ファンタジーな魔法って言わなかったっけ?   作:いつのせキノン

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 目の前の机の上には折れた杖が置かれている。

 

 そして、フェイト・テスタロッサの手には机の引き出しの中に眠っていた木工用ボンドがあった。

 

「…………よし」

 

 何がよしなのか。この娘、まさかまさかのボンドで杖をくっつける気である。これにはバルディッシュも何と声をかければ良いのか演算ができずに回路が熱暴走して電源が落ちた。

 そんなことは露知らず、フェイトは意気込んでボンドの蓋を開けた。開けるのが久々で固まったボンドにより「ふぎぎ……!!」と力んだのはご愛嬌だ。

 蓋を開けたら後は折れてしまった接合部にボンドを塗ってくっつけ、乾くのを待つだけである。果たしてこれでくっつくのだろうか、なんて疑問はフェイトの頭の中からはすっかり抜け落ちている。これしか知らないのだ、するしかあるまい。

 しかし接合部はデリケートだ。折れた部分のささくれは怪我の危険性もあるし、少し乱れれば接着した際に完全に合わなくなってしまう。息を止めて慎重に、慎重にボンドの容器の口を近付けて……、

 

「――――緊急事態だ、杖を回収する」

「わっ、ひぇっ、なっ――――――――あっ」

 

 突如、真後ろから響いた声にフェイトは思わず力んだ。

 力めば当然、ボンドを持っていた手も握ってしまう。結果、容器の口からボンドが大量に飛び出し、べちゃべちゃと杖に降り注いだ。

 

「っ!? っっ!?!?」

 

 何たる惨事。思いがけぬトラブルにフェイトは既に泣きそうだった。顔も真っ青から振り切れて真っ白だ。パクパクと金魚のように震える口を開いて閉じて、あまりの混乱具合に目が回っていた。

 

「……うん? ここは……君の個室か?」

 

 一方、フェイトの後ろに突如現れた輪廻メグルは、自身が立っている部屋を軽く見回して呟いていた。

 その隙に、というか無意識的に、フェイトは机を蹴るように立ち上がって反転、背中に杖を隠すように立ちはだかったのであった。

 

「どっ、どど、どうしてここに……!?」

「……ん? ああ、突然入ってきてしまったのは謝るよ。ただまぁどうも彼女の癇に障ってしまったみたいでね、絶賛逃亡中な訳だ。ここに来たのは、逃亡用の転移魔法の転移先を杖にマーキングしてたからなんだ」

 

 困った困った、と肩を竦める彼だが、いささか緊張感に欠けた態度であった。

 が、しかし、それよりも。フェイトにとって大切なのは杖に関することだ。あまりに後ろめたい大惨事を起こしてしまってるがため、彼と今顔を合わせるのは非常にマズい。

 

「……まぁともかくとして、預けていた杖を回収しに来た。返却を――――」

「だ、ダメっ、ダメ!!」

「…………へ? 何故? 何か問題でも?」

「な、なんでもないっ、なにも起きてない!! けど、ダメなものはダメで……そのっ……とにかく、今は渡せない!!」

「……えぇ……」

 

 支離滅裂な言葉に唖然とする他にリアクションができない。故意に何かを必死に隠そうとしているのは彼の眼にも見て取れた。

 

「……何か杖にでも細工する気か?」

 

 ビクッ、とフェイトの肩が跳ねた。あながち間違ってはいない。

 

「……はぁ……やるならやるでもっと効率的かつバレないようにやれって話だよ……」

 

 予想だにしなかった展開に大きく溜息。あきれたと言わんばかりにゲッソリとした表情を浮かべ、それから(かぶり)を振った。

 

「まぁいいや。取り敢えず返してくれ。こちとら君と悠長に会話する暇もないからね」

「そ、それは……、」

 

 出し渋るフェイトに、彼は顔を顰めた。こうなれば強硬手段も止む無しか、と懐へ手を伸ばした。

 

「!!」

「なっ――――」

 

 と、その行動を目にしたフェイトの行動は早かった。咄嗟に転移魔法をデバイスなしに組み上げ、転移範囲を彼だけに絞り込んで発動した。

 一瞬で彼の姿が掻き消え、直後、フェイトは大きく息を吐いて脱力し、部屋のベッドにうつ伏せに倒れ込んだ。

 人生稀にあるかないかの危機だったと、精神的に大きく疲弊したフェイトは黒歴史に苛まれ、久々のまくらの感触に顔を埋めてバタバタと暴れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は雨だった。ザァザァと音を立てて雨粒が地面に叩きつけられ、水滴が高く跳ねる。

