ファンタジーな魔法って言わなかったっけ?   作:いつのせキノン

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暴かれたモノが示す真実

 

 目の前で、はやてとアリサとすずかが、楽しそうに会話をしている。

 それを見やって、アリシアは表情に笑顔を貼り付けた。

 

 既に、彼女の意識は魂の向こう側――――フェイトの視覚と聴覚に集中している。

 三人の姦しい話は、もうただのBGMに過ぎない。

 時折頷いてみせて、笑う。

 

「そっかぁ、アリサちゃんたちホンマに頭ええんやなぁ」

「そりゃあもう!! パパの会社を継ぐためだもの、何事も一番じゃなきゃ意味ないわっ」

 

 話題は学校のこと。

 足が悪く、体調も優れないはやてにとって、学校とは未知の空間だ。

 アリサとすずかの話に笑顔をこぼし、羨ましそうに、楽しそうに話していた。

 

 

 

 なのはとフェイト、そしてシグナム、ヴィータ、シャマルたちはここにはいない。彼女らは一時病室を抜けて、屋上へと向かった。

 

 お見舞いに訪れた病室に、まさか見知った顔がいるとは誰一人予想しておらず、目が合った瞬間に底冷えするような鳥肌が立った感覚をまだ覚えている。

 はやてとの間に立ち塞がり睨みつけるヴィータ。動かずとも視線を配り、呼吸を整えて状況を見定めるシグナム。シャマルは指をなぞってクラールヴィントを確かめ、伏せていたザフィーラは音もなく立ち上がった。

 対して、なのはとフェイトとアリシアは冷や汗を流して固まるしかできなかった。

 行方を追えず、多くを奪われた存在。闇の書の守護騎士たちが、なぜそこにいるのか。思考が停止し、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まるで、時間が止まったような、氷漬けにされてしまったような息苦しさを誰もが感じた。

 

 

 

 例外は、はやてだった。

 悪さをした子供を諭すように、ヴィータの後頭部に軽いチョップをかまし、「お客さまを睨むのはアカンで」とお叱り。動揺する魔導師たちをよそに、空気が弛緩した。

 

 

 

 病室からの一時退出を申し出たのはシャマルだ。

 念話で入念に、ジャミングを敷いて、はやて以外に告げた。

 お見舞いだけは済ませて、ザフィーラだけをはやての元に残し、魔導師たちは外へ。

 アリシアは、病室に残ることを選択。元より魔法を使えぬ身である以上、同行しても足手まといになるだけだ。それに、感覚共有があるならばそれで全て事足りる。

 

 そしてちょうど今、なのはたちは屋上へと達した。

 

 

 

 

 

「――――あ、そういえば」

 

 そんな折に、はやては気付いたように喋り始めた。

 

「何か忘れてる思うたんやけど、アリサちゃんがテストで学年一位とるの久々よね?」

「え? あー、そうだったっけ?」

「……? あれ、そうだった……ような……?」

 

 はやての質問に、アリサとすずかが首をひねった。

 同時に、その違和感にアリシアの意識が一気に病室へと戻ってくる。

 

「何でかしら、ずっと一位だと思ってたけど……」

「……誰か、いたっけ?」

「誰かって、あれ、輪廻クンやろ? 前すずかちゃん言うてたで。そういえば輪廻クンはご無沙汰やけど、元気?」

 

 ――――り?

 

 輪廻?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――はやてッッ!!!!」

 

 

 

 だから、思わず。

 

 アリシアは血相を変えて、はやてに詰め寄った。

 

 ザフィーラが止めに入ろうとするよりも早く。

 

 

 

 

 

「わわっ、あ、アリシアちゃん、どしたん急に……?」

「いまっ、今、輪廻って言った!? それ、“輪廻”って、“輪廻メグル”!?」

「え? 輪廻クンは輪廻クンやけど……あれ、輪廻クン、同じ学校やろ?」

 

 な? と。

 

 確かめるように、はやてはアリサとすずかの方を向いて、

 

「へぇ、はやてもそのリンネって子と知り合いなのね」

「なのはちゃんやフェイトちゃんも知り合いって言ってたね」

「え……?」

()()()()()()()()()()()()()()()()、なのはが結構気にするくらい仲良かったのよね。急に引っ越したらしいけど。ね、アリシア?」

 

 

 

 輪廻メグル。

 

 彼は死んだ。

 

 けれど、彼は得体の知れない“ナニカ”を遺した。

 

 魔法を使えない人々が、輪廻メグルの何もかもを忘れてしまうほどの【魔法】を使って。

 

 アースラの乗組員たちでさえ、一部の者は輪廻メグルの存在を忘却してしまうほどのもの。

 

 

 

 考えてみればそうだ。

 

 八神はやては闇の書の主。

 つまり、魔法適性を持つ。

 彼が発動させたたであろう【魔法】の対象から除外される可能性は高い。

 

 そして、彼女がもし輪廻メグルに出会っていたならば、彼女には彼の記憶が残る。

 

 

 

「え、だって、すずかちゃん、前、輪廻クンの話を、……話して……」

 

 

 

 その空気に、はやては指先を震わせた。

 

 無邪気に首をかしげるアリサとすずか。

 話が、致命的に食い違っている。

 

 震える手で、はやては枕元にあった携帯を手に取り、受信メールを開く。

 日付をさかのぼって、すずかから受信したメッセージを開く。

 

 じっとりと汗ばむ手で、メッセージに添付されていた写真を表示した。

 

 

 

 

 

 “はやてちゃんへ”

 

 “メグルくんがいたので皆で写真撮影!!”

