BLEACHの世界でkou・kin・dou・ziィィンと叫びたい   作:白白明け

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原作を早く開始したいので駆け足です。
場面の違う小話が三つ。読みづらくて申し訳ありません<(_ _)>


別れ方と出会い方

 

 

 

 

 

 

甘い花の香。俺が一番好きな匂い。

阿片窟(とうげんきょう)を思い出す香りと共に眼を覚ませば、そこには卯ノ花烈の後ろ姿があった。白い隊長羽織を脱ぎ黒い死神装束だけに身を包んだ卯ノ花烈の姿は珍しい。

常時戦場の心掛けからか、卯ノ花烈は瀞霊廷内で隊長羽織を脱ぐことはほぼ無い。

常にその身体を隠している布一枚が取り払われた、この姿を見た者は一体瀞霊廷内に何人いるのだろうかと、あるいは俺が唯一なのではないかと、そんなどうでもいい優越感は、しかし、意識を失う前のことを思い出し霧散した。

 

「っ!卯ノ花」

 

「お目覚めになったのですね。風守さん」

 

「ああ、それより、卯ノ花」

 

「わかっています」

 

俺が意識を手放す前の光景。白い仮面が躍るその光景の顛末はどうなったのかと焦る俺を制するように俺の身体を卯ノ花烈は布団に押しとどめる。

その上で真剣な面持ちで俺に語り始めた。

 

魄睡(はくすい)を貫く深い傷。常人なら指先一つ動かすことの出来ない傷を貴方は負っています。しかし、それでも動くなと言って聞く貴方ではないでしょう。事の顛末は全て隠すことなくお伝えします。ですので、どうか安静に」

 

「………わかった」

 

渋々と頷く俺に卯ノ花烈は安堵したように表情を緩めた後、笑顔で続けた。

 

「では、服を脱いでください」

 

「え?」

 

「傷の治療をしながらお伝えしますので」

 

「あ、ああ」

 

死神装束の下に着ていた白い下地を脱ぎ、卯ノ花烈に肌を晒し背を向ける。

卯ノ花烈は俺の背に触れながら俺が意識を失っている間の話を始めた。

 

「まずは貴方が一番気になっていることをお伝えします。九番隊隊長、六車拳西並びに久南白の霊圧の異常を感知した九番隊の待機陣営からの報告を受け、私達はすぐさま調査の為に隊長格六名を異常が感知された現場へと向かわせました。しかし、彼らは現場に近づくことは出来ませんでした」

 

「…俺の『鴻鈞道人』の能力の所為だな?」

 

「はい。報告を受け、すぐさま追って山本総隊長が現場に駆け付け『鴻鈞道人』の能力を解除しましたが、そこにはもう貴方以外の姿はなかったそうです」

 

『鴻鈞道人』の発生させた阿片の毒が周囲を包む光景を思い浮かべながら、俺は苦々しく顔を顰める。

 

「…悪い。俺の自衛が裏目に出たな。捜索までに余計な時間を掛けさせた」

 

「いえ。むしろ貴方がこうして瀞霊廷に帰ってきた功績は大きいと、山本総隊長は仰っていました」

 

「…言い過ぎだろう。隊長格三人を謀った相手。俺の身体よりそいつを捕えることの方が重要だった筈だ」

 

「ええ、確かに。護廷の秩序を考えるのなら、”隊長格三人を謀った”下手人の身柄と貴方の身体なら、天秤は下手人の方へと傾いていたのでしょう」

 

含みを持たせる卯ノ花烈の言い方に俺は訝し気に眉を潜めた。

 

「…俺達が襲われた以外に、何かあったのか?」

 

「はい。…山本総隊長が現場に到着し『鴻鈞道人』の能力を解除した後、その場に先んじて到着していた六人の隊長格による現場周囲の捜索が行われました。その際に、新たに六名の犠牲者が出たのです」

 

「な、まさか、捜索に出た六名全員が」

 

