建物に向かって走る途中で、道路に折り重なるように倒れている男達の姿が見えた。
けれど瀬川達は、それを無視して建物の入り口を目指して走り続ける。
いつ建物に仕掛けられた時限爆弾が爆発するか判らない状態でも、躊躇している訳にはいかない。
入り口のドアにたどり着いた二人は、一瞬視線を交わして頷きあう。それを合図に、牧野がゆっくりと金属のドアノブを回した。
隙間から中を確認すると、ドミネーターを構えた牧野が、滑り込むように通路へ入って行く。
通路の突き当たりまで進み、物陰や曲がり角に敵の姿が見えない事を確認してから、瀬川にクリアの合図を送った。それを確認して、瀬川も建物の中に入る。
入り口側の壁面に、配置図を見つけた瀬川は、側に近寄って建物の室内配置を確かめる。
「まずは、中央制御室に向かおう」
瀬川の言葉に頷き、牧野はドミネーターを構えると、周囲を警戒しながら、急ぎ足で廊下を進み始めた。
薄暗い廊下は、人影はもちろん、物音すらせず、かえってそれが不気味さを醸し出している。
目指す中央制御室は、天井からつり下げられた案内表示板のおかげで、苦労することなく発見することが出来た。
中央制御室というプレートのついたドアに耳をあて、中の音を聞こうとした牧野だったが、何も聞こえなかったらしく、瀬川の顔を見て首を横に振る。
「よし、入ろう牧野君」
「はい」
牧野は、ドアノブをゆっくり回し、隙間から中の様子をうかがってから、ドミネーターを構え一気に室内に入って行く。
「北条先輩!」
中に入るなり、牧野が叫んだ。瀬川も後に続いて室内に入り、思わず息をのむ。
室内の床には、頭部から血を流して倒れている男が1人、ドミネーターで処分されたと思われる、下半身だけがかろうじて残っている遺体が3体、床に転がっていた。
けれど牧野は、そんな連中には目もくれず、床に倒れている芹香に駆け寄ると床に跪いた。
「北条先輩! しっかりしてください! 先輩!」
牧野が必死に声を張り上げて、芹香に声をかけるが、目を閉じたままの芹香は身動き一つしない。
「牧野君、落ち着いて」
そう言うと瀬川も床に跪き、すぐさま芹香の呼吸と脈拍を確かめた。芹香の呼吸はかなり苦しげで弱々しかったが、脈拍もまだ指で触れられる程度は残っている。
とりあえず、芹香がまだ生きていた事に、瀬川は胸をなで下ろした。
けれど悠長にしている訳にはいかない。よく見ると芹香は左肩と両足に釘を打ち込まれ、その場所からじわじわと出血が続いている。大出血は起こしていないように見えたが、早急に手当が必要な状態であることは、素人の瀬川でも判る。
「大丈夫だ、まだ息はある。すぐに脱出するぞ、牧野君!」
牧野を安心させるようにそう言った瀬川は、両腕で芹香の体を抱き上げた。
「はい!」
牧野が返事をして立ち上がろうとしたとき、突然低い地響きのような音が鳴り、建物が激しく揺れた。
古いコンクリート壁に、一気にヒビが入る。その衝撃のせいか、室内の4本ある照明のうち、2本が消えてしまった。
「うわっ!」
天井から落ちてきたコンクリートの小さな破片を、牧野がとっさに手で払いのけている。
けれど、この一撃では、まだ建物は崩壊しはじめる気配がない。ということは、まだ時限爆弾は数回爆発を起こし、最終的に全損させるよう設定されているのかもしれないと瀬川は考えた。
そうであれば、まだ脱出の時間はある。
「急ぐぞ!」
芹香の体を抱えた瀬川と、ドミネーターを手にした牧野は、慌てて室内から飛び出した。
そのまま通路を走り抜け、もうすぐ入り口のドアにたどり着くという時に、2度目の爆発が起こった。
その衝撃で建物の一部が崩壊したらしく、コンクリートの崩れ落ちる音と共に、通路の向こうから一気に白い煙が流れ込んできた。
