BLEACHの世界でkou・kin・dou・ziィィンと叫びたい   作:白白明け

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万仙陣の終わり方①

 

 

俺は”家族”の話をするのが好きだ。思いで深き阿片窟(あへんくつ)。そこで暮らすものは皆、穏やかで優しかった。外界と接する術を無くす代わりに己が内の世界に籠る安寧を手に入れた彼らの話をするのが好きだ。

西流魂街80地区『口縄』の洞窟で俺を”風守”と呼んでくれた彼らは特異な体質が故に孤独に沈む俺にとって守るべき存在であると同時に()()でもあった。

 

故に守りたいのだと切に願おう。そこに何の疑問があるモノか。

”家族”を守る。それは当たり前のことだろう。

 

故に。だからこそ、

 

虚無(おれ)を産んだ---我が父よ‼‼」

 

そう叫びながら斬りかかってくるウルキオラを前に俺の頬を涙が伝う。溢れ出る憐憫(れんびん)の感情が俺の心を締め付け苛む。

俺はウルキオラ以外の破面を市丸ギン達に任せて、覚悟と共に斬魄刀を抜いた。

 

刃と刃が交差する。鍔迫り合いの最中、怒りにかられながらも欠片の表情も浮かべることがないウルキオラの端整な顔立ちを至近距離で見ることになった俺は素直な感想を零す。

 

「似ていないな、俺とお前は」

 

「…」

 

「ああ、勘違いするなよ。己を父と呼ぶ子を前に、血の繋がりは無いなどと屑の様な言葉を吐き捨てる積りは無い。認めよう。俺が創った阿片窟(とうげんきょう)で産まれたお前は俺の子なのだろう。お前がそう言うのなら、そうなのだろうよ」

 

鍔迫り合いを腕力のみで制しながら、ウルキオラを圧しきり距離を取る。

そして、感情のままに言葉を続ける。

 

「ならばこそ、答えろ。我が愛息(あいそく)‼」

 

同時に思考の端で詠唱するのは八十番台の破道。破壊の重砲を片手間に作り出すという器用な真似を褒めてくれるものは誰もいない。

突き出した左腕と共に俺はらしくもない怒りに駆られながらウルキオラに問いかける。

 

「なぜ俺に刀を向けるのか!家族(それ)は救い守るべき者の筈だろう‼」

 

---破道の八十八。飛竜撃賊震天雷砲(ひりゅうげきぞくしんてんらいほう)

 

突き出した左腕の掌から空を飛ぶ竜すら落とすと謳われた破壊の光線が唸りを上げて放たれる。詠唱破棄をしたから元来の威力には遠く及ばないそれは、しかし、人一人を消し飛ばすには十分すぎる威力を持つ。

 

迫りくる破壊の光線を前に表情一つ変えることのなかったウルキオラは初めて焦りを感じさせる表情の歪みと共に、俺と同じように左腕を突き出した。

鏡映しの様な行動の後に生まれるのは、鏡映しの様な光景。

 

「”王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”」

 

大虚の放つ虚閃(セロ)の恐らく最上位であろう王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)飛竜撃賊震天雷砲(ひりゅうげきぞくしんてんらいほう)は互いにぶつかり合い相殺される。巨大なエネルギーのぶつかり合いは周囲を震動させた。

周りで戦っていた市丸ギンたち死神と破面達が手を止め俺とウルキオラを見たが、俺達はその視線など気にする事も無く次の一手を目の前の相手に叩き込む。

 

「守るだと?救うだと?善意に溢れた言葉(それ)をお前が俺に吐くのか?<ruby><rb>阿片窟</rb></ruby><rp>(</rp><rt>あへんくつ</rt><rp>)</rp>という俺の地獄を創ったお前が…何を言う」

(あへんくつ)という俺の地獄を創ったお前が…何を言う」

 

「阿片窟が地獄だと?お前は一体何を言っている?」

 

「ああ、確かに気が付かねば阿片窟(それ)桃源郷(とうげんきょう)であっただろう。だが、気づいてしまえばそこは地獄だ。俺一人を残し全ては朽ち果てていく。

 

