BLEACHの世界でkou・kin・dou・ziィィンと叫びたい   作:白白明け

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前話の感想にて斬魄刀ってもっと重いんじゃね?と言うコメントがありました。
言われてみればその通り。(´・ω・`)
斬魄刀の重さ約0.8㎏は原作20巻にて吉良イズルが言っていた台詞を元にしたしたのですが、普通に考えれば確かに日本刀ってもっと重いですよね。
いや…斬魄刀は王悦さんが打った刀だから、実際の日本刀より軽い可能性が…
とか考えだすと答えは見えない(; ・`д・´)


万仙陣との出会い④

 

 

何故苦しもうとする。何故悲しもうとする。何故争うことを止められないのか。戦わなけえれば得られないモノなど無い。天上の幸せとは己の内に籠ることで得られるものだ。

苦しいのなら、悲しいのなら、閉じてしまえばそれで良い。気楽に吸えよ。快楽の煙を吸いながら、痴れた音色を聞かせてくれよ。

---お前の幸せを俺は心の底から望んでいるから。

 

 

 

 

始まりは朽木ルキアの救出。それに付随するのは藍染惣右介の打倒。

この考えに間違いなどない。目的はあくまで未来の護廷十三隊に必要な人材である朽木ルキアを救うこと。藍染惣右介を倒すのはあくまで(つい)でしかない。

 

いや、もとよりそれすら俺が成すべきことではない。砕蜂に汚名を雪ぐと言った言葉に勿論、嘘はない。だが、それは既に果たされている。

山本元柳斎重國に真実を伝えた。それにより俺と砕蜂の罪状は晴れた。ならばこそ、最早俺に藍染惣右介を討つだけの理由はない。朽木ルキアが藍染惣右介に殺されていたのなら、話は違っただろう。あるいは繡助。俺の副官、天貝繡助が殺されていたのなら俺は藍染惣右介を殺したいほどに憎めたかもしれない。

 

「いや、それはないか」

 

きっと俺は大切な副官を奪われたとしても、藍染惣右介に憎しみなど持てないだろうと思う。

藍染惣右介。俺が惣右介と呼ぶ男。俺が誰かを名で呼ぶのは珍しい。

基本はフルネーム。妻でさえ呼ぶのは姓名。千年来の友のみを長次郎と呼び。大切な副官だからこそ、繡助。そして、ギンと呼んだ。

そんな俺が惣右介と名で呼ぶ理由は容易い。

 

千年に一度の逸材だった。あるいはいつの日にか、山本元柳斎重國が亡き後、総隊長という職を継げるのは藍染惣右介の他にはいないとも思った。

 

「惣右介。お前は俺を欺いたつもりだっただろうが、それはあまりに俺を舐めすぎだ」

 

あるいは市丸ギンあたりも、俺が藍染惣右介の本質を見抜けていないと思っていただろう。

 

「俺が一体どれだけの化け物を見てきたと思っている。初代護廷十三隊隊長格十二名。加え四名。都合十六名の化け物どもを見てきた」

 

山本元柳斎重國の様に重い責務を背負うことも無く、気ままに瀞霊廷を流離いながら、あるいは特派遠征部隊の部隊長として外側から、見続けてきた。

 

「見抜けぬはずがないだろう。眼鏡の下に隠した野心。狂気とでも呼ぶべき強い自我」

 

あと生まれるのが千年早ければ初代護廷十三隊の隊長として名を連ねていただろう死神。

 

「惣右介。気付いていたさ。気付いて、気づかぬ振りをしていた」

 

---千年に一度の逸材だった。

 

「多くを傷つけたお前を、多くの者は許さぬと言うだろう。繡助を傷つけたお前を、繡助は許さぬと言うだろう。護廷十三隊を傷つけたお前を、山本重國は許さぬだろう。だが、俺はお前を許そう」

 

---それが、俺の思う。護廷が為だ。

 

 

 

 

 

 

瀞霊廷外延部。『双極』の座する丘の近くの荒野にて、俺は下した朽木白哉を見下ろしながら呟いた。

 

