BLEACHの世界でkou・kin・dou・ziィィンと叫びたい 作:白白明け
神とは何か。
ある者は信じるべき絶対の存在と答えるだろう。ある者は天高く見守る温もりと答えるだろう。ある者は逃れられない運命と答えるだろう。ある者はそんなモノなどいないと吐き捨てるに違いない。
その答えのどれもが間違いでなく、あるいは”神”という記号こそ
---その
---己が
『霊王』という世界を守る
だが、しかし、その嫌悪の感情は男の言葉に一定数の真実が見え隠れしているとわかっているからの嫌悪であると、やはり皆は知っていた。
世に
その真理を見据えながら、それでも穏やかな眼に己の信ずる者の為に剣を握る男の名は
護廷十三隊七番隊隊長の座に就く男にとってのなにより信ずるべき
「日番谷隊長。どこへ向かう?」
狛村左陣は虚無僧が被る様な形をした鉄笠の下から覗く鋭い眼光で四十六室への道を駆けていた日番谷隊長の前に立ち、静かに問うた。
「元柳斎殿からの命。貴公の耳にも届いただろう。護廷十三隊隊士は皆、逆賊風守風穴を捕えんが為に動けと」
「…狛村。退いてくれ、俺には確かめたいことがある」
日番谷冬獅郎は不信感を露にする狛村左陣を前に己の持っている情報を開示する。藍染惣右介が遺した手紙に改竄の跡があること。風守風穴を全ての黒幕とするのなら、どうしようもなく浮かぶ疑問があること。それらを伝えながら日番谷冬獅郎は狛村左陣の説得を試みる。
だが、しかし、狛村左陣は日番谷冬獅郎からの話を聞き感じ取れる疑問を理解しながらも、迷いなどない声色でそれは出来ぬと突っぱねた。
「っ、狛村。お前だってわかっているだろう。今回の件、どうにもきな臭い。始めから妙だった。たかが一隊士の為の処刑に何故『双殛』の使用許可が下りたのか。現世にて人間に死神のチカラを譲渡するなんて馬鹿な真似をした奴が護廷十三隊いる。本当なら四十六室はそんな真実は揉み消したかったに違いねぇ。なのに何故、大々的に処刑なんて真似をしようとするのか。疑問に思った筈だ!」
「日番谷隊長。貴公の言うこともわかる。だが、しかし、全ては四十六室の裁定。そして、元柳斎殿の命だ」
「その命令に違和感があると俺は言っている!」
「口を慎め。日番谷隊長。…元柳斎殿の命に疑問を挟む余地など儂にはない。儂を動かすのは全て元柳斎殿への恩義のみ。この姿ゆえ皆に疎まれ。はぐれ者だった儂を拾ってくれた、あの方の
---たとえそれが、どれ程に理不尽な命だとしても。
「あの方が
故に迷いなどないのだとそう語る大男の姿と同じことを言う男をかつて日番谷冬獅郎は別の何処かで見たことがあった。昔の記憶を引っ張り出して、ああ、そうだ、アイツだと日番谷冬獅郎は苦々し気に表情を歪めた。
あの男は面識などない自分の事など知らぬだろうが、日番谷冬獅郎はあの男のことを知っている。いや、流魂街で育った者の中であの男のことを知らぬ者などいないのだ。
瀞霊廷で暮らす貴族達とは違い、大半の者達が貧しく暮らす流魂街。其処で流通する曰く仙丹の妙薬は流魂街で暮らす民たちにとってあまりに容易く入手することの出来る快楽だった。何しろそれを齎す男は頼めば容易く用立ててくれて、遠く辛い道のりではあるが西流魂街80地区『
故に流魂街に溢れる阿片という害悪を日番谷冬獅郎は知っている。
そんなモノを垂れ流す男の姿を、一度は見たいと思うことに疑問は無く、男に気づかれぬように流魂街で暮らしていた頃の日番谷冬獅郎は一度、男に近づいたことがあった。
その男もまた言っていた。山本元柳斎重國こそが最強であり。逃れられぬ絶対であると。
「…馬鹿じゃねぇのか」
日番谷冬獅郎は吐き捨てるように言う。
その言葉を畜生道へと堕ち獣の如き外見と能力を持つ狛村左陣の耳が聞き逃す訳も無く。
「貴公、今、何と言った?」
聞き逃せぬと鋭い眼光で日番谷冬獅郎を見据える。
日番谷冬獅郎はその眼光に臆することなく、どころか呆れを増したような表情で繰り返す。
