「さすがに、大荷物すぎたかな」
腕に抱えた折りたたみ式のコンテナボックスに視線を向けながら、瀬川がつぶやいた。ボックスの中には刑事課の全ての執行官はもとより、監視官にまで託された、芹香への見舞いの品が詰め込まれている。
芹香の今回の行動に関する詳細は、箝口令が生きていて何一つ公にされていないが、執行官達の間では、特務課に犯人確保の為の囮使われたあげく、大怪我までさせられたという、根拠の無い噂が、真実のように語られ、執行官達の同情をかっていた。
この見舞いの品の多さは、そのせいもあるのだろうと、瀬川は思った。
「調子はどう? 北条君」
瀬川が病室に入ると、芹香は背を起こしたベッドにもたれかかりながら、オーバーベッドテーブルに乗せたノートパソコンを見ていた。
「あ、瀬川さん」
ベッドサイドに近づいた瀬川が、ノートパソコンをのぞき込むと、案の定画面には、捜査報告書や添付資料のファイルがたくさん開かれている。
「療養中の間くらい、仕事の事は忘れたらどうだ?」
手にしていたコンテナを、ベッド横にある椅子の上に置きながら瀬川が言うと、芹香はばつが悪そうな顔をして、ノートパソコンを閉じた。
「私の知らない所で、どんなことが起きていたのか、やっぱり気になっちゃって。瀬川さんが私を助けに来るために、いろいろしてくれたこと真里亜から聞きました。ありがとうございます」
そう言うと芹香は、瀬川に頭を下げた。
「大事な部下を助けるためなら、ちょっとぐらい無茶するよ。もっとも今回は、東京勤務時代の知り合いに、だいぶん助けてもらったんだけどね」
瀬川はベッドサイドキャビネットのサブテーブルを引き出し、コンテナから取り出した荷物を積み上げながら言った。
「それって、特務課の村木さんですよね。それに瀬川さん、あなたも特務課の人間。違ってます?」
芹香の言葉を聞いて、瀬川は小さくため息をついた。
「情報源は、藤城君か?」
言葉の端々に、瀬川の行動を疑うようなニュアンスを含ませていた真里亜の事を思い出しながら、瀬川が言う。
「それもありますし、村木さんと瀬川さんのつながりを考えていたら、私も、そうなのかなって」
「さすが執行官、推理力は見事だね。本当なら、あくまでも違うと、言い張らないといけないんだけど……」
そう言うと瀬川はスーツの内ポケットから、監視官IDを取り出した。手のひらサイズのIDユニットにホログラム表示の身分証明書が現れる。
最初に表示されたのは、公安局監視官としての身分証明書だったが、瀬川がパスワードを入力すると、表示が切り替わった。
「厚生省公安局特務課 主任特別任務官。これが僕の本職だ。君に正体ばらしたのは、内緒にしておいてくれよ」
身分証明書を芹香に見せた瀬川は、そう言って人差し指を口元に当てた。
「それは、もちろんです。瀬川さんがどんな任務でここにいて、何故私を助けてくれたのか、それも私は聞きません。瀬川さんは刑事課一係の監視官で、私の上司。それで十分だと思いますから」
芹香はそう言って、瀬川に笑顔を見せる。そんな芹香の様子を見て、瀬川は、少しほっとしたような顔をした。
「そう言ってもらえると助かるよ。あ、IDで思い出した……」
瀬川は自分のIDをしまいこみ、スーツのポケットから別のIDユニットを取り出した。
「君の執行官IDだ。所属はこれからも刑事課一係。現場復帰する時に渡そうかとも思ったんだけど、早いほうがいいかなと思ってね」
芹香は、瀬川の手からIDユニットを受け取った。ホログラム表示の身分証明書には、芹香の顔写真と、ID番号、それに公安局刑事課執行官の文字が表示されている。
「正直、執行官をやっていて、公安局の犬とか、殺し屋稼業やってるとか言われる事が、完全に平気かと言われれば嘘になります。それでも、ここは私の居場所で、執行官として適性があるというのなら、私はこれからも、執行官であり続けようって、そう思ってるんです。この決断をしたことを後悔してないし、潜在犯として捕まって、執行官になったおかげで真里亜にも出会えた。だから今は、感謝すらしています。それだけは、覚えておいてください、瀬川さん」
そう言うと芹香は執行官IDをノートパソコンの傍らに置いた。瀬川は、何も言わずに黙り込んでいる。数秒の沈黙のあと、芹香が思い出したように、キャビネットに視線を向けた。
「それにしても、それ全部お見舞いの品ですか?」
芹香の視線の先にあるキャビネットのサブテーブルには、飲み物や菓子の箱、電子書籍端末やぬいぐるみまで置いてある。
「ああ、君は上層部の横暴で大怪我させられたと、みんなに思われてる。復帰したらうまくごまかしてくれ。さて、それじゃ僕は仕事に戻るよ。お大事に」