「強者が勝ち。弱者が滅びる」

 

俺の声に朽木白哉は動かぬ身体を無理やりに動かし睨みつけるように顔を起こすことで答えた。口元を歪め何とか言葉を発せようとするけれど、声は届かず掠れた音がただ風に流されるだけだった。

 

---強者が勝ち。弱者が滅びる。

 

その当たり前の理屈は遥か昔に山本元柳斎重國が語っていた言葉だったと思う。

そして俺は、その言葉を聞く度に思う。世界とはなんと悲しく苦しいものなのかと。

 

「力が無ければ守れない。力なき者は這いつくばるしかない世界。何故?何故?ああ、どうして、世界は残酷に過ぎるのか。遍く者よ。弱者(かぞく)達よ。お前達は…虐げられた世界をそれでも尚と、愛せるのか?」

 

否。否だろう。苦しいのなら、悲しいのなら、逃げ出してしまえばいい。閉じてしまえばそれで良い。誰もそれを責められない。

それが真実。だというのに何故、俺はしゃがみ込み朽木白哉の目線に合わせながら浮かぶ疑問を至極真っ当にぶつけてみせる。

 

「朽木白哉。お前は何故、秩序や法、そんなモノに捕らわれる?」

 

---お前が語る。(おきて)とは何の為にある?

 

「生きる事とは所詮は我欲の押し付け合い。決まり事(ルール)など、他者に望まぬことをやらせる為に、強者が作り上げた(てい)のいい方便だろう」

 

---お前は本当は。義妹(いもうと)を斬りたくなどないのではないのか?

 

「嫌ならばやらなければいいだけのこと、その自由すら奪い取るのが、曰く正義。曰く秩序。それはただの同調圧力だろう」

 

---お前はそれを知りながら尚、掟を守ると吼えるのか?

 

「痴れているのは---どちらだという」

 

朽木白哉からの返事は無かった。ただ何も言わぬまま苦々し気に口元を歪め、朽木白哉は俺を睨みつけていた。言葉こそ無かったが、その眼に宿る執念の様な粘つく感情は最後まで俺の言葉を理解するつもりなどないのだと、そう言っているような気がした。

 

そういうこともある。俺は朽木白哉と相容れることを諦める。

彼も人なり我も人なり。故に対等。相容れないこともある。

四楓院夜一に続き、朽木白哉ともまた俺は生涯解り合うことが出来ないのだと理解した。

 

ならば俺はもう行かなければならない。朽木白哉が俺に助けを求める弱者(かぞく)になることが出来ないのなら、俺が朽木白哉にしてやれることももうない。

俺は俺に助けを求める弱者(ルキア)を救う為、朽木白哉に背を向けた。

 

 

「風守風穴さん」

 

朽木白哉に背を向けて歩き出そうとすると声を掛けられた。振り返ると其処には黒髪をお団子にまとめた少女が立っていた。着ている死覇装の袖口には五番隊の副官章(ふくかんしょう)

鈴蘭の隊花を記した副官章を見て少女が誰であるかを俺は即座に悟る。瀞霊廷へとやってくる前に事前情報として調べていた()()()()()()()()()()()()()()()()の一人。藍染惣右介の副官。雛森(ひなもり)(もも)

 

彼女は俺に声をかけた後、心底安堵したような表情を浮かべながら駆け寄ってくる。両手を胸の前で組み、絡んだ指はまるで何かに祈っているかのようにも見えた。

 

「風守風穴さん…ですよね。よかった、やっと会えました」

 

「お前は俺を知っているのか?」

 

「はい。市丸隊長から話を聞いています。話を聞いて、ずっと探していたんです」

 

「ギンに俺のことを聞いたのか?」

 

「はい。…他にもいろいろ、教えていただきました」

 

雛森桃の口から出た懐かしい副官の名前に俺は少しだけ雛森桃への警戒を解く。どうやら市丸ギンは雛森桃を藍染惣右介の手から助け出す為に動いたらしい。

優しい男だと思いながら、俺は笑みを浮かべて雛森桃を受け入れる。

 