「はい。私は瀞霊廷内で現場周囲の霊圧を探っていたのですが、貴方の傍で待機し報告を待っていた山本総隊長以外の全員の霊圧に異常を感知した後、六名全員の行方を見失っています」

 

「なんだ、それは、どういうことだ。繡助達を含めて九人もの隊長格が謀られたのか?」

 

「はい。残念ながら、私達は全員、今回の事件の黒幕とも呼べる者の掌で踊らされていたようです」

 

無力感で遠のく意識をとどめる為、俺は無意識の内に肩に添えられていた卯ノ花烈の手に自分の手を重ねていた。握り返されるその手の感触で幾ばくかの冷静さを取り戻しながら、俺は卯ノ花烈に問いかける。

 

「護廷十三隊を虚仮にした者の名は?あの山本重國が動いたんだ。正体は暴けたんだろう」

 

「はい。下手人の名は、十二番隊隊長、浦原(うらはら)喜助(きすけ)。瀞霊廷内での待機を命じられた彼の姿を山本総隊長に同伴した部下の内の十二名が現場周辺で目撃。そして、十二番隊隊舎の研究棟から今回の事件、”虚化”と称される現象の研究と(おぼ)しき痕跡が多数発見されたそうです」

 

卯ノ花烈から告げられた護廷十三隊隊長の裏切り。俺が考えていた最悪の事態の一つを告げられても、俺にはもう驚きは無かった。これだけの大事。相応の立場を持つ者でなければ計画することが出来ないのは分かり切っていた。

 

「浦原喜助の身柄は?」

 

「残念ながら」

 

卯ノ花烈は首を振る。

 

「どうやら彼には協力者がいたようなのです。一度は捕えられ中央四十六室へ連行されたのですが、浦原喜助は共に禁術行使の罪で捕えられていた大鬼道長(だいきどうちょう)握菱(つかびし)鉄裁(てっさい)と脱走し行方しれず。また二人が消えたのとほぼ同刻に二番隊隊長兼隠密機動総司令官、四楓院夜一が姿を消しています」

 

「鬼道衆と隠密機動の長まで裏切ったか。く、く、」

 

思わず漏れる感情を抑える為に俺は振り返り、卯ノ花烈の胸に頭を預ける。

 

「卯ノ花。怒りとは不思議なものだな。ある一定の境界を過ぎれば、思わず笑みすら零れてしまう。ああ、全く、こんなことなら山本重國の”新しい時代の死神達を見極めよ”という命令にもっと本気で取り組んでおくべきだった」

 

笑える程の失態だった。俺は今、自分が殺したいほど許せない。

千年掛けて築いた護廷十三隊(このユメ)の形が大きく歪んでしまった。

後悔しかない黒い色に沈む俺を押し止めたのは卯ノ花烈だった。

卯ノ花烈は俯いた俺の両の頬に両の手を添え顔を上げさせると、唇を重ねてくる。

 

感じた感触と味は一瞬。

 

直ぐに卯ノ花烈は唇を離し言った。

 

「それは貴方一人が抱えるべき後悔(もの)ではありません。護廷十三隊(あなたのユメ)に集う全ての者に、そして私にも委ねてください。貴方は、一人ではありません」

 

---阿片窟への風穴を守っていた頃とは違うのですよ。

 

そう続いた卯ノ花烈の言葉に思わず絶句した後、俺は恥じた。

卯ノ花烈の言う通りだった。俺は何を焦り後悔していたのだろう。

姿が見えなかったせいで斬ることも出来なかった黒幕の正体は知れた。

取り逃がしたのは裏切者に仲間がいたから。二度目は無い。

焦ることは無い。後悔するには早すぎる。

俺には卯ノ花烈がいて、山本元柳斎重國がいて、雀部長次郎がいる。

千年を生き千年戦い続けた戦友(とも)がいる。

ならば、今は、たかが数百年しか生きていない小僧や小娘なんて恐れるに足りないと嗤うべきだ。

そして、今は---

 

