ファンタジーな魔法って言わなかったっけ? 作:いつのせキノン
日もすっかり落ちた夜のこと。
「……ん……?」
夕飯を食べ終えて風呂に入るまでの時間。
いつものように自室の机に向かって呪符を作っていた輪廻メグルは、神経を逆撫でするような嫌な感覚に眉を潜め虚空を睨み付けた。
【魔法使い】たる彼は霊脈から魔力を汲み上げ魔法を行使する。よって霊脈の動きには酷く敏感だ。
そしてたった今、一瞬だが海鳴市を中心に、若干だが霊脈が歪んだ。大きな爆発に揺さぶられた余波のようなものを感じ取ったのだ。
すぐに窓の方に視線を向けると、電球に入れた4つの青い宝石、ジュエルシードが煌々と光っている。いつもより光が強い。と言うことは間違いなく共鳴によるものだ。
何かあったのか。少しどうしようかと考えてからすぐさま椅子から立ち上がった。
現場の様子を見るべき、そう結論付けた。霊脈に異変が起きれば魔法の行使にも影響が出かねないのだ。人生の楽しみが現在魔法しかない以上、それを潰されるのは非常に困る。使えなくなったら多分死ぬ。それくらいに彼の魔法への執着は強い。
しかし一応近くには科学魔法を使う人間もいる。今の魔法がなくなればそちらを見てみるのも良いのかもしれない。あくまでたらればの話だが。
ともかくとして現場へ行かなければならない。ベッドに飛び乗って大きな窓をガラリと開け、ローブを羽織り懐からはいつもの帽子と外履きも出し準備は完了。窓際から屋根に飛び下り、その上を駆けて縁からジャンプ。空中に身を投げ出し、直後飛んできた竹箒に飛び乗った。
霊脈の歪みの中心になったのは都市部。企業ビル等が建ち並び、車両の往来も激しいこの地域、夜を煌々と人工の光が照らす。
遠くからそこを眺め、1つの違和感を発見する。自分とは別系統の魔法による結界だ。一般人には見えない、任意の者以外を弾き出す
しかし、ほぼノータイムで魔力消費のみで儀式をすっ飛ばし結界を展開できると言うのは何と便利なことか。
羨んでも仕方ないと思考をカット。懐からいつもの杖を取り出し、先端を結界へ添える。あとは魔法を応用し、“火”と“風”属性の混合魔力、“水”と“土”属性の混合魔力を浸透させ結界表面を矛盾化し固定、“空”の魔法が持つ“均一に広がるもの”を適用し穴を抉じ開ける。
これは科学魔法への干渉。事前に調査した結果、彼の魔法は科学魔法へ科学魔法を崩すことなく干渉が可能とわかったのだ。上書きはできないものの、これは大きな収穫である。結界内にもこうして自由に出入りが可能となった。
結界内には案の定、高町なのなはとユーノがいた。
結界の中心付近、そこは酷く荒れている。爆発の余波なのかビル群の窓ガラスは粉々に砕け、道路もあちこちが捲れ上がっていた。
なのはは瓦礫の山に寝込んでおり、白かったバリアジャケットもボロボロだ。黒い煤や汚れが顔にもついていて怪我もしているのが痛々しい。
「……高町、ユーノ。何があったのか、説明を頼みたい」
「あ、メグルくん……」
箒で降下して近付くとより痛々しさが増す怪我だ。重傷でもなく命に別状はなさそうとは言え、処置をしなければ後に響くだろう。
彼を見て立ち上がろうとしたなのはだが、体に走る痛みに顔を顰めた。
「……あまり動かさない方が良さげだな」
「ごめんなさい……ジュエルシード、封印しきれなくて……」
顔を伏せて苦々しく声を滲ませるなのはに、ユーノはすかさずフォローを入れた。
「なのはの所為じゃないよ。あれは事故だった」
「……事故で、ジュエルシードが暴走か? 海鳴市全体の霊脈が歪む程の衝撃だった」
「ジュエルシードから言えばかなり小規模だけど、次元震だよ。なのはとあの女の子……フェイトって呼ばれた子の魔力同士がぶつかって、ジュエルシードが反応したんだ」
……あれで小規模……、と彼は頭を抱えたくなった。危険度は承知していたとは言え、流石に霊脈が歪みかけるのは本当に勘弁願いたい厄介な代物だ。
「……休める場所に移動しよう。処置くらいはしないと」