「善哉善哉。それは良かった。で、ギンからなにか俺に言伝(ことづて)があるのか?」

 

首を傾げる俺に雛森桃はハッキリとした口調で肯定し頷くと少し耳を貸してくださいと言う。俺は少し屈むようにして雛森桃へと顔を近づける。

 

「ギンに何かあったのか?」

 

「はい。実は---

 

ぶすり。とそう形用するしかない音が俺の腹から聞こえた。

見れば腹部に斬魄刀が突き刺さっていて、その斬魄刀は雛森桃の両腕から伸びていた。

驚くべき不意打ちは、しかし、不意打ち足る為の脅威にはなりえない。半身を炭化させられもしたこの身体。今更、腹を刺されたからなんだというのか。

 

そう思った瞬間。雛森桃の鈴の音のような声で終わりが紡がれる。

 

「弾け『飛梅(とびうめ)』」

 

肉を押し骨を斬り腹の中で斬魄刀の形状が変化する得も言われぬ感覚。

その感覚の中で俺は動くことが出来ないでいた。

次いで起こる体内での爆発。

 

「弾けろ」

 

腹が熱い。文字通り焼けるような熱さ。斬魄刀『飛梅』の能力で生み出される火の玉が俺の腹を焦がす。

 

「弾けろ」

 

一発や二発程度なら問題はない。同じ火とは言え山本元柳斎重國の『流刃若火』と比べれば込められた霊圧の格が違う。

だが、それも---何度も続けば話は違う。

 

「弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ」

 

内臓が焼き焦げていく。骨が飛散し炭化する。血管が炭を運ぶ管になっていく感覚。

雛森桃の鈴の様な声が聞こえる度、俺の腹の中はぐずぐずと焼け解けていく。

この光景を傍から見ている朽木白哉の表情ときたら、俺にして大爆笑としか言えないものだった。

 

---何故、抵抗しない。

 

信じられない様なモノを見るような眼でそう疑問を投げかける朽木白哉の視線。

確かに言われてみれば当然の疑問。何故俺は雛森桃にされるがままになっているのか。当然、抵抗は出来る。現にこうして腹を溶かされ掻き混ぜられながらも思考することが出来ているのだから、身体は考える前に動くべきだ。千年という長い月日。戦いの中で俺の身体は攻撃の対して即座に無意識の内に敵の首を刎ねる軌道を描けるくらいには仕上がっている。

現状、雛森桃の首が飛んでいないという事は誰かがそうなることを止めているという事。

そして、言うまでもなく止めているのは俺だった。

 

俺は雛森桃の淀んだ光の無い眼を見ながら俺は---ああ、これは駄目だと薄く笑った。

俺に(これ)は斬れない。斬れる訳が無い。現実から逃避したのだろう幸福のみに彩られた笑顔。現世(うつしよ)(うつ)さず(うつつ)のみを()す瞳。

雛森桃が纏う懐かしく愛おしい匂いは故郷の香り。

 

目の前にいる少女は救うべき中毒者(かぞく)だ。

 

俺は『風守』。阿片窟(とうげんきょう)の番人。

阿片(ユメ)を愛する中毒者(かぞく)を斬ることは、出来ない。

 

「…人質という訳か」

 

ゴボリと血の塊を吐きながら俺は藍染惣右介に向けて呪詛を吐く。

 

「…なるほど、酷い。こんなことをするなんて、お前は悪魔だ。斬れる、筈がないだろう」

 

辛い現実から逃げる為に阿片に狂い幸せの中で閉じることを選んだ雛森桃の姿。

今の雛森桃を斬ること言うことは、俺が今まで説いた幸せの形を俺自身の手で終わらせるという事だ。

 

 

---因果?知らんよどうでもいい。

   理屈?よせよせ興が削げる。

   人格?関係ないだろそんなもの。

   善悪?それを決めるのは(おまえ)だけだ。

   お前の世界はお前の形で閉じている。

   ならば己が真実のみを求めて痴れろよ。

 

---俺はお前の幸せを心の底から願っている。

 

「…俺の言葉に、嘘はない。雛森桃、それがお前の幸せならば、善哉善哉。好きにしろ。---

 

俺は愚かしくも愛おしい弱者(かぞく)を抱きしめる。

 

「---弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。弾けろ。藍染隊長、これでいいんですよね?