 

 “今度は皆で会いたいね”

 

 

 

 写る人影は6人。

 

 なのは、フェイト、アリシア、すずか、アリサ。

 そして、若干嫌そうながら画面の端っこで無表情に写り込む輪廻メグル。

 

 

 

「ほ、ほら、すずかちゃんが前送ってくれた写真……」

 

 

 

 おずおずと、はやてが写真を見せてくる。

 

 

 

 アリシアは、口の中が急速に乾いていく感覚と、激しい動悸に立ち眩みを覚えた。

 

 

 

 

 

 八神はやては()()()()()()()()

 闇の書の主でありながら、彼女は争いを好まなかった。

 

 けれども、闇の書は魔力を欲し、主の命さえも蝕んでゆく。

 

 

 

 だから、守護騎士たちは主に内緒で魔力の蒐集を始めた。

 

 例え己らが悪人であっても良い。

 この、優しい主の命を救えるのならば、一生を捧げ、悪として裁かれても良い。

 魔力さえあれば、闇の書が完成さえすれば、きっとはやては治る。願いが叶う。

 

 

 

 故に、秘密にしよう。

 

 彼女の病が治ったら、守護騎士たちは悪を背負って消えよう。

 はやては何も悪くないのだ。

 ただただ、運が悪かっただけで。

 

 

 

 

 

 

「だ、だれ、これ……!?」

「う、そ、……しら、ない人、よね……?」

 

 

 

 

 

 アリサとすずかが、後ずさる。

 

 

 

 

「う、嘘やろすずかちゃんっ!? だって、この前だって――――――、っ……!?」

 

 

 

 じりっ、と。

 頭の奥が火傷したような痛みを放つ。

 はやてはこめかみを抑えた。

 

 

 

 

 

 輪廻メグルは死んでいる。

 

 

 

 なぜか。

 

 

 

 殺した。

 

 

 

 闇の書が、殺した。

 

 

 

 でも、これは秘密。

 

 守護騎士たちだけの、秘密。

 

 主にバレてはいけないもの。

 

 

 

 この死を背負うのは、主ではない。

 

 悪であるのは、我々だけで良い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぼうっ、と。

 

 

 

 黒い炎が燃え盛る。

 

 

 

 

 

 視界の奥。奥の奥。ずっと深くて、遠い場所。

 

 

 

 

 

 ドクン、と。

 

 心臓が、痛いほど大きく跳ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――痛い。

 

 ――――痛い。

 

 ――――痛い。

 

 

 

 ――――痛いよ。

 

 

 

 

 

 

 刹那。

 

 はやての目の前に、闇の書が顕現する。

 

 青紫の光を纏い、鎖を鳴らし、その隙間から紫紺のナニカをしたたらせながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『Bestätigte Erosion auf Sicherheitsstufe 666. Starten Sie ein Selbstverteidigungsprogramm. Starten Sie. Starten Sie. Führen Sie Administratorrechte aus. Wir schlagen vor, das Wächter-Ritter-Programm aus Mangel an Magie zu demontieren und zu absorbieren. Genehmigung wurde bestanden. Warnen Zum Aktualisieren ist ein Neustart erforderlich. Möchten Sie neu starten? Abgelehnt. Die Erosion auf Sicherheitsstufe 666 ist im Gange. Ergreifen Sie sofort Maßnahmen. Starten Sie ein Selbstverteidigungsprogramm.』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に口を開いたのはシグナムだった。

 

「……醜い戯言に聞こえるかもしれないが、告げるべきことがある」

 

 ひと呼吸、間を置いて。

 

「……闇の書が完成し、主の病が治ったら、……裁くのは我々だけにしてほしい」

 

 ネックレスを。レヴァンティンを外し、アームドギア化。静かに構える。

 

「あと、少しなの。ほんの少し、魔力があれば、はやてちゃんの病が治るの。だから……、」

 

 シャマルはクラールヴィントを展開し、結界を発動させる。

 

「……邪魔すんなよ。これは、はやてためなんだ……っ、優しかった、はやてのための、アタシたちのワガママなんだ……ッ!!」

 

 ただ愚直に、ヴィータはグラーフアイゼンを床へ叩きつけて、威嚇するように叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………そう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……、」

 

 

 

 なのは、小さく、言った。

 

 フェイトは、その声音に、一瞬肩を震わせた。

 