「なあ、卯ノ花。少し、胸を借りていいか」

 

「はい」

 

---失った者たちの為に泣こう。

 

 

 

 

 

 

全てが終わった後のこと。

 

---お主を行かせる訳には行かぬ。

 

山本元柳斎重國にそう言われるのは、わかり切っていたことだった。

 

十二番隊隊長、浦原喜助による護廷十三隊への裏切り行為。それに随伴したのは二番隊隊長兼隠密機動総司令官、四楓院夜一。鬼道衆大鬼道長、握菱(つかびし)鉄裁(てっさい)

隊長二名に鬼道衆の長の反逆。逃亡した彼らを追う為の討伐隊に求められるのは、三人を敵に回しても勝てる力。

通常なら同格の隊長格複数名及び高位の席次持ち十数名での編隊を求められる事態だが、しかし、それが現状は困難であることはわかっていた。

 

浦原喜助らの反逆により現在の護廷十三隊は壊滅的な打撃を受けていた。

虚化(ホロウか)”と称されることとなった死神に(ホロウ)に近しいチカラを与えるという人体実験により、護廷十三隊隊長格計九名が犠牲となった。

 

三番隊隊長、鳳橋(おおとりばし)楼十郎(ろうじゅうろう)

五番隊隊長、平子(ひらこ)真二(しんじ)

七番隊隊長、愛川(あいかわ)羅武(らぶ)

八番隊副隊長、矢胴丸(やどうまる)リサ。

九番隊隊長、六車拳西。

九番隊副隊長、久南白。

十二番隊副隊長、猿柿(さるがき)ひよ里。

鬼道衆副鬼道長、有昭田(うしょうだ)鉢玄(はちげん)

特派遠征部隊副隊長、天貝繡助。

 

浦原喜助らの反逆行為により以上の多大なる損失を受けた今の護廷十三隊に、彼らを追う為に討伐部隊を組む余力は無く、護廷十三隊総隊長である山本元柳斎重國は人数の三分の一以上が減った寒々しい隊首会において護廷十三隊、ひいては瀞霊廷内の戦力の回復を急務とすることを決議。

それを中央四十六室の同意をもって指針と定めた。

 

故に俺が現世に逃げたと思われる浦原喜助らを追う為に進言した第九十九次特派遠征は山本元柳斎重國からの承認を得ることができなかった。

 

---風守。お主には暫くの間瀞霊廷内で働いてもらう。一時の事ではあるが、特派遠征部隊隊長の任を解き、隊長を欠くこととなった何れかの隊の隊長となってもらうつもりじゃ。わかってくれるな?

 

堂々と構えながらもどこか寂し気に髭を撫でながらそう言う山本元柳斎重國にまさか首を横に振れるはずも無く、浦原喜助らの反逆行為から一カ月が過ぎた頃、俺は『特派』の二文字ではなく数字を背負った白い隊長羽織を着て一番隊隊舎の見上げるほど大きな扉の前に居た。

 

「----それでは、これより新任の儀を執り行う。風守風穴!中へ」

 

扉の向こうの山本元柳斎重國から声が掛かる。俺はこれからこの広間の中に足を踏み入れ、名前くらいしか知らない隊長格たちの前に出ていかなければならない。いくら旧知である山本元柳斎重國や雀部長次郎や卯ノ花烈が居るとはいえ、人見知りで口下手で引っ込み思案な俺からすれば拷問の様な仕打ちだ。

だから数か月前、俺は似たような状況に置かれた時、逃げ出した。

しかし、今は逃げ出すことも出来ない。

数か月前のあの時には居た、この場を任せて安心できるような副官が居ないからだ。

 

「…駄目だな。こんな場面で、お前を思い出すとか、まだ俺はお前のことを引きずってるみたいだ。繡助」

 

引きずっている。未練たらたら。いや違う。もとより俺には忘れる気などないのだ。

あの小さな副官の純真さも、俺に寄せてくれていた信頼も、何もかも忘れる気などない。

忘れる必要もない。俺は何れ全てを取り戻す。

 