「くそっ!」
白い煙に視界を奪われ、瀬川は思わず足を止めた。傍らの牧野も、煙に巻かれて咳き込んでいる。
その時、目の前のドアが開き、白い煙が外に流れて消え始めた。
「瀬川さん! 牧野! 急げ! 建物崩れ始めてる!」
瀬川が顔を上げると、入り口のドアから片山が顔を出し、こちらに向かって叫んでいた。
「牧野君、大丈夫か? 行くぞ!」
瀬川は傍らにいる牧野に声をかけてから、再び前に進み始めた。
「はい! 大丈夫です!」
煙を払いのけながら進む牧野と共に、瀬川はやっとの思いで建物の外に出た。。
ドアの外には、ティルトローター機に搭載してきた自走式のコンテナ車が停車している。基本的に自走式コンテナ車はフルオートだが、モードを切り替えることで、手動で動かすことも可能だ。
「瀬川さん、芹香と一緒に荷台の上に乗っちまってください。牧野、お前が操縦して一気に向こうまで突っ走れ!」
片山はそう言うと、コンテナの足場に牧野を乗せた。瀬川も言われるままに芹香の体を荷台にのせ、覆い被さるようにコンテナにしがみつく。
「片山は?」
操作レバーを握りながら、牧野が片山に叫んだ。
「俺は自分の足で逃げられる。急げ牧野!」
片山に促され、牧野はコンテナを発進させた。徐々に加速したコンテナは一気に、建物から離れていく。
瀬川達を乗せたコンテナ車と、少し遅れて片山がティルトローターの側までたどり着いた時、建物が轟音をあげて崩れ落ちた。
「ふぇー……危機一髪……だったぜ」
息を切らせながら片山はそう言うと、道路に座り込む。そんな片山の側に、コンテナから降りた牧野が近寄ってきた。
「サンキュ、片山。助かったよ。この借りはそのうち返す」
少し照れくさそうに礼を言う牧野に、片山はにやりをした笑顔を見せた。
「ばーか、お前を助ける為じゃねーよ。芹香を助ける為にやったんだ。借りがあると思うなら、今度晩飯奢れ」
そう言って笑う片山の足を、牧野がふくれっつらで蹴飛ばした。
「俺の事より、芹香の側についてなくていいのか?」
片山の言葉に、牧野は後ろを振り返った。瀬川の手でコンテナの荷台から降ろされた芹香が、地面に寝かせられようとしている。
「今のあたしには、何にも出来ないんだもん」
そう言うと牧野は、悔しそうな顔で芹香を見つめた。
「北条、聞こえるか! しっかりしろ!」
芹香の横に跪き、高峰が声をかけながらメディカルキットのボックスを開けた。
手当を始めようとしたところで、高峰は芹香の腕が手錠で繋がれていることに気づいた。
「高峰君、手錠は僕が外す」
瀬川は芹香の横に跪くと、スーツの胸ポケットから細いドライバーのようなものを取り出し、ものの数秒で手錠を外してしまった。
「まったく……瀬川監視官は、なんでも出来るんですね」
ボックスから取り出したハサミで芹香のジャケットの右袖を切り裂きながら高峰が言う。ジャケットの袖を肩の辺りまで切り開いた高峰は、メディカルキットのボックスから輸血用のマシンユニットを取り出した。
「そういう君も、ずいぶん手慣れているみたいに見えるけど、救命救急の講習でも受けたことがあるのかい?」
手際よく輸血の準備をしている高峰の様子を見ながら、瀬川が言う
「それだけ大怪我する人間が出るような現場に、俺は長くいたんですよ」
高峰はそう言うと、芹香の腕に消毒スプレーを吹きかけ、輸血用のマシンユニットを装着すると、血液パックのチューブをユニットに接続した。マシンユニットに内蔵されたセンサーが、腕の血管の位置を正確にスキャンし、フルオートで注射針を血管に挿入していく。
