ファンタジーな魔法って言わなかったっけ?   作:いつのせキノン

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二期
偶然のはじまりの、少し前


 

 八神はやてが輪廻メグルを見付けられたのは本当に偶然だった。なにせ、図書館経由の巡回バスにたまたま乗り合わせたのだから。

 

「あ、輪廻クン。お久しぶりやね」

「……………………あぁ、八神か」

「ちょっと名前思い出そうとしてたやろ」

「……さぁ、どうだか」

 

 乗り込んできた彼に声をかけたはやては、肩を揺らして笑った。明らかに自分の名前を思い出そうと視線が宙を泳いでいたのだが、それを肯定も否定もしない態度に変わった人だなと感じるのであった。

 

「図書館に行くん? 調べもの?」

「……ああ」

「偶然やなぁ。私もちょうど向かうとこだったんよ」

「……そうか……、」

 

 また彼の視線が泳ぐ。何か話題を探してるのか、僅かに口が開きかけて、すぐに閉口。

 この様子にはやては悟った。ああ、彼は話題を展開するのが苦手なタイプだな、と。

 友人の月村すずかからは大人の完璧超人という印象と聞いてはいるが、今の一面を見て早くも弱点(?)の1つが露呈したな、と内心ほくそ笑む。

 

 彼ははやてがいる車椅子席とは反対側、一人用の席に腰を下ろす。

 

「聞いとるよぉ、すずかちゃんが“輪廻クンがテストで100点貰ってたー”ゆうててな。しかもクラスで一番最初に解き終えて、友達(アリサちゃん)が悔しい嘆いとるって」

「……そう。別にカンニングはしてないけど」

「疑う訳ないやん。するまでもないんやろ?」

「……まぁ、そうなんだけどさ……」

 

 控えめに、否定せずどこか困った様子で斜め下を見やる。

 そこからは再び無言。ますますはやての意地の悪い笑みが深まった。

 

 

 

 図書館へと到着し、バスから館内までは彼がはやての車椅子を押していた。

 特に手伝えと彼女が言ったわけではないが、そういった気遣いができる人間というのははやてにとって高ポイントだった。多分、この辺りが接する上で嫌な思いをしない部分なのだろうと一人納得する。

 言うまでもなく、はやてが取りたいと言った本も文句一つ言わず棚から取り出し、わざわざ付き添いをかってでていた。

 彼女がいつも陣取る席に送ってからは、彼は足早に郷土資料がおいてある方面へと向かっていった。その背を見送り、気付けばはやては何となく良い気分にひたっているのであった。

 

「……そーゆうとこやで、輪廻クン」

 

 なるほど、すずか達が仲良くなる珍しい男子な訳だ。

 話を聞いて彼以外の男の名前を聞かないあたり、何となくホクホク顔になってしまう。俗に言う優良物件、何か浮ついた話はないものかと勘ぐってしまうのであった。

 

 

 

 戻ってきた彼が抱えた本は、海鳴市の郷土資料ばかり。これを1日で読破するのか、と自称本の虫たるはやてでも一瞬頬を引き攣らせるレベルのものだった。

 

「またけったいな量の資料やね……」

「……必要なことだ。君に理解できずとも、僕にとっては」

 

 そう言って席につき、早速ページを捲ってゆく……が、その速度は常人に比べかなり早い。斜め読みだとしても、はやてから見える1ページあたりの文量ではまったくもって早過ぎた。

 読めてるのか……? と、自分の本のことも忘れて訝しげな視線を送るはやてに気付いたのか、彼は「……これでも読めてるよ」と小さく告げた。

 

「……本の虫やなぁ……」

「……かもしれないな」

 

 何気ない一言に、彼は無表情に返した。

 

 

 

 

 

 気付けば夕方。本を読みふけっていると時間の流れというものは本当に早く感じる。

 

「いやー、なんか付き合わせたみたいで申し訳ないわぁ」

「……そう言いつつ上機嫌そうだね、君は」

 

 その言葉に「せやろか?」とはやては返した。

 思えば、彼とこのように一日を共にしたことはない。以前はすずからも一緒だったことを考えても、マンツーマンというのは初めてのことだ。

 たぶん、彼とは無言の時間が続いても居心地が悪いとは感じないのだ。彼は彼で本に没頭してるので、気兼ねなく自分のペースで読むことができる。

 しかし、かと言って自分が一人というわけでもない。そういったバランスのとれた人材であるのは確かだった。

 

 バス停まで送られ、はやてはバスへ。

 彼は「……買い物を頼まれている」と言って、バスには乗らないと言った。

 

「ほな、また」

「……ああ」

 

 短く、少し素っ気ない挨拶だったが、別段、悪い気はしない。

 バスの乗降を手伝ってくれた彼は、扉が閉まるまで見送ってくれた。

 

 そう言えば、と思いつくのは、まともな男友達というのは彼が初めてだったか。世の中様々な男性がいるとはいうが、彼が最初の友達で良かったと、何となくそう思いながら、車窓から流れてゆく景色を眺めた。

 

 ふと、特に何かを思ったわけではないが、振り返ってバス停の方を見た。

 

 けれども、既に彼の姿はなかった。

 

「……あれ……?」

 

 一瞬、何かの見間違いだろうか、空に人影が見えた、気がした。

 

 目をこすって、もう一度よく見るが……気のせいだったらしく、夕焼け空が後方へ流れてゆく。

 

「……目ぇ使いすぎたかなぁ……今日は早よ寝んとね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジュエルシード強奪事件から数ヶ月が過ぎた。

 以来、大きな事件と呼ばれるような事柄は地球の、とりわけ日本の中では起きていない。またいつも通りの日常に戻った、と言えよう。

 