「あんたら、馬鹿だろ。確かに山本総隊長は凄い人だ。けどな、あの人だって間違える。絶対なんてあり得ねぇ。なのに完全だ逃れられないだ。思考止めてんな。山本総隊長が是と言えば是だと?ふざけんな。自分で考えろよ。あんたら、大人だろ?」
年若くいまだに子供のような外見である日番谷冬獅郎は見上げるような大男である狛村左陣に向けそう言い放つ。
狛村左陣は日番谷冬獅郎の言葉を受け、少し驚いたように身体を揺らすと、なる程、流石だと鉄笠の下で笑みを浮かべた。
「…すまないと謝ろう。日番谷隊長。儂はどうやら、心の何処かで貴公のことを子供だと侮っていたようだ」
「…ふん。背丈のことは言われ馴れてる。謝る必要なんてねえ」
「そうか。ならば、最早言葉は要らぬな」
狛村左陣は斬魄刀を抜く。
「貴公の言葉もわかる。だが、儂にそれでも信ずる方がいる。それが儂の意思。その意思が貴公と相容れぬのなら、儂は貴公を敵として斬ろう」
「…ああ、そうかよ。相変わらず、大人ってやつは面倒だな。松本、下がってろ」
後ろに居た松本乱菊を下がらせて、日番谷隊長もまた斬魄刀を抜き放つ。
「
「
狛村左陣の持つ斬魄刀『
難しさなど何もないほど単純な能力はしかし、だからこそ強力無比なチカラ。
「
斬魄刀の解放と共に振るわれた狛村左陣の一太刀は巨大な物量へと変わり日番谷隊長が立っていた場所を建物ごと粉砕する。
---
言葉にすればわかる強さの理由は何をしようと覆るものでなく、日番谷冬獅郎はその一撃を辛うじて交わすことしかできなかった。
「
躱した後に斬魄刀を解放し、返す刃で狛村左陣を狙う日番谷冬獅郎の斬魄刀からは神神しく輝く青白い龍が出現した。斬魄刀の解放ともに溢れる霊圧が作り出す水と氷の龍。そして、天候を支配するほどのチカラ、
日番谷冬獅郎が斬魄刀を振るう度、水と氷の龍が狛村左陣を襲う。
狛村左陣は水と氷の龍と巨大な剣で斬り合いながら曇天すらも切り裂かんと吼える。
直接攻撃系の斬魄刀である『天譴』と鬼道系にして氷雪系の斬魄刀である『氷輪丸』。互いに振るう力の種類は違えど、斬魄刀の持つ破壊力と能力の高さは同じ。
護廷十三隊の隊長同士の戦いは戦場を並の隊士が踏み込めば死地となるだろう破壊と脅威を振りまいていた。
言葉なく振るわれる『氷輪丸』。下段から狛村左陣の中心線を狙い放たれた突きは刃と共に水と氷の龍を直線的に飛ばし、刃が当たらずとも氷漬けにされるだろう驚異な破壊力を振りまいた。対する狛村左陣は、それしか知らぬとでも言うかの様に剣術攻撃の王道である上段からの振り下ろし。振り下ろされる刃と同時に現れる巨大な刃が水と氷の龍を文字通り押しつぶす。
「…」
「…」
言葉なく交差する互いの視線が、次の一手へと二人を突き動かす。天を駆ける様に龍を従え戦う日番谷冬獅郎と実直な剣術と誤魔化せない破壊力を以て大地すら砕き立つ狛村左陣。
既に刃の交わりは十数度、直に大台へと乗るだろう拮抗した戦いの中で、焦る気持ちを抱いていたのは日番谷冬獅郎。
日番谷冬獅郎は今、自分が立たされている窮地を理解している。こうして狛村左陣と対峙している立場が弱いことを理解している。
護廷十三隊隊士として一般的に正しいのは狛村左陣の在り方だ。
総隊長命令に従い動く狛村左陣。対して自分は確固たる疑問を抱いてはいるが、言ってしまえばそれだけで総隊長命令に反して動こうとしていた。
故にこのまま戦闘が長引き第三者の介入を許す様なことになれば、責められるのは自分の方。故に急ぎ決着を付けなければならないと、そう焦る気持ちが日番谷冬獅郎の戦いを性急なモノへと変え、彼本来が持つ戦いのリズムを少しずつ崩していった。
「どぉおぅう‼」
吼えるような声と共に狛村左陣の振るう『天譴』が此処で初めて上段からの振り下ろし以外の軌道を描く。日番谷冬獅郎の上半身と下半身を両断しようと振るわれた胴へ向けての横凪の一撃を辛うじて交わした日番谷冬獅郎だったが、唐突な攻撃方法の変更に反応しきることが出来ず返す刃で振るわれる『氷輪丸』の軌道が僅かにズレる。
