ファンタジーな魔法って言わなかったっけ? 作:いつのせキノン
フェイト・テスタロッサは焦燥状態にあった。どれもこれも彼女とテーブルを挟んだ対面の椅子に座り、飄々とした
「……飲まないの?」
と、彼は飲んでいた缶珈琲をテーブルに置いて静かに言った。彼が飲んでいるのと同じメーカーのパッケージが刷られた缶がフェイトの前にも置いてある。わざわざ無糖を選んできた辺り、どうも嫌がらせの臭いしかしないのであるが。
因みにフェイトは珈琲より紅茶派である。珈琲はミルクと砂糖を入れないと飲めないので、つまり目の前に置いてあるブラック珈琲は守備範囲外。
コイツはわかっててやってるのかと思うくらい、今のフェイトは精神的に苛立っていた。
「……話は?」
「……そうだね。まず1つ言っておくと、話をしたからと言ってジュエルシードが手に入るとは限らない」
これはいいね? と指を1つ立てる彼にフェイトは頷いた。
「……話というのはいくつかある。最初に、僕はジュエルシードの情報が欲しい」
缶を傾け、残り半分程になったそれをテーブルに置いた。
「……ジュエルシードが海鳴市に落ちてきたのは1か月前。その時から海鳴市では不可解な事件が頻発するようになった」
不可解な、というのは、一般常識的な観点から見ればの話。科学の発展した地球では解明できない、実にオカルトチックで説明のつかない出来事である。
おかげで曰く付きの宗教団体まで
「……事件の内容はてんでバラバラだ。水が突然生物化したように動いたり、犬が肥大化して凶暴になったり、謎の生命体が生まれたり……」
ただ。
彼は一瞬言葉を切った。
「……共通することがひとつだけ。彼らは破壊行為を是とする」
数少ない例外を除き、その大半でジュエルシードが引き起こした事態は被害を生む。破壊と暴力、指向性のない力が手当たり次第に広がるのだ。
「……僕が訊いているのは、ジュエルシードが膨大な量の魔力を内包した物であることと、ジュエルシードは他者の願いに反応すること。この2つだ」
ユーノから聞いた時点での話は以上だ。願いが叶う、というのは高町なのはと出会ったあの猫が良い例だろうが、しかしながら後で聞いた話によればあれはかなり珍しいパターンなんだとか。
ジュエルシードの願いを叶えるという性質が正常に発揮されることは極めて稀で、大体は曲解した形で願いを成就させるとのこと。
「……ジュエルシードの性質を理解したい。集めるというくらいなのだから、何かしら情報はあるだろう?」
期待を込めて彼は言う。
しかしフェイトは口をつぐんだ。何と言うべきか。真正面から言って良いものか。
彼女の
「……君は集めろと指示をされたか。よってジュエルシードの詳細も、その目的もわからない」
その言葉にフェイトは頷く他なかった。当たり前だ、彼女は母のためということのみを生き甲斐にして
「……じゃあ君に指示をした人物に会わせてもらおうかな。その人と直接話がしたい」
それは可能か? という問い掛け。
さて、この場合はどうすればいいのだろうか。素直に受け入れるべき? それとも拒否するべき?
その判断が如何に難しいことか。仮に会わせた場合どうなるのか想像し難い現実にフェイトは中々答えが出せず閉口した。
「……迷うかい」
「は、はい……私の一存だと、可能かどうかは……」
「……じゃあ先方の許可を取り付けられれば良いんだね。それならしばらくは待とう。と言っても2日くらいしかないんだけど」
2日。それだけあれば充分か。数瞬程考えて、肯定と頷く。
「……頼んで、みます」
「……わかった。じゃあ許可が出たら呼んでくれ」
そう言った彼は残っていた缶珈琲を飲みきって席を立ち、ポケットから1枚の札を取り出してテーブルにそっと置いた。
「……連絡用の呪符だ。呼びたいときはこれを破って」
1度きりの使用だよ、と言って踵を返した。どうやら帰るらしい。
その背をボーッと視界に入れつつ、しかし思考はずっと別の場所へ向いていた。ただ漠然とした不安が、彼女の心の奥底に燻り続けた。
思考をリセットしよう。そう思い、何となしに手に取った缶珈琲は、苦かった。
