Paradise Lost   作:颯月りお

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 公安局のヘリポートを離陸して、5分ほどが経過した。

 瀬川は着陸ポイントの設定をするために、コクピットへ姿を消し、機体前方のキャビンに三波達が座っている。

 

「まだ着かないのかな」

 

 牧野は、瀬川から転送されてきた地図を、執行官デバイスのホログラムディスプレイに表示させながらつぶやいた。

 

「お前、その台詞言うの何度目だよ。まだ離陸してから10分も経ってねーんだぞ」

 

 牧野の隣の席に座っていた片山が、あきれたように言う。

 

「片山だって、さっきからそわそわしっぱなしじゃん。もう少しじっとしてらんないの? ガキじゃあるまいし」

 

「ガキのお前に、ガキ呼ばわりされたくねーよ」

 

「あたしのどこがガキだって?」

 

 お互いににらみ合いを始めた二人を見て、高峰があきれたように大きなため息をついた。

 

「お前達、こんな時までケンカするな」

 

 高峰に窘められ、片山と牧野が同時に高峰を睨みつける。

 

「「だって、こいつが」」

 

 片山と牧野が同時に同じ台詞を言い、それを見ていた三波が、たまらずに吹き出した。

 

「仲が良いのか悪いのか判らないな、お前達は」

 

 そう言って苦笑いしている三波を見て、片山が少し驚いたような表情をみせた。

 

「三波監視官が、俺達に興味を示すなんて、珍しいっすね」

 

 片山の言葉に、三波は小さくため息をつく。

 

「そうだな。俺は瀬川違って、君たちをあくまでも潜在犯であり執行官としか見てこなかった。人として見たのはこれが、初めてかもしれんな」

 

「監視官として、俺達としっかり一線を引いてやってきた三波監視官の姿勢は、決して間違ってないですよ。事件解決の為に、執行官の思考に近づこうなんて思ってると、俺のように本物の執行官になるのがオチだ」

 

 三波の言葉を聞いていた高峰が口を開いた。

 

「今まで俺達を人として見てこなかった事を恥じる必要は無い。それが監視官としてあるべき正しい姿です。瀬川監視官のほうが、珍しいくらいですから」

 

 高峰がそう言ったとき、コクピットから瀬川が戻ってきた。その表情は心なしか沈んでいる。

 

「着陸地点の設定は完了した。それと、たった今新たな情報が入ってきたんだが……」

 

 瀬川はそう言うとシートに腰を下ろし、シートベルトを締めた。

 

「なにがあった、瀬川?」

 

 なかなか話を続けようとしない瀬川に、三波が問いかけた。瀬川は数秒躊躇したあと、ようやく口を開く。

 

「北条君と連絡を取り合っていた人間からの情報だと、北条君は犯行グループの制圧には成功したらしいんです。だがその報告をした直後から、応答が無くなったと」

 

「嘘……」

 

 牧野が呆然とした表情でつぶやいた。機内が一瞬で重苦しい空気に包まれる。

 

「さらに良くない情報がもう一つ。北条君がいると思われる建物に、時限爆弾が設置されているらしい。ついさっき国防軍によって、犯行グループが移動に使っていた船が拿捕されたらしいんだが、船内で使用されていたノートパソコンから、時限爆弾のコントロールプログラムが発見されたらしい。すでに時限装置は動き出しているが、残り時間があとどれくらいなのか、建物のどの場所に設置されているのかも判らない。おまけにパソコン側からは爆弾を止めることはできないそうだ」

 

「それじゃあ、まさか北条先輩のいる建物はもう……」

 

 泣きそうな顔でつぶやく牧野は、がっくりと肩を落としている。

 

「いや、現場周辺には高温の熱反応は観測されていない。まだ大丈夫だ。安心しろ、牧野執行官」

 

 三波が、監視官デバイスで表示させた現場周辺区域のサーモ・モニター画像を見ながら言う。

 

「しかし、爆破まであとどれくらい時間があるのかが判らない状態です。今は無事でも、ひょっとしたら間に合わないかもしれない」

 

「瀬川、お前があきらめるような事を言ってどうする!」

 

 暗い顔をしている瀬川に、三波が厳しい口調で言った。

 

「そうですよ、瀬川監視官。奴らが時限爆弾を設置した目的は、おそらく後から捜査にくる公安局の人間を狙ってのものだ。あまり早く爆破させては、その意味が無い。俺が犯人なら、ある程度時間に余裕をもって爆破させると思います」

 

 高峰が冷静に状況を考えて述べた意見を聞いて、瀬川は思わず苦笑した。

 

