ファンタジーな魔法って言わなかったっけ?   作:いつのせキノン

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神秘は人知れず背後に佇む

 

 魔導書(グリモワール)

 

 魔法に関する事柄が纏められた書物であり、その歴史は古いものだと古代にまで遡るだろう。

 

 輪廻メグルが所持する魔導書(グリモワール)は現在約50冊。うち、原本は数冊、他は全て写本となる。

 元より魔導書(グリモワール)の恩恵を受ける為にはただ所持するのではなく、内容を新たに写経しなければならない。先の50冊のうち、半分が彼の手によって原本、または写本からコピーされた魔導書(グリモワール)となる。

 

 週末、本日小学校は休み。

 輪廻メグルは1人自室で魔導書(グリモワール)の写経をしていた。ただ書き写すのではなく、1頁、1行、1文字、1筆に至るまで神経を集中させ、■■を吹き込む。魔力でもなく、気力でもなく、精力でもなく、ただ漠然とした■■を魔導書(グリモワール)に込めてゆく。

 朝からどれほどの時間が過ぎたか。休日の昼を跨いだ作業の中、ひたすらに紙の上を高級万年筆が駆ける音だけが響いていた。

 

 不意に彼の手が止まる。長い時間をかけてようやく、白紙だった魔導書(グリモワール)の全頁が埋められた。最後の頁ー、最後の行、最後の文字、最後の1筆を書き切り、しかし微塵も気を緩めることなくそっと万年筆を紙から離し横へと置いた。

 

「“我、現刻を以て黒の棺を納めん”」

 

 仕上げの(うた)(とな)え、魔導書(グリモワール)を静かに閉じる。これにて魔導書(グリモワール)は完成となり、初めて効力を発揮できるようになるのだ。

 

「……はぁぁ……ふぅぅ……へぇぇ……」

 

 ただただ終わりを噛み締め、意味もなく深呼吸をした。インクの臭いがするだけで、さして気分転換にはなりやしない。

 机の上に広がっていたオリジナルと写本を閉じ、その両方を壁際の本棚に入れた。

 今のをしまったおかげで壁いっぱい天井いっぱいの本棚は既にスペースがほぼゼロだ。そろそろ整理して購入したオリジナルは倉庫かどこかに移さねばならないだろう。処分するか、どこかに売り払うか。

 処分するのは勿体ないし、売却が良いだろう。大した値段にはならないだろうが、少しでも見返りがある方が得と言うモノ。

 が、しかし。自身の身が未だ少年、年端10も行かぬ小僧でしかないことを鑑みれば古本屋は取り扱ってはくれないだろう。大体、この手の本は本職との間でしかあまり取引されないし、現状手元に残っているこれらの魔導書(グリモワール)は既に広く知られたものばかり。引き取り手がいるのかどうか。

 

 と、なれば捜すしかあるまい。学生の身であるが故、日本中世界中を歩いて回る訳にもいかないが、そこはその辺の渡り鳥辺りを捕まえて使い魔にするが良いだろう。使い捨ての、2度と自分の元には帰らぬものだが、情報さえ適当に運んでくれれば目標は自ずと達成されるのだ。それを自分と同じ同業者が見付けてくれることを願うのみ。流石に痺れを切らせれば親に頼んで売るが。

 そうと決まればまずは渡り鳥を……と思うところだが、残念なことに鳥の種類なんざ真面目に調べた事がない。それはどの世代の記憶を遡っても同じ。あるいは忘れたのか。

 転生前の記憶を引き継いでいるとは言うが、それは実に曖昧だ。普段、人が昨日食べた昼食をあっさりと忘れてしまうように、さして関心を持たなかった出来事は忘れてしまう。今の今まで、鳥に執着した人生は無かったと、そう言う訳だ。

 

 知らないのならば、知らねばならぬ。知るためには、まず資料だ。資料なら、図書館が良い。幸い海鳴市には大きな公共図書館がある。今日はそこで情報収集をするとしよう。ついでに新たな魔導書(グリモワール)の情報も集めなければならない。

 そうと決まれば出掛ける準備だ。筆記用具とメモ用のノートをリュックサックに入れる。これでさながら鳥に興味を持つマニアな小学生としか見られないので心配はない。

 この後は軽く昼食を食べてから出かけるのみ。箒は使わず、徒歩とバスで行くことにする。

 

 

 

 

 

 家から徒歩5分のバス停から市内の巡回バスにのり、15分ほど揺られて図書館前で下車する。

 市立の公共図書館はモダンなデザインによりなされ、建物自体も完成したのが5年前程とかなり新しい。公園に併設され、大きな窓のあるテラスから景色を一望できたりと、天井も高く開放感のある造りが特徴的だ。

 蔵書も多くマニアックな物まで取り揃えてあり、魔導書(グリモワール)の情報をあさるのにも適した場所だったりする。毎日多くの利用客が訪れており、子連れから老人まで様々だ。

 