---(みな)()れていく。そこには虚無(おれ)(ひと)りが()った」

 

ウルキオラが片手間に放った虚弾(バラ)を同じく詠唱破棄の破道の三十二黄火閃(おうかせん)の黄色の霊圧で弾き飛ばす。

 

「…だから、どうした?」

 

「なに?」

 

「知っているさ。阿片窟(とうげんきょう)に置いて俺以外の者は皆、痴れていく。それは幸福な夢を見ながら生きているということだ。お前は、それを素晴らしいと思わないのか?」

 

俺以外の皆は幸福の夢を見る。

生涯、痛みを忘れ苦しみを忘れ己のみが真実である世界に閉じて逝く。

俺を産み育てた穏やかで優しかった母は時に人形や死骸を俺と勘違いしていたが、その死様すら穏やかだった。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

その言葉に偽りはない。

 

「俺にお前達を抱きしめさせてくれ。それだけで、俺もまた幸せであれるのだから‼」

 

俺の言葉にウルキオラは驚きのままに瞳を揺らした。そうして、俺もまた気が付く。

俺とウルキオラの違い。父の子の明確な差異。

 

「ウルキオラ・シファー。お前には…---

 

「風守風穴。お前は…---

 

それはきっとどうしようもない程に明確な埋めようのない感性の違い。

 

---他者の幸福を願える人間愛に満ちた博愛精神はないのか?」

 

---狂っている」

 

 

親子だからとって、否、親子だからこそ交われないこともある。己を父と呼ぶ存在であるが故に何故俺と同じように生きられないのかとウルキオラに募る苛立ちは、万事を受け入れ尊重する俺にとって感じたことのない苛立ちだ。その苛立ちを募らせながらも、俺は吐き捨てることだけはしてはならないとウルキオラという”個”を受け入れる努力をする。

同族であるが故に己と同列視するのは誤りだろう。

親が子に(じゅん)じる事があろうと子が親に(じゅん)じる事は決して美徳などではない。

 

なら、俺は喜ぶべきなのかもしれない。

俺と同じ様に生まれたウルキオラが俺とは違う答えをだしたことに。

 

「…前に山本重国が言っていたな。後続に道を示し、やがては乗り越えられることが父祖の本懐なのだと。難しいものだな、子育てとは」

 

心を整理して冗談を交えながら俺は口元に笑みを取り戻す。瞳を混濁させながら、目の前のウルキオラから()()というフィルターを外して見てやろう。

何も変わらない。俺は皆の幸せを願っている。たとえ、それが息子であろうとも()()()()()()()()()()()

 

「だからこそ全力。故に全霊だ。さあ、痴れた音色を聞かせてくれよ『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』」

 

 

 

 

 

 

 

狂っている。そう評した男が紛れもなく己を生んだ父であることをウルキオラ・シファーは悟る。息子を他人と同じように愛してやれるという男が真面ではないことは確定的だ。

”白い死神”。かつて『虚圏』に破滅を齎そうとした男。虚達にして理解できない理屈を語り愛を叫んだ死神は確かに虚無(おのれ)を生み出すに足る狂人だった。

 

---やはり、消さねばならない。

 

目の前の男は障害などと言う生易しいものではない。ましてや利用する価値など皆無。目の前の男は敵であるより味方であった方が脅威であると言う類の狂人だ。

 

---現世で出会った虚の性質を宿した死神代行、黒崎一護とはまるで違う。

 

ウルキオラ・シファーが思い出すのは己の主である藍染惣右介の言葉と現世にて出会った黒崎一護という死神代行の存在。

藍染惣右介は黒崎一護と同じ様に風守風穴を見ているとウルキオラ・シファーは考えている。

一方は期待値。もう一方は危険性という視点の違いは在るが、藍染惣右介は双方を何らかの要因により同列視している。

だからこそ、現世に先行させ実際に黒崎一護と対峙した己をネガル遺跡にて確認された死神勢力への対抗勢力として派遣させたのだとウルキオラ・シファーは考えている。

ウルキオラ・シファーは風守風穴と己の確執を藍染惣右介に話してはいなかった。

故に藍染惣右介は純粋な試験紙として己を使っているのだろう。

藍染惣右介からウルキオラ・シファーに下された命令は黒崎一護へのものとほぼ同じ内容。

 

