Paradise Lost   作:颯月りお

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 刑事フロアにある大会議室に、刑事課の全監視官7名と執行官15名が集まっていた。

 

 今日は週に一度の全体ミーティングの日だ。

 第一当直で午前六時にシフトが明けている芹香も、午前七時開始の会議のために残っていた。

 牧野を伴って、大会議室に入った芹香は、先に来ていた一係のメンバーがいるエリアに席を取る。

 

「あ、芹香ときららちゃんじゃない、おはよー」

 

 会議室正面の巨大スクリーンの前に置かれたコンソールで何かの操作をしていた真里亜が、芹香と牧野を見つけて手を振ってきた。

 

「きららちゃんって呼ぶな!バカ!」

 

 牧野は真里亜に向かってそう叫ぶと、思い切り口をへの字に曲げた。

 きららという名前が、あまりにも自分に合っていないという理由で、牧野はそう呼ばれることを、心底いやがっていた。

 たまに男性陣がからかい半分で、きららちゃんと呼ぼうものなら、とことん追いかけられて、二発は蹴りをいれられる。

 さすがに女性である真里亜に蹴りを入れには行かないが、それでも真里亜が面白がって呼ぶ度に、まるで牙をむくように大声で怒鳴りつけていた。

 

「全員揃ったな。始めるぞ!」

 

 7名いる監視官の中で、執行官全員から一番怖がられている三波の一声で、会議室は静まりかえる。

 

「では、まず伝達事項だ。出動報告書の様式が一部変更になる。詳細は……」

 

 静まりかえった会議室に三波の声が響き、伝達事項、諸注意などが語られる。

 淡々とした説明に、執行官は誰もが眠そうな顔をしていた。

 

「私からは、以上だ。では藤城分析官」

 

 三波の話が終わった瞬間、執行官全員がが肩の力を抜いたのが、芹香は手に取るように判った。

 

「はい。それでは過去一週間のエリアストレス上昇警報発令時間の統計情報からご説明します」

 

 室内の照明が少し落とされ、スクリーンに細かい数字が並んだ表が現れる。

 時折レーザーポインターで表を指し示しながら、てきぱきと説明をする真里亜を、芹香はじっと見つめていた。

 普段は話し方も少しゆっくりで、癒し系の笑顔と、急な分析依頼でもきっちり仕事をこなしてくれる事から、分析室のマリア様と言われる真里亜だったが、いったん仕事モードに入ると、人が変わったようにクールな表情になる。

 一緒にいる時はあまり見られない真里亜の表情を見るのが、芹香は好きだった。

 

 そんな時、隣に座る牧野が芹香の肘をつついた。

 机に置かれたノートが、芹香の目の前に滑り込んでくる。

 

『北条先輩、顔がにやけてます』

 

 ノートに書かれた文字を見た後、牧野の顔を見ると、彼女は思いきり眉間にしわを寄せていた。

 芹香はあわてて表情を元に戻すと、説明をつづけている真里亜を見た。

 

「最後に、急ぎの分析案件を期限ぎりぎりに持ってこないように。特に三係の新谷!次やったら別料金取るからね。以上です。」

 

 説明を終えた真里亜が席に戻り、今度は監視官の瀬川が正面に立つ。

 

「では、次は私から。現在公安局では簡易色相スキャナの増設を検討しています」

 

 瀬川が、手にしたタブレット端末を操作すると、大型スクリーンに巨大な北海道地図が表示された。

 

「こちらが現在の北海道地図、ブルーで表示された場所が公式な居住エリア及びオフィスエリア等、グリーンの部分は政府の管理下にある農業酪農許可区域です」

 

 地図の上に、ブルーとグリーンで色分けされた地区が表示された。

 ブルーの地区は札幌を中心とした道央エリアの一部、グリーンの地区は昔から農業や酪農が盛んだった場所で、完全無人化された農業プラントと共に、現在も人の手によって農業や酪農が行われている場所もある。

 

「皆さんご存じの通り、これらの場所にはすでに簡易色相スキャナの配備は完了しています。ですがそれ以外の地域、非公認居住区には、ほとんど配備されていません。」

 

 画面上にグレーのエリアが追加された。

 瀬川はレーザーポインタをグレーの表示域に指し示す。

 

「このグレーの地域は公安局が把握している非公認居住区です。北海道は広大な土地でもあり、中央政府の人口集約政策に異論を唱える市民も多い。公式な居住地域のキャパシティもあり、このような地域に居住することを黙認しているというのが現状です」

 

 画面が切り替わり、数字の羅列された表が現れた。

 

「厚生省ではこのような地域に対して、定期的に集団検診を行い、色相及び犯罪係数の測定、規定値以上の犯罪係数を持つ対象者の身柄保護を行ってきました。ですが、この表にあるようにこれらの住民は、ストレスケアの実施率も低く、潜在犯の出現頻度も高いという結果が出ています」

 

 精神状態の健全さを表す指標となっている色相は、健康な精神であればクリアカラーを示し、犯罪係数も低い。

 しかし、ストレスやネガティブな思考などでダークカラーに変色すると、同時に犯罪係数も上昇していく。

 そして犯罪係数が規定値を超えると、それだけで潜在犯として社会から隔離される対象となった。

 潜在犯たる可能性のある人物を見つけるため、街中いたるところに簡易色相スキャナーが設置され、常に人々は色相を監視されている。

 