 動物の書物が置いてある区画の中から鳥に関する本をピックアップ、そこから更に渡り鳥関連の物に絞り込んでゆく。必要な情報は渡り鳥の分布とコース、その周期となる。海鳴市付近を通る渡り鳥を捕まえようというのが現在のプランだ。周回コースに情報を落としてくれればいずれ見つかるだろう。

 

 適当な図鑑や資料を3冊手に取り閲覧スペースへ移動する。今日は利用者もそこそこ多く8割近くが埋まっていた。

 運良く無人の4人掛けテーブルがありそこへ荷物と本を置く。筆記用具とノートを取り出し、最初の1冊目の表紙を捲った。

 

 

 

 図鑑や資料をあさり、既に5冊目へ突入した頃。思ったよりノートが埋まらないなぁと内心悪態をつきながらシャーペンを走らせていると、「あのぉ」と横合いから声がかかった。

 手を止めて横を見ると、まず目に入ってきたのは車椅子とそれに乗る同い年くらいのショートカットの髪型の少女。そして、それを押してきたのか、斜め後ろに立つ見覚えのある少女。

 

「相席、宜しいですか?」

 

 その問い掛けに考えるよりも早く無意識に「……どうぞ」と反射的に答えた。思考が追い付いて、そう言えば他の席もそこそこ埋まってたなと周囲の様子を思い出す。

 

「おおきに」

 

 車椅子の少女は笑って軽く会釈しながら言い「お構い無く」と彼は返す。すぐさま視線は図鑑とノートに移し、しかし思考は全く別の方向へシフトする。

 

 視界の隅で今対面に移動する少女2人。車椅子の子はともかくとして、それを押す少女はつい最近見た覚えがある。そのつい最近がかなり偶然で、その前でもちょくちょく見てはいた。

 

 そうだ、高町なのはの友人だ、と思い当たる。

 学校で何度か顔を見た事はある。そして、あの時、謎の少女……ユーノ曰くなのはと同じ系統の魔法であるミッド式魔法を行使する少女のいなくなった直後に、彼は彼女を確かに見た。彼女は気付いていなかったが。

 

「……輪廻メグル君……だよね?」

 

 だからこそ、その彼女に突然名前を呼ばれた時は酷く驚いた顔をしていた。まさか向こうから声を掛けられるとは微塵も思わなかったからだ。

 

「……そうだけど」

「あ、良かった、人違いじゃなかった。えっと、初めまして、かな……月村すずかです。なのはちゃんの友達の」

 

 月村すずか。何度かなのはの口から聞いたことあると記憶を引っ張り出して確認した。

 

「……高町から少しだけ、聞いたことはある。多分、初めましてだ」

「い、いえ、ごめんなさい、いきなり声かけちゃって。なのはちゃんが最近、輪廻くんのことを喋ったりしててね。放課後とかも時々会いに行ってるみたいだったから」

「……そう、か……まぁ、そうだね」

 

 微妙な表情で返すが、内心は「なんて余計なことを喋ってくれたんだ」とストレスが溜まるばかり。

 確かに会ってはいるがそれはお互いが系統は違うとはいえ魔法を使い、かつジュエルシードの情報や他のを共有してるからだ。なのはの家にお邪魔したあの日以来、お互いに協力関係を築く約束を交わし、基本はなのはがメインで時折彼が回収を手伝うようにしている。

 この関係性は外部には完全に秘密だ。下手に勘ぐられて探りを入れられた時の対処が非常に面倒だからである。

 しかしながら当初から彼が懸念していた事態が今ここで起こってしまった。これはもう頭を抱えたくなるに決まってる。既に思考はどうやって今の状況を乗り切ろうかと必死だ。

 

「すずかちゃん、この人は知り合いなんか?」

「あ、うーん……友達の友達、ってところかな」

「えらい微妙な関係やね……。殆ど初対面で声かけるんは勇気がいるで?」

 

 車椅子の少女はすずかに問いかけ、少し目を見開いている。すずかの人物像は少し大人しめであまり積極性がないように予想していたからだ。

 

「ま、すずかちゃんが挨拶したなら私も挨拶せなね。八神はやてって言います」

「……どうも。輪廻メグルです」

 

 この地域で関西弁は珍しいな、が彼の第一印象だった。次点で他人に対し物怖じしないタイプだ。

 

「輪廻クンはお勉強?」

「……いや、ただ気になったから鳥について調べてるだけだよ」

「へぇぇ……にしてはごっつ量書き込んどるなぁ」

「……性分でね」

 

 感心しながらほうほうと頷きノートを見るはやてに、肩を竦めて苦笑する。

 

「彼、学年成績で首席なんだよ」

「え、すごいやんっ」

 

 更に感心が増して目を輝かせるはやて。そんなでもないよ、と返す他なかった。当たり前だ、何億年分の記憶を引き継いで来ていると思ってるのか。もう大抵の学業はパーフェクトにできるレベルだと彼は自負している。向こうは知らないだろうが。