 

---俺は、お前の幸せを、」

 

俺の意識はそこで途絶えた。

 

 

 

風守風穴の身体が地に倒れるのを朽木白哉は見た。身動ぎしかできない程の傷を負っている朽木白哉からして風守風穴が負った傷は思わず目を背けたくなるほど酷いものだった。

それを成した雛森桃は倒れ伏した風守風穴を呆然と眺めると、徐々に正気を取り戻してきたのだろうか、瞳に光を取り戻していく。

そして、少女の悲鳴が瀞霊廷に木霊した。

 

 

 

 

 

 

 

「…そんな」

 

山本元柳斎重國の治療を終え、愛する夫を追う為に一番隊隊舎を飛び出した卯ノ花烈は空を見上げながらその光景が真実であることを疑った。空が晴れている。空気が澄んでいる。淀みは無く雲一つない快晴の青空。---瀞霊廷を覆っていた薄桃色の煙が晴れていた。

 

あり得ないと卯ノ花烈は困惑する。瀞霊廷を覆っていた薄桃色の煙。風守風穴の斬魄刀『鴻鈞道人』が生みだした阿片の毒が晴れることなど本来あり得ない。

斬魄刀『鴻鈞道人』の担い手である風守風穴ですら、阿片の毒を生み出すことは出来ても、消すことも操ることは出来ないのだ。桃源郷に立ち上る仙丹の煙の一切を焼き消すことが出来るのはただ一振りの斬魄刀。炎熱系最強最古の斬魄刀『流刃若火』のみ。

その担い手たる山本元柳斎重國とはつい先ほどまで顔を合わせていた。なら、彼が瀞霊廷を覆っていた薄桃色の煙を消すことは出来ない。

阿片の毒を消し去って物理的に空を晴らす術はない。

他に考えられる要因。因子。それはただ一つ。---受け入れがたい真実だった。

 

「風守さんの霊圧が、消えた?」

 

斬魄刀『鴻鈞道人』は一度解放されれば担い手である風守風穴の意思とは関係なく阿片の毒を生成し続ける。濃度の強弱や量の調整は出来ても生成を止めることは出来ない。生み出された阿片の毒を操ることも出来ない。

だが、あくまで生成される阿片の毒は風守風穴の霊力によって生み出されるモノ。

 

故にもし万が一、風守風穴が討たれるようなことがあれば阿片の生成は止まり、生成された阿片の毒もまたチカラを失い水蒸気へと変わっていくのではないのか。

 

そんな仮説を嘗て立てた科学者がいた。

長い黒髪を結い両腕以外に六本の義手を操るその女科学者は是非、(わらわ)の研究の為に風守風穴の身柄を引き渡してほしいなんて卯ノ花烈の目の前で馬鹿なことを宣っていた。

お前がそれを望むのならば好きにしろとフラフラと付いて行こうとする風守風穴を卯ノ花烈は止め、そのことに端を発することとなる卯ノ花烈と現零番隊隊士『大織守(おおおりがみ)修多羅(しゅたら)千手丸(せんじゅまる)の確執は今は忘れよう。

 

卯ノ花烈は懐から白く小さな手鏡の様なもの。”霊圧探索機”を取り出し確認する。

 

「まだ、生きてはいるようですね」

 

微かにだが未だに風守風穴の霊圧は動いている。だが、活動限界。かつて浦原喜助が言っていた。『風守』としての強靭な肉体を持っていても傷を負い続ければ何時かは倒れる。

その限界地点に近しいと治療部門の長である卯ノ花烈は霊圧の波長を感じとりながら、歯痒い思いに苛まれる。

今すぐに風守風穴の治療に向かわなければならない。一刻も早く。何を投げ打ったとしても---

 

