ファンタジーな魔法って言わなかったっけ?   作:いつのせキノン

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微睡みの狭間で

 

 八神はやては、久々に夢を見た。

 

 幾重にも廻り続ける世界。

 数多の光の粒たちが、広大な宇宙とその外を行き来する。

 

 その光景は何と美しいことか。

 真っ暗闇の空間を照らす眩い光たち。

 赤だったり、青だったり、緑だったり。

 まるで夜空に輝く星のような、色とりどりの光たちが、楽しそうに舞っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼうっ、と。

 黒い炎が燃え上がる。

 

「は、……え?」

 

 何もかもに塗り潰された黒。

 それは人型をとっていた。

 

「あつ、く、ない……?」

 

 目の前に浮かび上がる炎から熱を感じることはない。むしろ、冷たさ。氷のように、深い喪失感を抱くような、冷たさを感じた。

 

「あっ」

 

 それに手を伸ばそうとして、炎は燃え尽きた。

 

 

 

 

 

「あれ……?」

 

 そこは図書館だ。はやてにとっては人生の一部と言っても過言ではない、海鳴市の図書館だった。

 はやてはいつもの席に座っている。

 隣も対面も、空席。

 その隣の机も、空席。

 更に隣、その隣すらも。

 

「っ……、」

 

 図書館には誰一人としていない。人の気配を感じない。

 冷や汗が流れ、飲み込みにくくなったつばを無理矢理飲み込んだ。

 

 あまりにも、(寂し)すぎる。

 鳥肌が立ち、身震いする。まるで真冬の外のよう。

 腕をさすって、しばし辺りを見渡すが、誰もいない。

 

 恐る恐る、車椅子を自分で動かして、席を離れた。

 

 受付、休憩室、書庫。

 どこにも、誰もいない。市民も、従業員も。

 

「……っ、だ、だれかっ、だれかいませんか……っ!?」

 

 思い切って、声を上げた。寒さなのか、独りゆえの怖さなのか。呂律が回らず、震えが止まらない。

 息が荒い。動悸が煩い。沈黙が痛い。

 図書館の中を動き回って、けれども、人っ子一人見つかりやしない。

 ただただ、自分の荒い息遣いだけが、嫌なくらい耳についた。

 

 

 

 不意に。

 

 

 

「――――――――――――あっ……!!」

 

 視界端に、動く影。

 本棚の隙間を縫うように、一瞬だけ、はやてには人影が見えた、気がした。

 

「まっ、待ってください!!」

 

 すぐさまタイヤを掴んで、その人影が見えた方へと走り出した。

 

「あ、のっ、待って……!!」

 

 息を切らし、全速力。

 本棚の間へと入り、少し薄暗い通路を駆け抜け、また次の本棚へ。

 純文学、推理、エッセイ、フィクション、ファンタジー、SF、実用書、雑誌、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、■■、

 

 

 

 

 

「……………………あ、れ、ぇ……?」

 

 ここは、どこだ?

 

「なん、で、……」

 

 その図書館は、()()()()

 前後左右どこまでも続く本棚。見上げても、果てまで先が見えない天井。

 並べられた本たちは皆が皆、黒い背表紙を見せつけてくる。手に取るのすら嫌悪する、近寄りがたい黒だ。

 その本から目を背けても、視界に入るのは無限に続く通路だけだ。すでに、自分がどっちから来たかすら覚えていない。

 

 身体の震えがいよいよ止まらなくなった。

 必死に抑えつけようとしても、芯から凍えるような寒さがそれを許さない。

 

 怖い。

 

 寂しい。

 

 誰か。

 

 ヴィータ。

 

 シグナム。

 

 シャマル。

 

 ザフィーラ。

 

 すずかちゃん。

 

 

 

 

 

 ……輪廻クン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼうっ、と。

 

「あっ……」

 

 黒い火が、眼前で灯った。

 小さくて、ロウソクの火のようで、今にも消えてしまいそうな。

 

 冷たくて、暖かい火が。

 

 

 

 

 そして、その向こう側には、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銀髪の、女性が一人。

 

「だ――――、」

 

 誰ですか。そう、問おうとした。

 

 

 

 

 

 女性は、腕を振るった。

 

 刹那、白いナイフが、虚空から飛んだ。

 

 

 

 そのナイフは、黒い火を、消し――――――――――、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「待っ――――――――――――――――ッッ!?!?!?!?」

 

 

 

 

 

 飛び起きた。

 

「ふ、ふ、ふぅ、はっ、は、はぁ、はぁ……!?」

 

