ファンタジーな魔法って言わなかったっけ? 作:いつのせキノン
その日、海鳴市郊外の山奥の広場に多くの人影が集っていた。
高町なのはをはじめ、ユーノ・スクライアやクロノ・ハラオウンたち管理局の面々。
そして、フェイト・テスタロッサにアルフと、生みの親であるプレシア。
更には、広場中央に置かれた柩のようなところへと寝かされた、アリシア・テスタロッサの遺体。
皆がその柩に目をやって、沈黙を纏っていた。
「――――……お揃いのようで何よりです」
不意に、広場上空からゆっくりと人影――輪廻メグルが箒に器用に立ちながら降下してくる。
その格好はいつも通り、黒いローブと大きな帽子。無表情で感情の露出が少ない、いつもの彼だった。
これから起こるであろう奇跡を起こす人物のように見えるかと問われれば、否、ただの少年にしか見えなかっただろう。
地面まで降りきった後は箒から地に足をつけ、皆が集まる方へと向き直る。
「……大切な話をします。本当なら、これは秘匿しておく神秘だ。貴方がたが次元の超え方を解明しても辿り着けない答えを、僕は行使する」
一つ、ここで空白。
彼は話を区切り、視線を一人一人に渡らせた。
「……“契約”をしましょう。誓ってください。
彼はローブの懐から分厚い
あの時と同じように、魔導書はひとりでに捲れ始め、やがて一枚ずつページが離れてひとりずつの目の前へと飛んで行った。
指で名前を描け、と言われ、各々が自分の名前を刻んでゆく。インクも何も必要なく、指でなぞった箇所が自然と変色し、字となる。
その中で唯一プレシアだけが呆然と紙を眺めて動かないでいた。
「……プレシア・テスタロッサ。貴方が一番同意しなければならないでしょう。貴方が何もかもを捨ててまで成し遂げたかったことを、僕が提供すると言っているんです」
見かねた彼が声をかけ、しかしプレシアは深く被ったローブの内側から視線を動かすだけだった。
「…………貴方という人間は、ちぐはぐ過ぎるわ……」
そして、ぽつりと呟いた。独白にも似たような、そんな声音で。
そのプレシアの言葉に、彼は一瞬訝しげに眉を釣り上げた。
「……様々な人間を見てきた……悪に堕ちて、なおも意地汚く這いずり回る人間として。鏡で自分の顔を見たとき、何と醜い顔かとすら思った……。それでも、やらねばと呪いのように意志を貫き続けた……。貴方の目は、それによく似ている」
「……………………………………………………………………………………」
しばし、沈黙。目を細め、その真意を探るようにプレシアを見やる彼だが、やがて目を閉じて踵を返した。
「……僕にも目的がある。そのための手段を手探りで探し続けている。例えそれが外道と呼ばれようがね」
だが、と、彼は否定する。
「……僕のやり方はどうしようもなく独りよがりのワガママで、それでいて全ては僕一人で完結する。貴方との違いはそれだけだ」
魔導書を連れて、中央の遺体へと向かう彼の背中は、果たしてどう見えたのか。
プレシアは、ただ黙ってその背を見送り、納得したように紙へと指を走らせた。
紙は再び魔導書のもとへ飛び、全てのページが元あったところへ挟まり、戻ってゆく。
「……全員の“契約”を確認しました。では、はじめましょう。プレシア・テスタロッサ、フェイト・テスタロッサはこちらへ」
魔導書が更に捲れる音を背景に、二人が彼のすぐ後ろにまで歩いて出た。
フェイトは時折、プレシアに視線を向けながら。
プレシアはその視線を努めて無視するように。
「……では、これより、アリシア・テスタロッサの蘇生を行います」
そして、彼は躊躇いなくそう言い切った。
かつて語ったことのある死者蘇生。魂魄を再び結び合わせ、死者を蘇らせる術を。
「……ついでに、ここで初めて口にしましょう。蘇生に関して、貴方がたには一つずつ条件を飲んでいただく。これを拒否した場合、僕は蘇生の一切を中止する。返答は、
振り返った彼が、じっと二人の目を見て言い放つ。
予想外の言葉にフェイトは目を見開いて、プレシアは彼の言葉を待つように目を細めた。