「だというのに………此処であなたが私の前に立つのですか?」

 

護廷十三隊一番隊隊舎の前。護廷十三隊の長がいる場所の前の広場。旅禍の侵入から端を発する戦時特例下であっても人気が途絶える筈もないそんな場所で一人の死神が他に憚る訳でもなく堂々と卯ノ花烈の前に立っていた。

 

「そこを退いてください。…東仙隊長」

 

生来からの盲目であり、コーンロウと褐色の肌、ドレッドヘアが特徴の平和主義者。護廷十三隊の中でも普段から物静かである死神は、だがしかし、それは出来ないと明確な敵意を以て首を横に振る。

護廷十三隊九番隊隊長。東仙(とうせん)(かなめ)が立っていた。

 

「それはできない」

 

「何故?」

 

「正義が為に」

 

淡々と答える東仙要の言葉に卯ノ花烈は眉を潜める。

 

「瀞霊廷を裏切ることが正義であると?東仙隊長。貴方は瀞霊廷を裏切り、藍染惣右介の側に着くことが正義であるというのですか。だというのなら、なんて---」

 

「否。風守風穴を討つことが正義であると言っている」

 

---なんて身勝手な理屈なのでしょう。と続く言葉は止まる。

 

「阿片をばら撒くあの男を討つことが正義。あの男が齎すモノによって巻き起こされる惨劇を止めることが正義。私の言葉に、間違いはあるか?卯ノ花隊長」

 

「それは………いえ、ありませんね」

 

否定の言葉はどこを探したってない。妻である卯ノ花烈でさえ、風守風穴の悪性を庇う言葉などは吐けはしない。

何より風守風穴自身が認めていることだ。彼が齎す曰く仙丹の妙薬は弱者に素晴らしい夢と生きる希望を与えるけれど、同時に外界と上手く接する術を奪っていく。その結果、巻き起こる悲劇と惨劇は紛れもない事実でしかなく、風守風穴もまたそのことから目を反らす気など欠片も無かった。

彼は(ただ)、惨劇を直視して(なお)、それでも(なお)と説いただけ。

 

「確かにあの(ひと)を討つことは正義でしょう。あの(ひと)が此れまでやってきた事を考えれば、殺されたとしても文句は言えません。けれど、しかし、東仙隊長。心得ていますか?私はそれでも(なお)、あの(ひと)を愛してしまっているのですよ」

 

全てはあの忘れもしない日暮れの荒野から始まった三日三晩の夢の日々。愛を叫んだ狂人と戦いを愛した狂人の血みどろの殺し愛い。

あの日から、卯ノ花烈は風守風穴を愛している。愛と呼ぶことでしか、外界に発してはいけない感情と共に愛し続けている。

だからと---剣鬼(おんな)は嗤う。

 

「…あの男が(もた)す悲劇は、どこにでもあることだ。珍しくもない惨劇だ。嘗てある阿片に狂った男は、つまらない諍いで同僚を殺し、それを咎めた妻をも殺した」

 

東仙要が語る言葉。それが彼自身の身近で起こった一つの惨劇。

 

「誰よりも平和を願った彼女の夢は…風守風穴の阿片(ユメ)に砕かれた。………何故だ?何故‼」

 

東仙要は声を張り上げる。思いの丈が溢れて熱を帯びる。

 

「弱きを救うと言うのなら、何故平和の為に戦いたいと願った彼女を(くだ)した!誰よりも世界の平和を願い!誰よりも強い正義を持ち!その為に戦うことを選んだ彼女が何故‼あの男が齎した下らぬ薬物の所為で死なねば、ならなかった‼」

 

卯ノ花烈が風守風穴を愛するように東仙要にも愛した(ひと)がいた。

東仙要が死神となる前に出会った美しいその(ひと)は平和を作る為に死神となって(ホロウ)と戦うことを選んだ。その為に統学院に入り学問を納め、そして---夫であった死神に殺された。