だから、俺は何も失ってなどいないのだと自分に言い聞かせ前を向く。

 

特派遠征部隊隊長の任を解かれたからと、次に俺が隊長を務める部隊へと気持ちを切り替えるつもりもない。今は『特派』の文字を捨て、数字を背に背負うことになってはいるが、それも一時的なもの。

俺は必ず天貝繡助と共に『特派遠征部隊』に戻ると決めている。

 

だから、なに、気楽にやろう。

 

見上げるほど大きな扉が開く。広間へと踏み入れる足にもう迷いも憂いもない。

旧知の間柄の姿を捕え笑みを零し、名前くらいしか知らなかった、これから同僚となる隊長格を視界の端で追いながら歩いていく。

 

そして、山本元柳斎重國の前に立ち口元を歪めた。

 

「山本重國」

 

「なんだ」

 

「………帰っていいか。視線に酔った」

 

「ふざけたことを言うな、風守。幾ら儂とお主が旧知の間柄とはいえ、場と時は弁えよ。礼を失するものにその白を羽織る資格はないとしれ」

 

「わかっている。だからこその軽口だろう。この場に居るお前や長次郎、卯ノ花は俺がどんな死神でどんな奴かを知っているが、他の奴らは知らないだろう。故、こうして教えてやろうとしている」

 

俺の言葉に山本元柳斎重國は呆れたようにため息を付く。

俺はそれを承認の合図だと受け取って振り返り左右に並び立つ隊長達に視線を向けた。

 

そこに居るのはわずか五名の隊長と複数人の副隊長たち。

 

彼らに向けて俺は言う。

 

「俺は風守風穴。性が風守、名が風穴だが、これは母が俺に名付けてくれたものじゃない。本当の名前は別にあるのに何時からか風守と呼ばれる様になったからそう名乗り、名は語呂が良いように自分でつけた」

 

その言葉に反応したのは六番隊隊長、朽木(くちき)銀嶺(ぎんれい)

四大名家の一つ朽木家の現当主である男が名を軽んじる俺の発言に反応するのは当然のことだった。

しかし、事実がそうなのだから仕方がないと曖昧に笑い俺は続ける。

 

「生まれは西流魂街80地区『口縄』。端的に屑と言っていい生まれ。もし生まれで護廷十三隊の隊長を決めるのなら、俺程護廷十三隊の隊長に相応しくないものは居ないだろう」

 

事実を語るがゆえに口調に淀みは無く、さばさばとした面持ちで語りながら俺は斬魄刀に手を伸ばした。その動作に警戒を強める者、静観する者を眺めながら俺はくつくつと笑う。

 

斬魄刀『鴻鈞道人』。

それに流れる力は嘘偽りのないもので、だからこそ俺の零す笑みは確信的なものへと変わる。

護廷十三隊隊長。双肩にかかるその重みに対して、俺は気楽に笑おうと決めた。

所詮は千年前に背負ったもの。八百年前に降ろしたもの。

今更背負うことに、必要以上に気負うことはしないでいい。

 

だから、俺は確信めいた笑みと共に堂々と言い切った。

 

「だが、もし力で隊長を決めるのなら、俺以外に隊長に相応しい者はいないだろう」

 

担い立つ者に謙遜なんて言う美学はいらない。上に立つ者は堂々とするが故に下を見下ろすことが許されるのだと俺は知っている。

 

「だからなに、気楽にやろう。不幸にも抜けた九人の穴は、俺が埋めてやる」

 

そう言いきった俺に対して返される笑みは五つ。

うち三つは旧知の三人。山本元柳斎重國。雀部長次郎。卯ノ花烈。

残る二つは旧知の三人には及ばないが古参の隊長である山本元柳斎重國の教え子である京楽春水と浮竹十四郎。

 