---”我らの妨げになる様なら殺せ”。違うのは続く一文。”殺せぬのなら無理せずに退け”。

 

確かに風守風穴の戦闘能力は黒崎一護とは比べ物にならない程に脅威だとウルキオラ・シファーは考える。只の前哨戦。言葉のやり取りの中で繰り広げられる戦いの中でウルキオラ・シファーは十刃(エスパーダ)の為に存在する虚閃。”王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”という切り札の一つを切らされている。

相殺という形で消費しなければならなかったソレは元来であれば一つで戦況を覆すことの出来る戦術兵器だ。

 

---だからこそ、今、この場で消さなければならない。

 

風守風穴や死神達の動きをみれば、『虚圏』に滞在する彼らが自分たち破面陣営の動きを完全に捕えきれていないことが見て取れる。彼らは未だに自分たちが既に現世への侵攻の足掛かりを始めていおり、現世に置いて黒崎一護と対峙、黒崎一護の仲間である井上織姫を手中に収めたことを知らないのだろう。知っていれば風守風穴は拠点の設営を終えた以上、勇み足で既に虚夜宮(ラス・ノーチェス)へ足を踏み入れていた筈だ。

風守風穴がそういう男であることをウルキオラ・シファーは対峙のなかで悟っている。

 

---藍染様同様に虚の手を借りて『虚圏』に足を踏み入れた手腕は見事だが、外法であるが故に瀞霊廷との情報共有手段が少ないという欠点がある。その欠点を突き、今この場で消さなければならない。さもなくば、この男は藍染様すら殺し得る。

 

「痴れた音色を聞かせてくれよ『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』」

 

斬魄刀の始解。解放された斬魄刀『鴻鈞道人』の形状の変化は乏しい。姿形はただの斬魄刀。現世で見た黒崎一護の卍解『天鎖斬月(てんさざんげつ)』の様に斬魄刀全体が黒く染まるといった色の変化も無い。ただ切っ先に四連の小さな穴が空くのみ。

しかし、その四連の穴から漏れ出す桃色の煙こそが風守風穴を最悪足らしめるチカラの奔流であることをであることをウルキオラ・シファーは藍染惣右介から聞かされている。

 

---俺だけだ。

 

ウルキオラ・シファーは瞳を閉ざして右手に握る斬魄刀に力を込める。

 

---第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)コヨーテ・スタークでも第2十刃(セグンダ・エスパーダ)ティア・ハリベルでも第3十刃(トレス・エスパーダ)ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクでもない。現時点での十刃を含めた破面陣営の中で俺だけが、風守風穴を殺し得るだろう。

 

憎み続けた阿片への耐性。強大な力と引き換えに超速再生能力(ちょうそくさいせいのうりょく)の大半を失う破面(アランカル)達の中で脳と臓器以外の全ての体構造(たいこうぞう)を超速再生できる程に強靭な肉体。

それさえなければウルキオラ・シファーは皆と同じように阿片窟(あへんくつ)の真実に気が付くことなく安らかな死を迎えられていた。

 

目の前の男から受け継いだ唾棄すべき遺産にウルキオラ・シファーはこの瞬間のみ感謝した。

 

斬魄刀『鴻鈞道人』から漏れ出す阿片の毒を吸い込みながら、痴れることのない思考の中でウルキオラ・シファーは言葉を紡ぐ。

 

帰刃(レスレクシオン)(とざ)せ『黒翼大魔(ムルシエラゴ)』」

 

ウルキオラ・シファーの斬魄刀の解放と共に周囲に黒く冷たい霊圧の雨が降る。左頭部のみを覆っていた仮面が広がり頭部全体を覆う。背には悪魔(デーモン)の名を冠するに足る黒翼が現れる。より一層無機質さを増した瞳で風守風穴を見据えながら、ウルキオラ・シファーは右腕に霊圧で形成した刃を握る。

