ファンタジーな魔法って言わなかったっけ? 作:いつのせキノン
高町なのはがレイジングハートの修復が終わるまでの2日を休む間、輪廻メグルのジュエルシード捜索は特に進むことは無かった。霊脈の励起する時間になってもジュエルシードの反応が無かったからだ。
彼が反応を追えるのはあくまでジュエルシードの力が発現した時のみ。通常状態でのジュエルシードが放つ波長は非常に小さく探知ができないのだ。これはミッド式の魔法にも通ずるらしく、なのはが出れない間はユーノが哨戒をしたりしてくれたが同じような結果だった。
しかし人的、物的被害が出なかったので良しとするのが彼である。このことについてはまぁそういうものかと簡単に割り切るとこにした。人生経験上妥協するのも大事と言うのは痛い程に味わってきたのだ。
そしてジュエルシード暴走から3日目。
学校での昼休みの時間。教室でのんびりとしていた彼は、休憩中のところをなのはに連れられて屋上の方へと来ていた。
「メグルくん、この前はありがとうございましたっ」
屋上について物陰に移動するや否や、なのはは彼に頭を下げた。突拍子もない行為に、軽く目を見開くばかりである。
「……主語を言ってくれ。あらかた予想はできてるけど」
後頭部を掻きながら言う言葉に、なのはは「あっ」と一瞬やってしまったというような表情をして苦笑した。
「えっと、この前私が怪我した時に治療してくれて……私、途中で寝ちゃったから……。あの後運んでくれたんだよね? ユーノくんから聞いたんだ。だから、ありがとうって言わないといけないなぁって思ったの」
そんな彼女の態度に「……律儀だなぁ」と彼は言う。
「メグルくんの魔法、すごく気持ち良くてね。こう、ふわーっ、てわたあめに包まれてるみたいに暖かくて……朝までぐっすり寝ちゃった。もうちょっとで寝坊しそうになったんだよぉ。でもね、今までの疲れも全部吹き飛んじゃったの」
すごい魔法だねっ、となのはは興奮気味に話した。喜んでもらえたのなら何よりである。
「それでね、今日から私もジュエルシード集めに復帰するから、その報告もしに来たの」
「……そうか。病み上がり、って訳じゃないから良いけど、気を付けるといい。僕だって四六時中治療できる訳じゃないからね」
「うん、気を付けるね」
にっこりと上機嫌ななのは。一体どうしたんだろうと思うモノの、聞くほどのことでもないとして忘れることにした。
そして、その様子を眺める人物が2人。アリサ・バニングスと月村すずかである。
「……やけに仲がいい気がする」
「そうだねぇ。なのはちゃん、ここ2日くらい結構上機嫌と言うか元気というか」
屋上の出入り口の扉の隙間から2人を見る視線は、アリサは怪しいモノを眺めるような、すずかはどこか微笑ましいものを見ているような。取り敢えず彼女らの視線は非常に対照的である。
それもその筈、アリサにとって彼は超えるべき存在だ。勉強も運動も教養も、ありとあらゆる面でその数字が彼に劣っているのを自覚しているからこそ、負けず嫌いでプライドの高い彼女はこのまま負けていられるものかと躍起になっていた。
一方ですずかは図書館で初めて話した時以降、彼は意外と気さくな人柄だと気付いたのだ。自分の地位に対してさしたる執着もなく、与えられたことを淡々とこなす男の子。しかし人柄は良い。受け答えだって不快じゃないし、何より彼の話は面白かった。そう言った点を見れば、そんな彼がなのはと仲が良いというのはすずかにとってプラスであった。
「……ねぇすずか、本当に大丈夫なの?」
「心配し過ぎだよアリサちゃん。輪廻君は見た目よりずっと良い人だよ?」
つまり見た目は他人との接触を拒否するような態度だという事だ。アリサはそこが気に食わないのだが。
実際のところアリサは彼に対し何が明確な嫌いな要素であるのかははっきりと理解はしていない。ぼんやりと、何かが気に入らないのだ。
普段から人と積極的にかかわろうとしないアイツが、親友であるなのはやすずかといつの間にか仲良くなってきていて、2人が取られてしまったような。あと、ほんのちょっとだけ、仲間はずれじゃなくて一緒につるみたいとも思う。本人の預かり知らぬところで若干の嫉妬をしているのがアリサ・バニングスという気の強い少女であった。
◆
放課後。
本日の海鳴市内のジュエルシード捜索は2人で行うことになった。なのはの復帰後初めての捜索という事で万が一もあり得るとの判断からだ。家からやってきたユーノも一緒である。
学校から徒歩でふらふらと海鳴の街を行く。住宅街、商店街を抜け国道沿いを歩き、ビルの並ぶオフィス街へ。海の方へと2人は足を向けていた。
そんな時、彼が不意に口を開いた。