護廷十三隊の窮地と言っていい状況で出た俺の軽口に対して笑いを返せるその二人は見込みがあるなと見極めて、用事は終えたと俺は山本元柳斎重國の方へと向き直る。

向き直る頃、山本元柳斎重國は最近浮かべていなかった心の底からの笑みを浮かべていた。

 

「意気は結構。その言葉が言葉だけではないこと願っておるぞ。風守」

 

「まあ、任せろ」

 

重ねる言葉はいらない。俺と山本元柳斎重國は既に千年前、交せる言葉は散々重ねている。

ならばよいと山本元柳斎重國は口調を切り替えた。杖の先が床に当たる乾いた音が鳴る。

 

「これにて顔合わせは仕舞い。ここに元特別派遣遠外圏制圧部隊部隊長、風守風穴を三番隊新隊長に任ずるものとする」

 

三番隊。背負う隊花は金盞花。意味は”絶望”。

桃園に霞む桃色の煙と共に幸せを運ぶ俺にはあまり似合わないその二文字を背負いながら、

護廷十三隊の名に恥じない後続が育つまでの間の数百年を俺は戦うことになるだろう。

さしあたって俺がやるべきことは天貝繡助が戻るまでの間、背を預けられる副官を見つけること。

当ては一応ある。人見知りで口下手で引っ込み思案な俺が偶然見つけたあの少年なら育て甲斐はあるだろう。

そしてなにより、彼になら何れ隊長職ですら任せられると思うのはきっと勘違いではない筈だ。

 

自らを蛇と語ったあの少年が何より上等な生き物であることを俺は知っている。

 

 

 

 

 

 

 

五番隊隊士、市丸ギンには関心を持た(・・)ざる(・・)得ない(・・・)相手が二人いる。その内の一人の名は風守風穴。数か月前、茶屋で偶々であった総白髪の男の名前を思い出す度、市丸ギンは喉元に切っ先を向けられているような気分になる。あるいは全てを忘れて風守風穴の(かも)す得も言えぬ心地の中に埋没してしまいたくなる。

 

---アカンわ。これは不味いんちゃうかな。

 

その感覚に飲まれる訳には行かないと市丸ギンは首を振り浮かんだ考えを霧散させる。

 

---ボクは蛇や。蛇は狙った獲物は逃さへん。丸呑みや。

 

市丸ギンには目的がある。何を犠牲にしても達成すると決めた目的だ。

風守風穴とは別のもう一人。市丸ギンが関心を持た(・・)ざる(・・)得ない(・・・)もう一人の男を、必ず殺す。

その為に市丸ギンは死神になり蛇になった。

 

だからこそ、市丸ギンは数か月ぶりに会った風守風穴からの提案に本心から迷惑する。

数か月前とは違い、偶然ではなく風守風穴の計らいにより設けられた食事の席で風守風穴は市丸ギンに三番隊副官の地位を差し出してきた。

五番隊の席次持ちとはいえ、経験も浅く風体も少年の域をでない市丸ギンにとって副官。副隊長の地位は分相応とは言い難い。

それを指摘しようとした市丸ギンだったが、風守風穴はそれはもう旧知の何人かに言われ疲れたと笑い。隊長には『副隊長任命権』があるのだから、誰に責められる謂れもないのだから、お前が気負う必要はないと笑った。

 

―――そういうことやないんやけど。

 

市丸ギンの浮かべたそんな気持ちを風守風穴が酌むはずも無く、どころか人との関わりを苦手とする風守風穴にそんな市丸ギンの有難迷惑と言うべき感情を感じ取れる訳もなく、まさか断られる事なんて考えずに気軽にやれよと市丸ギンの肩を叩いた。

 

隊長に『副隊長任命権』があるように隊士にはその任命を断る『着任拒否権』がある。

山本元柳斎重國と共に護廷十三隊の創生に携わったらしい風守風穴がまさかそれを知らない訳じゃないだろうと市丸ギンは呆れたように口を開けながら、しかし、仕方がない人なんやなと風守風穴が何処か憎めない人物であることに気がついた。

