かくして彼は、たどり着く   作:リディクル

2 / 5
おそらく、皆さんが予想したとおり、一夏の訓練相手は皆さんもよく知っている彼女です。
毎度お馴染みの彼女ではないのは、原作的にまだ情報が出揃っていないので接触しようにも接触できないと思い、今回は出番がありません。

以上を踏まえたうえで、お読みください。





駆け出して、夜を進む

 

 

 千冬が紹介したのは、一夏が所属する1年1組の副担任である、山田先生こと山田真耶であった。彼女は、千冬からの紹介もあってか、一夏の特訓について二つ返事で快諾した。一夏も、まさかこれほど簡単に特訓の相手が決まるとは思っていなかったので、心の中で安堵した。しかし、そう考えたのも一瞬だけで、これから始まるであろう山田先生とともにする特訓のことを考え、そして今の自分の実力から、それがとても厳しいものになると予想し、一夏はすぐに気を引き締めた。

 実際に、彼の予想は正しかった。今まで見てきたほんわかした雰囲気とは裏腹に、山田先生が考えた特訓メニューは、彼女が代表候補生の時に実際に体験したものを、一夏の必要とする技能に合わせて取り捨て選択してアレンジしたものであり、その厳しさは今まで春輝や彼女らと一緒に行ってきたものを遥かに超えていた。その厳しさに、最初は困惑した一夏であったが、これも強くなるためだと考え、黙々とメニューに取り組んだ。厳しさにはすぐに慣れた。

 ある時、特訓の厳しさについて一夏は山田先生に質問をしてみた。何故、今の代表候補生が行っているものとこんなにも差があるのか、と。その問いに、山田先生はあくまで自分の予想であるが、と前置きをしたあとに、言葉を紡ぐ。

「代表候補生の育成方針はその年度によって変わってくるので、その年その年で練度に違いが生じてくるんですよ。特に、今年は現国家代表の実力が高く、加えて前年度の代表候補生の層が厚いこともあり、育成も急ぐことがないと各国は考えている、というのが私の考えです」

 そのため、練度という面に関してはあまり気にしないほうがいいですよ、と言い、一夏に対して微笑んだ。

 それは、ひどい言い方をしてしまえば、今年度の代表候補生の一部は、ただの予備戦力ではないのか、と思わず一夏は言ってしまった。

「そういう人間も必要なんです」

山田先生はその言葉に対して、そう答え、補足するように言葉を付け加える。

「代表候補生になって満足するか、その先を目指し続けるかはその人のやる気次第なんですよ」

 そう語ったあとに、何かを懐かしむような遠い目をした。

 そんな彼女の様子を見て、一夏は時代の流れを理解するとともに、強くなろうという気持ちが改めて強くなった。現状で満足などできない。何故ならば、自分は誰かを守りたいからだ。そのためにも、誰よりも強くならなければいけないのだ。その感情を原動力に、一夏はISを纏い、山田先生へと向かっていった。

 

 山田先生との特訓ができない日は、もっぱらアリーナで自主練をするか、もしアリーナの予約がとれないときは、自室で勉強をするかのどちらかだ。自主練といっても、山田先生から教わったことや基礎的な機動を反復するだけのシンプルなものだ。山田先生は、そうしたものの積み重ねこそが、将来的に確かな強さを手に入れるために必要なものだと語り、その時一緒にいた千冬もそれに同意している。その言葉もまた、一夏の原動力となった。

 自分は、弱い。ならば自分が強くなるためには、誰よりも努力しなければならない。それが道理だ。そしてそうであるならば、常に、自分は他の誰よりも遅れているという意識を持っていなければならない。そもそも、男性操縦者という存在は、偶発的に生まれた存在なのだ。努力し続けなければ、このIS学園の試験を突破して入学してきたであろう普通の生徒たちを愚弄しているようなものなのだ。