◆
それから数日後のこと。
時の庭園に帽子とローブをまとった【魔法使い】の姿があった。隣には彼を案内するフェイトの姿もある。
これから彼はフェイトの主に面会する。
「……さて、これは歓迎ムードということでいいのかな?」
時の庭園は広い。正面入り口から中に入り、子供には、否、大人にとっても広すぎる廊下を歩く。
横幅は車道にして四車線分程度、左右に円柱型の柱が規則正しく並び、薄暗い中で青みがかった色を見せる。
そして何より目を引くのが、柱の間に直立不動にする無人機動兵士。魔力を燃料として稼働するらしく、その残滓が辺りに漂うのを彼は見逃さなかった。
「……どうも、入ったら二度と出してくれそうにないような気がするんだけど」
どうなの? と彼はフェイトにたずねた。にこやかに、しかし目は微塵も感情を映していない目だった。
それに対してフェイトは目を伏せるしかできなかった。彼女が言われたのは連れて来いという指示のみで、果たして交渉するか否かは全く知らされていないのだ。
「……ま、君に聞いても仕方ないってことか。じゃあ責任を取らせるのも筋違い、と」
彼は一人で理解した様子で頷いた。
案内されたのは大きな扉の前。黄金の装飾がなされ、中央には赤い宝石の埋め込まれた扉だ。思わず「……すごい成金趣味なのかな……?」と呟いてしまう。
「この先、です」
フェイトは一歩退き、先に行くよう雰囲気で促す。それをくみ取り、彼はどうもと礼を述べた。
「案内どうも。それじゃあ君にこれを預けておこう」
「え、えっ……?」
不意に、彼はローブの内側から大きな杖を取り出し、手渡した。
「あ、の……これ、貴方の……」
「……ああ、そうだね。大事な大事な、主武装だね。何故渡したか、そう聞きたいんだろう?」
その通り、とフェイトは頷き返す。
「……今回、僕は交渉をしに来たんだ。戦闘行為はなしの方向で、ね。だったら、武器を持たないのがマナーってものだろう?」
尤もらしい言葉を並べ、フェイトは半分納得する。確かに武器を持ってこられてはオチオチ話し合いもできない。
しかし、半分納得いっていないのは、この少年がこんな簡単に自分のメインウェポンを手放すだろうか、という疑問だった。フェイトだったらバルディッシュを手放すような行為はまず行わないからだ。
「……それじゃ、しばらくは頼むよ。終わったらきちんと返してくれ。……ああ、そうだ、偽物にすり替えたところで無駄だから、そこのところよろしく」
「あっ……」
理由を聞くよりも早く、彼はさっさと扉を押し開けて中へ滑り込んで行ってしまった。
静寂の落ちた空気に耐えられず、フェイトは扉から離れて手元の杖を眺めた。
自分の身長を超える杖で、バルディッシュのようなメカとは正反対の、少し歪な木製の杖だ。一体この杖が魔法とどんな関係があるのか、フェイトには見当がつかない。ストレージデバイスのように魔法を予め記憶させているようにも見えず、バルディッシュなどのインテリジェントデバイスの方が多機能で便利なのではと思った。
「……軽い」
見た目によらず、杖は意外と軽い。かと言って中身が空洞という訳でもないらしい。不思議な物だな、と物珍し気な瞳でフェイトは手の中の杖を少し振ってみた。
刹那、ピシッ、と何かヒビが入るような音がした。
「っ!?」
ヒヤリと冷や汗が流れる。今の音は明らかに自分の手の中から響いた音だ。木が割れるような、そんな音だった。恐る恐る手元の杖に目をこらせば、握っていた部分が割れていた。
「どっ、ど、どう、しよ……あ、ある、あるふ……あるふはっ、い、ぃ、ない……」
一瞬でフェイトの顔は真っ青になる。
まずい、非常にまずい、預かるだけだったはずの、彼の大切な大切な杖を、壊してしまった。
どうする? どうすればいい? ぐるぐると思考が回る。ついでに目も回ってくる。
ふらふら千鳥足に定まらない焦点、取り敢えず無人の広い空間を歩き回って足と思考を動かし続ける。
大事なことを一つ。フェイトは杖の直し方なんて全く分からない。
謝って済むか。それだけで済むことだろうか?