「あとは両足を止血帯でしばって、酸素吸入するくらいしか出来ません。左肩の止血は、この場所じゃ無理だし、刺さっている釘を抜けば大出血を起こす可能性もある。全自動医療システムが搭載されたスーパーアンビュランスなら、この場でなんとか出来ますが、ここには体組織修復用のマイクロマシンさえ無い。なるべく早く医療設備の整った場所へ連れて行かないと」
芹香の足の付け根に止血帯を縛り付けながら、高峰が言った。
「判った。ここから最短で行ける医療施設を探そう」
そう言って瀬川が監視官デバイスで検索を始めようとした時、片山が叫び声を上げた。
「おい、あれ国防軍のヘリだぞ!」
片山の視線を辿って瀬川が上空に目を向けると、迷彩柄に塗装されたシングルローター式のヘリコプターが一機、道路をはさんだ向かいの空き地に着陸しようとしているところだった。
地上に着陸したヘリから降りてきたのは村木だった。
「あ、あの時のおっさん!」
そう言うと牧野は、思いきり威嚇するような目つきで村木を睨みつけている。
牧野の視線を無視して、村木は道路に横たわる芹香の側に駆け寄ってきた。
「様子はどうだ?」
心配そうに芹香の様子をのぞき込む村木に、瀬川は簡単に状態を説明した。
「とにかく緊急対応可能な医療施設に運びたいんだが、この辺りは非居住エリアで、まともな医療機関がない」
そう言う瀬川に、村木はにやりと笑顔を見せた。
「そんな事だろうと思ってな。南千歳にある国防軍の総合医療センターに話をつけておいた。ここからならヘリを使えば10分以内でいける」
「本当か、村木! 助かる、恩に着るよ」
村木の言葉に、瀬川はほっとしたような表情で礼を言った。ムダに細かい所にまで用意周到なところのある、自称完璧主義である村木の性格が、瀬川は今日ほどありがたいと思った事はなかった。
「ただし、そのティルトローター機じゃ、センターのヘリポートに着陸できない。だから、あれに乗ってくれ」
といって村木は、今自分が乗ってきたヘリを指さした。ヘリの中からは国防軍の迷彩服を着た二人の男が、担架を手に駆け寄ってくるところだった。
「俺とお前と北条君、それにあと一人くらい付き添いをつれていけるが、どうする?」
村木にそう言われ、瀬川は牧野を手招きした。
「牧野君、北条君を医療センターに搬送する。君もついてきてくれるか?」
「もちろんです! 行きます!」
駆け寄ってくる牧野に頷いて、瀬川は三波の姿を探す。三波は片山と共に道路に転がっている男達に手錠をかけているところだった。
「三波さん、これから北条君を医療センターに搬送します。あとの事はお願いします!」
大声で叫んだ瀬川の声は、ヘリのローター音に邪魔されながらも、三波の耳に届いたようだった。
「判った。こっちの事はいいから、さっさと行け!」
作業の手を休めることなく、三波が大声で返事をする。
「高峰君も後は、三波監視官の指示に従ってくれ」
芹香に酸素吸入用のマスクをかけ終えた高峰に、瀬川が言う。
「判りました。北条の事をお願いします」
そう言って頷いた高峰は、担架に乗せられている芹香の頭をそっと撫でた。輸血の効果が出てきたのか、芹香の顔色が多少よくなってきている。
「がんばれよ、北条」
高峰はそう言い残し、三波の元へ駆け寄っていった。
「じゃあ、急ごう」
村木の声に促され、瀬川達は国防軍のヘリに向かって歩き出した。芹香を乗せた担架は、国防軍の隊員が二人でヘリに運び込んでいる。
「ああ、そうだ。この現場にはまもなく特務課の処理班と護送車が到着する。わざわざ来てもらった一係には悪いが、この事件は特務課の案件として処理させてもらうからな」
村木はそう言うと、小走りでヘリに乗り込んでいった。
「結局、手柄は特務課で総取りか? 本当に抜け目ないなお前は」
瀬川はそう、小声でつぶやきながら、牧野と共にヘリに乗り込んだ。