 見事と言える程に悪天候だ。風が吹いていないだけマシと考えるべきだろう。

 そんな雨の中を、彼は傘を差して歩く。その表情はいつも通り無表情、感情の動きが見えない、どこか達観したようなものであった。

 無言のままふと考えるのは、杖の行方だったり、気付いたら高町なのはが長い間休んでいたり、取り敢えず身の回りのこと。

 時の庭園を追い出されて以降、彼はフェイトと一度も顔を合わせていない。マンションに直接出向いたりもしたが、ことごとく時間が合わなかったらしい。手に馴染んでいた品なだけに、手放す結果になってしまったのは惜しい結果となった。

 因みに、転移魔法のマーキングは一回分しか仕込んでおらず、生憎と行方はフェイトの手元であろうということしかわからないのだ。

 

「……次は向こうから手元に戻ってくる術式でも組み込むか……」

 

 ぼんやりと次のプランを考えつつ家路を歩み…………ふと、雷が低く鳴る音に顔を上げた。

 

「……海の方……魔法か?」

 

 ピリピリと肌で感じる魔力の波動。霊脈の励起とは異なる波長に、彼は迷いなく足を海岸線へと向け歩き出した。

 恐らくだが、なのはかフェイトのどちらかが大規模な魔法を行使している。どちらかに出会えれば杖の行方もわかる可能性がある。

 次第に早足、駆け足となっていく。同時に虚空から飛び出すローブを羽織り、懐からいつもの帽子を取り出して被れば、軽い足取りで飛び上がり、彼方から飛んできた箒へ飛び乗った。

 

 ものの数秒で雨の降る曇り空の下へ上昇すると、すぐに海鳴市を一望できる。そして、視界の先、海上には黄色く光る大きな円形の魔法陣が見えた。

 

「……何をする気だ……?」

 

 こんな悪天候の中でわざわざ大儀式をしようとは、気でも狂ったかというのが感想だ。

 本来なら大儀式は、誰にも邪魔されない、必ず成功する環境を整えてから行うものが一般的だ。今日のような不安定な天気の中では、雷や雨による影響などを考慮すると実に不向きと言える。

 ただ、それは彼が使う魔法だからこそ言える話。星に依存する魔法なのに対し、彼女らが扱う魔法は自前の魔力量や才能、いわゆる個人に依存するものだ。あまり深く環境のことを考えずとも良いのかもしれない。

 

 そこまで考え、彼は一度空中で静止した。探知網に引っ掛かる二つの視線を感知したからだ。

 これ以上近づくのはまたちょっかいを出されると思ってのことで、まだ視覚範囲ではないと信じたい。

 念のため視認や知覚阻害を施す簡易呪符を取り出して破り、今度はゆっくりと高度を落として海辺へ近付いた。

 

 その刹那、フェイトが黒い斧のような、黄色い羽のようなものも付いた杖を振り下ろすと同時に、閃光と轟音が空気を(つんざ)いた。

 大きな雷だ。フェイトの魔法が魔力に呼応して雷を生み出し、海へと突き刺さった。

 近くで見ていた彼も思わず肩を震わせ、小さく呻きながら目を閉じ耳を塞ぎながらマントに包まった。

 

「……なんだ……?」

 

 光と音の暴力に幾許(いくばく)かの頭痛が襲ってきていた。くらくらする視界を気合で押さえ付ければ、ぼんやりと焦点の定まってなかった視界がクリアになる。

 と、次の瞬間には非現実的な光景が目に飛び込んできた。

 荒波に揉まれる海面から、重力を無視して水の竜巻が立ち上がっていた。その数は実に十本以上。

 

「……魔力を帯びてるのか」

 

 よく観察してみると、膨大な水の中には四つの水色の光が見えた。間違いなくジュエルシードだ。

 

「……魔力で無理矢理ジュエルシードを励起させた、と」

 

 発想としては確かにアリだ。しかし広大な海に大量に魔力を撃ち込むというのは些か配慮に欠けると言うべきか。彼は海上を飛ぶフェイトを眺め一人思考を巡らせる。

 見ればフェイトの動きはどこか疲労感が漂っている。多量の魔力を消費した反動によるものであろう。襲い来る水の竜巻に悪戦苦闘していた。

 

 さて、ここからはどう動くべきか。

 

「……漁夫の利、だろうな」

 

 彼の結論は早い。フェイトが全て封印を終えたところを横から貰えばいい。回収されてはまたあの破天荒な女……フェイトの母親であろう者(プレシア・テスタロッサ)に使われてしまう。次元崩壊を起こされないためにも、それは防がなければならない。

 