市丸ギンの中での風守風穴への関心は警戒から興味へと変わる。

 

---けど、だからこそや。

 

だからこそ、市丸ギンは風守風穴からの副隊長への任命を受ける訳にはいかなかった。

彼が必ず達成すると胸に秘める目的の為に。そして何より風守風穴の身の安全の為に。

 

「風守さん。言い難いんやけど、―「いい話じゃないか」―え?」

 

すいませんと頭を下げようとした市丸ギンを止めたのは食事の席に同席していた市丸ギンの上官。数か月前、五番隊の隊長であった平子真二が浦原喜助の陰謀に巻き込まれ消えた為、先日新しい五番隊隊長に就任した元五番隊の副隊長、藍染惣右介は柔らかい笑みを浮かべながら言う。

 

「ギン。自分にこんなにも早く副官への話が上がってきたのが不安でもあるだろうが、これは昇進の話。言うまでもなく良い話だよ」

 

「せやけど、藍染隊長―「わかっているよ」」

 

まさか藍染惣右介(この男)に三番隊副隊長への就任を後押しされるとは思ってもみなかった市丸ギンは彼にしては珍しく狼狽を表情に出しながら言い淀むが、それを制するように藍染惣右介は再び市丸ギンの言葉に被せるように笑う。

 

「君は優しい。数か月前に五番隊に入隊したばかりなのに、もう他の隊へ移ることへの罪悪感もあるだろう。しかし、今は状況が状況だよ。風守隊長が君の力を必要としているのなら、その思いに応えてあげて欲しい」

 

「………」

 

市丸ギンは藍染惣右介の言葉の意味を推し量る。

その考えに重ねるように藍染惣右介は続けた。

 

「『特派遠征部隊隊長』。そして山本総隊長と共に護廷十三隊の創成期を生きた風守隊長の下で働くことは、きっと君にとって得難い経験となる筈だよ。僕は(・・)()()上官(・・)として、君にはいろいろな経験を積んでほしいと思っている」

 

「…そか。うん。わかったわ」

 

---藍染隊長がそう言うなら、そうするわ。

 

そう続けた自分の言葉に純粋に喜ぶ風守風穴の様子を見て、市丸ギンは少しだけ残念に思った。

自分が関心を持た(・・)ざる(・・)得ない(・・・)相手であった風守風穴。何処か特別だと感じていた風守風穴ですら、もう一人の関心を持たざる得ない相手で有る藍染惣右介の掌で転がされる存在でしかないのだと、そう残念に思いながら顔を俯けた市丸ギンはしかし、風守風穴が純粋に喜びの表情を浮かべながら続けた言葉で驚き顔を上げる。

そして、それはその場に居た藍染惣右介も同じだった。

 

「そうか。ありがとうな、市丸。あと、藍染も優秀な人材を譲ってくれて助かった」

 

「いえ、僕はギンの後押しをしただけ。決めたのは彼ですよ。それに、今の護廷十三隊は状況が状況です。今後も出来る限り協力して行きましょう」

 

「そうか。悪いな。………ああ、そうだ。なら一つ、教えてくれないか。藍染」

 

「なんでしょうか?」

 

「人の精神を支配する斬魄刀とかに、心当たりはないか?」

 

「---」

 

「---」

 

風守風穴が市丸ギンを副隊長に任命する為に設けられた食事の席。そこに常時流れていた生ぬるい空気が、一瞬で凍った。

数秒の静寂の後に口火を切ったのは藍染惣右介。彼は荒れる心情を悟られないように平静を装いながら風守風穴に問いかける。

 

「精神を支配する斬魄刀ですか。いえ、覚えはありませんが、何故そのようなことを?」

 

「ああ、いやな。もしそんな斬魄刀があれば今回の件も簡単な結論に落ち着いて楽だなとは思ってな」

 