 

 

「…………はやてちゃんは、悪くないよ」

 

 

 

 ぽつりと、告げる。

 

「……たまたま、魔法適性があって、選ばれちゃっただけ。何も知らずに、苦しんでるだけ……」

 

 ヒュゥ、と。冬の冷たい風と、背をなぞる不自然な冷たい風が、曇天の最中を通り抜けた。

 

「……でも。でもね」

 

 なのはは、顔を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「……救いたいという気持ちが正しかったとしても……だとしても……。……それが誰かの命を奪って良い言い訳にはならないんだよ……ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

『Standby, Ready』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからッ、私はここで止めるッ!! 自分が裁かれておしまいなんて、そんな……ッ、そんな無責任な結末だけはッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これは、復讐ではない。

 

 

 

 輪廻メグルが死んだ。

 その事実は、覆せない。

 

 けれど、だからこそ、記憶せねばならない。

 

 そんな簡単に終わらせて良いものではない。

 

 罰だとか、裁きだとか。

 

 

 

 違う。

 

 

 

 輪廻メグルは、何を遺したいがために、【魔法】を使ったのか。

 

 彼が死してなお、あの【魔法】にこめた目的は何だったのか。

 

 八神はやてが何も知らずにいるままで良いのか。

 

 本当に八神はやては、無垢のまま生きてゆけるのか。

 

 

 

 終わっていいはずがない。終わるはずがない。何も終わらない。

 

 

 

 

 

 それだけは、

 

 それだけは駄目だ。

 

 

 

 それは駄目なのだ。

 

 

 

 それではまるで、

 

 

 

 まるで、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 輪廻メグルの死が、無意味になってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 そうだ、だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――かえしてよ。

 

 

 

 

 

 やめろ。

 

 ちがう。

 

 そうじゃない。

 

 

 

 

 

 ――――――――かえして。

 

 

 

 

 

 やめて。

 

 でてこないで。

 

 わたしは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――――メグルくんを、かえしてよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「違うッ!!!!」

 

 

 

 

 

 轟、と。

 

「やめて、ちがうの……っ!!」

 

 風が吹き荒れた。

 

 

 

 なのはを中心として。

 

 

 

 魔法、ではない。

 

 

 

「っ、なのはっ!! 待って……ッ!!」

 

 フェイトの声がする。

 どんどんと、遠ざかってゆく。

 

 

 

 頭が痛い。

 

 奥から溢れてくる衝動が、体を蝕んでゆく。

 

 

 

「なのは……ッ!!」

 

 フェイトは必死に手を伸ばした。

 吹き荒れる嵐のような最中、地面に這いつくばるように。

 

 それでも手は届かない。

 火傷しそうな程に熱を帯びた暴風に押し返されてしまう。

 

 蹲るなのはが、遠のいてゆく。

 

 

 

『フェイトっ!!』

 

「っ!? アリシアッ!?」

 

『ちょっとマズいよ!? アリサとすずかもいるのに、闇の書が……ッ!!』

 

 一方で、共有されてくるアリシアの感覚にフェイトは固まった。

 闇の書の挙動、はやての消失、崩壊、逃走。

 何もかもが、悪い方向に転がり落ちている。

 

『と、とにかく一旦アリサとすずかを避難させるから手伝って!!』

 

「で、でも、なのはが……ッ!!」

 

 風に押され、屋上の端まで転がされながら、それでもフェイトはなのはに手を伸ばそうとした。

 

 淡い光が溢れている。

 

 いや、違う。

 

 集まっているのだ。

 

 その一つ一つが、膨大なエネルギーの塊で。

 なのはに向かって収束している。

 

 見えているのは、収まりきれずに滲み出す、ほんの僅かな一部だけ。

 

 

 

「なに、これ……!?」

 

『きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッ!?!?』

 

「づッッ!?」

 

 ズンッ、と。腹の底を揺らす轟音が、地響きと共に上がる。

 同時に、真下から。紫紺の何かが突き上げられる。

 丸く滑らかで、うねる動き。何かを探して這いずり回るように、高く高く、何本も。

 

 いや、あれは、蛇だ。

 

 紫紺の蛇が、何匹も。

 

 病院の壁を突き破り、幾匹もの蛇たちがのたうち回りながら飛び出してくる。

 

 アリシアの悲鳴と、全身を打つ痛み。

 混濁する意識と三半規管に、フェイトは倒れ込んだ。

 視界が暗く、黒ずんでゆく。

 

 嗚呼、と。

 アリシアたちは、病院の崩落に巻き込まれたのだと、頭の片隅で確信する。

 

 ぐらりと、地面が傾いた。

 

 収束するエネルギーが、膨張する。

 

 

 

 

 

 フェイトが最後に見た光景は、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 痛みに苦しみながら胸を掻き乱すなのはと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 蛇に胸を穿たれた守護騎士たち。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 真っ黒な衝撃波が、全身を叩き。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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