「……ここ最近、何かが
「……何か……? 人、じゃなくて?」
「……ああ。僕や君個人を観察してるのではなくて、街全体を見渡してるんだ。知覚探知網に視界が引っ掛かるんだけど、誰がそれをしてるのかは不明」
その話はえらく非現実的なオカルトチックな話だとなのはは感じた。が、不思議と納得はできた。科学魔法を使う自分と違って彼は古典魔法の使い手である【魔法使い】だ。その手の話は信じて問題はない。
「……因みに、今もだ。数日前からずっと監視されている」
空を見上げるその表情は、どこか不愉快そうに見える。気に入らない、恐らくそう思うのだろう。
「……黒幕か何かは知らないけど、僕個人の意見としてはあまり信用できない相手だ。油断して接触されると何をされるかわかったモンじゃないし」
警戒は怠らないように、という言葉になのはは「うん、ありがとう」と頷いた。
何がこちらを見ているのか。なのはには何一つとしてわかっていない。そもそも視線を感じることすらわからないのだ。
果たしてそれは自分にとって損なのか得なのか。仮に害のあるものだとしたら……ぐるぐると思考があっちへこっちへ、その疲れが不安となって募る。
フェイトと呼ばれた少女と、また新たな存在。厄介なことになってきた、となのはは彼の言葉でようやく事態に思考が追い付いて来たのだった。
と、その時。
ざわりと嫌な感覚がなのはの頬を撫で、咄嗟にある方向を向いた。
「――ジュエルシード……!!」
「……霊脈の励起と同時、か」
なのははすぐに海辺へ向かって駆け出し、彼はその後を追いつつ思案顔だ。
向かう先では既にジュエルシードが発動し天高く青い光を立ち上らせている。方向は西、海沿いに近いだろう。
なのはの肩に乗っていたユーノが広域の封時結界を発動、景色が灰色に染まってゆく。
すぐさまなのははレイジングハートを起動してバリアジャケットを展開、飛び上がる。
後を追うように彼もすぐにローブを取り出して羽織り帽子を被る。道路脇の柵に足をかけて飛び上がれば、すぐさま遠方から飛んできた箒が足下に滑り込む。
「見えた……!!」
先行するなのはは海沿いの公園に大きな影を見つける。蠢くそれは、巨木。枝は
そして、また1人。黒いマントを羽織るツインテールの少女も飛翔して来る。
「……フェイトちゃん」
「…………………………………………」
感情の起伏が見えない空虚な赤い瞳。なのはと同じ魔導師のフェイトだった。その傍らには橙色の狼の姿もある。
目が合ったのは、ほんの少しの時間。
2人の間を切り裂くように、太い木の根が地面を割って飛び出してきたのだ。
すぐさま散開し、なのははモンスターと化した巨木へレイジングハートを向けた。
『Accel Shooter』
「シュートッ!!」
桃色の弾丸が根を破壊する。千切れたそれはボロボロと地面に落ち、ぴくりとも動かなかった。
「……バルディッシュ」
『Yes,sir』
それを見てか、フェイトも一先ずバルディッシュをモンスターへ向ける。雷を纏った弾丸はまっすぐ根を穿ち、焼き斬る。
「……アルフ。まずはアレをどうにかするよ」
「任せな」
短いやり取りの後、アルフと呼ばれた狼が飛び出す。
今敵対はしない。利害が一致するならばそれで良い。その辺りはまだ冷静に事は見れる。
「ユーノくん」
「うん、じゃあ足止めは僕が」
アルフに続き、ユーノも飛び出して魔法を発動。橙と浅緑のバインドが巨木のモンスターを縛り上げた。
「……事は順調かな」
その様子を遠目に観察する彼は、懐に手を忍ばせて、公園端の木々の間に身を隠して待っていた。現状、なのはやフェイトの戦闘に交じることはないスタンスだ。自分が行ったところで状況が大きく変わることもない。このまま2人に何事もなければジュエルシードは封印できるだろう。
既に2人の砲撃魔法がモンスターを捉えていた。そう時間はかからないだろう。
なのは、フェイトの両者は共に魔導師としてのレベルは高いだろう。その中で2人の差は僅かにフェイトがリードしていると言えるか。
比べる対象がなく平均値を知らないから正確ではないが、それでも彼自身と違い彼女らの魔法が実に戦闘的であるのは目に見えて理解できた。
肝心なのはジュエルシードを封印した後に、なのはとフェイトがどうするのか。フェイトに会ったのが最初だけなので果たしてなのはの話し合いに応じてくれるのかどうかはわからない。知っているのは、ただなのはが無益な争いを嫌っているということのみだ。
本番に備え、ということではないが、いつでも魔法を扱えるよう準備はしておきながら彼は傍観の構えを解く事はなかった。