「今回の件の簡単な決着、ですか。今回の”虚化”の事件に関しては元十二番隊隊長、浦原喜助が全ての元凶であると聞いていますが………」

 

「ああ、四十六室の決定ではそうなっているな」

 

「………風守隊長は黒幕が別にいるとお考えですか?」

 

「いや、十二番隊の研究棟から”虚化”の研究と(おぼ)しき痕跡が出たんだろう。卯ノ花が確認したなら、間違いなんてない筈だ。浦原喜助は裏切り者に間違いないだろうよ。だから、俺が考えているのは浦原喜助の協力者がまだ護廷十三隊の中に残っているんじゃないかって言う疑念だ」

 

「浦原喜助と共に逃亡した四楓院夜一や握菱(つかびし)鉄裁(てっさい)以外にも裏切り者がいるとお考えですか?」

 

「ああ、何しろ相手は隊長兼隠密機動総司令官と大鬼道長を抱え込んだ奴だ。もう二~三人隊長格が裏切っていたとしても不思議じゃないだろう」

 

「なるほど…確かに風守隊長が仰ることには一理ありますね。しかし、なぜその話が精神を支配する斬魄刀などというものに繋がるのでしょうか?」

 

--何故、私の持つ斬魄刀『鏡花水月(きょうかすいげつ)』に行きついた。

と、風守風穴との会話を続ける中で藍染惣右介は困惑する。

 

藍染惣右介の持つ斬魄刀『鏡花水月(きょうかすいげつ)』は流水系の斬魄刀。霧と水流の乱反射で敵を攪乱(かくらん)し同士討ちさせる能力を持つ。

そう、藍染惣右介は偽ってきた。

斬魄刀『鏡花水月(きょうかすいげつ)』が真に有する能力は『完全催眠』。五感全てを支配し一つの対象の姿、形、質量、感触、匂いに至るまで全てを敵に誤認させることができる。

 

--精神を完全に支配する斬魄刀。それこそが斬魄刀、鏡花水月《きょうかすいげつ》。

 

暗雲の中に存在していた筈の藍染惣右介が胸に秘める野望に対して一筋の光を差し込むような風守風穴の言葉に藍染惣右介は何故気がつきかけていると問いかける。

それが勘であるとか、偶然だったならどれほど良かったか。

しかし、風守風穴は確信の中で続ける。

 

()せないんだ。あの夜、俺達が謀られたことがな」

 

「確かに僕達は全員あの夜に浦原喜助に謀られました。しかし、それは―「いや」」

 

風守風穴は藍染惣右介の言葉を遮る。

 

お前(・・)たち(・・)なら(・・)わかる(・・・)。六車拳西や久南白、繡助や現場に駆け付けた隊長格九人が謀られたのなら、まだわかる。だがな、俺や卯ノ花。何より山本重國が謀られたことが解せないんだよ。たかが数百年しか生きていない小僧に、俺達がそうやすやすと裏を掻かれるはずがないんだ」

 

ある種の傲慢を含むその言葉は、しかし、風守風穴の口から語られれば周囲にとって真実味を帯びたものに感じさせられる。事実、その場に居た市丸ギンはおろか藍染惣右介すら、その根拠もない物言いに一瞬、そう言われればその通りだと納得しかけてしまった。

 

「浦原喜助の持つ斬魄刀の能力は炎熱系だと聞いている。そんなもので俺達のいったい何が謀れるという。四楓院夜一や握菱(つかびし)鉄裁(てっさい)にしても実力はどうあれ能力で言うなら、俺達を謀れるだけのものは持たない。否、違うな。全ては一言で帰結するんだろうよ」

 

--何者で有れ太陽は裏切れない。

 

「あの男が最強だ。桃園の夢にも沈まぬあの男が、桃源郷を一振りで炎熱地獄に変える、あの男こそが最強なんだ。精神を完全に支配する斬魄刀でもなければ、山本重國を謀れるわけがない」

 