 だから、努力する。だから、強くなる。全ては、誰かを守るため、そして自分の想いを貫き通すためなのだ。どんなに笑われようとも、どんなに否定されようとも、決してそのことを諦める気はないし、それを目指す自分の意思を曲げることなどしない。何故ならば、()()()()()()()()()()()()のだ。自分が自分であることを証明するために、自分は誰かを守らなくてはならない。だから、それが出来るようになるために、力を求めているのだ。

 雪片で剣術の型をなぞるように振るいながら、そう考えた一夏は、その考えを頭の隅に留めながら、ただひたすらに訓練へと没入していった。

 

 

 

 一夏が山田先生との特訓を始めてから、二週間経った。世間の一般的な高校では、もう夏季休業に入っていた。彼が通うIS学園でも、そうした世間の流れに倣うように、二日前に夏季休業に入った。IS学園に入ってから最初の長期休暇に、今年入学の生徒たちは、各々の予定を確認しながら、これから始まるであろう夢のような日々へと思いを馳せた。そして、それは天原春輝も同様で、これから過ごすヒロインとの夏の日々を想像しては、顔をにやけさせていた。

 そんな喧騒の中でただ一人、一夏だけは表情を変えずにいた。現在彼の頭の中にあるのは、今日行うべき特訓、もしくは自主練や勉強の内容だけだった。世間が夏季休業に入ったとはいえ、そんなこと彼にとっては関係がないのだ。強くなる、そのためにも訓練をする。ただそれだけだ。否、()()()()()()()()

 この二週間という時の中で、一夏は山田先生との模擬戦において互角の戦いができる域にまでその実力を伸ばしていた。更には、仮想ターゲットを全機撃墜する訓練でも、他の専用機持ちに迫るようなタイムを記録している。しかも、それを彼は近接ブレードである雪片弐型のみで成し遂げているのだ。その様子を間近で見ていた山田先生は、改めて一夏のポテンシャルに舌を巻いた。そしてそれと同時に、今の彼の訓練に対するのめり込み様に、一抹の不安を抱えていた。

 その不安を抱いたのは、正しい感覚だといえよう。何故なら、必死に特訓をする一夏の心には、ある感情が生まれていたからであり、それは五日前の特訓が終わった時に芽生え始めたものだからだ。

 その日の特訓は、最後に模擬戦をやって終了になった。その模擬戦で、ようやく一夏は山田先生と互角に戦えていることを自覚するに至った。その事実に一夏は、表情には表さないが、心の中では喜んだ。自分が強くなっているという実感を、ようやく形ある結果として認識することができたからだ。

 だが、そのことを実感するのと同じくして、一夏の心は渇きにも似た物足りなさを覚えていた。その渇きは、自身の心の奥底から沸き上がってくるものであり、その渇きが沸き上がれば湧き上がるほど、自分はまだ強くはない、力など未だにないのだという考えが浮かんできてしまうのだ。何故、そんな焦燥感と言えるような感情が沸き上がってくるのか、皆目見当もつかない一夏であったが、その感情によって、自身の実力に不安を覚えているのは確かなのだ。

 ――だから、彼は力を求め続けた。もっと強くなれば、この渇きを消し去り、自分が抱いている不安を拭うことができるのだと、盲目的に思い続け、特訓に埋没していった。その結果、一夏はさらに強くなった。しかし、それと同時に原因不明の焦燥感も、比例するように強くなっていった。そしてその焦燥感を払拭するために、何かに突き動かされるように訓練に取り組む。そして、強くなると同時に、さらに大きな不安と焦燥感に苛まれる。そんな負の堂々巡りに、一夏は囚われ始めていたのだ。

 

 そして、一夏の変化はそれだけではなかった。彼が強さを求め、訓練に没頭していくにつれて、あるものを失いかけているのだ。それは、人が人間関係を築いていく上で、とても重要である要素であるものだ。そして、一夏は自分の心の内の不安と焦燥感に目を向けすぎており、自分の()()の変化とも呼べるそれに全く気付けないでいた。