 

瞬間、消える様に姿を消した風守風穴の左からの奇襲の斬撃を左腕の爪で受けながら、右腕の刃を振るう。風守風穴が返す斬撃で刃は防がれるが、ウルキオラ・シファーは気にも留めずに連撃を繰り返す。

斬魄刀『鴻鈞道人』と刃と爪が交わること十数回。ウルキオラ・シファーは風守風穴の表情が徐々に歪み始めるのを見逃さなかった。

斬撃の度に斬魄刀『鴻鈞道人』からこ零れ出る阿片の毒が周囲を包む。常人であれば一呼吸もすれば痴れて倒れる濃度の阿片の煙に包まれながら、ウルキオラ・シファーは風守風穴と対峙する。

 

「…阿片の毒に耐性を持つ俺でなければ、勝敗は既に決していた。お前とて、考えもしなった展開だろう。切っ先一つ埋めれば終わる。常にお前の戦いは一撃を叩き込むことのみに終始できた。一撃必殺。さぞ、気分が良かっただろう?傷一つ負わせれば勝ちという絶対的なアドバンテージを持った上で強者を気取れたのは。あるいは傷一つ負わせられずとも、時間と共に濃度を増していく阿片の煙がお前を勝利に導いた」

 

---お前の勝利は常に斬魄刀『鴻鈞道人』と共にあった。

 

「尸魂界至上最悪の斬魄刀さえなければ、お前の力など知れている。確かにお前の戦闘能力は高く脅威だが、俺が届かぬ程ではない」

 

ウルキオラ・シファーの言葉に反応するように風守風穴の口が言葉を紡ぐ。それは斬魄刀『鴻鈞道人』の生成する阿片の毒の濃度を天井知らずまで上げる詠唱。

 

人皆(ひとみな)七竅(しちきょう)()りて、()って視聴食息(しちょうしょくそく)す。()(ひと)()ること()し。---広がれ万仙陣(ばんせんじん)

 

風守風穴の強靭な身体でさえ痴れさせる濃度の阿片の毒が周囲に溢れ出した。

ウルキオラ・シファーはそれを吸い込みながら、(なお)、無駄だと吐き捨てる。

 

「無駄だ。確かに万仙陣(ばんせんじん)の毒は俺を痴れさせる。だが、所詮はお前自身が吸い込みながら戦いに機変を齎さない程度の毒でしかない」

 

斬魄刀『鴻鈞道人』が万仙陣を広げ生成する阿片の毒は最強の死神である山本元柳斎重國でさえ吸い込めば即座に膝をつく程の濃度。故に風守風穴は万仙陣を廻せば終わりと考えていた。幾ら阿片窟で産まれ阿片への耐性を獲得していたとしても、それは風守風穴がバラガン・ルイゼンバーンとの戦いの中で生成した物の上澄みでしかない。

自身が持つ本当の意味での耐性ではないのだと風守風穴は考えていた。

 

だが、しかし、それは違った。

 

「親が耐えられるのだ。なぜ、子である俺が耐えられないと考えた?」

 

「なん…だと…!?」

 

風守風穴の眼が見開かれる。驚愕に彩られながら、それでも即座に次の一手を打つ風守風穴は確かに歴戦の猛者足り得た。

 

「なら…()って性命双修(せいめいそうしゅう)(あた)わざる(もの)()ちるべし、落魂(らっこん)(じん)阿片特性変異(あへんとくせいへんい)墜落(ついらく)(さか)(はりつけ)‼」

 

しかし、それすらもウルキオラ・シファーを苛立たせる要因にしかならない。

 

「無駄だ‼落魂陣(らっこんじん)の能力も藍染様から聞いている。斬魄刀を狂わせるその毒は確かに帰刃(レスレクシオン)にも効果があるだろう。だが、破面(アランカル)の持つ斬魄刀は虚の肉体と能力の核を刀剣状に封印したもの。つまり、元は俺の一部。俺の帰刃(レスレクシオン)にも阿片への耐性はある」