音を上げてモンスターが桃と黄の光の奔流に飲み込まれ磨り潰されてゆく。金切り声のようなか細い声が灰色の空間に響き、やがて消える。
2人の封印魔法が、木から飛び出したジュエルシードに絡まる。魔力の暴走が沈静化され、後には煌々と光るジュエルシードが1つ宙に浮かぶ。
そしてそれを挟んで正面から見つめ合う2人。その表情に迷いは見られなかった。そして、傍観。
今回の一騎打ち、どちらが勝とうと特に思うことはない。フェイトが持っていったところで、取り返そうとまでする気はしないのだ。彼自身なのはに協力と言う形はとっているが、だからといってリスクを冒してまで追うつもりはない。つまりモチベーションはその程度ということだ。
ことなのだが。
「…………………………………………」
じっと空を睨み付ける。
なのはには言った、こちらを視るモノ。人なのか、それとも別の存在か。月の裏側か、宇宙の外側か、それとももっと違う何かなのか。
依然として感じる視線に不快感を示す。何やらその気配が近付いてきているような、そんな気がするのだ。
ソレが及ぼす影響が目の前の彼女らにも及ぶ可能性がある。大抵のことなら経験値的に対処は可能だが、だからと言って面倒事が増えるのはよろしくない。いっそのこと、見なかったことにして逃げた方が良いかとさえ思う。
そんな中、視界の中の2人がそれぞれのデバイスを構えた。いよいよ、一騎打ちの始まりである。ユーノとアルフと、そして彼が見守る中、飛行魔法がより輝いて、2人が激突する。
と、思われた。
「ストップだ!!」
その間に割って入る黒い影。黒髪の少年が、黒い服装と黒い杖を持ち、レイジングハートとバルディッシュをそれぞれ杖とプロテクションで防いだ。
「
有無を言わさない厳しい口調と突然の介入者に、なのはとフェイトは目を白黒させた。意識外から、思いもしなかった魔導師の干渉。そして、100%を出しきっていなかったとは言え、2人分の攻撃を完全に防ぎ切る技量。只者でないことは一目で理解できた。
そしてそれを遠目に見ていた彼は、面倒なことになったと顔を顰める他なかった。監視者と第三者、ただでさえ既に舞台はいっぱいいっぱいだと言うのに、これ以上誰に焦点を当てれば良いと言うのか。
言動から察するに、あの少年は恐らく警備団やそれに近しい者だろう。法の番人か、取り敢えずわかるのは関わるととっても面倒な組織に準ずる者ということ。
という事でさっさとこの場を離れることにした。なのはからすれば薄情者と言われそうだが、彼の場合は友情より身の保身が優先である。これは仕方ない事だ。そう、仕方ない事なのである。
くるりと身を翻し、こそこそと脱出を――――
「そこの君もだ。隠れていないで出てきたらどうだ?」
出来なかった。抜け目なさに小さく舌打ちし、しかし振り向きはしなかった。彼らからは見にくい位置、木の陰で背を向けて立ち止まる。
「……何故呼び止める?」
「君も関係者だろう。たまたまいたからといってこっそり抜け出すのはいただけない」
「……なら問おう。任意同行か、強制連行か。僕は後者をされるほどの何かをしたか?」
「…………………………………………、」
「……そういうことだ。僕を縛る法はない。帰らせてもらう」
「…………わかった。ただ、名前を教えてもらいたい」
「……個人情報だ。拒否するよ」
言いたいことはない。聞かれたところで答える気もない。彼にとっては本来、
「あの、メグルくん……っ!!」
と、しかし、早速個人情報の一部がバレた。やってくれるな高町なのは、と内心毒づき、表では平静を装い、足下にやってきた箒に足をかけて乗った。
「……僕はあくまで海鳴市の一般市民だ。別世界の出来事は、管轄外なんでね」
呪符を懐からバサバサと放る。落ちてゆくソレは煙となり、辺り1面を覆った。
「ッ、ジャミングか……?」
少年が杖を見て、また木の陰を見ようとする。
そして、いつしか煙も晴れた頃。【魔法使い】の姿はどこかに消え去っていた。
『く、クロノくん!?』
「……あぁ、エイミィ。1人消えた」
『それもそうなんだけど……魔導師の子も1人見失っちゃったよぉ……』
「何!?」
通信越しに響くエイミィ・リミエッタの弱々しい声に、少年クロノ・ハラオウンは驚愕。すぐさま振り向くが、そこにいたのは未だに混乱した状態のなのはとユーノだけ。フェイトとアルフは煙に紛れて消えてしまっていた。
ついでに、ジュエルシードもない。
「……完全に、してやられたな」
大きく1つ、溜息を吐く。完璧なタイミングだったはずだが、クロノは酷く苦汁を舐める結果となった。
取り敢えず、当事者は1人確保できたということで進歩としよう。そう思考を切り替えるのであった。