 彼が失いかけているもの――それは、表情だ。ほとんど泣かないのは、昔から変わらない。しかし、彼は特訓を受け、力をつけてから、まずほとんど怒りをあらわにすることがなくなった。次いで、自らの心に芽生えた不安と焦燥感を自覚してからは、笑顔を見せることがなくなった。

 そして、そうした感情を払拭しようと抗っている今では、何かに対して思いつめた表情を浮かべる以外に、表情の変化は無くなってしまった。人形とまではいかないが、それを思わせるような無表情。たまに表情を変えたかと思えば、なにか思い悩んでいるかのような表情しか浮かべなくなっていた。しかも、そうした自分の変化に、彼自身は全く気が付いていないのだ。そして、彼の様子を傍から見ている周囲の人間は、そんな変化に困惑していた。

 そうした困惑が最も大きいと思われる人物が、彼の特訓を見ている山田先生だろう。彼女は、彼が刻一刻と変化していく過程を、最初からその目で見ていたのだ。しかし、彼女は彼自身が言った無理をしていないという言葉と、自分の生来の性格から、彼の内面になかなか踏み込めないでいた。それが悪手だということは理解している。しかし、下手に彼の心に踏み込み、今よりも事態を悪化させることだけは避けなければならない。そうした考えから、今の彼女はともに訓練をしている一夏の様子をつぶさに観察し、それらを事細かに千冬に報告することしかできないでいた。

 しかし、報告を受けている千冬自身はというと、そうした一夏の現状を理解した上で、様子見という選択をとっているのだ。本当は、力ずくでも一夏のことを止めたいと思っているのだが、彼女の場合、彼に強くなりたいと請われた身であるのだ。色々と思うことはあれど、教師として、そして一人の姉として、彼の覚悟を止めるのはいかがなものだと思い、あの時は何も詮索はせずに受け入れたのだ。あの時の選択も、そして今の選択も、もしかしたら間違いであるのかもしれない。それでも、千冬は一夏を見守ることにしたのだ。今でも歯がゆい思いで一夏の変化を見ているが、それでも一夏であれば、自分の弟であれば、必ず正しい道へと進んでくれる、そう信じているのだ。だから、彼女はまだこの問題を静観しているのだ。

 

 だが、一夏のことを心配しているのは、彼女たちだけではないのだ。彼のクラスメイトたちもまた、彼の変化に困惑し、何かあったのではないかと不安に思っているのだ。彼女たちもまた、入学当初から彼のことを見てきた者たちである。そうであるから、臨海学校の後の塞ぎ込んだ姿も、彼が山田先生との特訓を始めてから、日に日に様子がおかしくなっていく様も、その目で確認していたのだ。

 その二つのことに関して、彼女たちは心からの善意で、一夏にその理由を聞こうとしたことがあった。しかし、実際に彼女たちがそのことに関して聞いてみても、当の一夏はなんでもないという一言で言葉を切り、すぐに自分のことに戻ってしまうので、彼女たちは一夏に起こっていることがどのようなことであるか、未だにその全容を把握できないでいた。

 そして、そんな刻一刻と変わっていく状況の中において、全く変わらずに日々を過ごしているのは、臨海学校のあの時に、自らの言葉で一夏を追い詰めた天原春輝と、彼の周りを取り巻く専用機持ちの少女たちだけであった。彼らはそうしたことが起こっていることを気にもとめず、この瞬間が最も大事だと言わんばかりに楽しいひと時を過ごしていた。そんな彼らのスタンスは、悪く言ってしまえば、他の人間のことなどどうでもよく、自分たちさえよければそれでいいと言っているようなものだ。それは、過去に想っていた幼馴染であっても、自分のことを想っていないとわかってしまえば、簡単に手放したことからも、容易に分かることだ。

 

 そうした彼らのことを、一般生徒は()()()と影で呼んでいた。理由としては、彼らの中心人物である春輝の様子からだ。確かに彼は、容姿が整っており、その表情も柔らかく、性格もわかっている範囲では好青年であると言える。しかし、よく浮かべている人の良さそうな笑みには、全く暖かみを感じず、何を考えているのかわからない雰囲気を醸し出しており、時々彼が一般生徒である自分たちに向ける視線が、まるでものを見ている様に感じるのだ。

