ファンタジーな魔法って言わなかったっけ? 作:いつのせキノン
星が内包するエネルギーは想像する以上に多量かつ質が高い。
そして、そのエネルギーを扱う【魔法】というものは星の魔力に比例して効果を増す。
特に、星の持つエネルギー――マナが潤沢に漂うところでは顕著にその様子が見えることだろう。
例えば、海の上。
「“昇れ、海蛇”」
海上を箒に跨り疾駆する輪廻メグルは、ローブの下から何十枚何百枚という符をまき散らしながら唱える。
符は海面に着水した刹那、膨大な水を巻き上げる。竜巻となったソレは蛇を思わせるようにうねり、立ち昇り、彼の周りを駆けずり回り、空から落ちてくる紫電から彼を防いでいた。
その量は先ほどジュエルシードにより暴走していた水よりもずっとずっと多い。やろうと思えば小さな町一つ押し流すことも容易い程の海水がそこにはあった。
自然とは、すなわち星そのもの。マナも多量に含まれ、そこから引き出される効果も比例して多くなる。
故に彼が今起こしている芸当というものは、星のバックアップあってこその賜物ということになる。
既に何分が経過したか。それとも数秒程度であったか。
慣性に振り回されながら彼は必死に歯を食いしばり、時折懐に視線をやっては舌打ちを繰り返していた。
「……いつになったら終わるんだこれは……!!」
奥の手を使うべきか否か。あまりにも長すぎる苦痛の時間に彼の苛立ちは増え続ける。
助けの手はないものなのかと淡い希望に縋っても見たが、如何せん視界が回り過ぎていてなのはやフェイトを見付ける暇がない。
「……クソッ、使うしかないか……ッ」
懐に手を忍ばせれば、指先に固い感触が返ってくる。非常に分厚いソレは本のハードカバーであり、つまりは
符に比べるのもおこがましい大魔法を行使するためのものだが、複製品のため使用可能な回数は1回だけの使い捨て品である。
作成の手間が非常にかかる高コスト品なだけあって出し渋っていたが、ここで死ぬよりかはマシだろうと本を掴んだ。
が、しかし。
「――――っ、止まった……?」
気付けば、海蛇と称した水の柱は増え続けるばかりで、雷の音はすっかり止んでいた。
「……ああ、クソが。博打なんて打つんじゃなかった。だから貧乏くじばっか引かされるんだ。これだから……クソッ」
追撃が来ないことを確認し、海蛇をただの海水に返しつつ、彼は顔を盛大に顰めながら悪態を吐き続けた。
いつもの自分らしくない、実に非効率なやり方であることを自覚し、自己嫌悪し、貴様は阿呆だと自身を罵る。
嗚呼、けれど、奥の手は使わないで済んだので御の字か。自身にそう言い聞かせ、深呼吸をする。
しかし、潮臭い。盛大に海水を巻き上げ続け飛沫を浴び続けたのだからびしょ濡れなのは仕方ないのだが、それでも不快なものだ。
「メグルくん!!」
「……ぬ……、高町か」
鬱々とした気分でいると、上空からなのはが慌てた表情で飛んできているのが見えた。危うく「今更のこのこと来たか」と口から出かけたが、今更言ったところで意味はないと心の中にとどめた。事態が収束したら本人に正面から愚痴ることにしようと頭の片隅に押しやっておく。
「だっ、大丈夫!? 何かすごいことになってたけど……っ」
「……一応、大丈夫だ。疲れたけど」
「はぁぁ、良かったぁ……雷とか水とか、飲み込まれてたみたいに見えたから……」
「……雷に関しては外部からの攻撃だけど、水は防御用の魔法だから問題ないよ」
大きな溜息を吐き、疲労の濃い表情で言葉を返してくる彼に、なのははホッと一息、安堵の息を吐き出した。
突然の雷に怯み動けないでいた間にも彼は執拗な攻撃に晒されており、しかし彼女は何も出来なかった。手を出すことすら躊躇われる程の苛烈な光景は実にショッキングであり、その分彼が無事であったことはなのはにとって非常に喜ばしいことであった。
そこへ少年の声がかかる。
「――話し合い中すまないが、いいかな」
「……どうぞ」
彼はざっくばらんに返し、なのははそれに不安そうな顔を向けた。以前の初対面時、二人の間の空気の悪さを思い出していたのだった。
「僕はクロノ・ハラオウン。この宇宙とは別次元の、ミッドチルダというところから来た管理局の者だ。君はリンネメグルで間違いないね?」