「……一つ、フェイト・テスタロッサ。貴方は蘇生を行う上で重要な存在だ。今後貴方はアリシア・テスタロッサと運命共同体となる。これを了承するか?」
「……………………それが、母さんのためならば……」
「っ……」
フェイトは、それでも小さく頷いた。言葉の意味を全て理解しきれずとも。
その言葉はプレシアが彼女を思わず注視してしまう程度には、重く意思の込められたモノだった。
「……一つ、プレシア・テスタロッサ」
「……ええ」
次は、プレシアの番だ。まだ年端もゆかない子供であろう彼の視線を受け止め、その奥にある真意を見取ろうとした。
「……今後、アリシア・テスタロッサと同様に、フェイト・テスタロッサを真の娘として迎え入れると、ここで了承するか?」
「っ!?」
「………………………………………………………………………………」
誰が息を飲んだか。誰が瞠目したか。
少なくとも、フェイトは、まるであり得ないものを見るように目を白黒させて、彼とプレシアを交互に見やった。
「……必ず、誓うわ」
「……………………ふむ。少しは悩むかと思ったけど……、そうですか、わかりました」
彼の予想に反して、プレシアの返答は早かった。それが本意なのか、偽りなのか、わからないが。
「……この問答が無意味とは思わないことです。言霊は確かに、貴方たちを縛る」
嘘偽りは通用しない。答えたならば、結果は必ずついてくる。
パタン、と。
沈黙の中に、魔導書が閉じる音が大きく響いた。
「……“私は使者。私は御使い。門の番人よ、貴方に私は見えますまい”」
また、あの時のように、魔導書が燃え上がった。
その炎は白く、幻想的で、何よりも、
◆
その空間に方向という概念は存在しない。
上下前後左右、全ての視界は真っ暗に塗り潰されていた。
「……ここはマウスとも大して代わり映えしないのか」
ふと、空間に声が響く。
白い炎が、ぼんやりと虚空に燃え上がった。それは徐々に燃え広がり、空間を焼いて――――、
「……火力が強過ぎる」
すぐさま、しぼんだ。
燃え盛っていた炎は一瞬で蝋燭の灯火のように衰え、ゆっくりと火を揺らめかせた。
「……ここからは地道に捜すしかないのが面倒だな……」
灯火はやがて人の形をとった。男の子――――輪廻メグルの姿を。
さて、と思考する。
手探りだからといって、方向の存在しない無限のこの空間を白み潰しに見て回るのは愚の骨頂。やるなら効率的にが彼のやり方だ。
捜し人を捜すなら、やはり手掛かりを頼りに縁を辿るのがもっともらしい。
「……“血と香り”、“色彩”、“
プレシア・テスタロッサの血統を、フェイトの魂の色を、かつての彼女たちの記憶を。順番に、一つ一つ、丁寧に観察する。
「……見つけた」
やがて、一つの彷徨う魂を、彼は掬い上げた。
とても小さくて、純粋で、黄金に輝く魂を。
『――――――――――――――――――――――――』
「……初めまして。僕は、君を迎えに来た」
『――――――――――――――――――――――――』
「……いや、死神ではないが……」
『――――――――――――――――――――――――』
「……ああ、そうじゃない。君を、元いたところへ連れ帰る。君の母親がいるところだ」
『――――――――――――――――――――――――』
「……そう。プレシア・テスタロッサだ」
『――――――――――――――――――――――――』
「……? ああ、君にそっくりな子か。
『――――――――――――――――――――――――』
「……なるほど、聞えはしないのか……」
『――――――――――――――――――――――――』
「……いや、こっちの話だ、関係ないよ。ともかく、君はもうすぐ目が覚めるだろう。だけど、驚いて錯乱はし過ぎないようにしてほしい。ただ、長い眠りから覚めるだけだ」
『――――――――――――――――――――――――』
「……ああ、そうだろうね。言いたいことはたくさんあるだろうけど、僕もここにはあまり長居はしたくないんだ。話は帰ったらゆっくりするとしよう」
じゃあ、行くよ、と。
彼はその光を優しく抱き締め、白く燃え上がった。
もっと大きく、もっと強く。
空間を、焼き払うように。
◆