其処を狙っていたとでも云うように続き振るわれた『天譴』の軌道は真坂の下段から上段への振り上げという悪手。刃もない刀の背での攻撃は並の斬魄刀では相手に欠片ほどのダメージしか与えること出来なかっただろう。
だが、しかし。『天譴』の持つ圧倒的な
「がっ!?」
しかし、それにより齎される一過性の意識混濁は戦いの結末を決めるにはあまりに決定的過ぎた。
ふらつきながらも斬魄刀を手放さなかった日番谷冬獅郎だが、狛村左陣の一太刀は容赦なく日番谷冬獅郎に向けて振るわれる。
下段から上段への振り上げなどという悪手ではなく、上段から下段への振り下ろしという王道は圧倒的な威力を以て日番谷冬獅郎を破壊する。
「終わりだ。日番谷隊長‼」
狛村左陣が放ったその言葉以降に続く言葉は無い。
残心も忘れない見事な一太刀により勝敗は決した。
---そうなる筈だった。
「なん…だと…?」
日番谷冬獅郎を破壊する為、放たれた上段からの振り下ろし。王道の極地と言っていい一撃は、しかし、巨大な刀だけでなくそれを振るう腕すらも氷漬けにして防ぐという出鱈目なやり方で止められた。
氷漬けにされた『天譴』は続く日番谷冬獅郎の言葉と共に砕け散る。
「卍…解…」
氷結領域の拡大。凍結深度の強化。言葉にしてしまえば簡単な斬魄刀の能力の増大は、だが、しかし、されてしまえば対処などすることも出来ないどうしようもないこと。
---物量の違い。
それは説明の必要が無いほどの強さの理由。
卍解と共に日番谷冬獅郎が持つ斬魄刀から連なる巨大な氷の翼が現れる。さらに日番谷冬獅郎を守るように氷は増えていき、尾が生え、背後には三つの巨大な花のような氷の結晶が浮かぶ。
氷の龍を従えるのではなく己を氷の龍と化す斬魄刀。それこそが炎熱系最強『流刃若火』と対をなす氷雪系最強の斬魄刀。
「『
卍解を終えた日番谷冬獅郎を前に狛村左陣は息を飲む。まさか、此処までやるかと半ばあきれたような気持ちを抱きながら文字通り蒼天に座す日番谷冬獅郎を見上げる事しかできなかった。
隊長格同士の争い。それは元来、あってはならない事。瀞霊廷を守る為に存在する護廷十三隊の隊長同士が潰し合いを演じるなどと笑えもしない冗談でしかなく。故に狛村左陣にとって日番谷冬獅郎との諍いで使用できるのは始解までだと考えていた。
そして、それは当然、日番谷冬獅郎も同じだと思っていたのに---
日番谷冬獅郎は狛村左陣の考えをあっさりと裏切りながら、悪びれる様子もなく、ある種見下すように狛村左陣へ言葉を掛ける。
「抜けよ。狛村」
「………儂も卍解をしろと?卍解同士がぶつかり合えば、その余波で瀞霊廷は破壊されるぞ」
「今更だろ。…感じる筈だ。俺達だけじゃねぇ、瀞霊廷内で洒落にならない規模の霊圧同士のぶつかり合いが起きてやがる。俺達以外の隊長格同士がぶつかってんだ」
こんなことにならない為に俺はこの件の裏を探っていたのにと、日番谷冬獅郎は狛村左陣を睨みつけながら憎々し気に吐き捨てる。
ことはもう止めようのない事態へと至ってしまった。混乱は避けられず動乱は始まっている。
日番谷冬獅郎の脳裏に何処かで動乱に巻き込まれているだろう幼馴染の顔がチラついて、同時に浮かんだ苛立ちが狛村左陣に向けられる。
「だから、決着は早急に付けなきゃなんねぇだろ。俺はお前を倒して、先を急がせてもらう。だから…抜け!狛村ぁあ‼」
日番谷冬獅郎にとっての戦う理由。守るべき
---シロちゃん。
自分には守るべき家族が居る。
そう吼える日番谷冬獅郎の言葉は皮肉にも彼が忌み嫌う男の、かつて
---相容れぬなら斬ろう。互いに信じたモノが相容れぬのなら、それは斬らねばならない。
氷雪系最強の斬魄刀『
その卍解『
それは確かに最強の死神である山本元柳斎重國が振るう斬魄刀『
全てを冷やし凍らせる斬魄刀と全てを熱し燃やす斬魄刀。性質的に二つの斬魄刀は、確かに拮抗する。だが、しかし。斬魄刀『
故に両者が相対せば炎熱地獄を前に大紅蓮地獄は音を立て蒸発して失せるだろう。
だからこそ、狛村左陣は此処で己が卍解を使えば蒼天を駆ける竜人を叩き落せるだろうと確信する。