 

万仙陣に落魂陣。斬魄刀『鴻鈞道人』の生み出す能力の全てを無効化しながら立つウルキオラ・シファーの姿に風守風穴の浮かべていた薄い笑みが遂に消える。

けれど、それは諦めとは程遠い感情だとウルキオラ・シファーは感じとりながら、攻め切るのなら今しかないと考える。

 

---この一瞬の動揺の内にこの男を殺しきる。

 

千載一遇の勝機。言葉でなんと言おうとも、風守風穴の持つ戦闘能力の高さをウルキオラ・シファーは恐れている。斬魄刀『鴻鈞道人』の能力が風守風穴の戦闘の核になっていることは事実だ。だが、しかし、風守風穴にはまだ千年以上の時を掛けて研ぎ澄ませた剣術と”王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”を相殺するだけの破道を片手間に放つことの出来る鬼道の腕がある。

 

---故に此処で殺しきる。ただの一度の勝機に賭けて。

 

ウルキオラ・シファーは最後の切り札を切る。それは主と定めた藍染惣右介にすら、見せたことのないウルキオラ・シファーの奥の手。

何の因果か死神を父と呼んだ破面(アランカル)にのみ許された第二の帰刃(レスレクシオン)

死神で言うのなら卍解と呼ぶべきその名は---

 

「これが絶望の姿だ。”刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)”」

 

帰刃(レスレクシオン)黒翼大魔(ムルシエラゴ)』の姿がさらに変化する。

虚の名残である仮面は砕け散った。代わりに頭部に二本の雄々しい角が生まれる。洋服を形作っていた霊子は崩れ代わりに身体を黒い体毛が包み込む。爪は更に鋭さを増した。尾骶骨(びていこつ)から身の丈の三倍以上の長さの尾が生える。

ウルキオラ・シファーの両腕と下半身は悪魔そのものを思わせるものへと変化した。

 

「くっ」

 

動揺のあまり固まる風守風穴の口から声が漏れる。それも当然だろうとウルキオラ・シファーと納得する。

刀剣解放第二階層(レスレクシオン・セグンダ・エターパ)を終えたウルキオラ・シファーの霊圧は最早それを霊圧以外のナニカだと感じずには居られない程に異質なものへと変化している。

 

強いとか巨大だとかそういう事ではない。()()。霊圧とは別のナニカだと認識してしまう程に濃く重いそれは―――まるで空の上に海がある様な狂った感覚を覚えさせるそれは――― 一匹の虚が感じ続けてきた虚無感の全てだった。

 

---終わらせよう。全てを。今ここで。俺は…父を殺す。

 

ウルキオラ・シファーにとって風守風穴の殺害は藍染惣右介の命令以上の意味を持つ。

 

ウルキオラ・シファーの姿が風守風穴の視界から消える。反射のままに放った風守風穴の背後への斬撃は外れ真横から頭を掴まれ地面へと叩き付けられそうになる。それを蹴りを放つことで寸前で阻止した風守風穴だったが、距離を離したウルキオラ・シファーから放たれる霊圧の奔流に息を飲む。

 

「”黒虚閃(セロ・オスキュラス)”」

 

解放状態の十刃(エスパーダ)が放つ黒い虚閃(セロ)を防ごうと風守風穴が詠唱破棄で生み出した縛道の八十一”断空(だんくう)”はその役目を果たせずに終わる。

八十九番以下の破道を全て防ぐという防御壁は黒虚閃(セロ・オスキュラス)を前に音を立てて砕け散る。

 

「くっ、くっ、」

 

苦悶の声を零しながら風守風穴は黒い霊力の奔流に飲み込まれている。しかし、ウルキオラ・シファーはその程度で風守風穴が倒れる訳が無いと追撃の手を緩めない。

ウルキオラ・シファーは両の手を合わせると霊力で一本の槍を形作る。ウルキオラ・シファーの持つ最強の矛であるそれを人間が見たのならギリシャ神話に登場する全知全能の神が放つ雷を連想しただろう。

 

「”雷霆の槍(ランサ・デル・レランバーゴ)”」

 