「……ええ。それで、ご用件は?」
「ジュエルシードの管理について。その危険性や処置について、きちんと説明をしておきたい。話し合いの場はこちらで設けさせてもらうが、よろしいか」
「……どうぞ。元よりジュエルシードはそちらに譲る予定でしたから。何ならここで渡しましょうか?」
と、彼は懐から先程の4つのジュエルシードを取り出し、更に電球へ入れて封印処理が施された物も手元に出した。
「……感謝する。船に案内するから、しばらくここで待機してくれ。船内へ転移する」
次元航行船アースラ。派遣艦としてこの地球にやってきた巨大な母船はそう名付けられているらしい。
その中へと転移により案内され、彼はなのはを伴って艦長リンディ・ハラオウンの下へと通されることとなった。
事前に魔法でローブや帽子の海水を弾いて清潔にし、準備が整ったところで対面となった。
内容は簡潔にまとめて、ジュエルシードの管理は管理局と呼ばれる組織が責任を持って行うこと、これまで集めてくれた二人とユーノには特別報奨が出ることが主な内容であった。
無論のこと、彼に何かを反対する気はなく、トントン拍子で話は進み、正式にジュエルシードの譲渡を確認したところで話の大方は終了となった。
「……残りは、もう1つの懸念。残りのジュエルシードを所持している“フェイト”を名乗る人物と、その上部組織についてです」
リンディの真剣な声音に対し、なのはが姿勢を正している横で、彼は既に話を聞き流す体勢でいた。
かっちかちのSFな金属に囲まれた船内で、なぜか用意されてる茶室のような設備の上で真剣になれというのは些か面倒なところがあり、また彼にとってジュエルシードの譲渡が決定した以上もう用はなくなってしまったのだ。
フェイトらの陣営に対する策を講じているとは言うが、彼の場合それを聞いたところで「はいそうですか」で終わりだ。協力を持ちかけられても断る気でいる。
そもそも、既に事態は彼の分野とは畑違いの域にまで来てしまっているし、これ以上のことは管理局とやらに丸投げしようと思っているのが現状だ。
あのプレシア・テスタロッサとやらが馬鹿な行動を起こさない限り、彼は静観の姿勢を崩す気は全くない。
「リンネさんのおかげでプレシア・テスタロッサが起こそうとしていることの概要はわかりましたし、後は拠点を見つけ次第制圧部隊を送り込み捕縛する算段です。しかし、プレシア・テスタロッサは大魔導師として高名であった方、一筋縄ではいきませんし、フェイト・テスタロッサという少女も並外れた魔導師であることに変わりありません。そこでですが、リンネさんにもご協力をいただけないかと思います」
ニッコリと笑いかけてくるリンディ。
その返答は、
「――僕の対処できる範疇を超えていますので、お断りさせていただきます」
拒否である。
「……理由は今言った通り、僕が対応できるレベルではないからです。ご存知の通り系統は違うとは言え魔法は使えますが、この魔法は戦闘用ではありませんし、そもそも僕は魔法を使えるだけの一般人ですので、今回の事態は手に余ります」
ただし、と一息入れて、彼は続ける。
「……仮に空間が崩壊する手前まで行った時は手を出させてもらいます。使わないには越したことはありませんが、僕には崩壊を防ぐ手立てがある」
そう言って彼はローブの内、懐から
「……僕が
「これが、その手段であると?」
クロノの問いに首を縦に振る。
「……反転の書です。膨大な
彼の説明に、クロノとリンディは訝しげな顔をしてみせた。
「あり得ない。法則を変える、と?」
「……この“界”内部であれば、
その言葉は、あまりに現実味がなかった。
死を克服できるなど、それこそ――、
「――神の所業に等しいわ……」
リンディは呟く。
死は絶対だ。生物に等しく訪れる、避けようのない事実だ。
「……これほどの科学に傾倒しつつ神の存在を信じるとは、不思議な人たちだ」
そして彼は、どこか呆れたように、無表情に告げる。
「……条件付きですがね。器さえあれば、あとは魂を再び込めてやるだけで死者蘇生なんて十分可能なんですよ。この世の生命全てに魂は宿りますから。死ぬっていうのは、魂と器を繋ぎ止める楔が切れることを指します。健全な肉体に魂は宿る、どちらかが欠ければ、たちまち楔は千切れてしまいます。基本的に僕ら生き物は器が脆いものですから、事故やら老衰やら、器がダメになって死ぬんです」