 その二つの点から、彼と自分たちでは住んでいる世界が違う存在である様に感じてしまうのも無理はない。しかし、いくらわけのわからない存在であっても、それだけで彼女たちが彼のことを宇宙人と呼ぶことはない。本当の原因は、彼の周りの人間関係にあった。

 彼の周りには、常に専用機持ちの少女の誰かしらがいるのだ。それは、専用機を持たない普通の生徒である彼女たちからしたら、貴重な男性操縦者の一人を、専用機を持っているというだけでほとんど独占しているに等しいのだ。そんな彼の周りに存在している彼女たちを妬んだ一人の生徒が、彼女たちを貶めるために、彼女たちがご執心である彼のことを宇宙人と影で呼び始めたのが、始まりだった。そして、その呼び名は瞬く間に全学年の一般生徒に広がっていき、今ではその呼び名で彼と専用機持ちの少女たちに対して影口を叩くのが、普通になってしまった。

 訓練をしないのに、誰よりも強い。専用機持ちと関わり、彼女らの心を瞬く間に掴んでいく。そんな所業を春輝は普通の生徒がどう思うかも考えずに行っていたのだ。加えて、彼は一般生徒に全く興味を持たず、むしろ路肩の石のように見ていたことが、そのような呼び名で呼ばれるようになってしまった原因であるのだ。

 

 対して、一夏に対する呼び名は、()()()というものが一般的だった。アリーナに行けば見ることができる、訓練に対して鬼気迫る感じの取り組み具合。そして訓練を重ねるごとに普段浮かべている表情が、どんどん思い詰めたものへと変化し、いつしか平常時でもそうした表情でいることのほうが多くなってしまったことから、常に強さを求め、努力している彼の姿を、純粋にすごいと感じて、そう呼んでいるのだ。

 しかし、そうした彼の努力を見ている生徒たちは、その努力を評価している反面、訓練を続けていくうちに、いつしかその強さを求める思いに押しつぶされ、心が壊れてしまうのではないかという不安を抱いており、心配で気が気ではなかった。そして、そうした心配から、彼にそのことを指摘し、少しでも彼に休息を取らせようとしても、彼は自身のことに精一杯であるのか、取り付く島もない。ただ、行事等の伝言といった大切な話はしっかりと聞くので、一般生徒である自分たちを拒絶しているというわけではないのだ。そのことが分かってから、彼に対する好感度は、学年という壁を隔てなく、高くなっているのだ。

 自ら進んで訓練を行い、力を求める。あまり世間話をしないが、大切な話はしっかりと聞いてくれる。そうしたストイックさは、今まで女子しかいなかったIS学園では、どこか新鮮なものだった。それと同時に、こうした男子がまだ世の中にいたということに、一般生徒の大多数が驚いたのだ。一夏のそうした要素と、春輝の一般生徒に対するものを比べてしまえば、どちらをよく思い、憧れを抱くかは、一目瞭然であった。

 

 

 

 ――ただ、当の一夏はそんなことを全く気に止めず、訓練に没頭していた。

 その姿を、影から不安そうに見つめるクラスメイトたちの視線に気づかずに……

 

 

 

 

 




よく考えて欲しい、物語の世界で生きている人間のうち、その何割がメインキャラクターであるのかということを。
――おそらく余裕で一割切ってるから。

そういったことで、今回は所謂一般生徒、物語的に言うと、モブキャラに相当する彼女たちにスポットを当てようと思っています。
と言っても、そんな彼女たちから代表で一人か二人ですが。
ヒロインって感じじゃなく、あくまでクラスメイトみたいな感じで描写できたらいいなと思っています。

そうした方針ゆえ、楯無さんは犠牲になったのだ。すまぬ、すまぬ……

最後になりましたが、ここまで読んで下さり、どうもありがとうございます。
よろしければ、読んだ感想をいただければ幸いです。
次回も、どうぞよろしくお願いします。



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。