その夫は風守風穴の創った阿片窟に出入りしていた。阿片の齎す痴れた夢が男を凶行に走らせたのか、あるいは元から凶暴な性を持っていたのか、それは誰にも分らない。

だが、もしかしたら風守風穴さえ居なければ、違う結末があったかもしれない。

 

---風守風穴(あのおとこ)さえ、いなければ。

 

「彼女になにが足りなかったという‼抱えられるだけの正義では平和を願うには足りぬのか‼いや、違う‼足りないのではない‼要らないんだ‼あの男の齎す阿片(モノ)など平和の為には、あってはならないモノなのだ‼」

 

---ならば私は。平和を叶えるその為に。

 

「誰もやらぬと言うのなら、私がやろう。私があの男を殺す正義を成そう‼」

 

---そして、阿片の齎す全ての邪悪を、空に立ち上る薄桃色の煙を、雲の如くに消し去ろう。

 

「私の正義のすべてを懸けて‼」

 

 

 

「卍解---『清虫(すずむし)終式(ついしき)閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)

 

 

 

東仙要の卍解の発動と共に東仙要と卯ノ花烈を飲み込む巨大な楕円型のドーム状の空間が創られる。数ある卍解の中でも異質。唯一現存する空間作成型の卍解は、ドーム内に居る者の霊圧感知に加え視覚・聴覚・嗅覚を奪い真っ暗闇へと突き落とす。

暗黒から逃れる術は唯一、斬魄刀『清虫(すずむし)』本体に触れることだけ。

 

「これが私の卍解。…どうだ、卯ノ花隊長。長く瀞霊廷に身を置く貴女も想像すらしていなかった光景だろう?…とはいっても、既に何も見えてはいないだろうがな」

 

霊圧知覚も視覚も聴覚も嗅覚さえも感じられないのなら、敵の攻撃に対して無防備に受けるしかないということだ。幾ら警戒しようとも敵意を感じられないなら意味はない。

東仙要は静かに斬魄刀を振り上げ、なにも聞こえてはいない卯ノ花烈に勝利を告げた。

 

だが、しかし---卯ノ花烈は初めて見る東仙要の卍解を前にして、冷静にそれに対処する。

霊圧知覚と視覚・聴覚・嗅覚の消失をすぐ樣に理解し、剣を握る手から感じる重みに触覚は消されていないと安堵する。

剣を握ることさえできれば、敵を斬ることは出来る。敵を斬ることさえできれば、卯ノ花烈は誰よりも強い。

 

---あの(ひと)以外の誰よりも。

 

反応など出来る筈のない知覚不可の東仙要の暗黒剣に卯ノ花烈は反射で応じる。返す刃で東仙要を切り裂く。

 

「なん…だと…?」

 

反応ではなく反射。それが理外の理。修羅の理。身体が剣を動かすのではなく、()()()()()()()()()()()埒外の理屈。三日三晩の奇跡の再現。

天下無数に在るあらゆる流派を極め、そしてあらゆる刃の流れは我が手に修めた『八千流(やちる)の剣』。

 

東仙要は切り裂かれた脇腹から流れる血を片腕で抑えながら、藍染惣右介から言われた言葉を思い出していた。

 

---刀剣の間合いに置いて卯ノ花烈の戦闘能力は山本元柳斎重國すら超えている。

 

その言葉に嘘は無かった。東仙要は四感を潰したとはいえ卯ノ花烈に接近戦を挑んでしまった己の浅はかさを悔いながら、ならばと藍染惣右介から命じられていた通りの行動へと移る。

卯ノ花烈から刀剣の攻撃範囲外まで十二分の距離を取り、そして、動かず。不動の構えで其処で待つ。

動かず。不動。文字通りに何もしない。

 

そのままどれだけの時間が過ぎただろうか、卯ノ花烈は東仙要の狙いを悟り美しく笑った。

 

「なるほど、そういうつもりなのですね」

 

勝てないのなら、敵わないのなら、時間を稼ぐという戦術としては凄く真っ当な行為。それを東仙要は卯ノ花烈にやってのける。なる程、流石ですねと卯ノ花烈は東仙要とこの作戦を立てただろう藍染惣右介に賛辞を贈る。