 

「……たまたま、理解できてるからわかるだけだ」

「鳥のこととかか?」

「……まぁ、そうだね。この付近を通過する渡り鳥まで把握してないし」

「ふぅん……じゃあ日本の国鳥は?」

「……キジ」

「え、鶴とかトキじゃないん?」

「……国鳥に選出されるのは国に相応しいものなんだ。キジは日本固有種で見た目も綺麗な奴が多い。狩猟や食にも関係してる上に、日本では1年中見れる。これらの事を踏まえて、1947年の3月にキジが国鳥にされたんだ」

「す、すごい物知り……」

「思ったより博識やねぇ……」

「……偶然知る機会があったからね」

 

 いつだったか、キジを捕まえる必要があったこともある。またキジという固有種が持つ概念的な意味合いが特殊な力に関わることだってあるのだ。

 普通の人が知らずとも、自分が知っていなければ生きていけない事があったのも、記憶のどこかに確かに存在する。

 

「私もなぁ、本はぎょうさん読んでんねんけど……なぁんや今の説明よぉ聞いとったら負けた気がするわぁ」

「……読みながら意味を噛み砕いて理解し、それを1つ1つ記憶しないとね。やってることは単純で、数をこなさなくたって知識はいくらでも入ってくる」

「……因みに輪廻君はどれくらい本を読んできたの?」

「……さぁ……暇さえあれば無意識にが基本だったからよく覚えてないや」

「まさか図書館まるまる埋まるくらいとか言わへんよな……?」

 

 本当ならそれの何倍も何倍も多く読んだのだろうが、そのことは黙って「……それくらい読めたら良いね」と彼は静かに苦笑して返した。

 

 そこからは特に他愛のない話を時々する程度だった。お互いに図書館であるということで少し自重してた点もある。

 幸いなことに彼の危惧していたなのはとの関係に触れることは全くなく、はやてとすずかが話をリードして、時折それに合槌を打ちつつ時折知識を語ってみたり。その間に次々と鳥の図鑑等を読み進め、真っ白だったノートをどんどんと埋めてゆく。

 

 気付けば時計の針は2つ回った。少しずつ人影もぽつぽつと消えていく。

 あらかたのことも調べ終えてしばらくは意味もなく海鳴市近郊内の野鳥の事をぼちぼちと眺めて時間を潰していたが、その図鑑も読み終わってパタリと表紙ごと本を閉じた。

 

「……僕はそろそろお暇するよ」

「あ、お疲れ様」

「輪廻クンお帰りかぁ……ってもうこんな時間か。帰って晩御飯の支度せな」

「あ、はやてちゃんって自炊なんだっけ?」

「せやで。どや、これでも結構腕前あるねんで」

「……何故それを僕に向かって言うかな……」

 

 ドヤ顔しても、彼には何も響かなかった。そもそも彼自身、料理はしないだけでいくらでもできる。スーパーで野菜や魚の良し悪しを見極めたり、適当な有り合わせで料理を作るもよし、満漢全席までより取り見取り何でもござれだ。レシピの引き出しも経験値も段違いである。不必要なので言う気は更々ないのだが。

 

「ふふん、せめてこれくらいは勝ってるとこ見せな、はやてちゃんの良いとこないやん? あ、美少女って点もあるなぁ」

「それ自分で言っちゃうんだね……」

「……そこで僕が料理を作れないと思い込んでるのが不思議でならないよ……」

「え゛っ、輪廻クン作れる派?」

「……うん。まぁまぁ、ね」

 

 そんな進んでやる程のことではないので、まぁまぁだ。それに今は何だかんだで両親がいる身。無理して作ることもない。

 

「もー美少女料理人はやてちゃんのお株奪いすぎやー。ただの美少女はやてちゃんになっちゃう」

「……君は強かだ、八神。そう思うのなら大丈夫でしょ。習慣付いてるなら、少なくとも進んでやりたがらない僕よりは上だ」

「ホンマに? じゃあ料理人の名はいただきや」

 

 本を戻し、すずかもはやても帰るらしい。何とも言えない下らない話で笑い合い、図書館の出口で別れる。

 

「じゃあ、私ははやてちゃんをバス停まで送ってくから。また学校で」

「またなー、輪廻クン。君の話、中々面白かったで。また図書館に来てや」

「……ん、暇だったらそうしよう。じゃあ、2人とも、また」

 

 バス停へ向かう2人を見送り、別方向へ。

 バスで図書館まで来たが、ここからは1度街内の見回りだ。あと10分もすればまた霊脈の励起する時間になる。バス内で身動きが取れなくなるよりかはここで時間を潰す方が良い。

 虚空から出てくるローブを羽織り、いつもの帽子も被る。そして箒もいつも通りどこからか飛んできて彼の前にふわふわと浮かぶ。

 

「……何もなきゃ良いんだけど」

 

 無意識にポツリと呟いた独り言を他所に、彼は茜色に染まり始めた空に飛び上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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