曰く宇宙すらも破壊すると言う雷を概念として作られた一撃が黒虚閃(セロ・オスキュラス)を受け身動きが取れない風守風穴に向けて(はな)たれ、()ぜた。

 

「くっ、くっ、くううぅぅ---

 

空間を歪める程の爆発と共に風守風穴の断末魔を危機ながら、ウルキオラ・シファーは勝利を確信して瞳を閉じる。

 

 

 

---俺に心が在るか否か。父を殺しても、それはわからない。

 

 

 

 

 

 

 

「くっは、くっははははははは、アッハハハハハハ!」

 

 

 

 

 

 

 

そして、続き聞こえてきた風守風穴の笑い声に目を見開く。

そこには爆炎に包まれながら(なお)、立ちながら笑い続ける風守風穴の姿があった。

 

ウルキオラ・シファーに動揺が走る。風守風穴が(なお)も生きている。

 

---それはいい。だが…

 

何故、笑っていられるかがウルキオラ・シファーには理解できなかった。

生きてはいるが風守風穴は虫の息。もうニ三発、”雷霆の槍(ランサ・デル・レランバーゴ)”を叩き込めば風守風穴の命の灯は消えるだろう。

 

「何故‼笑っている‼」

 

満身創痍。笑える訳もない重傷を負い窮地に追い詰められながら、それでも狂ったように笑い続けていた風守風穴はウルキオラ・シファーの声に反応して笑うのを止めると何故お前には理解できないのだとでも言いたげに笑みを絶やすことなく言う。

 

「最初から、言っていただろう。後続に道を示し、やがては乗り越えられることが父祖の本懐なのだと。だが、俺にして知らなかったぞ。乗り越えられるという事が、こうも嬉しいものなのだという事は」

 

---守り続けるだけの存在が、こうして俺を倒し得る。

 

「それは歓喜だ。狂気に堕ちる程の喜びだ。子は親に及ばない。原点こそ頂点だという言葉がある。それは一種の真実だろうよ。だが、お前が俺を乗り越え、俺とは違う答えを貫き通したのなら是非もない。善哉善哉、好きにしろ。それがお前の真実だろう。---そう言い笑うのならば、何時でも出来た。だが、お前は違う。俺から笑みを奪ってみせた。ならば爆笑する他ないだろう‼ウルキオラ!お前は俺を名実ともに超えたぞ‼」

 

「…意味が、わからない」

 

思わず漏れたウルキオラ・シファーの呟きは本心だった。

 

「わからないなら、わかる様に言ってやる。俺はお前の成長が心底嬉しい」

 

そう言って穏やかに笑う風守風穴の表情はまるで我が子見守る親の様であった。

そんな視線に晒されながらもウルキオラ・シファーは流されるようなことはなかった。

ウルキオラ・シファーは最初から最後まで冷静だ。己の境遇を明かし風守風穴の動揺を誘う。その作戦は終始一貫していた。

だからこそ、この機を逃す気など更々なく風守風穴を確実に殺す為に第二第三の雷霆の槍(ランサ・デル・レランバーゴ)を両の手に生み出す。

最早、言葉は要らない。

 

---狂っている者を理解する必要などない。あるいは風守風穴の様な感情の発露が、人間達の言う心というものの所為(せい)ならば、風守風穴は心を持つが故に動揺し、心を持つが故に命を落とすという事だ。

 

「もう何も言わなくていい。…ただ死ね。最悪(さいあく)であった父よ」

 

 

 

「そう言うなよ。最愛の息子」

 

 

 

雷霆の槍(ランサ・デル・レランバーゴ)を放とうとしたウルキオラ・シファーの両の腕が弛緩する。力を失い動かなくなるそれが阿片の毒性によるものだという事をウルキオラ・シファーは理解する。

 

「なに…!?」

 

思考こそ慢性な速度に落ちることないが、だからこそ四肢の筋肉が弛緩していく症状がウルキオラ・シファーの身体が阿片に犯されていくのを理解させた。

阿片に耐性を持つ筈のウルキオラ・シファーの身体が徐々に阿片の毒に痴れていく。

 