瀞霊廷にて千年を生きた卯ノ花烈。その戦闘能力は他の隊長の追随を許さない。正面からの戦闘で卯ノ花烈を止められるのはきっと同じく千年戦い続けた者達のみ。それ以外の者達では大した時間稼ぎにはなりはしない。

けれど、東仙要の卍解をもってすれば別だった。

 

「この卍解は、防衛向きですね」

 

卯ノ花烈は空間作成型という他に類を見ない卍解をそう評価する。

 

「敵からすれば視覚・聴覚・嗅覚・霊圧知覚を潰され闇の中へと落とされる地獄ですが、見方を変えればそれは永遠に敵を捕らえて留めておけるという事に他なりません。私の反射も貴方が攻撃を加えてこない限りは発動のしようがない。だからと無暗矢鱈(むやみやたら)と剣を振るった所でこの空間を破る術はないのですね?」

 

「ああ、この『閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)』は内側からも外側からもいくら攻撃を加えようとも破る事は出来ない。破る方法は一つ。私に一定以上のダメージを与えることだけだ。けれど、卯ノ花隊長。貴女にその術はない。いくら白兵戦最強であると、刀が届かないのでは意味がない」

 

あるいはこの場に居たのが山本元柳斎重國であったなら、斬魄刀『流刃若火』が生みだす熱量で東仙要を蒸し焼きにすることが出来ただろう。あるいは雀部長次郎であったなら、斬魄刀『厳霊丸』が生みだす雷雲から落ちる落雷による全方位無差別攻撃が出来ただろう。あるいは風守風穴であったとしても、斬魄刀『鴻鈞道人』の生み出す阿片の煙が空間に充満したに違いない。

けれど、卯ノ花烈だけは別だった。卯ノ花烈の持つ斬魄刀は戦闘力皆無の回復系斬魄刀。

卯ノ花烈の戦闘能力が幾ら高くてもそれは刀と言う小さな形に押し止められている。

誰しもに得手不得手がある。東仙要の卍解は卯ノ花烈にとっての鬼札となるものだった。

 

---それを知っていたからこそ、藍染惣右介は東仙隊長を味方に引き込んだのかもしれません。

 

そんな事を思いながら、卯ノ花烈は薄く笑う。美しい微笑みを絶やすことなく斬魄刀を握り立ち続けた。

その光景はきっと盲目の東仙要がもし眼にしていれば、異様に思いしかし美しいと感じた姿だっただろう。けれど、目に見えない東仙要は静かに動かないでいる卯ノ花烈に『清虫(すずむし)終式(ついしき)閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)』の能力を一部解除して疑問を投げかける。

 

---なぜ、そうも平然としていられるのかと。

 

今は瀞霊廷全体の危機である筈だ。敵の術中に嵌った危機である筈だ。そして何より、愛した男の危機である筈だ。

それなのに何故と東仙要は問いかける。

無論、東仙要の声は『清虫(すずむし)終式(ついしき)閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)』の能力に寄り反響し東仙要の正確な位置を卯ノ花烈に悟らせることはしない。

だから、卯ノ花烈は東仙要の居る位置とは正反対の方向を見ながら笑みを浮かべ、淀みなく答えた。

 

「私は信じています」

 

「何を信じているという?」

 

「あの(ひと)を。---あの(ひと)は強い。きっと世界の誰よりも。あの(ひと)は護廷十三隊という夢を愛しています。きっと世界の何よりも。あの(ひと)がいる限り負けは無いと、私は信じているのです」

 

「何故…何故、そうも信じられる。あんな男を何故!貴方は、いや、()()()は‼」

 

東仙要の絞り出すような叫びに卯ノ花烈は静かに眼をつぶると子供に語り聞かせるような穏やかな口調で答える。

 

「あの(ひと)は、確かに多くの罪を犯してきました。あるいは本当に死ぬべきなのかもしれません。けれど、その全ては悩み苦しみ傷つけ合いながらも、愛し合い生きて、そうして得た答えの一つです」