魔導書に火が灯ったかと思えば、一瞬で本が燃え尽きた。
何か劇的な変化があったのかと言えば、否。
ただ、山の中らしい涼しい風だけが変わらず頬を撫でる程度で、それらしい動きは何もなかった。
「…………ぁ、ぅ……」
不意に、皆が見つめる柩の中から小さく声がした。幼い、女の子の声だ。
柩の横に跪いた彼はそっと中を覗き込み、じっと彼女の――アリシア・テスタロッサの顔を見つめた。
「ぅ…………?」
「……さっきぶりだね。馴染むまで喋りにくいだろうけど、しばらくは我慢してほしい。ほんの数分の辛抱だ」
やがて、目を細く開けたアリシアと視線が合って、そっと告げた。
長年動かなかった身体は、保存状態が良かったとはいえ固まっていた。正常に動けるようになるまでは一日程度はかかるだろう。
「……どうぞ」
「ッ……!!」
アリシアの状態を確認し、そっと場所を譲った。
よろよろと、プレシアは絡みそうな足取りで弱々しくかがみ込み、柩を覗き込んだ。
「……ぁ、ぁ……」
「あ、あぁっ……アリシア……っ!! アリシアなのね……!!」
泣き崩れ、そっと手を伸ばし、アリシアの頬を両手で触れた。
その肌の、何とあたたかいことか。
あの時は、すでに冷たかった。
けれど、今は、とても柔らかく、あたたかい。
その温もりは、確かに、目の前の少女が生きているということを、プレシアに知らしめてくれた。
その手を確かめるように、アリシアもゆるりと、頬を緩めて笑った。
「……テスタロッサ。気分は?」
感動の再会、とでもつけるべきか。
プレシアとアリシアがふれあうすぐそばで、フェイトはぼんやりとその様子を眺めていた。
「…………よく、わからない……」
「……ふむ、僕の聞き方が悪かった。
「っ……?」
彼の問いかけは、フェイトにとって驚愕に値した。
ずっと、己の心の中はぐちゃぐちゃだ。
事件が収束し、母親と呼ぶ人物は逮捕され、自分はクローンであり、目の前でプレシアが涙ながら名前を呼ぶ娘とは違う。
アリシアが生き返れば、プレシアが笑ってくれると思った。
いや、事実、プレシアは確かに笑った。とても嬉しそうに。
――――でも、その先に自分がいるわけではない。
「……そうだね、確認をかねてみようか。こっちへ」
その様子を見かねてか、彼はまたアリシアの下へと歩き出す。その背は確かに、ついてこい、と有無を言わさない雰囲気だった。
何を、と問える雰囲気ではない。
少し逡巡して、フェイトは後に続いた。
「……水を差すようで申し訳ない。蘇生も済んだところで説明しておくべきことがある」
おもむろに、一家に囲まれる中心で、彼は口を開いた。
次は何を告げるのか、常識を超える魔法を行使する少年に視線が集まる。
「……“契約”は執行された。アリシア・テスタロッサは蘇り、フェイト・テスタロッサと魂を共有する存在になった。プレシア・テスタロッサ、貴方はこの意味を真に理解しているか?」
フェイトを伴い、地面に座り込むプレシアの目をじっと見つめる。その瞳は、生半可な回答は許さないと、雄弁に語っていた。
「……魂魄の説明をするとき、貴方は言ってたわね。魂を繋ぎ止める楔が必要だと。だから、貴方は、アリシアによく似たフェイトを楔とした……」
魂魄は生命が生きる上で一対の存在でなければならない。片方が壊れればその結びはたちまち解かれ、魂はより深い次元へ、魄は取り残され、朽ちてゆく。
本来なら、それが定命の生物の、覆りようのない最後だ。魂魄を繋ぎ止める楔は、使い物にならなくなる。
だからこそ、彼はより強力な楔を用意した。アリシアのDNAを使ったクローンであるフェイトを。
フェイトはアリシアにより近い存在として生きており、それならばアリシアを現世に縫い止める最高の要因になりえる。
つまりは、共有化。フェイトとアリシアを同一化して、彼は死者蘇生を行った。
「……まぁ、及第点というところで。最低限は理解してるようで何よりです。が、100点満点であってもらわねばなりません」
しかし、彼は完全に納得した訳ではないらしい。まだまだ教え込む必要があると、そんな雰囲気を纏っていた。
