シビュラシステムとのリンクが突然オフラインになり、三係の当直監視官が、全監視官と執行官に非常招集を発令した直後、回線はいきなり復旧した。
今はデバイスのステータスもオンライン表示に戻り、エリアストレスの計測値も、正常な数値を随時更新している。
それでも非常招集をかけられた執行官が、次々に刑事課フロアに集まってきた。慌てて走ってくる者もいれば、眠そうにネクタイを締めながら歩いている者もいる。それぞれの危機感の違いを感じさせるが、皆一様に雰囲気の違う一係のオフィスを怪訝そうに見ながら、廊下を通過していく。
「いきなりオフラインになったと思ったら、もう元に戻っちまった。なんだったんだ、今の?」
片山はそう言ってから、何かを思い出したかのように両手で口を塞いだ。
「片山君、別に一言も話をするなって訳じゃないんだから、いいんだよ、普通にしてて」
片山の様子に苦笑いしながら、瀬川が言う。
「いや、今口開くと、龍二さんと、瀬川監視官を質問攻めにしたくなるんで、やっぱり黙っときます」
それだけ言うと、片山は片手で口にチャックをする真似をしてみせた。片山の斜め前に座っている牧野は、眉間にしわを寄せたまま、片手で口を塞いで、瀬川を恨めしそうに見ている。本当は言いたい事が山ほどあるのだろう。
「じゃあ、僕から少し話をさせてもらおうかな。ただし今から話す内容は、一切口外しないでもらいたい」
瀬川は席から立ち上がり、一係全体を見回した。高峰、片山、牧野、それに三波が、真剣な表情で瀬川を見つめている。
「さっき発生したシビュラシステム専用回線の通信妨害、あれは人為的に起こされたものだ。意図的にシビュラシステムの運用に支障をきたす恐れのある行為を行う事はもちろん、実際にシステムの運用に障害を発生させる事は、実行した人間の犯罪係数に関わらず、国家安全保護法に違反する犯罪となる。もっとも、そんなことする人間で犯罪係数が100以下なんて、ありえないけどね」
そう言うと、瀬川は腕の監視官デバイスで、時間を確かめた。
「まもなくこの案件は、シビュラシステム専用回線に対する通信妨害事件として立件されるわけだが、この事件を起こした犯行グループを、北条君が今一人で追っている」
片山と牧野が、ほぼ同時に口を開きかけたが、結局何も言わず、苦々しい表情で黙り込んだ。
「驚いて当然だよ。建造物爆破犯人に引き渡すっていう名目でここから連行されていったんだからね。まあ複雑な事情によりって事で、詳しい事は伏せさせてくれ」
苦笑いしている瀬川を見て、片山と牧野は、あきらめたように頷いている。
「そこで我々は、この事件の捜査命令が通達され次第、犯行グループがいる現場に向かい、北条君の支援、及び犯行グループの確保を行う。北条君の現在地は把握しているし、移動の為の下準備は済んでいる。ただ、おそらく状況は一刻を争うはずだ、みんなよろしく頼む」
そう言って瀬川が頭を下げた時、三波が自分のディスプレイに、監視官通達が発令された事を示すシグナルが点灯していることに気づいた。
「瀬川、来たぞ。公安局局長より緊急通達。シビュラシステム専用回線に対する通信妨害事件の捜査命令だ。現時刻をもって、この事件は一係に専任捜査権が与えられた」
三波が読み上げた通達文書の内容を聞いて、瀬川はすぐさま自分の端末に向かい、キーを叩き始めた。
「了解です。現地へ向かう為の国防軍へのティルトローター機使用申請を行います」
「ドミネーター格納ドローンをヘリポートに移動させる必要があるな。武装承認申請と機材管理課への要請は、俺がやろう」
三波はそう言うと、さっそく腕の監視官デバイスで、機材管理課の責任者を呼び出し始めた。
「ありがとうございます、三波監視官。高峰君、後は任せた」
瀬川の言葉に、高峰は足元に置いてあったメディカルキットのボックスを手に立ち上がった。
「よし、片山、牧野、俺達は屋上ヘリポートで待機だ」
「はい!」
牧野は、ようやく動き出せるのが嬉しいらしく、椅子の背にかけていたフライトジャケットを手に、目を輝かせて立ち上がった。
「よっしゃー、芹香の大馬鹿野郎を迎えに行くか!」
片山も机に置いてあったコートに袖を通しながら立ち上がり、高峰と牧野の後に続いて、オフィスを出ていった。
「瀬川、監視官権限で武装レベル1の装備を機材管理課に申請した」
「判りました。国防軍へのティルトローター使用申請、航空管制局への離陸通達と、飛行ルートの緊急承認要請も完了しました。我々もヘリポートで待機しましょう」