 

---何故痴れぬ。何故、何故溺れない---何故自ら苦しみ嘆き痛みの中で生きようとする---誰が苦しみながら進む道で幸せになれるという---

 

「あの(ひと)の齎すモノは、夢見る平和は、完全からは程遠いものでしょう。けれど、それはどんな絶望の中でも安らぎを与える救いでもあるのです。その救いが、一瞬でもいいのです。それで救われる者がいる。私は、そう信じます」

 

「……くっ、ふざ、ふざけるな‼そんな、そんなもの‼」

 

東仙要の眼から涙が零れた。卯ノ花烈の言葉が悔しかったからだ。卯ノ花烈の言葉が悲しかったからだ。そして、それが受け入れがたい真実であったからだ。

 

「一時の快楽の為に何故現実を捨てる‼それは逃避だ‼立ち向かわなければならない現実を前に逃げる事の何処が正義だ‼間違っていることに何故気が付かない‼それは、断じて救いなどではない‼‼」

 

東仙要の斬魄刀の剣先が卯ノ花烈に向けられる。卯ノ花烈に例え見えていなかったしても東仙要はそうせずにはいられなかった。

 

「人は、もっと強く生きられる筈だ‼阿片など頼らなくとも、現実と向き合える筈だ‼彼女が、彼女が救いたいと願った人はもっと強い筈なんだ‼‼だから、わた---

 

「それは押し付けですよ。東仙隊長」

 

---…がっは!?」

 

東仙要が十二分に離していた距離を瞬時に詰める卯ノ花烈の歩法。否、驚くべきはそこではない。東仙要の正確な位置が解らない筈の卯ノ花烈は、会話の隙を突き、迷うことなく一直線に東仙要を切り裂いていた。

それは無論、『清虫(すずむし)終式(ついしき)閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)』のよって完全に隠されていた東仙要の声で彼の位置を悟ったからではなく、迂闊と呼ぶにはあまりに小さな東仙要の過ち。

怒気と共に()()を乗せて向けてしまった剣先。その剣先に『八千流の剣』が反射してしまっただけだった。

 

初撃の様な浅い傷ではない。深手を負った東仙要が膝をつくと共に『清虫(すずむし)終式(ついしき)閻魔蟋蟀(えんまこおろぎ)』が作り出した空間が解除された。

 

卯ノ花烈は膝をついた東仙要を見下ろしながら、けれど、東仙要の語った言葉を否定する気など欠片も無かった。しかし、それでも言い聞かせるように言う。

 

「彼女の信じた人を、貴方は強いのだと信じたいのではないですか?だとするなら、それは押し付けです。押し付けて語る正義はただの同調圧力へと成り下がってしまう。曰く正義。曰く正義と。痴れているのは、どちらなのかとあの(ひと)は言うのでしょうね」

 

「ぐっ…くぅ…」

 

「東仙隊長。貴方は一度、風守さんとしっかりと話し合ってみてはどうでしょうか?」

 

そう言って治療の為に伸ばしかけた卯ノ花烈の手は、空から突如、東仙要へと降ってきた光によって阻まれる。その光の名は『反膜(ネガシオン)』。大虚(メノス)が同族を助ける為に使うもの。『反膜(ネガシオン)』の光の包まれたが最後、光の内と外は干渉不可能な完全に隔絶された世界となる。

 

藍染惣右介は『虚園(ウェコムンド)』と繋がっている。その情報を風守風穴から得ていた卯ノ花烈は、重傷を負いながらも『反膜(ネガシオン)』に回収されて行く東仙要を見上げながら、この戦いの取り敢えずの決着を悟るのだった。

 

 

 

 

 





精神を完全に支配する斬魄刀が『鏡花水月』だけだと誰が言った?
『清虫終式・閻魔蟋蟀』は四感全てを支配する斬魂刀だ!!

帰刃(へんに)』なるより絶対こっちの方が強いって東仙さん‼(; ・`д・´)


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