山本元柳斎重國に遠く及ばないのなら、そう易々と負ける気など狛村左陣には無い。
---ならば、抜けと。そう吼える己の斬魄刀に伸びかけた手。だが。
---儂はこの者を斬っても良いのか。
降ってわいた疑問を前に狛村左陣の手は止まる。
---相容れぬならば斬らねばならない。
その思いに嘘はない。女子供だから斬れないなどと軟弱なことを言う気は狛村左陣という男には無い。
女子供を
そう言い切れるだけの強さと非情さを狛村左陣は持っている。いや、護廷十三隊の隊長なら誰であろうと思っているだろう。
故に本来、命令違反を犯す日番谷冬獅郎に向ける刃が止まることは無い。
だが、
---家族の為に、戦うか。
日番谷冬獅郎の激昂と共に漏れた本音が狛村左陣の手を鈍らせる。
狛村左陣は
身を潜めて生きることに耐えられず一族を捨て逃げた。
その逃避の果てに山本元柳斎重國に出会い拾われた。
そのことに悔いはない。一族を捨て逃げた行為に恥を覚えようとも悔いはない。
山本元柳斎重國に連れられ来た場所で狛村左陣は得難い友と部下と仲間を得た。
---故にそれを守る為、相容れぬ者は斬ろう。
そう決めた。筈だった。
「狛村ぁあ‼」
日番谷冬獅郎の声に宿るモノがただの憎しみだけだったら斬れただろう。敵意だけなら斬れただろう。
日番谷冬獅郎が戦いを楽しむような戦闘狂なら斬れただろう。ただの子供であっても斬れたはずだ。
---だが、戦いたくもないのに家族を守る為に戦う子供を誰が斬れるというのか。
それが出来るというのなら、その者はもう護廷十三隊の隊長足り得ない。
---弱者を守れ。
「………元柳斎殿」
---瀞霊廷を守れ。
「………申し訳ございません」
---護廷が為に戦え。
「………貴公に憧れ生きた男は」
---千年前に非情で在らねば勝てぬ戦は終わった。ならば、狛村左陣。儂のようにはなるな。
「………貴公の言葉の通り。貴公のようには、成れぬようです」
---非情な強者など数多に居よう。故に、優しき強者に成れ。狛村左陣。
そうして狛村左陣は遂に最後まで卍解を見せることなく大紅蓮地獄へと静かに倒れた。
最後まで卍解を見せることなく倒れた狛村左陣を見下ろしながら、日番谷冬獅郎は斬魄刀を納める。
「…くそっ。まんま、俺が悪役みたいだ。いや、言い訳はしない。…狛村。きっとお前の方が正しいんだ。けど、俺は間違っているとわかっていても救わなきゃならねぇんだ」
--―雛森をと、続けようとした言葉に被さるように日番谷冬獅郎の耳に聞きなれた声が聞こえた。
「シロちゃん」
「…雛森。お前、無事だったのか」
「うん。私は何ともないよ。それより、シロちゃんの方がボロボロだよ」
「俺のことは良いんだ。てか、お前、
「ごめんね。シロちゃん。ごめんね」
雛森桃の無事を確認して思わず潤んだ目を隠すように日番谷冬獅郎は雛森桃から顔を背ける。
だが、雛森桃は背けられた日番谷冬獅郎の顔に手を伸ばすとそのまま優しく抱きしめた。
「な!?」
日番谷冬獅郎からすれば悔しいことだが、雛森桃と彼の間には少しばかりの身長差がある。
故に雛森桃によって抱きしめられた日番谷冬獅郎の顔は必然的に雛森桃の胸へと納まる形となり、日番谷冬獅郎の顔が赤くなる。
「おまっ!?何してんだ!?」
離せと喚く日番谷冬獅郎に雛森桃は優しい声色で続ける。
「ごめんね。シロちゃん」
「…もう、いいって言っただろ。お前が無事だった。それならもう、俺はいいんだ」
「ありがとう。シロちゃん」
「…たく、わかったから、いい加減に離せ。こんな所を松本にでも見られたら---
ブスリ。
「ごめんね。シロちゃん」
---え?」
ブスリ。他に例えようのない音がした。
日番谷冬獅郎が音のした方に視線を向ければ、そこには自身の腹に突き立てられた斬魄刀があった。
「雛、森?」
「ごめんね。ごめんね」
日番谷冬獅郎はようやく気が付く。雛森桃の眼から光が消えていることに。
雛森桃は光の消えた目で、日番谷冬獅郎がよく知る優しい笑みを浮かべながら言った。
「大好きだったよ。シロちゃん」