瀬川はそう言うと、椅子の背にかけてあった監視官用レイドジャケットを手に立ち上がった。三波はすでにレイドジャケットを着込んで、廊下に向かって歩き出している。
「三波監視官」
瀬川は数歩先を歩く三波の後について歩きながら、声をかけた。
「なんだ?」
「いろいろとすみませんでした。それとありがとうございます」
瀬川の言葉に、三波はちらりと横を向いたが、すぐに前を向いて歩き続ける。
「俺は監視官として、命令にしたがっているだけだ。お前に礼を言われる筋合いはない」
そう言うと三波は、ちょうどやってきたエレベーターに乗り込み、瀬川が乗るのを待って屋上へのボタンを押した。
「北条執行官にとって、監視官としてお前がいたのは幸運だったな。俺だけなら、こんな真似はとてもじゃないが出来ない」
エレベーターカーゴの壁によりかかり、三波はそう言って苦笑する。
「三波さんの監視官としての姿勢は、何も間違ってないですよ。むしろそれが普通です。監視官としての任期10年の間に、犯罪係数を50以内に保ちながら職務を全うする。それをクリア出来た者だけが、次のステージに上れるんです。三波さんは、もうすぐそれをクリア出来るんですから、尊敬に値しますよ」
瀬川は、そう言うと三波に笑いかけた。
「それに、僕が北条君を助けるのは、ある意味罪滅ぼしでもあるので……」
ふいに瀬川が口にした言葉の意味を、三波が問いかけようとした瞬間、エレベーターが屋上に到着した。会話はそこで途切れ、二人はエレベーターから降りると、先に到着していた高峰達の元へ駆け寄った。
高峰達の傍らには、いつも護送車に搭載されているドミネーターの格納用ドローンと、それを一回り小さくしたような自走式コンテナがある。三波が申請した、装備レベル1で申請した武装用の備品が、自走式コンテナに搭載されているはずだった。
「で、勢いでヘリポートまで来たけど、結局どこ行くんです? っていう質問はしていいんすか、瀬川さん」
コートのポケットに両手をつっこみながら、片山が訊ねた。
「ああ、行き先をまだ話していなかったね。場所は……」
瀬川が場所を説明しようとしたその時、乗員待機エリアのスピーカーから通報アナウンスが聞こえてきた。
『北区東15エリアにおいて、規定値超過のサイコパス色相を計測。なお当該エリアに設置されている街頭スキャナが多数破壊されている模様。当直監視官は執行官を伴い現場に急行してください』
「三係も災難だな。急にシフト変更になったあげくに、破壊工作の捜査かよ」
アナウンスの内容を聞いて、片山が肩をすくめる。一方、高峰は違う感想をもったらしく、瀬川の方へ視線を向けると言葉を選んで話しかけ始めた。
「瀬川監視官、これは、あの犯行グループの一味じゃないでしょうか。回線がオフラインになったと信じ込んでの行動なら、市街地に乗り込んで、スキャナを破壊するなんて馬鹿な真似も納得できる」
「ああ、たぶんそうだろうね。幸い非常招集がかかって二係と三係の執行官は勢揃いしてる。街頭スキャナの連続破壊となれば、全員現場に投入だ。すぐに捕まえられるさ」
瀬川と高峰がそう会話している時、ティルトローター機の飛行音が聞こえてきた。その直後に瀬川の監視官デバイスに、真里亜から通信が入る。
『瀬川さん、操縦ドローンへの飛行ルートセッティング完了しました。着陸ポイントは、こちらで数カ所選んでセッティングしておきましたので、現場の状況を見て、降りる場所を決めてください』
「判った。ここから現地までどれくらいかかりそうかな?」
『現在の気象状況も考慮にいれて、最短ルートを設定しましたので、離陸から15分くらいで到着できるはずです』
「15分か」
時刻は、まもなく午前0時18分になろうとしている。ティルトローター機は、ちょうどヘリポートへの着陸態勢に入っている。
着陸後、機材を搬入して乗り込み、すぐに出発したとしても、現地に到着出来るのは午前0時40分頃だ。
『芹香、大丈夫でしょうか?』
不安そうに真里亜が問いかける。瀬川は努めて明るい声で返事をした。
「北条君を信じよう。僕たちも全力を尽くす。じゃあ行ってくるよ」
瀬川は、そう言って通信を切った。ティルトローター機はヘリポートに着陸し、貨物搭載ハッチが開こうとしているところだった。
「よし、出動だ!」
瀬川の声を待っていたかのように全員が頷き、搭乗ハッチに向かって一斉にかけだしていった。