「そこで、非公認居住区にも簡易色相スキャナの設置を推進、色相悪化度の高い地域を優先して検診対象にし、色相の濁りがひどい者が検出された場合は、公式居住区同様、刑事課の出動を要請するという形になると思います。刑事課の皆さんのお仕事を増やすことになりますが、覚悟しておいてください。以上です」

 

 瀬川は一気に説明を終えこれで、今日の会議はすべて終了となった。

 席に座っていた執行官達が、一斉に立ち上がり、それぞれオフィスに戻るため移動しはじめる。

 

「あーやっぱ朝一で会議とか、まぢ勘弁してくれって感じだな。何度寝そうになったか判んねーよ。芹香、夜勤明けなのによく平気だったな?」

 

 席を離れた片山が、大きく伸びをしながら言う。

 

「私は、仮眠取らせてもらったから。夜の出動一件もなかったし、楽な夜勤だったわ。あとは帰って寝るだけ」

 

 芹香も席から立ち上がり会議室のドアへと歩きはじめた。

 

「いーなー、俺も帰りてー。今日は、このちんちくりんと日勤だしよ」

 

 そう言うと片山は、隣を歩く牧野の髪の毛をぐしゃぐしゃとかき回す。

 

「てめー片山、人の頭気安く触んじゃねーよ」

 

 牧野はそう言うなり、片山の背中に鮮やかなキックを見舞う。

 

「ぐはっ……牧野、お前ちったあ加減しろよ。痛ってーなーもう。芹香、お前牧野に懐かれてんだから、ちゃんと躾けろよ」

 

 片山は、蹴られた背中をさすりながら、よろよろと廊下を歩いている。

 

「いや、今のは片山が悪い。自業自得」

 

 芹香は、片山のほうは見向きもせずに言う。

 

「ほら、北条先輩だってお前が悪いってさ。ばーかばーか」

 

 牧野はそういうと、片山にむかってあかんべーをしてから、廊下を走ってオフィスに駆け込んでいった。

 

「あいつ、おれのほうが8つも年上だってこと、全然自覚してねーよな。おまけに俺、先輩だぜ、勘弁してくれよ」

 

 盛んにぼやいている片山を見て、芹香はくすくすと笑う。

 

「私思うんだけど、あんたたち結構いいコンビだと思うわよ。精神年齢が同じって感じがするんだもの」

 

そう言うと芹香はオフィスに入り、席にはつかず自分の机に設置されているモニターや、パソコンの電源を落とした。

 

「芹香までそんなこと言うのかよ。俺もう今日仕事やる気しねーわ」

 

 片山が、肩を落としながら席につくのを横目でみながら、席を離れようとした芹香のスーツの裾を牧野が引っ張った。

 

「北条先輩、もう帰っちゃうんですか?」

 

 芹香の隣の席にいる牧野が、不服そうに訊ねた。

 

「帰るわよ、シフト明けだもの。三波監視官戻ってくる前に逃げたいしね」

 

「えー、久しぶりなんだから、ちょっと残りませんか?」

 

 だだをこねるように言う牧野に苦笑していると、芹香の後ろの席にいた高峰がオフィスの外を指さした。

 

「北条、お迎え来てるぞ。終わったんならさっさと帰れ」

 

 芹香がオフィスの外を見ると、全面ガラス張りの壁の向こうで真里亜が手を振っていた。

 すでに白衣を脱いで、帰り支度をすませた格好だ。

 

「相変わらずお熱いねぇ、お二人さんは」

 

 冷やかすような片山の顔をにらみ付けてから、芹香は牧野に手を合わせた。

 

「ごめん、牧野。もう帰るね。こんど時間合わせて、お茶しよう。その時ゆっくり相手するから」

 

「……しょうがないなあ……約束ですよお」

 

 芹香がそう言うと、牧野はふくれっ面のまま返事をする。

 室内に残っている、他のメンバーに挨拶をして、芹香はオフィスの廊下に出た。

 

「真里亜 今シフト明け?」

 

「私は徹夜明けです。今日の会議資料、結構がんばって作ったんだよ。なのにみんな眠そうでさ。監視官は褒めてくれたけど」

 

 そういうと真里亜は、芹香の腕に自分の腕を絡めてきた。

 

「こら真里亜、こんなところで……」

 

 と言いかけて、芹香はオフィスの中から、牧野がものすごい形相で真里亜を睨んでるのを見た。

 かたや真里亜のほうは、牧野にむかってあかんべーをしている。

 

「まったくもう……ほら帰るよ。真里亜、あなた何歳?」

 

 真里亜を引きずって廊下を歩きながら、芹香がたずねた。

 

「24でーす」

 

「さっき同じ事、17歳の子がやってたわよ」

 

 視界から牧野の姿が見えなくなった頃、ようやく真里亜が腕をほどいた。

 

「だって、あの子からかうと、ほんとにかわいいんだもの、反応が」

 

 そう言いながらにこにこしている真里亜を見て、芹香は大きくため息をついた。

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