それを理解したウルキオラ・シファーは、しかし、次の瞬間にそれが風守風穴にとって利するものではないことも理解する。

 

「お前は…まさか、本気で世界を滅ぼす気か?」

 

風守風穴の身体を中心に、(いな)、斬魄刀『鴻鈞道人』を中心に桃色の霊力が渦巻いている。そこから漏れ出す阿片の毒は万仙陣(ばんせんじん)の比ではなく担い手である風守風穴すらも耐えられないだろう濃度。

 

---斬魄刀『鴻鈞道人』はその性質の凶悪さ故に情報が広く開示されている斬魄刀の一つ。始解と卍解の能力も大半は開示されている。

 

ウルキオラ・シファーは藍染惣右介から事前に聞いていた情報を思い出す。

 

「阿片の毒を生み出す。それが斬魄刀『鴻鈞道人』の能力。その卍解は、純粋な増幅型。秒と掛からず数億の命を夢に誘うその斬魄刀は世界を滅ぼす力を持っている。それを解放する気か、この場で、自らの部下すらも巻き込みながら‼」

 

斬魄刀『鴻鈞道人』の卍解から生成される阿片の毒が常人が吸えば正気を失うなんて生易しいものではないことをウルキオラ・シファーは理解する。

零れた上澄みでさえ阿片耐性を持つウルキオラ・シファーの身体に機変を齎す桁違いの毒性だ。常人が吸えば、もはや人の形すらも失い、自分が輝ける夢を描き、そこに閉じこもるだけの白痴の異形と化すだろう。

そんなものを風守風穴は解放しようとしている。

 

 

無論、風守風穴は考えなしの馬鹿ではない。確かに風守風穴は誰此れ構わず阿片をまき散らす狂人だが、法や常識というものは理解している。現に死神に阿片をばら撒きこそすれ、黒崎一護達などの人間に阿片を配ろうとすることは無かった。

だからこそ風守風穴は千年もの間、山本元柳斎重國の言葉を守り卍解を使用してこなかったし、今回の遠征においてもそんな真似をする気はなかった。

世界を壊すつもりはない。風守風穴は皆の幸せを願っている。

 

だが、同時に風守風穴は勢いのままに突っ走る気風があった。妻である卯ノ花烈をして放っておくしかないと諦められる放浪癖などはその発露だろう。

風守風穴は護廷十三隊創世記、勢いのままに最強の死神山本元柳斎重國と戦った男だ。そのさらに前、通りがかった最悪の大罪人卯ノ花八千流と戦った男だ。

そして、千年前、滅却師との戦争で尸魂界を守る為に尸魂界を滅ぼしかけた男だ。

 

だから、風守風穴は、言ってしまえば喜びのあまりにやらかした。

子が親を超える。父祖の本懐に満足しながら、()()()()()()()()()()()()()()

かつて風守風穴を(かいな)(いだ)(あふ)れんばかりの愛情(あいじょう)を向けてくれた母親と同じように、風守風穴もまたウルキオラ・シファーに(おぼ)れる程の愛情(あへん)(あた)えようとした。

 

 

それは確かに愛であった。どんな形で在れ、確かにそれは愛情だった。

確かにそれは狂っているのだろう。確かにそれは終わってしまっているのだろう。だが、風守風穴にとって阿片(それ)を与えることは愛だ。阿片(ユメ)を与え幸せに笑う中毒者(かぞく)を守ることこそが彼にとって愛情表現に他ならない。

躊躇(ちゅうちょ)はなかった。始めから言っていた通り、加減はない。全霊だった。

それが世界を滅ぼすことも、それが”護廷”の二文字に背くことも、それが山本元柳斎重國に斬り捨てられて死する結果になることも、全てを理解しながらも風守風穴は家族に向ける愛情を緩めることをしなかった。

 

「夢を…見た」

 

ウルキオラ・シファーは動かなくなった身体で唯一動く眼球で風守風穴の零す言葉を追った。

 