「……魂の共有化は、フェイト・テスタロッサの楔をアリシア・テスタロッサの楔に見立てたものだ。
文字通りの運命共同体。彼はそれを言い続ける。
「……だから僕は言った。プレシア・テスタロッサ、貴方は
できるのか、という問いかけ。
プレシアはこれまで、フェイトという存在を忌み嫌ってきた。
アリシアではない、ただの
果たしてお前に、恨み続けた娘と瓜二つの存在を愛せるのかと、彼はプレシアに問おうとしている。
できなければそれまで。フェイトへの恨みと痛みはアリシアへと共有され、その楔は腐り落ちる。
つまり、アリシアは再び死ぬ。
そして、彼はもう蘇生のチャンスの一切を与えないと語った。
『ねぇ、フェイト』
「ッ!?」
ふと、フェイトには声が聴こえた。
自身の内側から、まるで自分の声のように。
『驚かないで。
「あ、アリシア……?」
柩の中から、アリシアの視線と、フェイトは目が合った。そしてアリシアは少し微笑んだ。
『良かった。メグルが言ってたから、できるかなって思って』
「ど、どういう、こと……?」
『
ゆっくりと、フェイトの中に、アリシアが触れてくる。
流れ込んでくるのは、あたたかな風だった。
『フェイト、手伝って? ママに、伝えたいことがあるの。わたしは、魔法が使えないから、念話の代わりに、フェイトから言ってほしいの』
「――――――――――――――――、」
その提案にフェイトは目を見開いて固まった。
しかし、やがて、アリシアの瞳を見つめながら、決意したように、小さく頷いた。
「……リンネ」
「……彼女の声が、聴こえたか?」
「うん」
「……そうか。じゃあ、僕はもう必要ないね」
彼はその問答のみで、納得したように頷いた。もうここに居る必要もないと、そう言って三人から離れて行った。
「……………………あ、の、母さん……、……アリシアが、言いたいことが、あるって……言って、ます」
ぎこちなく、フェイトはプレシアへと呼びかけた。まだ自分がそう呼んでいいのかと躊躇いながら。
プレシアはその様子を、何も言わずじっと眺めフェイトが口を開くのを待った。
「……妹を、生んでくれて、ありがとう、って……」
「ッ……」
その言葉を聴いて、プレシアは目を見開いてアリシアを見た。
そして、アリシアは、微かに頷いて、微笑んだ。
◆
「……そうですね。あの場所を選んだのは霊脈の関係です。山っていうのは器とも定義できる。星の裏側から見れば窪み、そこへ水が流れ込むのは当然と考えられます」
そこはアースラの取調室。
クロノは対面に座る少年の話に耳を傾けていた。
「魔力の波動みたいなものは何もなかった。これは僕ら魔導師が使う魔法……君の言う科学魔法とは系統が異なるからか?」
「……その通り。そのミッドチルダ式という魔法は、結局のところ科学の延長。リンカーコアから生成される魔力という特殊な粒子状エネルギーの持つ特性を使ったもの。僕が使う星のエネルギーとは全く別物になります」
「人工と天然、みたいなものか」
「……概ねは。ただ大本は同じなんです。何が作ったか、それだけです」
「では星の作るエネルギーはなぜ君の言う【魔法】に適するんだ?」
「……単純な話、純粋なんですよ。何者にも染まっていないエネルギー。人が創り出すモノは大概何かが混ざってしまう。特化させるならともかく、僕からすれば不都合の塊でしかない」
「ふむ……君が突然『時の庭園』に現れたアレも、同じ魔法か?」
「……ええ、同じものです。マーキングを付けた物の場所へ時空間を繋げる。マーキングに、必要なマナを込めてさえいれば可能です。フェイト・テスタロッサが所持していたものがそれに当たります」
これを、と彼は一つの水銀が込められた小瓶を懐から出してデスクの上に置いた。
「これは?」
「……魔法用の道具、と言えばわかりますか?」
「水銀を……? いや、思いつかないな」
「……まぁ、普通の人からすればそうです。人体には有害と言われる有機水銀……とはまた違った無機水銀ですが。最近価格高騰が起こって困ってるんですよね」
「いや、聞いてないが……」
「……ただの愚痴です。水銀の特性は“集めるもの”。つまりマナを込めるにはちょうど良い」