「それでは、器がきちんと機能を続ければ、人間は生き続けられる……ということになるけど、よろしい?」
「……その通りです。吸血鬼はご存知ですか? 彼らは肉体を保つ為に新鮮な血を取り入れ器を保持しています。また、僕と同じような【魔法使い】も、細胞を常時破壊、再生し続けて長く若さを保ちます。そうそう、錬金術師なんて世間から呼ばれてる人もいますね。彼らは新たな肉体を作り続けてストックし、器が古くなったら魂を新しい肉体へ移しています。このように、生きようと思えばいくらでも生き続けられるんですよ。魂と器があれば、ですがね」
話を締め括り、彼は出されていた緑茶を飲み喉を潤す。
他3人は未だに話を信じきれていないらしく、訝しげな表情を崩さないでいた。
「……信じていただこうなんて考えていません。実際に目にしなければ信じきれないでしょう。僕も同じ場面に出くわしたらそう思うに違いありませんから」
「――――わかりました。では今後はそのようにしましょう。トラブルに巻き込んでごめんなさいね。有意義な話ができて良かったです」
「……それは、どうも。じゃあ、こちらを」
話は終わりだ。後はジュエルシードを託して、この場を去るのみ。
封印処理がされたジュエルシードが入っている電球
「……それでは、失礼します」
「はい、ありがとうございました。クロノ執務官、彼を案内してあげて」
「わかりました。……メグル・リンネ、こちらへ」
「リンネ」
アースラ内を移動中、クロノは彼にたずねてきた。
「……なにか?」
「先程の話で、少し気になったことがあった。……死者蘇生について」
クロノの言葉に、彼は小さく頷いて先を促す。
「本当に、可能なのか?」
「……人間ではしたことないですけど、できますよ。マウス実験も行って、同じ方法……魔法が人間に適用可能なのも確認済みです」
「そう、か……」
それっきり、会話は途切れた。
クロノは何と返せば良いのかわからず、彼の場合は喋る必要性を感じなかったため沈黙を貫いていた。
「……僕も、最初は信じられませんでしたよ。死は平等に訪れて、覆せないものだと思ってましたから」
「…………なぜ、その魔法に気付いたんだ?」
「……さて、どうだったか……あんまり覚えてません。元より僕は魔法を使う素質が人よりずっとあったので……魔法の世界を知って、そこの住人たちに色々と聞いて回って……その情報の中から偶然見つけた、程度のことだと思います」
「じゃあ、その魔法を使って、死んでしまった人を助けようと思ったりは?」
「……さぁ。今のところ、そんなことは考えてませんよ。だって、非常識な話じゃないですか。人を生き返らせるなんて。もしこれが表沙汰になったら大変なことですよ。何をされるか、たまったもんじゃない」
神と持て囃されるか。
はたまた、死神と蔑まれるか。
崇められるか、珍しさに監禁されるか。
恐らく、その先にロクな未来はないだろう。
「……僕は、神様でも正義の味方でもないので、人の役に立つために魔法を使おうだなんて微塵も思いません。これは全て僕が僕のために費やす力ですから。誰かを生き返らせてくれなんて頼まれたところで、どうせ断るのがオチでしょう。よっぽどのことがない限りは……多分」
そうこうしている内に、艦内の転送ポートへ辿り着いた。
彼はポータルの上へ乗り込み、クロノがそれを見送る。
「……転送先は海鳴市の海岸の公園だ。もし万が一、ジュエルシード関連で何かあったら、先程渡したデバイスに連絡を入れてほしい。…………では、送るぞ」
「……どうも。お疲れ様でした」
――――もう、会わないといいですね。
「っ」
クロノがハッと顔を上げるが、ポータルから彼の姿は消えていた。
幻聴のような言葉が聞こえてきて、クロノの耳に妙に残った。
確かに、もう彼と顔を合わせる事態がなくなれば、事件は比較的平和に終息するのだろう。
そう信じたい。
得体の知れない魔法を使う、妙に大人びた少年。
彼の存在にどことなく不安を感じるクロノは、ポータル前から踵を返して姿を消した。