「太陽に匹敵する男の背に、護廷十三隊という夢を見た。俺が(ひと)りでは無いという夢だ。俺が特別ではないという夢だ。()い、()い夢だった。ウルキオラ。お前の気持ちは…よくわかる」

 

風守風穴の言葉はウルキオラ・シファーの胸に響いた。

 

「仲間外れは嫌だった。特別、などと言葉を付けて仲間外れになんて、して欲しくなかったというだけなんだろうよ。だから、お前はお前を特別ではなく破面(アランカル)という型に嵌めてくれた惣右介に忠誠を誓うのだろう」

 

本来であればそれは父親(おれ)が与えてやらねばならなかったものだと悔いながら、風守風穴はそれでも尚と言葉を紡いだ。

 

「今更、遅いと言われればそれまでだ。けれど、それでも(なお)、どうか俺にお前の幸福を願わせてくれ。愛しい全てを俺は永遠に守りたい。お前のことも」

 

そう言って差し出された手にウルキオラ・シファーは恐怖する。

 

「あ、ああ!ああああああああ!」

 

それが愛情であることを理解するからこそ恐怖する。それが底なしの愛であるからこそ恐怖する。もしそれが聖女の抱擁であったならよかった。もしそれが天狗道に堕ちた外道の自慰であるならばよかった。前者は理解し手を払いのけ、後者は唾棄して抹殺しよう。

だが、阿片をばら撒く男の心からの抱擁をいったい誰が理解できよう。それを理解し得るのは、同等の強度を以て別の何かに狂った狂人の他にはいない。

 

風守風穴の愛情がウルキオラ・シファーの存在意義である”虚無”を埋め尽くす。

藍染惣右介によって定められた十刃(エスパーダ)にはそれぞれ(つかさど)る死の形がある。それは人間が死に至る10の要因。それは十刃(エスパーダ)それぞれの能力であり思想であり存在理由。

 

”孤独”第1十刃(プリメーラ・エスパーダ)コヨーテ・スターク。

”犠牲”第2十刃(セグンダ・エスパーダ)ティア・ハリベル。

”依存”第3十刃(トレス・エスパーダ)ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク

”絶望”第5十刃(クイント・エスパーダ)ノイトラ・ジルガ。

”破壊”第6十刃(セスタ・エスパーダ)グリムジョー・ジャガージャック。

”■■■”第7十刃(セプティマ・エスパーダ)-----・----。

”狂気”第8十刃(オクターバ・エスパーダ)ザエルアポロ・グランツ。

”強欲”第9十刃(ヌベーノ・エスパーダ)アーロニーロ・アルルエリ。

”憤怒”第10十刃(ディエス・エスパーダ)ヤミー・リヤルゴ。

 

そして、第4十刃(クワトロ・エスパーダ)ウルキオラ・シファーの司る死の形は”虚無”。

その”虚無”が風守風穴の”愛情”によって塗りつぶされようとしている。

 

愛情(それ)”も、また人間を死に至らしめる要因であることを知らない者はいないだろう。

 

 

 

 

風守風穴は己の死と世界を引き換えにしても、ウルキオラ・シファーを虚無感から救いだす。

 

 

 

 

人皆(ひとみな)七竅(しちきょう)()りて、()って視聴食息(しちょうしょくそく)す。()(ひと)()ること()し」

 

 

 

 

それは斬魄刀『鴻鈞道人』の能力を解放する為の詠唱。

 

 

 

 

太極(たいきょく)より両儀(りょうぎ)(わか)れ、四象(ししょう)(ひろ)がれ万仙(ばんせん)(じん)

 

 

 

 

幾重(いくえ)にも()けられた封印(ふういん)()きながら、風守風穴は斬魄刀『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』を(てん)へと(かかげた)

 

 

 

 

「卍解『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(kou・kin・dou・Ziィィン)』」

 

 

 

 

世界(せかい)終焉(おわり)

尸魂界史上最悪の斬魄刀が『虚圏』の世界で解放された。

 

 

 

 

 

 

 






(; ・`д・´)やるなよ!絶対にやるなよ!

(^^)/フリだな?わかります





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