かくして彼は、たどり着く   作:リディクル

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今回はほかの話に比べれば短めだと思われます。
しかし、書きたいことを書いていたら、後半がかなりグダってしまいました。
――あと、今回の話はアンチ・ヘイト作品を書いている人にぜひ読んでもらいたい話です。

それでもよろしければ、どうぞ。





上を向いて、星を見上げる

 

 

 

 楽しかった時が終わり、一夏たちがIS学園の校門前まで戻ってきた時には、もうすぐ太陽の淵が地平線へとかかろうとしている頃だった。一夏の前を歩く三人が口々に今日のことを話しているのを見ながら、一夏は今日のことを思い返していた。

 昼ご飯を食べたあとは、駅前の映画館でさゆかが見たかった映画を見た。その映画はこの御時世では珍しく、男性を主演としたものだった。また、ジャンルもISの登場で勢いを盛り返したSFではなく、少し時代背景の古い伝奇ものであったのだ。最初にこの映画を見たいと言われたときは、彼女はこのようなジャンルが好きなのかと素直に驚いたが、いざ映画が始まってみると、その作り込み具合に物の見事に引き込まれたが、それよりも主人公のキャラに引き込まれている自分がいた。

 

 今回見た映画の主人公は、文武共に極めて優秀な人物であり、曲がったことや非合理なことなどが嫌いで自他共に厳しいが、そうした辛辣な言動は冷淡さの表れではなく、困った者を放っておけないという彼の持つ面倒見のよさの裏返しなのだ。そうした真面目で堅い言動から、作品のことをよく知らない人が見れば、彼のことを良家の子息と勘違いしてしまうだろうが、実際は決して裕福と言えない母子家庭育ちであるという設定であり、その部分が、物心着いた時から姉と二人で暮らしていた自分と似通っていると感じた。

 しかし、物語を通して彼の人間性を見て、そうした部分を抜きにしても、まるで自分とは正反対な人物だという印象を、一夏は心の中で抱いた。何故なら、自分は、文武共に優れているとは言い難いし、自分にも他人にも甘い人間なのだ。また、そうした観点から、一夏はその映画の主人公に一種の憧れとも言える感情を抱いたのだ。そして、彼は自分とはかけ離れた人物なのだと、その時は思っていた。

 しかし、映画の終盤、その考えは見事にひっくり返った。

 主人公には、ほとんど生き別れになったような父親がいる。その人物は、有名な学者であり、宗教学、社会心理学、考古学、民俗学といった文化人類学全般の分野で名を馳せた天才であったが、相当な人嫌いな上に凄まじいまでの利己主義者であり、高慢を絵にかいたような性格であり、息子である主人公に対して欠片ほどの愛情も示さず、また主人公を含め全ての他者を自分のための道具としてしか見做していない人物だ。

 その父親と、主人公はある理由から度々ことを構えることとなるのだが、あるとき主人公は一つの試練を受けることとなる。

 その試練の内容は――父を許すこと。主人公にとっては母を蔑ろにし、そして捨てた怨敵とも言える父親という存在を受け入れ、許す。それが、彼に課せられた試練だったのだ。

 当然、主人公は悩んだ。そして悩みに悩んだ末、彼はある答えを出す。

 それは、親がいなければ子がいないという、ある種当たり前のようなものだ。しかし、主人公は、このような父でも、彼がいなければ自分は生まれなかったのだと苦しみながらも悟ったのだ。その思いを胸に試練を超えた主人公は、ある言葉を口から紡ぎ出す。

 

 ――親父。俺は、あんたの息子だったよ。

 

 ただの短いその言葉が、主人公がどのような存在であるかの集大成のように、一夏には聞こえた。生まれも育ちも、ある程度までしか選ぶことはできない。だが、それを誇るか唾棄するかは、その人物がそれに対してどう向き合うかによるものだと、思い知らされた。

 だから、一夏は映画の主人公である彼と自分を重ね合わせ、考える。自分はどうであるのか、彼にあって自分にはない、そして自分にあって彼にはないものはなんであるのか、考え続けた。自分の今までの生き方を誇ることができるのか、自分という存在が、どのようなものであるか、わかっているのか。

 わからない。自分はなんであるのか、過去どのような人間であり、今このような人間で、これからどのような人間になりたかったのか、全く頭に浮かんでこなかった。

悩んで、悩んで、一夏はある一つの考えに行き当たり、それを実行に移していた。

 

「――なあ、相川さん」

 それは、他人に自分のことを聞くということだ。いつもだったら他人に頼ることを極力避け、自分で答えが出るまで悩み続ける一夏であったが、その時は珍しく他人に聞くという行為を忌避することはなく、言葉を発していた。