「それは、君たち【魔法使い】にとっての特性か?」
「……はい。通常の化学では決してわからないことですが」
クロノは一度目頭を揉んで、ゆっくりと背もたれに体を預け、天井を仰いだ。情報量の多さに、少し混乱していた。
「……一つ、聞きたいんだが」
「……どうぞ。僕の答えられる範囲で良ければ」
「ああ……死者蘇生は、わかった。魂魄も、事象の改変も……。とすれば、もしかして君は……時間にすら、縛られなかったりするのか……?」
それは、何となく、クロノが懸念していたこと。
概念にも干渉したならば、もしかしたら、と。
対して、彼の回答は、
「……
否。
「君にも届かない領域がある、と」
「……時間なんて操れるなら、それこそ僕は今頃ここにはいませんよ。それは僕が目的を達成する上で何よりも欲しい手段なんです」
「だが、
「……どれくらい先になるかはわかりませんがね。きっとできると、信じています」
ただ淡々と、彼は告げた。
今までのクロノであれば、何を馬鹿な、と思っただろう。遠まわしに「できるはずがない」とさえ言っていたかもしれない。
だが、彼はそこに手が届いてしまうかもしれない。
何の根拠もないが、そう思えてしまった。
「それじゃあ、最後に聞きたい。プレシア・テスタロッサの治療とアリシア・テスタロッサの蘇生を行った真の目的を」
「…………気付いてましたか」
最後の質問に、彼は少し驚いた様子だった。
「職業柄、色々と人を見る必要があるんだ。許して欲しい、とは言わないが、詮索程度はさせてくれ」
「……まぁ、別段特別ってわけじゃないのでいいですけど……。いわゆるお試し、臨床実験ですよ。治療はともかく、死者蘇生なんてできる機会が限られてるじゃないですか。蘇生するために人殺しなんてしたくないですし。今回はたまたま目の前にいいサンプルがあったものですから」
肩を竦めて「わかるでしょう?」と視線で訴えてくる彼に、クロノは頬を引き攣らせた。
一見、その理由は正当そうに見えて裏があるように思えた。
つまるところ、実験できるチャンスがあるのならば倫理観などない、という宣言に等しい。
今回はアリシア・テスタロッサの遺体と、フェイト・テスタロッサという存在があったからこそ、彼は蘇生を選択した。人間という魂魄の蘇生が成功するか否かを見極めるために。
クロノは冷や汗が背中に染み込む感覚に悪寒を抱き、輪廻メグルという少年にある種の恐怖を抱いたのだった。
◆
色々ありましたが、これまでのジュエルシードを巡る事件は一旦の解決となりました。
プレシアさんが発端となったこの事件は、プレシアさんが責任の大部分を取る形で裁判を受けることになるそうです。
フェイトちゃんも、やはり何らかの刑が下る、とクロノくんは言ってました。
が、そこはフェイトちゃんの罪が軽くなるよう全力を尽くすそうです。何でも、プレシアさんに強制されたから、という筋書きがあるそうで。
プレシアさんも、それには何も反対せず……というよりも、その案自体がプレシアさんからの提案だそうです。
何と言いますか、少し安心したような気がします。
アリシアちゃんに関しては、死亡ではなく行方不明だった、という経歴になるそうです。プレシアさんがずっと隠し通していたとかなんとか。
大分時間が経過してるのに成長してないんじゃ……、という疑問は、クロノくんがどうにかすると言っていました。頑張ってほしいです。
メグルくんによる蘇生は公言しないことを“契約”したので、アースラの記録は全て消去される運びとなりました。
「……バカなことを言わないでほしい。こんな力、欲深い人間が聞いたら喉から手が出るほど欲しがるに決まってる。神秘は秘匿されてこそだ」
とはメグルくんの言葉で、とにかく秘密にしろ、と口酸っぱく言ってました。わたしとしては
そういう訳で、フェイトちゃんたちは裁判のために地球を発つことになりました。
ユーノくんも、ジュエルシードの発掘を行った関係者として元の世界へと帰ることに。
寂しいな、と思うと同時に、やっぱり、と予想通りに思う自分がいました。