瀬川はそう言うと席を立ち、病室のドアに向かって歩き出した。廊下に出ようとしたところで立ち止まり、芹香のほうを振り返る。
「そうそう、村木が君の制服を送り返してきてくれた。藤城君に預けてあるから、あとで受け取ってくれ」
「ほんと、村木さんって完璧主義というか、マメな方なんですね」
そう言って笑う芹香に手を振り、瀬川は病室を後にした。
すぐに刑事課フロアには行かず、普段あまり人気のないフロアでエレベーターを降りる。
他に人がいないことを確認してから、瀬川は監視官デバイスで、村木のIDを選択し、コールボタンを押した。
「瀬川か。俺が送った荷物届いたか?」
「ああ、北条君曰くマメな方なんですね、だそうだ。本当に細かいところに気が利くな、お前は」
そう言って瀬川は、小さくため息をついた。その気配を察して、村木が声をかける。
「どうした? 任務終わって一安心って風じゃないみたいだが」
村木の問いかけに、瀬川は数秒沈黙してから、話を続けた。
「いや、確かに一安心はしている。ただ、北条君は、何か気づいているみたいだ」
「何か? ああ、岩谷博士の件か」
村木は、瀬川の言葉の意味に、あっさりと気づいたようだった。
「ああそうだ……。解除コードの件で、ようやく岩谷博士が交渉を受諾してくれた時に、もう1日早く博士の元に行っていれば、博士を死なせることは無かったかもしれない。システムのデータを狙っている奴がいて、急を要する案件だって判っていたのに……」
「もう何度も言ってるが、それはお前のせいじゃない。運が悪かったんだ」
「だが、忘れられなかったんだよ。焼け落ちた建物の前で、一人立ち尽くしている少女の背中がな。あの事がなければ、彼女は市街地に侵入して潜在犯として捕まる事も、執行官になることもなかったかもしれない。それがずっと心にひっかかってたんだ」
「それも、お前のせいじゃない。何度も言わせるな」
少し語気を強めた村木の言葉に、瀬川は苦笑した。
「すまん。さっき北条君に言われたんだよ。潜在犯として捕まって、執行官になる決断をしたことを、自分は後悔していない。そのことは覚えておいて欲しいってな」
「なるほど。まあ、彼女もそう言っている事だし、今回の一件で、お前の罪滅ぼしは十分すぎるほど出来たと思うぞ」
「だといいんだがな」
確かに瀬川は、自分の対応遅れのせいで、最終的には芹香を潜在犯として拘束させ、執行官にしてしまったという事に責任を感じていた。
芹香のあの言葉は、おそらくそれを知っての事なのだろう。
芹香がどこまで詳しく瀬川の事を知っているのかは判らないが、瀬川にそう言っておくべきだと思う程度には、本当の事を知っているに違いない。
けれど芹香はそれ以上の事は、何も言わなかった。だから瀬川も、何も言わないことを選んだ。今は、それでいいのかもしれない。
「ところで、無事に任務終了だろう? 東京に戻ってきたら、一度飯でもどうだ?」
沈黙していた瀬川に、村木が明るい声で話しかけた。
「いや、さすがに今回の件は、局長の心証が悪かったみたいでね。補充の監視官が用意できないから、もうしばらく、監視官として働いていてほしいそうだ」
瀬川の話を聞いた村木が、笑い声をあげた。
「局長も、意外と根に持つタイプなんだな。まあ、お前じゃなきゃやれない任務も、そのうち出てくる。そうなったら、なんとしてでも補充の監視官を用意して、東京に呼び寄せるさ。それまでは、そっちでのんびりやってろ」
「気安く言うが、監視官も結構ハードなんだぞ」
いかにも気楽な態度で言う村木の様子に、瀬川は眉間にしわを寄せて文句を言った。
「国防軍の作戦指揮官適性で、ぶっちぎりのハイスコア叩きだした上に、鉄壁のクリアカラーと、犯罪係数30を越えない、超エリートのお前だ。監視官なんて楽勝だろうが」
「お前も似たようなものだろう。まあ、そのうち東京にもどったら、天然食材の高級料理でもお前に奢ってもらうさ。今回の件で、特別報酬出たんだろうからな」
「帰ってくる頃には、そんなもん使い切ってるさ。それより、そっちの貴重な天然食材で、なにかうまいものでも送ってよこせ」
いつもの調子を取り戻したように話す瀬川に、村木も同期の親しみを込めて返事をしてきた。
「気が向いたらな」
そう言って瀬川は通信を切った。
ふと思いたって、監視官IDを取り出すと、身分証明書の表示を特務官のものに切り替える。
「当分は、こっちの出番無さそうだな」
瀬川は苦笑すると、表示を監視官のものに戻し、スーツのポケットにしまい込んだ。
監視官デバイスに視線を移すと、まもなく午後2時20分になろうとしている。
第二当直の勤務につくため、瀬川はエレベーターに乗り込んだ。刑事課一係の監視官としての仕事が、瀬川には待っている。