 ということでしばらくは待機だ。消耗してくれればそれだけ後が楽になる。後味は悪くなるかもだが、実に効率的な手段だ。

 取り敢えずしばらくは待機とし、いつでも出れる準備をして隠れるとする。一度海辺を離れ、いつぞやの公園の林へやって来た彼は茂みへと身を隠した。

 少々場所は離れてしまったが、双眼鏡があれば大きな問題はない。ファンタジー要素の欠片もない科学の塊だが、便利なのだから仕方ない。千里眼の魔法を使っているところで魔力を逆探知されるよりはマシだ。

 念のため周囲に警戒用の呪符をばら撒き、確認を終えたところで双眼鏡を覗き込んだ。

 

「……は?」

 

 何故、高町なのはがフェイトの隣にいるのだろうか。その光景に思わず声を上げる。一瞬目を離した隙に現れ、あろうことか彼の眼には二人が共闘しているようにしか見えなかった。

 一度双眼鏡から目を離し呆然として、それから軽く(かぶり)を振って気持ちを切り替え再び双眼鏡を覗いた。どうやら見間違いではないらしい。

 何を思ってかは知らないが、なのははフェイトに協力するらしい。その方があの厄介ごとを片付けるに容易いとは思うが、その後はどうするのだろうか。お得意のお話とやらで円満に解決する……ような出来事には到底思えなかった。

 

 彼はそのまま不干渉の姿勢を貫き、じっと木陰に身を潜め続けた。

 海上では魔法が飛び交い、ユーノや見慣れない赤い狼も交じって海水の渦を鎖で拘束したりと大忙し。しかし徐々に事態は終息しつつあるように見えた。

 

 終盤、なのはとフェイトによる封印魔法が放たれた。

 眩い光が収まると、海面から四つの水色の光が線を帯びて飛び出した。全て封印処理が施されたジュエルシードだ。

 

 事態終息に伴い、彼は重い腰を上げる。

 現状、なのはとフェイトの両者は疲弊している。ただ横合いから奪取して逃げ切るだけなら容易いはずだ。

 

「っ……!!」

 

 箒に足を掛けて飛び出す――その直前。感知網に痛いほどの何かが引っかかるのを感じて素早く身を沈めた。

 刹那、灰色の雲の隙間から紫電の雷が空間を引き裂く。

 

「……次元跳躍からの干渉か……」

 

 なるほど、と頷く。どうやら自分と同じ考えをしている第三者がいるらしい。

 そうなればジュエルシードは早い者勝ち。雷に怯み動けないでいるなのはとフェイトを除けば、今動けるのは彼だけだ。

 

 覚悟を決めて、今後こそ箒に足を掛けて乗り、茂みから飛び出した。

 速度は最大、振り落とされないよう左手で柄を掴み、空いた右手には土と木と草を纏わせる。“土”属性の魔力は土を練り上げて手を形作り、木は絡みつくことでソレを補強する。

 一瞬で人の顔を軽々覆えるほどの大きさになった右手で、彼は虚空に浮かぶジュエルシードたちを鷲掴みにし、トップスピードのまま二人と二匹の間を通過して飛び去った。

 

「……よし、確保」

 

 手の中には確かに、ジュエルシードが四つある。それらを素早く懐へ仕舞い込み――直後、紫電が襲う。

 

「くぁッ……!?」

 

 咄嗟に右手をかざせば、雷は土塊を砕く。木も弾け草が燃え尽き、あっという間に土の右手は消えてなくなった。

 彼は衝撃と痛みに飛ばされ箒から転がり落ちる。真下は海、しかし相当な高さ故、衝撃は凄まじいはずだ。

 

「“風よ”!!」

 

 あわや着水する、その前に風が吹き荒れ、ローブがパラシュートのように風を受け止めて一瞬彼の落ちる速度が緩くなった。その隙をつくように箒が下へと滑り込み、彼はバランスよく箒へと着地、荒れた海面の波間を縫うように沖合へ飛び続ける。

 紫電の雷は範囲や威力、正確性も含めて桁違いだ。マトモに喰らえば一瞬で意識が飛ぶだろう。

 現に土を纏っていたとは言え右手は麻痺して使い物にならない。避雷針として防げたが、次はない。材料となる土も木も公園辺りに戻らなければないのだ。

 

「……チッ、やっぱり簡単には帰してくれないか……」

 

 そうだよな、と一人頷く。横取りしてるのだからいい目で見られるはずもない。

 

「……やむなし……いざってときは……、」

 

 懐に手をやり、ちゃんとソレがあることを確認する。貴重なモノであるためできることなら使いたくないのだが、命を落とすよりはずっとマシだ。

 そう自分に言い聞かせ簡易呪符を取り出す。物理的防御はできないが、簡単な魔法で身を守る程度のことはできるはずだ。

 

 次の雷が落ちる気配がする。同時に、彼は思い切り呪符を投げた。

 

 

 

 

 

 


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