ファンタジーな魔法って言わなかったっけ?   作:いつのせキノン

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逸脱行為

 

「メグルくんっ」

 

 授業終わり。輪廻メグルは教科書を片付けている最中であった。

 これから放課後、いつも通り図書館にでも向かうかと思っていたところ、廊下から響いたよく知る声に顔を上げた。

 

 高町なのはがいた。ニコニコと、それはもういい笑みで。

 だが待ってほしい。その目はお世辞も言えぬほどに笑ってない。

 

 そしてそんな彼となのはの様子を見てしまった教室がざわついた。

 

 学年首席の変わり者である彼と、学校の中でも可愛い容姿に定評のある高町なのはである。その2人が何の前触れもなく突然親しげに、わざわざなのはの方からただならぬ雰囲気を纏って教室まで迎えに来ると言うのは一種のイベントであった。

 

「……重要な話?」

「うん、とっても」

 

 そしてその言葉で更にざわつく。男女間の重要な話とはなんなのか。たいていの場合はアレだ。私立聖祥大付属小学校の生徒は皆結構賢くて若干大人びているので、そう言った話題にだってちょっとは敏感なのである。

 

 ただ若干残念なことに、敏感なのは言葉にだけであり、そこに含まれる意味を疑う程の思考は持ち合わせていなかった。

 

 

 

 

 

 2人はすぐに小学校を離れた。屋上で話をしても良かったが、異様に周りからの視線を感じたからだ。

 

「……撒けたかな」

 

 つまるところ、ギャラリーの存在が厄介であったためである。

 

 第3者の目を欺く方法は非常に単純で、彼のローブにくるまることだ。

 人目に認識できなくする効果を持つローブはなのはにとっても非常に便利であった。ミッド式の魔法にも周辺空間の光の屈折を変える結界魔法の応用があるが、残念ながらなのはは適性がないために使えないのだ。

 

 と、言うことで2人は今もローブに一緒にくるまって若干窮屈そうに移動していた。帰路とは全く見当違いの方向で、クラスメイトたちの見当を外すためである。

 

「もういい?」

 

 懐からもぞもぞと出てきたなのはに彼は頷きで返す。

 

「メグルくんは薄情だと思いますっ」

 

 そして出てきたなのはは間近でビシッと彼の鼻先を指差し、「私、不機嫌です」オーラを出してむっすりと頬を膨らませて睨んできたのだった。

 迫力のない、年相応の可愛らしい表情に毒気を抜かれた彼は「……そうかい」と淡白に返した。知ってる、と返さなかったのは、言葉を選んでのことである。多分そう言えばなのはの機嫌はますます悪くなるだろう。

 

「あの後色々大変だったんだよ? 魔法のこととかジュエルシードのこととかいっぱい聞かれて、メグルくんがいなくなった所為でメグルくんの分まで難しい話ずーっとしてたの!!」

 

 それはそれは、ご苦労様です。そう返したらますますなのはがむくれた。

 

「真面目に聞いて!!」

「……僕はいつだって真面目だ。思ったことを口にしただけなのに何故君が怒る?」

「だって一緒にお話ししないとダメでしょ!?」

「……僕にそんな義務はないんだけど」

 

 彼は協力者。しかし、あくまで海鳴市の安全を確保するために動いていただけに過ぎず、あのような一目で地球の外らしい輩と積極的に関わる気はなかった。

 基本的にああいうのに関わると厄介な問題が持ち込まれて後々巻き込まれるのがオチだ。それで何度苦汁を飲まされてきたことか。惨い最期を迎えた経験もあるだけに、関係者を増やすことにはかなり警戒心の高い彼である。

 

「……高町、君に協力はするとは言ったけど、それは海鳴市の安全を確保するだけの意味だ。そこに可笑しな輩の干渉を許すというのは、僕からしたら不愉快極まりないことなんだ」

 

 トラブルメーカー。彼が危惧することはその存在だ。

 

「……いくつか聞きたい事がある。例の彼らだ。どうせ君のことだから僕のことも知ってる事は全部答えたんだろう?」

 

 その問いになのは「うん」と首を縦に振り、しばらくして、彼の表情が非常に不機嫌なモノになっているのを見てやってしまったと口を塞いだ。

 

「ご、ごめんなさい……悪い人たちじゃなさそうだったから、メグルくんのこと、ほとんど喋っちゃったの……」

「……だろうね。君に口止めするよう言わなかった僕の落ち度でもあった訳だけど、あまり迂闊に他人の事は喋らない方が良い」

 

 知らず知らずの内に敵を作り、気付けば味方からも恨まれる。当初それで後ろから刺された経験があるのだから、現実的な話だ。尤も、彼自身は既に慣れきったことなので、余程重要な情報でない限りは大抵目をつぶることにしている。

