面を這うように芹香は移動を開始した。男達まで50メートルほどの場所まで接近した芹香は、腰のポーチから電磁パルス・グレネードを取り出し、安全装置を解除すると、すぐに道路に向かって放り投げた。
施設の手前で、グレネードは閃光を放ち、それに驚いた、入り口前にいた男達が、小銃を構えて駆け寄ってくる。周囲に銃を向けて警戒している男達に向かって、芹香は電磁パルス・グレネードを投げつける。
「ぐはっ!!」
至近距離で閃光と電磁衝撃波をくらった男達が動きを止める。芹香は、男達の背後から一気に近づき、立て続けに電気衝撃警棒を男達の首筋に叩き込み、すぐ道路脇の草むらに飛び込むと身を隠した。
草むらに伏せながら、道路に転がる男達の様子を見守る。男達は電気衝撃警棒の衝撃で、身動き一つしない。
「どうした!」
建物の裏手から新たな人影がやってくる。今度も2人で、同じように小銃で武装している。芹香は背中側に手を回し、腰のホルスターからドミネーターを取り出した。
やってきた男の一人に、ドミネーターを向ける。ドミネーターは瞬時にスキャンを行い、犯罪係数を計測する。
『犯罪係数286 執行対象です セーフティを解除します』
発射可能シグナルが表示された瞬間、芹香はトリガーを引く。強烈な電磁波を受けて、男は声も出さずに倒れ込んだ。
「おい! どうした!」
隣にいた男が、倒れ込んだ男に向かって叫びをあげる。けれど次の瞬間、芹香の持つドミネーターから放たれた電磁波によって、先に倒れた男と同じように、その場に崩れ落ちた。
道路には、4人の男達が意識を失ったまま転がっている。
新たな敵が現れる可能性を考えて、芹香はそのまま草むらの中に身を伏せていた。けれど、数分たっても新たな人影は現れない。
(外の警備は、これで終わり?)
芹香が倒したのはこれで、6人。海上の船からやってきたボートの数から考えると、妥当な数なのかもしれない。
周囲に注意をはらいつつ、ドミネーターを構えたまま、芹香は草むらから道路に出た。一気に道路を走り抜け、建物の入り口にたどり着くと壁を背にして、もう一度周囲を見回した。
もう完全に人の気配は感じない。芹香は、建物の中に入ることにした。
ゆっくりとドアノブを回し、細い隙間を開けて中をのぞき込む。非常灯だけが廊下を点々と照らしているだけで、人影は見えない。
芹香は、さらにドアの隙間を広げて身体を滑り込ませると、静かにドアを閉めた。
暗闇に目が慣れてくると、周囲の様子がぼんやりとながら把握できてくる。廊下の壁に施設の配置図があった。芹香はマグライトを取り出し、配置図を照らし出す。配置図の中で一番広い部屋に中央制御室という文字が見えた。
(奴らがいるとすれば、あそこか)
配置図を頭に叩き込み、芹香はライトを消した。動き出す前に芹香はドミネーターのバッテリー表示を確認する。パラライザーを2発発射した為、インジケーターの表示が減っている。
パラライザーだけを撃ち続けるのであれば、このままでもいいが、この状態では、エリミネーターの弾数が減る。ドミネーターはフル充電状態で、モード変更をしない場合に限り、エリミネーターモードで4発まで発射が可能だ。
芹香は、ジャケットのポケットから予備バッテリーを取り出し、ドミネーターに接続すると高速充電モードのスイッチを押した。ものの数秒でドミネーターは、フル充電状態になる。
(勝負は4発か……)
ドミネーターをしっかり握り直し、芹香は一度深呼吸をすると、足音をしのばせて廊下を進み始めた。
廊下を直進し、人影が無いのを確かめてから、突き当たりを右へ曲がる。さらに突き当たりを左に曲がった先が、中央制御室のはずだ。
芹香は、コーナーの角をゆっくり弧を描くように回り込んでいく。進むにつれて廊下の先の視界が広がっていくが、その先に人の気配が一切無かった。
(ここも警備は無しか)
短い廊下の突き当たりに中央制御室というプレートのついたドアがある。竹下達は、別の場所にいるのだろうかと芹香は思ったが、他を探す前に、この場所を確認するのが先決だと思い直した。
芹香は、ドミネーターを構えたまま、ゆっくりと廊下を進み始めた。自分の呼吸する音が、暗闇の中に響くような気がする。ドミネーターを握る手が、じっとり汗ばんできた。
もうすぐドアにたどり着く。
そう思った瞬間、空気を切り裂くような音が暗闇に響き、急に右足から力が抜けた。と同時に右足の太もも付近に、焼け付くような痛みが走る。
「うっ!」
思わずうめき声が漏れたが、芹香はかろうじてバランスを取り、倒れることだけは免れた。視線を右ふとももに向けると、細い釘が突き刺さっているのが見える。
後ろを振り返った瞬間、体格の良い男の腕が芹香に向かって伸ばされる。ドミネーターを向けようとした直前、男が手にしたものから激しい放電が起きる。
(スタンガン!?)
とっさに回避しようとした芹香だったが、男の動きの方が早かった。首筋に強烈な衝撃を感じ、目の前が暗くなる。
なんとか意識を失うまいと、唇を噛みしめた芹香だったが、2度目の電撃を首筋にあてられ、完全に意識をうしなった。