 一夏に呼ばれ、清香は彼の方へ顔を向ける。そんな彼女の行動につられるように、他の二人も一夏の方へと顔を向ける。純粋な興味をその内に秘めている三対の瞳が、一夏を見る。それに少しだけプレッシャーを感じながらも、一夏はゆっくりと言葉を続ける。

「俺って、どんな奴だと思う?」

 一夏の言葉が意外なものだったのか、清香はきょとんとした表情で目をぱちくりと瞬きさせた。本音は首をかしげながら難しい顔をして、さゆかはそんな二人の様子を交互に見ながら困惑しているようだった。

「それってさ~」

 そんな中、最初に言葉を発したのは本音だった。

「おりむーが私たちにどう思われてるかってことだよねー」

「ああ、のほほんさん。その通りだ」

 本音の言葉を、間髪入れずに肯定する一夏。そのやりとりでようやく何が論点であるのか把握したさゆかが、なるほど、と呟いて何かに納得したような表情に変わった。

「えっと、正直に言っていいのかな?」

 何か言いづらそうなことがある表情をしながら、清香は一夏に問う。

「そうしてくれると助かる」

 元より、そう言われるのは覚悟の上で自身は問いかけたのだ。否定されることは承知の上――否、()()()()()()()()()()()()()()。だから、何を言われても、大丈夫なのだ。少なくとも、今は。

 一夏の言葉を聞き、少し迷うように視線をさ迷わせた後、清香は観念したように語り始めた。

 

「――織斑君には悪いんだけどさ、訓練してる時とかの雰囲気が、正直怖かった」

 その言葉は、覚悟していた。周りのことなど考えていなかったとは言いながら、本当は頭の隅で、もしかしたらこう思われているのではないか、と考えていた。だから、そう言われても、表情を変えることなく彼女の言葉を受け入れることはできた。しかし、こうして面と向かって自分のことを言われるのは、実際に分かっていても精神的にくるものがあった。

 そんな彼の心の内がわかっていても、清香は言葉を続ける。

「それとさ、たまに考え事をしてる時の雰囲気が、なんか悲しそうに見えてた」

 まっすぐと見つめられて言われたその言葉に、一夏は虚をつかれたような表情をした。確かにあの時以来考え事をすることが多くなったが、周りからそう見られていたのは意外だった。というよりも、そんなこと考えている余裕など、全く一夏にはなかった。だから、こうして面と向かって言われて、一夏は驚いたのだ。まさか、自分がそう思われているなど、思いもしなかったのだ。

 そんな彼の様子に構うことなく、さらに清香は続ける。

「何かあったんじゃないかって、クラスのみんなで話してた。それに、そんな織斑君を私たちは見てることしかできなくて――悔しかった」

 彼女の吐露した言葉に、一夏はあの臨海学校の時よりも打ちのめされた気分になった。誰かを守るために力を求め続ける自分の態度が、結果的に守るべき対象であるはずの彼女たちを心配させていたのだ。そんなことになっているなど知る由もなかった彼は、そんな彼女らの真実を知り、全く自分は変わることができていないと考え、自分に対しての不甲斐なさで、心が後悔で満たされそうになった。

 

 しかし、後悔とともに俯きかけた彼に対し、でもね、と今度はさゆかが言葉を紡ぐ。

「怖かったけど、訓練を頑張っている時の織斑君、とってもかっこよかった」

「うんうん、クラスのみんなもおりむーの頑張ってるところ見てかっこいいーって言ってたよ」

 さゆかと本音の言葉に、一夏は俯きかけていた顔を上げ、二人の方へと視線を向ける。彼女たちもまた、彼のことを見つめており、その顔には優しげな笑顔を浮かべていた。彼女たちのその様子と、先ほど紡がれた言葉が、一夏の心を覆いかけていた後悔の闇に、一筋の光として射し込んだ。

「……そうなのか?」

 小さく、しかし彼女らにも聞こえるくらいにはっきりと、一夏は呟く。その言葉が届いたのか、清香は笑顔を浮かべ、言葉を紡ぐ。

「織斑君と、天原君との間に何があったかなんて、当事者じゃない私たちにはわからないし、そのことを詮索するつもりもないよ、でもね――」

 清香の言葉を引き継ぐように、さゆかが口を開く。

「私たちも、クラスのみんなも、織斑君が思っている以上にあなたたちのことをしっかり見てるから、異変なんてすぐに気付けちゃうんだよ」

「だからね、おりむー」

 いつの間にか目の前に来ていた本音が、一夏の両手を取る。余った袖に隠されていない、彼女本来の両手で――

「たまにでいいから、私たちを頼ってくれると嬉しいなーって、困ったことがあったら、私たちを頼って欲しいしー」

「なんか言いたいことがあったら、私たちが相談に乗るよ?」

「だから――」

 

 一人で抱え込まないで、私たちがついてるから。

 