 

「……君はどこまで話したのかな。魔法のことも、全部?」

「あぅ……ごめんなさい……」

 

 若干泣きそうななのはを見て、これは洗いざらい全部話したなと額に手を当てて茜色の空を仰いだ。住み家まではまだだが、殆どの情報は筒抜けとなっただろう。魔法のことも含め、非常に厄介で面倒なことになった。

 ここまで来るといっそのことなのはとの関係を一切()ってしまい、証拠も全て無かったことにした方が良いかと考える。大体のところで、こういった彼特有の特殊能力が他方の組織にバレた場合、モルモットになるのが大抵のオチとして用意されている。そして、大概扱いは雑だ。マウス実験に通ずるモノが見えてくるに違いない。

 

 彼が決めた此度の人生計画は、魔法の完成。今ある力をより頂点に、終わりに近付ける。概念の更にその先にある■■に到達する。それが思い描く最高のシナリオ。最期を演出する、終わりへの道だ。

 

「……あぁ、でも……」

「?」

 

 ふと、彼がもらした独り言になのはは首を傾げた。

 

「……高町。彼らはジュエルシードを集めようと躍起になっている、そうだね?」

「え? うーん……多分、集めないで放置するのは危険だし、管理局ならロストロギアの管理もできるから丁度良いって……」

「……充分だ。ジュエルシードの回収に責任感を感じてるなら、それは僕にとっても喜ばしい」

 

 彼にはまだ、交渉材料がある。本当に、充分だ。

 

「……その様子だと、また彼らとは会うんだね?」

「う、うん。知り合いなら、メグルくんも来てほしいって……本当に、話をするだけって」

「……いいよ。僕のタイミングが良ければ会うことにしよう。その時になったら君に知らせる」

 

 言って、ローブを払い2人の距離は離れた。

 ローブはそのまましまわず、静かにその場で軽く跳べば、竹箒が音もなく足元に滑り込んだ。

 

「……彼らにまた会うようなら言ってくれ。また近々会おう、ってね」

 

 それじゃあ気を付けて、と言い、【魔法使い】は夕暮れの空に飛んで行った。

 

 

 

 そして、気付けば静寂が訪れる。

 

「…………あっ」

 

 なのはがはっとして彼の飛んでいった方向を見る。しかし、残念なことに、その姿はもう見えなかった。

 

「…………言いたいこと、全部言えなかったの……」

 

 しょんぼりと肩を落とす。話をはぐらかされ、知らず知らずのうちになのはの本題からはズレてゆく。本当に、つくづくずる賢い人だ、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海鳴市の隣に位置する遠見市は、風光明媚(ふうこうめいび)な海鳴市と比べると都会的である。その地の殆どは都市開発が進んだ先進国の首都を思わせる。

 交通網も整備され、公共バスから環状線、地下鉄も通る大都会。眠らぬ街は夜も明かりが絶えることはなく、往来するエンジン音こそが街の息であった。

 

 交通網の充実とはすなわち人口の多さに比例するとも言える。人の多さは海鳴市以上、よって限られた土地に多くの人が住む。都会であるが故の高層マンションが乱立するのも特徴的だ。

 

 その内の1つ、都市中心部からはやや離れた土地に建つ50階建ての高層マンションがある。

 外観からしてまず「高級そう」という印象を抱くのが一般的だろうか。モダンな雰囲気を醸し出す黒の塗装は格式張った“堅さ”を彷彿とさせる。

 

 そんなマンションの広い吹き抜けを含む一室を使う少女がいた。

 

 フェイト・テスタロッサという少女。鮮やかな金の髪をツインテールにした彼女は、体中に包帯を巻いた痛々しい見てくれをしていた。

 帰ってきたばかりの彼女は、ふらふらと覚束ない足取りで広い部屋を進み、ソファの前まで来ると力尽きるようにうつ伏せに倒れ込む。

 疲弊している。それは身体的、精神的、両方である。母に鞭打たれ、罵られ、それでも這いつくばって使命を全うする。ロクに食事をせず、休みだって少ない。まだ幼い筈の彼女を襲う倦怠感は日に日に増し、とっくに限界を迎えている筈であった。

 彼女を突き動かしているのは、ただ母を思う気持ちのみ。自分の役割が1つしかないことを知って、それだけが今の存在意義であることを理解して、ただただひたすらに体を動かす。限界の認識すらできない程に、もう彼女は壊れ始めているのだ。

 