 そんな中でも、高町なのはは少し日課が変わった。

 フェイトやアリシアとのビデオレターのやり取りだ。

 

 例の事件以降、なのはの手元にはレイジングハートが残り魔法訓練をしていた。

 そのレイジングハートを介して、フェイトらとお互いの近況報告を始めたのだ。

 また、このビデオレターにはアリサ・バニングスや月村すずかも参加。ついでに輪廻メグルを無理矢理引っ張ってきて、ほぼ毎日、日記のようにビデオを撮った。彼は大分げっそりしていたが。

 フェイトとアリシアのことは、数ヶ月前に休んだときにできた大事な友達である、とアリサとすずかの二人には説明しており、魔法のことはもちろん伏せてある。流石に無関係の人間を巻き込むわけにはいかなかった。

 

 フェイトたちともすっかり顔馴染みになったアリサやすずかだが、それよりもアリサとメグルの関係の方がまだピリピリとしていた。主にアリサが一方的にメグルをライバル視しているだけの話だが。なのはを中心につるむようになってからは、以前より余計にヒートアップしているらしい。

 

「もっかい!!」

 

 その日、アリサは自宅になのはとすずかと、彼を招待していた。最近はいつもの三人に、メグルを加えた四人という構図も珍しさが薄れつつある。

 

「もっかいよ!!」

「……もう何戦したと思ってるんだ……」

 

 今日のアリサは将棋を持ち出し、彼と何局も指し合っていた。因みに結果はアリサの全戦全敗である。

 これは超絶負けず嫌いのアリサが、頭脳対決と称して始めた対決シリーズである。これまでオセロやらチェスやら囲碁やらと様々な対決を(彼の意見とは無関係に)敢行してきたが、アリサは全く勝てなかった。

 学校の成績では同率一位、けれど大人っぽさでは輪廻メグルがダントツ一位。これは何事も一番でありたいアリサのプライドを大きく傷付けたらしく、前々から彼に負けたくないと絡んできたのが始まりだ。

 

「……ハンデあげるから……」

「嫌よ!! 全力で勝たなきゃ意味ないじゃない!!」

 

 因みに、今のやり取りも過去何十回と行われたものだ。げんなりした顔を隠しもせず、いい加減諦めろよ、とメグルは内心思っているのだが、アリサが全く折れる様子がないのが目下の懸念だ。

 

「ほら、やるわよ!!」

 

 次こそは、とやる気満々で盤面を整えるアリサ。これだけ負け続けてどこからその気力が湧いてくるのか、メグルは不思議でならない。

 しかし、アリサが無闇やたらに勝負をふっかけてくるのかと言えば、そうじゃないと断言できる。アリサはなんと言っても頭が良い。一度負けると、その穴を確実に塞いで、更にレベルアップして反撃してくる。普通にプロ顔負けの実力者だろう。

 比較対象がメグルという例外中の例外なだけで、アリサは同年代と比較しても知性が圧倒的にある。なのは然り、すずかも然り。

 

 もし仮に、自分と同じだけの経験があったならば、とメグルは考えた。そのときは、確実に負ける。彼が何度挑もうとも、返り討ちにされる未来しかない。

 今はただ、何億、何兆もの時間の中で蓄積された、ほんの少しの技術でやりくりしているだけに過ぎない。彼には経験値しか取り柄がないのだ。それさえ取り除かれてしまえば、輪廻メグルという少年は、ただの人間でしかいられなくなる。

 恐らく、この人生で彼が負けることは万が一にもないだろう。それでも、アリサという才能の塊を見て、劣等感を抱かずにはいられなかった。

 

 ぼんやりと、そんなことを思いながら、対面で女子らしからぬ唸り声を上げるアリサと将棋を続ける。

 

 そういえば、と、惑星の命運をかけて将棋で勝敗を決める、なんて人生もあったのを思い出す。全ての法則がボードゲームの勝敗でいくらでも変えられる世界の話だ。

 あの時は、勝てば文字通り神になれると思って全力だった。目的達成に最もな近道だと思っていた。

 死ぬほど努力をして、死ぬほど暗記して、死ぬほど対局をして……。

 

 結局、最後は大敗を喫したのだが。

 文字通り、宇宙内外含めあと一歩で頂点だったのだが、最後は訳もわからず負けたのだ。あれは惨めだった。

 

 パチン、と、小気味よい駒の音が響く。

 

 師匠やライバルや友達やら、大勢の者達に見守られて、負けた。そして、死ぬより酷い目にあった。

 そりゃあそうだ。奴隷が欲しいがために全宇宙を支配しようとしたやつに、たかが自分のためだけに生きてきた小僧が勝てるはずもなかったのだ。

 敵には嘲笑われ、味方だった人たちからも罵倒の嵐。本当に、苦い記憶だ。

 

「うぐぐぐ……」

「アリサちゃん、ちょっとはしたないよ……」

「横に同じなの……」

 

 あの時の最期は……そう、味方だった人たちに囲まれて、殴られ、蹴られ……死んだ。

 全てがゲームで決まる、とかいうくせに、最期は結局暴力だった。ただの平凡な人間が、少し頑張って勝ち筋を覚えたところで、力には勝てなかった。

 

「……………………………………………………………………………………ま、参りました……」

「……ん」

「ち、ちょっとは喜びなさいよぉぉぉぉぉぉっっ!?」

 

 うがー、と吠えるアリサに、メグルは耳を塞ぐジェスチャーで対応。ますます火に油を注ぐ姿勢に「まぁまぁ」とすずかがなだめた。

 

 こんな光景にも見慣れたものである。

 なのはは今日も元気なアリサに苦笑いを浮かべ、「勝つのはまだ先になりそうなの……」と小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 


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