「うん……。っ……!?」
なのはが立ち上がろうとするが、激痛にフラりとよろけた。
「……っと。大丈夫?」
「う、うん……ありがとう、メグルくん」
すぐに横から彼がそっと支える。魔法少女になったばかりの彼女にとっての実戦と、ジュエルシードの暴走による次元震の影響は見た目以上になのはに負荷をかけたらしい。足取りが覚束ない彼女を見て彼は大きく嘆息する。
「……歩くのは無理そうだね。箒に乗って」
先程より後ろの方からピョコピョコと跳ねながらついてきていた竹箒がすぐさま浮き上がりなのはの横に着く。ちょうど椅子くらいの高さだ。
「あの、でも私、箒は使ったことなくて……」
「……それについては問題ない。全部その子がしてくれる。君は落ちないようにしてくれればいいさ。僕も後ろに付くから」
さぁ、という彼の押しに、なのはは支えられながらゆっくりと箒に座る。大丈夫かな、という彼女の心配とは裏腹に、箒はなのはを乗せて落ちることはなかった。
なのはが座ったのを確認して彼も後ろに乗る。箒は本来1人用だが、精々が少女1人分程度の重さ、増えたところで戦闘にでもならない限りは然したる問題もない。
「……高町。しばらくは僕のローブにくるまってて。人目に付くのはよくない」
「あ、うん……でも、これだけでいいの? 顔は見えなくても、姿は見えちゃわないの?」
「……問題ない。このローブには魔の素質を持たない者からの意識を全て外す魔法がかけてある。簡潔に言えば認識阻害だ。高町みたいに魔法が使える者には意味ないけど、それ以外の一般人なら、これを着た僕を見付けることは絶対にできない」
例えカメラに撮られようともね、と言う。そして彼の言葉になのはは大きく納得して頷いた。
初めて会った時、なのはには魔女のような姿の彼が見えたが、アリサやすずかには全く見えていなかった。つまりそれには彼の着ているこのローブが原因だったのだ。
「それじゃあ、失礼します……」
ユーノを抱えローブにくるまる。必然的に2人は密着するような形になり、なのはは少しギクシャクと緊張した面持ちに。
「……飛ぶよ」
箒は重力に縛られることなく2人を軽々と飛ばす。
自分で魔法を使って飛ぶのとはまた違う感覚。持ち上げられるような感覚に、なのははローブの下で自然と近場にあった彼の腕を掴んだ。
やって来たのは山間の公園。日もすっかり落ちて街灯の灯りも遠いここならば人の目の心配もない。
「……軽く治療をする。眠くなるけど、それは効いてる証拠だから心配しなくていい」
なのはを公園のベンチに座らせると、彼女を中心にして四方に呪符を配置し、それを終えると懐から銀色の液体が入った小さな透明の容器を取り出し、なのはに渡す。香水の容器に似ている物だ。
「これは……?」
「……水銀だ。
そう言うと彼は呪符の描く正方形の外に出て懐から大きな杖を取り出し、丸くなった先端を地面へかざす。
「“四方より集え”」
「……なんか、ふわふわするの……」
しばらくその様子を見ていたなのはだが、時間が経つにつれて眠気がまぶたを重くしてゆく。身体を包む浮遊感にも似た感覚。まるで日向で干したばかりのふとんに寝ているようで、ぽかぽかと暖かくて気持ち良かった。
「……すごい魔力量だ……こんなの、普通の魔導師じゃできない……」
ユーノはその様子を外側から驚きの表情で見ていた。
魔導師は自力で魔力を消費してある程度の怪我を治したり治癒魔法を使ったりする者もいるが、今目の前で起こっているのは魔力量の多い魔導師1人分では賄いきれない量の魔力を利用した自然からの癒しだ。科学的に治癒するミッドの治療魔法とは異なり、この魔法は大自然のバックアップを受けた治癒で、体への負担も全くない治療方法だ。ずっとミッド式を扱ってきたユーノはその魔法を見て絶句せざるを得なかった。
「……高町。傷の具合は?」
「ふぇ……? あ、うん……全然、痛くないの……それよりは、眠い、感じ」