仕方ないこととはいえ、元々わたしたちとは違う世界の住人。慌ただしい時間の中で、心を通わせることができて、お友達になれたこと。
事前に伝えられていたとしても、お別れはとても悲しいことです。
アースラが出航するその日。
わたしはお別れを告げに臨海公園へと朝早くに向かいました。
「フェイトちゃん、アリシアちゃん!!」
「あ、……なのは」
「おはよー、なのは」
「うん、おはようございますっ」
そこには、私服姿のフェイトちゃんとアリシアちゃんが。
「アリシアちゃん、もう普通に歩けるようになったんだね」
「おかげさまで。ちやほやされるのは悪い気分じゃなかったけど、いつまでも甘えん坊さんってのもねー。ホント、メグルにはお世話になりっぱなしだったなー」
目が覚めてからのアリシアちゃんは、長年眠ってたために体が凝り固まってしまっていたらしく、しばらく車椅子生活を余儀なくされていました。
本来なら一ヶ月近くはそのまま歩けない、と言われていましたが、メグルくんに頼んで少し魔法を使ってもらいました。そのおかげで、数日で元通り歩けるようになりました。
苦笑しながらもちょっと物足りなそうなアリシアちゃんに、フェイトちゃんも苦笑い。わたしとフェイトちゃんでメグルくんに少し強引に頼み込んだら、すごく顔をしかめていたのを思い出します。
「なのは、メグルは一緒じゃないの?」
「え? ううん、見てないよ。もしかして、メグルくんも来るの?」
「一応、連絡はしたんだけど……」
と、肩に背負っている竹刀袋を見ながら言うフェイトちゃん。何か渡すものでもあるんでしょうか。
「あー、これね、フェイトがメグルの杖壊しちゃったんだよねー。咄嗟に追い返して隠そうとしてたやつ」
「あ、アリシアっ、そんなっ、なのはに言わなくても……っ」
「いやー、隠してても意味ないし」
でも……っ、と顔を赤くして恥ずかしがりながら抗議するフェイトちゃん。アリシアちゃんはへらへらと笑ってますが。
……とりあえず、姉妹仲はとても良好のようです。ギクシャクするんじゃないか、とも思いましたが、アリシアちゃんはグイグイ行くタイプらしく、彼女が中心となって話の輪が広がります。
それからしばらくして、空から降りてくる人影に気付き視線を上げれば、とんがり帽子とローブを着たメグルくんが箒に乗ってやって来ました。普通に歩いてくると思ってたんですが……。
「メグルくん、今日は箒で来たんだね」
「……見られちゃマズいだろう、この現場は」
わかってくれよ、と呆れたような溜息に、確かに、と納得。一応人のいない時間帯とはいえ、警戒くらいはするべきでした。
メグルくんがやってきて、フェイトちゃんもホッとした様子です。
「良かった。メグル、来ないかと思って……」
「……まぁ、来ない選択肢もあったけど……流石に、どうしても渡しておきたいものがある、なんて言われちゃあ断れないよ」
厄介な奴だったら拒否するけど、と言うメグルくん。まぁそうだろうなぁ、と、メグルくんらしい言葉に納得です。結構神経質というか、石橋を叩いて渡るタイプだなと思います。
でも、何だかんだで来てくれたあたりが物事を蔑ろにしないメグルくんらしさがあります。
「……それで、渡すものって?」
「あの、これを……」
フェイトちゃんが背負っていた長物をメグルくんに渡しました。
首を傾げながらその長い竹刀袋を開けて、「……あぁ、これか」と思い出したように言います。
「その、ごめんなさい……渡されたときに、折れちゃって……なんとか直したと思うんだけど」
「……はぁ、……直す……」
「咄嗟に隠そうとして、転移させたのは事実だし……とりあえずくっつけることくらいしかできなくて……」
服の裾を握りながら顔を伏せるフェイトちゃん。
メグルくんは杖を取り出して両手で握りまじまじと観察。それから杖半ばをじっと見て一つ頷きました。
「……まさか、神秘の塊にボンドを使うとはね」
「う゛っ……」
「あー、その、メグル? ちょっと大目に見てもらえないかなーって思うんだけど……」
最もな指摘に息を詰まらせるフェイトちゃんに、アリシアちゃんの助け舟が。