 全身を襲う倦怠感と冷や汗。

 背中がじっとりと濡れていて、シーツにまで汗が染み込んでいた。

 

 いつもの部屋。自分の部屋。

 ベッドの上で、自分一人だけ。

 

「ゆ、め……?」

 

 そう、夢。夢のはずだ。あれは夢だった。

 

 だと言うのに、この悪寒は何なのか。

 

 

 

 まるで、何かを喪失してしまったかのような、胸の奥の痛みは。

 

 動悸が激しく、まともに音が聞こえない。

 息を整えようとしても、喉の奥に引っかかる違和感が抜けない。

 

 

 

 それからたっぷり5分、はやてはベッドの上から動けなかった。

 

 ようやく呼吸が落ち着いて、思考が回り始めた。

 時間を確認して、今は午前9時。いつものルーティンからすれば完全に寝坊だ。もうシャマルやシグナムたちも起き出してる時間のはず。

 

 とりあえず、水が飲みたい。嫌な汗もシャワーで軽く流して、着替えたい。それから、家の片付け、掃除と洗濯、買い物も。

 

 そう、何も変わらない。少し賑やかになった、いつもの日常を繰り返すだけ。

 

 

 

 一つ、深く深呼吸をする。

 

 気持ちはやっと落ち着いた。いつもどおり、大丈夫。

 だから、一人でベッドから車椅子に移るくらい、平気。

 

 ベッド端によって、車椅子に手をかけて、体重を支えて、

 

「――――――――――――――――ぅ……!?」

 

 

 

 

 

 胸の、奥が、痛い。

 

 

 

 

 

 はやての意識は、そこで途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プレシアの日常は、すっかり変わってしまった。

 

 朝、決まった時間に起床し、独房に運ばれてくる食事に手を付ける。味は、普通。

 その後は、特にやることはない。というより、無理矢理何かすることを見つけようとしている、と言った方がいい。

 ただ、かつて読んでいた論文などに目を通す気は全く無かった。少し、その凝り固まった思考から離れたいという思いもあった。

 

 つまり、

 

 

 

「……暇ね……」

 

 

 

 そういうこと。

 あらかたの事情聴取や非公開裁判もほとんどの行程を終えて、後は刑期をこの独房で過ごす程度のことしかない。時折外に出る機会はあるものの、本当に稀なことだ。

 

 これまでは人体蘇生やアルハザードへの渡航をひたすらに考え続けてきたが、没頭するものがないとこうも暇なのかと、プレシアは頭の片隅で感想を抱いた。

 

 ただ、時折、彼女にとって、その灰色の日常が色鮮やかになる時間がある。

 

 椅子に座っていたプレシアは、体をデスクの方へと向けた。天板には簡素なディスプレイとディスクの再生機器が一つずつ。そして、何枚も横に並べられたディスクケースがずらりと。その中から一番新しい日付が書かれたケースを手にとり、ディスクを再生機器の中へと入れた。

 

 

 

『おはようママ!! 今日は12月1日、時間は……、』

『午後二時だよ』

『だそうでーす!!』

 

 映し出されたのはビデオレターと呼ばれるもの。

 そして、二人の人物。アリシア・テスタロッサとフェイト・テスタロッサだ

 

『今は渡航前の空き時間で、エイミィさんに機材を借りて撮らせてもらってるんだー。ちょっとバタバタしてるけど』

『えっと、この後、わたしとアリシアは第97管理外世界……地球に、向かいます』

『明日には到着の予定で、明後日からは学校なんだって。なのはと一緒の学校、楽しみだね!!』

『うん』

 

 このレターは一週間に一回だけ、プレシアの元へと送られてくるものだ。アリシアとフェイトが、簡単には会えない母親へと当てた、ちょっとした“頑張れ”のエール。

 

 画面の向こうでは二人が近況を語るのが常だ。一週間分をたっぷりと、何があったとか、夕飯が美味しかったとか、アルフがどうとか。

 

「……ふふ……」

 

 二人の笑顔を見て、プレシアは笑みをこぼした。

 激動の日々ではあり得なかった、幸せを噛みしめる笑みだ。

 

 アリシアは、失っていた時間を取り戻すように、本当によく喋る。表情も、ぷりぷりと怒ったりだとか、嬉しそうに笑ったりだとか、夜ふかしして眠そうだったり。喜怒哀楽を全身で表現している様は、奇跡を目の当たりにしているような感覚をまだ抱いていた。

 

