暗闇の中で、ライトの光が2度点滅した。
モーターボートの操縦席にいた山本が手にしていたライトを同じように2度点滅させる。
「合図が来ました。移動します」
山本は、モーターボートのエンジンをスタートさせ、光の点滅した方角へ船を進めた。
ほどなくして、一隻の大型漁船が夜の海に現れる。
ボートが漁船に接近すると、漁船から乗船用のタラップが降ろされた。
タラップに備え付けの繋留ワイヤーにボートを繋いだ山本は先に船を降り、それに続いて竹下もボートを降りた。
船の上では、一人の男が待っていた。
ジーンズに黒のTシャツ、同じく黒のフライトジャケット姿の体格の良い男ミハイル・アスタホフが、流暢な日本語で二人に話しかけた。
「お待ちしてました。どうぞ」
男に促され、竹下と山本はキャビンの中へと入っていく。
中にはスーツ姿の男性が一人、分厚いファイルをめくっているところだった。
「お待たせしました、リチャード博士。竹下さん、こちらが今回の検証と分析を行ったロシア軍科学分析室のリチャード・ブラウン博士です」
全員が椅子に座ったところで、ミハイルが、スーツ姿の男を紹介した。
「君がミスター竹下かね。今回はとても面白い課題を与えてくれてありがとう。なかなか楽しかったよ」
そういうとスーツ姿のリチャードは、竹下に手を差し出した。
「反政府組織グリーン・ガーディアンズ代表の竹下浩三です。こちらは副官の山本といいます」
リチャードと握手をしながら、竹下は自らの名前を名乗った。
「では、さっそく始めよう。今回君たちが提供してくれた論文は大変面白かった」
そういうとリチャードは手にしていたファイルを指さした。
「で、君たちが知りたいと言っていた、東京にあるノナタワーと、北海道にある公安局とがどう接続されているのかという事だが、まずこれを見てもらおう」
リチャードは、テーブルの上に置いたノートパソコンを操作しはじめた。
画面上に地球の画像とその上を細かく横切る黄色いラインが示されている。
「これは、現在地球の軌道上を周回中の全衛星軌道図だ。軌道上に存在しているが、実際には運用を終了して放置されているものもある。それを除外してみよう」
リチャードが画面をタップすると地球の画像を横切っていたラインが一気に減る。
「そして、日本が現在も継続して運用している衛星はというと……」
もう一度画面をタップすると、地球上を横切っていたラインが三本に減る。
「三つの衛星が稼働中……ということですか?」
山本が真剣な表情でつぶやいた。
「その通り。過去に日本が打ち上げ、現在も継続して運用している衛星は現在3つある。その1つは気象衛星、もう1つは軍用の偵察衛星、残りが通信衛星だが、これは民間運用で主に衛星放送に利用されている」
そういうとリチャードはテーブルの上に置いてあるペットボトルのミネラルウォーターに口をつけた。
「我々ロシア軍科学分析室の見解として、日本政府が公表している通信衛星を使用したシビュラシステム専用回線というのは、99パーセント信用できないとの結論に達した」
「一般に公表されている情報は都合良く改ざんされている。通信衛星の件はかなり疑っていたのですが、博士の見解で確証を得ましたよ」
竹下はそういうと山本を促し、テーブルの上に日本地図を広げさせた。
「となると、考えられるのは地上……ということになるのですが?」
「そう、そこでもう一つ見てもらおう」
リチャードがノートパソコンを操作し、画面上に一枚の衛星写真を写しだした。
「これは?」
「我が軍の軍事偵察衛星が撮影した、日本の東京以北の画像だ。なにか気づかないかね?」
竹下と山本は、画面に目をこらす。
「この地上に見える線は、いったい何でしょう?」
山本が画面に指を当て、画像に浮かぶ線をなぞって見せた。
「よく気がついたね。それはもう使われていない日本の鉄道線路だよ。画像処理をして線を強調してあるが、見ての通りまるで毛細血管のように地上を走っている」