だから、俺はそんな斬魄刀があるのではないかと警戒しているのだと言葉を〆た風守風穴に藍染惣右介は戦慄し、市丸ギンは一縷の望みを見た。

 

---アカンわ。これは不味いんちゃうかな。

 

誰もが藍染惣右介という怪物の手に平で踊るしかないのだと思っていた。しかし、それは違った。

藍染惣右介(かいぶつ)の喉元に食らいつく風守風穴(ばけもの)が此処に居た。

 

『初代護廷十三隊隊長』。『元特派遠征部隊隊長』。『現三番隊隊長』。

大層な肩書を並べ立てる風守風穴を評価する者は、警戒する者は、瀞霊廷内にそれこそ大勢いるだろう。しかし、風守風穴という男を真に理解しようと思うのなら、見るのはそんな肩書じゃない。

真に見るべきものは一つ。桃園の煙に霞みながらも確固として存在する時代に忘れ去られたその二つ名を見るべきだ。

 

天国無き尸魂界(ソウルソサイティ)に存在する阿片窟(とうげんきょう)を守っていた門番。

諸人が桃園の夢に沈む世界で唯一痴れることなく、しかし、自覚出来ない自壊を抱えるあまりに愚かで強大な”風守(ばけもの)”。

 

尸魂界(ソウルソサイティ)史上最強の死神が山本元柳斎重國であり、尸魂界(ソウルソサイティ)史上最強の斬魄刀が『流刃若火(りゅうじんじゃっか)』なら、それにそれに並べ語らなければならないだろう死神。

尸魂界(ソウルソサイティ)史上最凶の死神にして尸魂界(ソウルソサイティ)史上最悪の斬魄刀『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』を持つ死神。

 

風守風穴。

 

その四文字が今この場に居る藍染惣右介を戦慄させ、市丸ギンに希望を持たせる。

 

---風守風穴。なるほど、どうやらこの私にして警戒しなければならない相手の様だ---

 

---ほんまにアカン。これは不味い。この人に期待したくなる---

 

藍染惣右介と市丸ギンが相対する感情を風守風穴に向ける中、風守風穴はずっとしゃべっていた所為で乾いた舌の根を潤す為にお茶を啜りながら笑い言う。

 

「ちょっと喋り過ぎたな。悪い。本当はこんな話をする為に食事の席を設けたんじゃないんだ。裏切り者や暗躍やらと物騒なことを並び立ててすまなかった。二人とも、顔が少し強張ってる。この話はもう終わりにしよう」

 

そう笑う風守風穴に続く様に市丸ギンもまた笑う

 

「そやね。うん。もう暗い話はやめや。ね、そうしましょう。藍染隊長」

 

「…あ、ああ、僕としたことが、すいません」

 

「いや、物騒なことを言った俺が悪い。悪かったな、藍染」

 

「いえ、そんなことは…」

 

「なんだ?まだ肩の力が抜けないか。どうやらお前は見た目通り真面目な奴みたいだな。ああ、そうだ。そんなお前に良いものがあるから用立ててやろう。先日、里帰りして手に入れてきたんだ。くれてやるから、家に帰ってから気楽に吸えよ」

 

「はあ」

 

本当に自分で語るように人見知りで口下手で引っ込み思案な性格なのかと疑いたくなるような強引さで藍染惣右介に風守風穴が白い包みを渡した所で、この日の食事の席の一幕は終わる。

 

その日の深夜。

四番隊隊舎に気絶した藍染惣右介が運ばれてくることになるのだが、それはまあ、彼自身の自業自得と言ってもいいことだった。

 

 

 

 

 

 




最強の死神は山本総隊長。異論は認め!たくないなぁ。
絶対に和尚さんとかより強いと思うのは自分だけなのだろうか。

いや、和尚さんもかなり強いと思いますよ。
百年後の世界から夜を百夜奪って力にするとか文字列見ただけで心が躍ります。
「不転大殺陵」‼‼相手は死ぬ!(; ・`д・´)


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