 フェイトは、最近少しずつ、心の底から笑ってくれているような、そんな気がした。最初はぎこちなくて、少し怯えていたが、今では強張っていた肩の力もだいぶ抜けて、自然体へとなっている。姉とは異なって静かな物腰だが、ギクシャクした感じが減ったのは喜ばしいことだった。

 

 

 そして、自分はどうだろう、と考える。

 

 ジュエルシード強奪事件の首謀者として、フェイトを道具として見ていた時期。

 アルハザードを夢見て、オカルトな出来事すら徹底的に調べ上げてまともに寝なかった時期。

 

 きっとあの頃は自分がこうなるとは、思ってもみなかっただろう。それだけ周りが見えていなかった。

 

 

 

 本当に、変わった。

 穏やかに、そう思えた。

 

 

 

 

 

 不意に。

 ピピッ、と。

 来訪者を告げるブザーが鳴った。

 ディスプレイの電源を落とし、席を立った。

 

「あら……、」

 

 廊下に面した強化ガラス張りの壁へと向かうと、そこには少年――ユーノ・スクライアが立っていた。その表情は険しく、そして哀しみを背負っていると、ひと目でわかった。

 

「こんにちは、テスタロッサさん」

「こんにちは、スクライア少年。いつものお届け物かしら?」

「ええ。加えて、僕の方からあなたに、内密に伝えたいことがあります」

 

 その真剣な眼差しに、プレシアは思考を回した。

 自分に伝えたいこと。内密に。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……口には、できません。だから、これを」

 

 いつも通り、ユーノは日付が書かれたディスクケースを持っており、それを壁際の穴へと滑り込ませた。

 プレシアは滑り込んで来たそれを手に取って、ケースに貼り付けられた手紙の存在を確認する。

 

「では、これで失礼します」

「ええ、ありがとう」

 

 一礼して、ユーノは去っていった。あまり長話というのは、プレシアとユーノの間ではない。元より被害者と加害者、本来ならこうして顔を合わせることすらあり得ないのだから。

 なにせ、被害者と加害者は水と油、混ざることはない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ほんと、お役所って腐ってるんだから……」

 

 愚痴のように吐き捨てながら、席に戻りつつ手紙を剥がした。

 

 シンプルな便箋、表も裏も無地。

 封を切って、その字がユーノのものであることはすぐに見抜いた。ここへの道中へ来るときの走り書きらしく、監視の目をくぐり抜けるための処置であった。

 

 中身にはシンプルに、事実のみが書かれていた。

 

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……………………、」

 

 思わず、息を呑む。

 冗談にしては度が過ぎている。

 それに、真面目なユーノがブラックジョークを嗜むような少年ではないことはわかっている。

 

 つまるところ、きっとこれは事実なのだろう。

 プレシアはそう結論を下し、気分を落ち着けることにした。

 

「……あの少年が、死んだ……?」

 

 しかし、プレシアはその事実に納得ができなかった。

 

 感情論、ではなく。

 

 理屈として、あの少年がそんな簡単にくたばってしまうのかと、疑問を抱いた。

 

 

 

 否、それはあり得ない。

 

 

 

 半ば確信に至るように、プレシアは思った。

 かつての事件、徹底的に己の尾を踏ませず、用意周到に、勝てる勝負だけをすると語っていた少年は。彼の目は。

 

 あの目は、プレシア自身に似ている。

 理性で感情を抑え付け、目的のためにあらゆる手段を模索する、死にゆく人形そのもの。破滅主義者とでも言うべきか。

 

 少年の本質は、わざわざ無惨に死ぬことを許容する訳がない。

 

 

 

 手紙を読み終え、少しの間だけ無機質な天井を仰ぎ見、長く息を吐き出した。

 

「……何を、入れ込んでるんだか……」

 

 少年には大きな借りがある。

 アリシアのこと、病気のこと。

 もちろん、感謝はしている。

 

 だからといって入れ込むのは、プレシアはしたくなかった。

 

 かつて相対したときに見た、彼の中に潜む闇。

 僅かに垣間見えた、あの少年が抱えるモノは、プレシアにとって近しく、そして今は忌避すべきモノに違いない。

 

 動揺し過ぎている。

 

 死と、それを跳ね除けるであろうと思っていた、少年。

 

「……………………どうせ、ひょっこりと帰ってくるのでしょう?」

 

 あの少年のことだ。きっと、顰めっ面で、不機嫌そうに、こう言うに違いない。

 

 

 

 

 

 ――――本当に、ロクでもないことをしてくれた、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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