指先で画面をピンチアウトして、リチャードは画面を少し拡大した。
「この専用回線を運用する上で一番恐れるべきは、経路上の障害で接続が切れること。そうならない為には、一カ所で障害が発生しても別の経路を利用して最終拠点まで到達出来るような仕組みが必要だ」
「それを可能にするのが、この廃線になった鉄道の線路ということですか?」
山本は今ひとつ理解できないというような顔で、リチャードに問いかけた。
「仮定の域を出ないが、もし我々ならただ闇雲にケーブルを敷設するのではなく、この線路にに沿ってケーブルを敷設し、複数のルートを確保することで確実に最終拠点までデータを到達させると思うのだよ」
そう言うとリチャードはテーブルの上に置かれたファイルを手に取った。
「線路に沿っていけば、途中で障害になる建築物に突き当たることもない。この論文の理論を借りれば、線路上に中継ポイントを配置し、各中継ポイントでデータの欠落修正と、データ送出時の再加速を行えば多少迂遠となる経路になっても高速性は失われない」
「なるほど。となると回線切断の為、地上の中継ポイントの破壊という線は現実的ではありませんね」
腕組みをして話を聞いていた竹下が言う。
「その通り。あまりにも数が多すぎるうえ、1つ潰しても別ルートに迂回されてしまう。では、もう一つ画像を重ねよう。これが何だか判るかね?」
表示されていた日本の画像をわずかに縮小し、リチャードは別の画像をその上に重ねた。
すると、本州の何カ所かと北海道が赤い線で繋がれた画像に変わる。
「海底ケーブルですね」
その画像を目にした竹下が言う。
「そうだ。現在本州と北海道を結んでいる海底ケーブルは七本。秋田と石狩、竜飛岬と函館、富山と石狩」
リチャードは画面を指さしながら説明を続けた。
「大間と苫小牧、青森の佐井村と函館、八戸と室蘭、そしてここ、青函トンネルだ」
「これがすべて、シビュラシステムの専用回線ということですか?」
山本の問いに、リチャードは首を横に振る。
「それは判らない。予備回線も必要だろうし、一本だけということは無いと思うが、これの全てを利用しているのか、それともいくつかダミーが含まれているのか……」
リチャードが画面をタップすると、北海道地図に7カ所×印が表示された。
「だが、たとえダミーが含まれているとしても、北海道側にある、この海底ケーブルの到達点、全ポイントで通信を切断してやれば……」
そう言うとリチャードはにやりと笑った。
「東京にあるノナタワーと、札幌の公安局を接続しているシビュラシステム専用回線は完全にオフラインになる。というのが我々の立てた仮説だ」
「おみそれしました、リチャード博士。まさかここまで完璧な仮説を立てられるとは」
リチャードに満足そうな笑みを見せながら、竹下が言う。
「システムの本当の構築手順が判らない限り、仮定の域を出ないが、試してみる価値はあろう? どうかね大佐」
リチャードは今まで黙って、話の内容を聞いていたミハイルに同意を求めた。
「私もそう思います。とにかく我々は北海道がシビュラシステムから解放されることを望んでいる」
ミハイルの言葉に、リチャードも頷く。
「現在都市の治安は、シビュラシステムによる犯罪係数の測定に頼っている。それが使えないとなれば一時的にしろ混乱は必至。それに乗じて君たちが都市機能を制圧するというシナリオだ」
リチャードの言葉に竹下が頷く。
「犯罪係数などというものに縛られず、自由に生きられる世界を、この地に作る。それが我々の最終目標です」
そう言う竹下の目に、ぎらりとした獣のような光がやどった。
「我々としても、シビュラシステムなどというやっかいな代物は消えてもらいたい。密入国者とはいえ多くの国民があのシステムに命を奪われた。出来る限りの協力はしましょう」
ミハイルはそう言うと、竹下に手を差し出した。
「ご協力、感謝します」
そう言うと竹下は、ミハイルの手をしっかり握り返した。