「……元からこの魔法はヒーリングだ。生物の生命力を最大限に引き出して、かつ副交感神経に作用するから眠くなる。効いてる証拠と受け取ってもらって構わない」
「うん……ありがとう」
ほにゃ、と力の抜けた表情で微笑み、歩み寄って来る彼をなのはは見上げた。
「……その杖は?」
「……あ、レイジング・ハート……」
ベンチの隣に腰を下ろした彼は、なのはがずっと握りしめていた白い杖、レイジング・ハートをまじまじと見つめた。
なのはの魔法を制御するインテリジェント・デバイスのレイジング・ハートには元より高度な知能を持つAIが搭載されており、なのはが名前を呼べばいつも反応をくれた。
しかし、現在では先程の次元震によりレイジング・ハートの至る所にヒビが入り、先端の赤い水晶からは時折弱々しい点滅があるだけだった。バリアジャケットもゆっくりと解除されて元の私服に戻りつつある状態だ。
「……ごめんね、レイジング・ハート。もっと、大切に使ってあげられなくて……」
悲しそうに顔を伏せたなのは。レイジング・ハートを待機状態のネックレスに戻すが、水晶は相変わらずヒビによって痛々しい物となっている。
「その損傷だと数日は戦闘は無理だね。向こうも同じようにデバイスは損傷してたみたいだけど。しばらくはジュエルシード回収もお休みした方が良い」
休憩も兼ねてね、とユーノは言った。確かに彼女はここしばらくは殆ど毎日休むことなくジュエルシード集めに奔走していた。この今の眠気は今までの疲労が全て出てきたことによるものも含まれているのかもしれない。
成長途中の彼女が体を酷使するというのはあまりオススメできないのがユーノの言い分だ。
「輪廻さん。しばらくなのはの代わりにジュエルシード集めをお願いできませんか?」
よって、比重を彼に少し肩代わりしてもらわねばならない。ユーノには相手の思惑はわからないものの、とにかく危険なジュエルシードを集めていると言うだけでフェイトと呼ばれた少女と赤い狼の使い魔は厄介な存在だ。現状動けるのが彼だけだからこそ、頼みたかった。
「……高町がこれじゃ、確かに暴走した時の対処は僕しかできないだろうね。被害が広がらないよう、少し哨戒の頻度は増やそうか」
「……ありがとう。そして、申し訳ない。こんなことに巻き込んでしまって」
「……そう深く悲観する必要はないんじゃないかな。確かに危険物をばら撒いてしまったのは何かしらの責任があるけど、全部が全部君の所為じゃないんだろう? 輸送船のトラブルも調査中……聞くに外部からの干渉と言うじゃないか。事件で処理されるなら君は被害者、そしてそれに責任を感じてジュエルシードを集める立派な人物。そう評価されるさ」
「だ、打算的だね……」
頬を軽くひくつかせるユーノに、彼は当たり前の事を言っただけと言う。以前なのはの家で話を聞いていたが、それらの要因を全てひっくるめた上でユーノに対する責任は非常に少ない筈だ。寧ろ何故輸送船内部の貨物が放り出される事態になったのか、船員達の方が重要視されるだろう。
「……ともかく、君は高町を支える存在として重要だ。悲観されて彼女ごと潰れられるとこっちが困る」
集めたジュエルシードは誰が処理するんだい? という言葉にユーノはそれもそうだと頷いた。
治療を始め早3分。欠けた月と星を眺めていた彼が不意に口を開く。
「……さて、そろそろいいか。高町、具合は…………高町?」
隣のなのはに声をかけ、しかし返事はなし。何をしてるのか、と首を傾げながら横を見てみれば、彼女はすぅすぅと小さく寝息を立てて眠っており、彼の肩に寄りかかっていた。
「……帰りがあるというのに、何故のん気に寝てられるかなこの子は」
呆れて、溜息を1つ。また箒に乗せなくてはならない。しかも寝ている人をだ。
「……貧乏くじを引かされてる気分だ、全く……」
仕方ない、と諦めの表情。気持ち良さ気に寝ている人間を叩き起こせるほど彼の心は悪魔ではなかったということだ。
背負うか、それともお姫様抱っこか? どうやって運ぼうか、思案しつつぼぅっと夜の空を見上げるのであった。