「 貴女の夢を見るよ ずっと…ずっと…傍にいてくれて ありがとう 」
風鳴翼は歌い始める。4年前の悲劇によって亡くした片翼を想いながら。
「 貴女の温もりを抱いて 先へと進むよ 」
今、あの惨劇のライブ会場で、天羽奏追悼ライブが始まる。
「 この温もりを次は私が 私が伝播させる 翼に乗せて 」
奏…私は…生きて、生きて、生ききるよ…仲間と、皆と一緒に…!
ライブ会場のVIPルームに立花響・雪音クリス・月読調・暁切歌はいた。
「すごいデス!悲しい歌だけど、元気になろうって思えて…とにかくすごいデス!」
「これが…トップアーティスト…」
一曲目を聞き終えた切歌と調は興奮と感嘆を隠せずにいる。
本来ならそこにもう一人混ざりそうなものであるが、響の顔は暗い。
「らしくねーぞ」
クリスが問いかける。理由は分かる、分かるからこそ口を開いた。
このライブは天羽奏の追悼だけが目的ではない。
先輩は…被害にあった皆が先に進めるように…笑顔になれるように、歌っているのだから。
それに、森岡の叔母の入院で来られなくなった小日向未来の分も自分が、という思いもある。
「昔ここで色々あったから…私はここで、奏さんからガングニールを受け継いで…」
4年前、この会場で翼と奏のユニット、ツヴァイウィングのライブが行われていた。
その会場で発生した特異災害、人のみを炭素と変えるノイズの襲撃に響は巻き込まれた。
死の危機に瀕した響をノイズから守るために奏は命を燃やし、今ここに響は生きている。
「今でも思うんだ…もし私がいなかったら、奏さんは今でも生きていたんだろうなって」
「あの事件は!全部フィーネが悪いんだ…お前が気にすることねぇんだ…」
ライブの裏で自衛隊によって行われた「Project:N」、完全聖遺物ネフシュタンの起動実験。
その成果物を奪うために、先史文明期の巫女フィーネによってノイズが放たれた。
それがライブの惨劇の真実である。
「それでも…」
「皆、久しいな!」
突然VIPルームの入り口が開かれた。
「翼さん!」「先輩!」「うおーーーートップアーティストデス!」「切ちゃん!」
そこには先ほど一曲目を終え、次のアーティストにバトンを繋いだ翼の姿があった。
「次の出番まで時間があるから、ここで皆と見るのも悪くないかなと思ってね。
今日のチャリティライブには多くのアーティストが来てくれた。
今歌ってるのは「ヒンメル・アンド・ヘル」だな。
トラックライブで人気急上昇中のバンドらしい」
心ここに非ずだった響はステージに目をやる。
そこには天使の羽のようにフサフサとした長い髪を二つに結った長身の少女と、毛先のはねた短い髪の目つきの悪い少女がロックアレンジの『ORBITAL BEAT』を熱唱していた。
「すごい…!」
「天国と地獄…、その名の通り、優しく包み込む歌声と荒々しくて力強い歌声だな」
「でもその歌声が上手く調和してる!」
「まあ私と調には叶わないデース!」
先ほどまでの暗い雰囲気は消え、皆歌に聞き入った。響の顔からは笑みがこぼれた。
「…さて、私はそろそろ戻るとしよう」
「え、翼さんもう行っちゃうんですか?」
「今頃マリアが寂しがっているかもしれないからな」
響を気にかけて見に来た翼であったが、一先ず安心して皆に背を向ける。
( 頑張ってね、剣ちゃん )
ふいに翼の耳に、あまりいい意味ではなく聞きなれた声が聞こえた気がした。
だが振り返るも、そこには手を振る4人がいるだけだった。
聞き間違えかな? そう思い、翼はVIPルームを後にした。
「待たせたなマリア」
ステージ裏に戻った翼はマリアと合流を果たした。
「もう、遅いわ。そこばく心配したんだから」
「ふふ、そこばく、ね」
翼に合わせようと古語を使うマリアを愛おしく思いながら、翼はステージに向かう。
「もうすぐ私たちの出番ね。ねえ翼、天羽奏とはこんな時、どんなことを言っていたの?」
「両翼揃ったツヴァイウィングなら何処までも遠くへ飛んで行ける…」
懐かしみながら翼は口にする。それが奏のライブ前の最後の言葉だ。
「どんなもので、超えてみせる!」
続く言葉はマリアが発した。マリアは本能的に感じたのだろう。
奏…見ていて…私と新しい相棒のステージを…。
「 空を舞う灰色の雪 ヒラリ 」「 ヒララ 」「 ヒララリラ 」
「 掻き集めて達磨を作れど 」「 そこに心はもうない 」
『Grau Snow』…奏が作詞した、奏曰く自身の成長の歌だという。
「 私は一人、独り残された 」「 あの温もりに触れることはもうない 」
「 深い悲しみの焔で 」「 激しい怒りの焔で 」「 全てを焼き尽くす 」
「 でも世界は貴女を独りにはしない 」「周りを見れば、そう新たな出会いが 」
「 守りたい 」「 守りたい 」「 全てを包み込む 」
ノイズにより家族を失ったからこそ書けた歌、家族を失ったことのない翼一人で背負うのは重たいが、マリアと二人ならばこの歌をまた歌えると、皆を励ますこの歌を歌えると、そう思った。
「 空を舞う桜の吹雪 ヒラリ 」「 ヒララ 」「 ヒララリラ 」
「 土に還り 」「 次の命へ 」「「 繋ぐよ温もりを 」」
そして歌い終わる。レーザービームに照らされて。多くの観客の完成に包まれて。
二人は顔を見合わせ、そして観客に大きく手を振る。
その時突如、ステージに何かが投げ込まれた。
それは爆発し、そして、ステージ上は煙に包まれた。
同刻。ライブ会場屋上に、彼女はいた。
「ついにこの時が来たわ…」
一人しかいない彼女は、スナイパーライフルを構える。
毛先のはねた短い髪のその少女は、スコープ越しに鋭い目でステージ上の煙幕を見つめる。
彼女は地羽伴、ヒンメル・アンド・ヘルのツインボーカルの1人であり、バンドでの名前はB。
煙幕の中に何かが突入する。
「やりなさい、K!」
刹那、ステージ上に竜巻が発生する。
煙幕が切れた先には、目を閉じ口を押え咽ぶ翼とマリア、そしてガスマスクをした数名の少女と、ガングニールを纏った少女Kがいた。
伴はガスマスクの少女のうち、手に聖遺物のペンダントを持つ少女に照準をあてる。
計画通り…。伴はほくそ笑み、引き金を引いた。
だがその弾丸は、目標に当たることはなく…射線に割って入った翼の胸に飲まれた…。