 今、使い魔のアルフはいない。別行動でジュエルシードの捜索を行っているのだ。

 正直なところ、フェイトはこんな時間すら惜しんでいる。早くジュエルシードを見付けないと、母が困るだろう。その思いがズクズクと心を蝕む。

 しかしそれはしなかった。ここで飛び出したところでどうなる、と理解したからだ。使い魔のアルフと繋がっている以上、ここでまたフェイトが無理矢理にでも出ようとすれば飛んで帰って来るだろう。そして無理矢理寝かせようとする。

 

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 そう納得したからこそ、フェイトは大人しく休んでいる。決してそれが自分の為になるとは微塵も思わず、ジュエルシードを獲得するための最短ルートだとしか信じていない。

 

 信仰や崇拝、既に彼女の中で母親という存在は、異常な程のウェイトを占めていた。何があろうと大好きな母を信じて信じて、だからこそ地べたを這ってでも動く。

 

 この休憩は、母の為。そう、全ては、母の為。

 

 ぼんやりと、何を考える訳でもなく、フェイトは静かにクッションに顔を埋めた。1時間だけ休んだらまた捜索だ。それまでは体を一時休める必要がある。ただただじっとして、疲れが抜けるのを待つのだ。

 

 

 

 と、意識がうつらうつらとしてきた時であった。来客を知らせる無機質なチャイムが鳴った。

 

「……?」

 

 ゆっくりと埋めていた顔を上げて天井を見上げた。来客の予定はないし、そもそも知り合いがこの世界にはいない。アルフならインターホンを押すまでもなく勝手に出入りする。では、今来ている人物は誰なのか。

 

 そこまで考えてフェイトは思考を放棄した。知り合いがいないのなら取り合う必要もないからだ。居留守でも使ってやり過ごす方が良い。今は、疲れている。

 

 が、そんなことを知らないのか、フェイトの休憩を遮るようにまたインターホンが鳴る。

 普段は物静かなフェイトだがこれには流石に顔を顰め、絶対に出てやるもんかとソファーの上で丸くなり再びクッションに顔から沈んだ。

 

 相も変わらずインターホンは鳴り続ける。3回、4回、5回と、嫌がらせかと思う程にしつこい。

 

 いっそのこと管理人室に連絡して警備員を回してもらおうかと考え始めた頃、不意に音が鳴り止んだ。

 

 その後しばらくしても鳴らないのを確認し、ようやく帰ったかと大きく溜息。貴重な休み時間が減ってしまったと鬱憤が積もる思考を片隅に追いやった。

 

『……居留守ってのは、便利だね』

「ッ!?」

 

 しかし、突如近場から聞こえてきた声にフェイトはソファーから飛び起きてバルディッシュとバリアジャケットを展開。玄関の方を睨み付けた。

 そこには宙に浮かぶ紙切れが1枚。札のようで、紙面には赤い幾何学模様が描かれている。そしてそこから聞こえて来る声と、視線。

 

 フェイトはこの声の主を知っている。

 

「貴方は……っ」

『……覚えていてくれて何より。少し話がしたくなったんだけど、あがらせてもらえないかな。そう構えていたら話が進まない』

 

 バルディッシュを油断なく向けるフェイト。彼女が確信する人物とは、以前ジュエルシード確保の際に敵対した箒に乗る少年である。あの時は不覚をとって目を潰され、見失った挙句にジュエルシードまで取れなかった。フェイトにとって手痛い敗北の瞬間であったことは間違いなく、次にもし敵対するのであれば必ず勝つと誓った相手でもある。

 当時は紙が突然破けたかと思えば、次の瞬間には強烈な閃光が視界を覆ったのを鮮明に覚えている。警戒しているのは、目の前の紙がまた同じように光るのではないかということだ。

 

『……何を警戒してるのかは知らないけど、この紙は通信用の札でしかないから無害だ。気を張るだけ無駄』

 

 ひらひらと札がその場で舞った。まるでフェイトを煽るように。

 

『……札に付くのは基本的に単一の固有な能力のみだ。これは僕の血による“同期”。僕の血はもう1人の僕となる。視覚と聴覚の共有だと思ってくれればいい。今この紙にそれ以上の価値はない』

 

 だからと言って信じられるか、信じろと言うのか。

 

 答えは否だ。

 

 フェイトは微塵もソレを信用しない。一連の出会の中で奴が狡猾(こうかつ)であるとフェイトは一目で見抜いていた。

 

「……話し合いに応じるつもりはない」

 

 だから拒否する。テリトリーにまで迫られて何をされるかわかったものじゃないから。

 

『……ふぅん……じゃあ話次第ではジュエルシードをいくつか融通するかもしれないとしても?』

「っ……!!」

 

 しかし、声の主が切った切り札(ジョーカー)に、フェイトは狼狽する他なかったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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