 ゆっくりと、三人の言葉が一夏の心に染み渡っていく。その優しさと、暖かさが、彼の凍てつき、凝り固まった心を溶かし、解きほぐすには十分なものだった。それと同じくして、今まで彼の思考を覆っていた迷いが晴れていくのが、実感できた。迷いが晴れた彼の思考は、ゆっくりと、しかし正確に自分自身のことを整理することができた。これから自分はこうあるべきで、今の自分はこうであって、過去の自分はどうであったのか、それらの問いに対する答えを、すぐに導き出すことができた。その末に、彼は自らが探し求めていた答えを、ようやく見つけ出すことができた。

 そうしてその答えに行き着いた時、彼の口は自然と言葉を紡いでいた。

「――わかったよ」

 その言葉には、二つの意味があった。

 一つは、彼女らが頼ってほしいという願いに対する肯定の意味での言葉。

 もう一つは、自らが見失っていた、()()()()()()という問いに対する答えを見つけたという意味での言葉。

 ――自分は、彼女らとの日常を守りたかったのだ。それ以上でもそれ以下でもない。IS学園には、専用機を持たない生徒がほとんどだ。それは即ち、平常時のときは戦闘能力を持たない生徒の方が多いことに他ならない。いや、戦闘能力を持っている専用機持ちの方がそもそもおかしい存在なのかもしれない。そのことを、一夏は見失っていたのだ。力があるのが当たり前ではない。むしろ、()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。そのことを完全に忘れていた。恥ずかしい話だ。

 そう考えながら、一夏はふと臨海学校での出来事を思い出していた。

 それは、箒に対して専用機が与えられることとなった時に、それを羨んだ一般生徒たちに対して、篠ノ之束が言った言葉だった。

 

 有史以来、人間が平等であったことなど一度もない。

 

 あの時はその意味がよくわからなかった。彼女が自身の才能を尺度にそう言ったのだと思っていたのだ。しかし、今の自分ならば、彼女のその言葉にこう返すだろう。

 

 それでも、人は生きていくのだ。

 

 力など、無い事の方が当たり前なのだ。しかしそれでも、人は生きていけるのだ。時に奪い合い、時に助け合い、自分にはないものをどうにかして補おうとする。それを進化と呼ぶか、簒奪と呼ぶか、はたまた補填と呼ぶかは、今を生きる人間一人一人の考えの違いによる変化でしかない。元の思想はただ一つ、求めて――手に入れる。ただそれだけだ。

 そして、一夏もまたその考えに従い、()()()()()()を求めたのだ。そして、彼にとっての守ることとは、即ち敵を排することに他ならない。何故、敵を排するのか。何故、誰かを守るのか。それら二つの問いに対する答えは、()()()()()()()()()()という思いに集約される。そして、その思いを形とするために、彼は力を求めたのだ。それこそが、彼が力を振るうべき理由なのだ。

 そう考えるのと同時に、一夏の脳裏には、天原春輝と彼の周りを固める専用機持ちの姿が浮かんだ。彼らのことを思うと、今でもはらわた煮えくり返る思いがこみ上げてくる。しかし、それと同時に彼に理性が、彼らもまた自身の大切な日常の一欠片であるのだと囁きかけてくるのだ。

 確かに、彼らは憎い。だが、敵ではない。ならば、彼らとどう付き合っていけばいいのか。それを考え続け、やがてある答えを一夏は導き出した。

 

 それは即ち、自らの感情を飲み込み、彼らも守るという気概を持つこと。

 それこそが、彼らという存在に対する向き合い方であり、自身が目指すべき()()()()の姿であるだろう。憎いからといって守らなければ、そこから自らの日常が崩れ去ってしまうかもしれない。ならば、守るまでだ。それを気づかせてくれたのは、他でもない目の前にいるクラスメイトであるのだ。

 

 だからこそ、一夏は様々な感情を込めて、言葉を紡ぐ。

 

「ありがとう」

 

 いきなりの感謝の言葉に、最初はきょとんとしていた彼女たちであったが、その表情はすぐに満面の笑顔に変わり、口々に一つの言葉を紡ぎだした。

 

 ――どういたしまして。

 

 

 

 

 




――許すこと。
それは下手なアンチ・ヘイトよりも書く事が難しいものであると考えています。
憎いから排除するのは簡単です。しかし、それでは生産的ではない。
憎くても、それを飲み込んで受け入れてこそ、真の強さと言えると思います。
決して救済ではなく、かといって断罪でもない。
『そして花は開く』ではたどり着けなかった境地に、今作の一夏は到達しました。

話は変わりますが、作中で出てきた映画の内容には、ちゃんとしたモチーフがあります。
多分、分かる人にはわかります。セリフとかそのまんまですし……

最後に、ここまで読んでくださってどうもありがとうございます。
次回が最後なので、そこまでお付き合いして頂ければ幸いです。
感想も待っていますので、どうぞよろしくお願いします。



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