もし弁償を要求された場合、間違いなくフェイトは詰む。扉の向こうの交渉も、フェイトのやらかしてしまったことで全部が水の泡になる可能性が高い、というかほぼそうなる。
あうあうあう、と若干泣きそうになりがら、両手に
そして気付いた。
杖が、二本ある。
いや、正確には。
半ばから折れて二本になっている。
「~~~~~~~~~~~~っっっ!?!?!?!?!?!?」
声にならない悲鳴が、フェイトの口から響いた。
時間は少しだけ遡り、扉を抜けた大広間。
玉座に座るのは一人の女性だった。お腹や胸元を露出し、身体のラインが浮き出る大胆な紫のドレス、襟の立ったマントはフェイトが羽織っていたものに形が似ている。
ただまぁ、彼はそんな彼女を見て、無理してない? とは口が裂けても言えなかった。異世界の文化の価値観の相違かもしれないのだ、怒らせる真似はしたくない。
「……初めまして、お招きいただきありがとうございます」
「…………………………………………」
会釈をする彼に対し、返ってきたのは無言だった。これが彼女の世界の常識なのかな、と頬を引きつらせて無理矢理笑みを浮かべる。愛想が崩れてしまうのはどうにか避けねばと気合を入れ直した。
「……僕は輪廻メグルと言います。お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
あくまでにこやかに、社交的に。なるべく平静を装って対応する彼に、玉座に座る女王気質な彼女は口を開いた。
「……子供の割に、存外に胡散臭いのね。プレシア・テスタロッサよ」
頬が引き攣った。歯に衣を着せない性格の人らしいと悟る。
「それで、ジュエルシードを譲ってくれる話だったわね」
「はい。お話を伺って、特に問題がなければ譲渡しようかと。流石にかなり危険なものですから、扱いは慎重にと思いまして」
「殊勝な心掛けね。管理局に与しない点は褒めてあげる」
「それは、どうも」
何か悪の取引みたいだなぁ、と内心思うが、それについては後でじっくり考えようと頭の隅に追いやる。
「
「……僕の住む地域に色々と被害がありましたから、その原因究明の一環です。あんなにも
「歪んだ、ねぇ。その様子なら大方の見当はついてるのではなくて?」
「……はい。破壊のための装置、その駆動機関とも言えるのがジュエルシードというのはわかっています。ソレが起動する条件も。ですから、僕はジュエルシードを欲しいという貴方に尋ねたかったのです。
彼は懐から碧く光る電球を取り出した。
ガラス球の中、フィラメント部分に固定されているのは件の宝石、ジュエルシードだ。
「……貴方が、自身の願いを叶えたいがために、ジュエルシードにその願いを成就させるのは、まぁ百歩譲って良しとします。けど、貴方だって
彼の問いに、プレシアはこう返す。
「勿論、知ってるわ。私は願いを叶えたい、けれど、ジュエルシードにそれを願っては意味はない。でも、ジュエルシードはそれ自体が途方もない魔力を持っているわ。たった一つでも次元を乱すレベルのものを」
でも、と彼女は続ける。
「たった一つじゃ足りないの。次元を乱すだけでは駄目。必要なのは、
言葉尻が熱くなってゆくプレシアの言葉は、大いに彼を混乱させた。
次元に穴を開ける。21個のジュエルシード。アルハザードへの到達。
それはそれは、何と。
「…………馬鹿らしい」
「――――――――――――――――」
思わず、額に手を当てて天井を仰いでしまう。
「……次元に穴を開ける、だと? 次元を越えてここまで来たというのに、それでもまだ足りないのか。……そして、穴を開ける? 正当な手順を踏まず、ただ膨大なエネルギーで空間を歪ませると? 馬鹿なことを、それをすれば何もかもが無事で済まないぞ。本来次元は穴を開けるような概念じゃない、飛び越えるならともかく、それを傷付けるなんてのは“界”に対する負荷が尋常じゃない。一度穴を開けたら、修正力の余波で全部が全部崩壊して“無”になるんだぞ、何もかもが無くなる、文字通りの“無”だ。概念もクソもない、神様だっていない、そこからは何も生まれないし、生きることすらままならない。夢物語だ、あまりに無謀な死にたがりだ。アルハザードが何かは知らないが、穴で繋ごうものならそこも崩壊する。当たり前だ、穴のある場所には“界”の修正力が働く。文字通り何もかもを無かったことにする修正力だ。死すら生温い、魂も消え失せて一生蘇らない、真の消滅だ。アンタはそれをしようと言うのか? だとしたら馬鹿だ、そんなこと許される筈がない。神も許さんぞ、奴らは実に自分勝手だ、自らの存在証明のために人間を生かさねばならないが故に必ず干渉するだろうさ。だがそれ以前に
言葉の濁流だった。息もつかせぬその羅列は真実を語っていた。
不意に、彼は脂汗を額に浮かべながら息苦しそうに肩で息をし、その場に膝を突いた。
「……子供の分際で、私の願いを嘲笑うと言うのね」
プレシアは顔を憤怒に染めていた。彼の言いたいことの本質は理解出来ず、しかし彼はプレシアの願いを拒否した。ジュエルシードを渡さないと、暗に語っていた。
「……っ、はぁ、……笑うとは言ってません。しかし、貴方の試みは無謀過ぎる。何も確証がない。そのアルハザードとやらで何をしたいのかは不明ですが、そのままで到達する前に全て終わってしまう。他の方法を模索するべきです」
「五月蠅い!! もう遅い、これ以外に方法はない!! 私には時間がない!! だからこそ!!」
プレシアが立ち上がって杖を構えた。その矛先はブレることなく彼に向けられていた。
「ジュエルシードは全て私が管理する!!」
「ッ!!」
刹那、紫電がプレシアを中心に迸り、空間ごと蹂躙する。轟、と爆音が風と共に部屋を薙いだ。
無言の魔力放出でこの威力、雷の変換気質を持つ大魔導師の一撃は、魔法を唱えずとも並の魔導師を一蹴するのだ。
「……チッ、逃したわね」
しかし、吹き荒れる暴力が収まれば、そこには何もなかった。敷いて言えば、雷に焦がされ炭化した紙らしきモノが一枚、散り散りになって落ちていた。