メグルくんの魔法は杖が必要なものもあるって聞いたけど、ボンドで直した杖でもできるのでしょうか……? 少し、気になります。
「……いいよ、もう。過ぎたことだし。そもそも、杖自体が折れるのは想定していた」
「え、想定……?」
「……杖を厄介なことに使われるのも面倒だと思ってね。僕以外の誰かが悪用しないよう、折れやすくなる呪いをかけてた」
「じゃ、じゃあっ、折れちゃったのって……っ」
「……仕込んだ呪いが正常にはたらいたってことだね」
「そ、そう、なんだ…………よ、よかったぁ……」
胸をなで下ろすフェイトちゃんと、「よかったねー」と声をかけるアリシアちゃん。とりあえず、大事じゃなくて良かったです。
「あ、でも、その、ごめんね……勝手に直しちゃって……」
「……謝らなくていいよ、もう。そんな顔をされると僕が悪者みたいだ。この件は水に流す。直すのは簡単だし」
そう言って、メグルくんは杖を撫で、懐にしまい込みました。いつもながらあの長さがどうやってローブに入ってるのか、不思議です。
「よし、フェイトの次はわたしねっ」
「……?」
「メグルにはお世話になったから、お手紙っ」
「……僕に……?」
空気を見計らって、今度はアリシアちゃんがメグルくんにお手紙を渡しました。封筒には丸っこい字で慣れてなさげな日本語が書いてあります。
「あっ、ここでは開けちゃ駄目だからねっ、照れくさいし」
「……わかった、後で読むとする。……うん、ありがとう」
頬をかきながら少し赤くなったアリシアちゃんと、面食らった様子のメグルくん。ちょっと動揺してるみたいで、思わず笑ってしまいそうです。
「じゃあ、行くね」
「またね、なのは、メグル」
そろそろ、出航の時間。
名残惜しい時間は、あっという間に過ぎ去ります。
「また会おうね、フェイトちゃん、アリシアちゃんっ」
最後に、二人とハグをしてお別れです。
寂しくて、少し泣きそうになったけど、笑顔で見送ります。
「……達者で」
メグルくんは、手短に。素っ気ない気もするけど、らしいお別れの言葉です。
「もー、メグルは素っ気ないって!! 最後くらいはこうっ!!」
「っ!?」
けど、そんなメグルくんに痺れを切らしたのか、アリシアちゃんがずんずん近付いて行って、正面から抱き着きました。
思わず、わたしも赤面……。メグルくんも、今までにないくらい驚いてました。
「…………………………………………で、いつまで、これを……?」
「……ありがとう、メグル。ママと、わたしと、フェイトを、助けてくれて」
「っ……、……………………いや、……やるべきことを、やったまでだよ」
「謙遜しないでよ。本当に、感謝してもしきれないくらい、嬉しいんだから」
小さく、メグルくんの耳元でつぶやいて、ゆっくりと離れるアリシアちゃん。ちょっと大胆なの……。
「じゃ、じゃあねっ!! 友達にはもっと親身に接すること!!」
アリシアちゃんは結構赤くなりながらメグルくんに指を突き付けて、早足に戻って行きました。やっぱり恥ずかしかったみたいです。
「あ、あはは、最後にすごいの見ちゃったの……」
「う、うん……」
わたしもフェイトちゃんも、アリシアちゃんの大胆さにたじたじです……。
「ほら、フェイト、早く行くよ!! ママが待ってる!!」
「あ、うん……。それじゃあ」
「うんっ、またねっ」
二人に手を振って、さようなら、と。また会いましょう、と。
メグルくんは、静かに、けれど、小さく手を上げて。
魔法陣が現れて、やがて二人はアースラへと転送されて行きました。
「……行っちゃったね」
「……そう、だね。騒がしい人たちだった」
帽子を深くかぶり直したメグルくんは、淡々と、そう言いました。
けれどその声音には、少し寂寥感があります。
……系統は違えど、魔法によって出会ったメグルくん。
初めて話す前は、本当に近寄り難くて何を考えてるのかさっぱりな雰囲気のあったメグルくんだけど、今は少し、彼のことをわかった気がします。
「……じゃあ、僕は帰る」
「あ、待ってっ」
「……?」
「一緒に帰ろ?」
「…………………………………………あー、わかったよ……」
「ふふ、うんっ」