「確かに、ちょっと動揺していたみたいだ。冷静に考えれば、高峰君の言うとおりかもしれない。僕は、まだまだ修行が足りないようだな」

 

「そうっすよ。芹香のやつは、何かと土壇場に強いんだ。あいつは、こんな所でくたばるような奴じゃない。だから、そこで泣いてんじゃねーよ、牧野」

 

 片山はそう言うと、隣の座席にいる牧野の頭をぽんぽん叩きはじめ、牧野は片手で涙を拭いながら、もう片方の手で片山の脇腹を殴っている。

 

「とにかく、到着まであと5分ほどある。今のうちに作戦を練ろうと思う。といっても策は一つだ。建物の中には僕が一人で入る。みんなは安全な場所で待機しててくれ」

 

「はあ? 何言ってるんすか、瀬川さん。 俺だって北条を助けに行きますよ!」

 

 真っ先に声をあげたのは、片山だった。それを聞いていた高峰も、同意するように頷いてみせる。

 

「片山の言うとおりです。一人で行くのは危険すぎる。犯行グループを制圧したと言っても、別な場所にいた敵が、新たに建物内部に潜んでいるかもしれない。行きはともかく、負傷した北条を連れて一人で戻る時に敵と遭遇したら……」

 

「これ以上、犠牲者は増やしたくない。片山君も高峰君も牧野君も、一係の貴重な戦力なんだ。万が一救出が間に合わなかった時、君たちまで犠牲にするわけにいかない。これは監視官としての命令だ。従ってもらう」

 

 高峰の言葉を遮り、瀬川がそう言い切った。監視官命令という言葉に、片山も高峰もそれ以上反論することが出来なかった。

 

「絶対嫌です! そんな命令従えないです! 瀬川さん、私が一緒に行きます!」

 

 今まで黙っていた牧野が、叫ぶように言った。片山と高峰が、そんな牧野の様子を、少し驚いたように見つめている。

 

「牧野君、これは命令……」

 

「瀬川さんの為に行くんじゃありません! 北条先輩を助けたいから行くんです。あたしはまだ執行官としては半人前だから、片山や高峰さんが犠牲になるよりは被害が少ないです。瀬川さんが一人で乗り込んで、そのせいで北条先輩までも危険な目に遭わせたくないです」

 

 牧野はそこまで一気にまくし立てると、瀬川を睨みつけた。どうやって牧野を説得しようかと考えあぐねている瀬川の様子を見て、三波が先に声をあげた。

 

「牧野執行官。君はドミネーターで武装したうえで、瀬川監視官と同行し、北条執行官の救出をサポートしろ。片山執行官と高峰執行官は、私と共に周囲の警戒にあたりながら、屋外で待機。これは監視官命令だ」

 

 三波の言葉を聞いて、牧野は一気に嬉しそうな表情になる。

 

「はい! その命令なら、喜んで従います!」

 

 それを聞いていた片山と高峰も、黙って頷いている。

 

「三波監視官、それは……」

 

「これは現状を客観的に判断したうえでの命令だ。瀬川、爆発が起きる前に北条執行官を速やかに救出して、牧野執行官と共に無事に戻って来い。いいな」

 

 有無を言わせぬ迫力で言う三波に、瀬川はあきらめたように頷いた。

 

「判りました。命令に従います、三波監視官」

 

 ようやく納得した瀬川の返事を聞いて、全員がほっとしたような表情を見せる。

 ちょうどその時、ティルトローター機は高度を下げ始め、着陸態勢に入った。

 

「よし、これから時間との勝負だ。牧野執行官は今のうちにドミネーターの用意をしておけ」

 

 三波に促され、牧野はシートベルトを外すと、座席を取り払い貨物搭載スペースになっている、機体後方に向かう。

 やがて、ドミネーターを手に戻って来た牧野は、瀬川のほうへ視線を向けた。

 

「あたし全力で走るんで、遅れずについてきてくださいね、瀬川さん」

 

 挑戦的な笑顔を浮かべる牧野を見て、瀬川は肩をすくめてみせる。

 

「判った、僕もちゃんと本気出すよ」

 

 そう言って瀬川が牧野に笑顔を返した時、ティルトローター機は、予定していたポイントに着陸した。

 ローターが減速され、安全速度になったところで、乗員搭乗用のハッチが開き始める。

 

「じゃあ行きます!」

 

 牧野が、ドミネーターを手に走り始める。

 

「後はお願いします、三波監視官」

 

 瀬川はそう言い残すと、牧野の後を追って走り始めた。

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