BLEACHの世界でkou・kin・dou・ziィィンと叫びたい   作:白白明け

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※注意※

今回の話の中で原作では生存していたキャラが死亡します。
苦手な方はご注意ください





風守風穴の終わり方①

 

 

 

『虚圏』。虚夜宮(ラス・ノーチェス)内。敵の本拠地に乗り込みながら、市丸ギンは欠片の緊張感も感じさせることのない微笑を浮かべ天蓋(てんがい)(うつ)された偽りの青空を見上げていた。

虚夜宮(ラス・ノーチェス)内の偽りの青空。その光が届く範囲全てが藍染惣右介の監視下にある。

それを知りながらただ漫然と歩を進める市丸ギンにはある種の確信に似た考えがあった。あるいはそれは藍染惣右介への信頼とも取れる考えだった。

 

「あの藍染惣右介が、いまだ虚夜宮(ラス・ノーチェス)内に居る訳が無い」

 

兵は迅速を尊ぶべきだ。兵法の基礎を唱えるのなら、指揮官はさらにその先を読まなければならない。『虚圏』は既に虚夜宮(ラス・ノーチェス)の内部以外、阿片の毒に犯されている。藍染惣右介が支配した世界は既に支配する価値などない異界へと堕ちた。

ならばもう藍染惣右介が『虚圏』を捨てたことに市丸ギンは気が付いている。

 

「風守隊長と戦いたくない。至極真っ当な判断や」

 

市丸ギンは考える。果たして卍解をした風守風穴に勝てる。いや、戦いを成立させることの出来る者がいるのだろうかと。率直な意見を言えば、市丸ギンの考えでは藍染惣右介で()()()()()

 

---”力”という言葉の認識そのものが私と君達とでは異なっている。

 

それは藍染惣右介の言葉。

その意味を市丸ギンは正しく認識している。

 

それほどの強度を以てして、ようやく風守風穴と並び立つ。

 

「藍染惣右介の鏡花水月は恐ろしい能力やけど、それ一つだったら殺されても従わへん奴は山程(やまほど)おる。君達、十刃(エスパーダ)がそれぞれの思惑あれど一つの集団として形を成し得ていたんは、ただ一つ。---強いからや」

 

強いから。強者であるから。人の上に立つ者の理屈として至極真っ当なことを語りながら、市丸ギンは天蓋の青空を見上げていた視線を下す。

そこには二人の破面が立っていた。

 

第3十刃(トレス・エスパーダ)ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンク。

第5十刃(クイント・エスパーダ)ノイトラ・ジルガ。

 

二人を見ながら、市丸ギンは言葉を続ける。

 

「藍染惣右介の全ての能力が他の誰とも掛け離れてるからや。だから、十刃(エスパーダ)達はあの人に従う。元来、”恐れ”から産まれた(きみ)達にとって”恐怖”を持たない藍染惣右介の歩みはあまりに眩しく見えた。そうやろ?」

 

市丸ギンの問いかけにネリエルは答える気はないと市丸ギンを睨みつけ、ノイトラは忌々し気に吐き捨てる様に言葉を紡ぐ。

 

「恐怖が()ぇ。ああ、確かにそれは憧れるさ。否定はしねぇ。けどよ、なら、市丸。テメェはなんで藍染…様を裏切った?それだけ恐ろしい奴だと知りながら、なんでテメェは藍染様の向かい側に立ちやがる」

 

藍染と呼び捨てにした瞬間、隣に立つネリエルから漏れた殺気に驚き(さま)()けをしたノイトラは途中で言葉を切りながらも真っ当な疑問を市丸ギンに返す。

 

「俺達より近くで藍染様を見てきたテメェは俺達より藍染様の恐さは知ってんだろ?それともあれか。近くで見てきたから、藍染様の弱点でもわかったか?」

 

「だったら教えてくれよ」と冗談交じりに笑うノイトラの脇腹をネリエルの無言の肘打ちが襲う。せき込むノイトラをネリエルは溜息交じりに見ていた。

そんな二人の仲の良さそうな様子にきょとんとした後、市丸ギンは苦笑する。

 

「藍染惣右介の弱点?あかん。その考え方は不用心や。確かに僕は『鏡花水月』の弱点は知っとうよ。けど、それは別に藍染惣右介の弱点にはならへんよ」

 

完全催眠という精神を完全に支配する斬魄刀『鏡花水月』から逃れる唯一の方法は完全催眠の発動から『鏡花水月』の刀身に触れておくこと。市丸ギンはその一言を藍染惣右介から聞き出すために何十年もかけた。

確かにその情報は値千金。虚を突き藍染惣右介を追い詰めることは出来るだろう。だが、しかし、市丸ギンはそれだけでは致命傷には届かないと確信している。

 

「”鏡花水月”に用心する?あかん。不用心や。”他の全てに用心する?”あかん。まだ不用心や。空が落ちるとか、大地が裂けるとか、君らの知恵を総動員してあらゆる不運に用心しても、藍染惣右介の能力はその用心の(はる)(うえ)や」

 

「なら、テメェはなん---

 

 

「それでも」

 

 

---で、…あぁ?」

 

ノイトラの言葉を遮りながら市丸ギンは斬魄刀を抜く。そして、続く問いかけに応えてみせた。

 

「それでも、その遥か上を見上げへん訳にはいかなかったからや」

 

 

---僕は蛇や。

   (はだ)(ひや)い。

   (こころ)()い。

   舌先(したさき)獲物(えもの)(さが)して

   ()いずり(まわ)って、

   気に入った(やつ)をまる()みにする。

 

 

「気に入って、呑み込んでしもうた奴は…僕の物や。僕だけの物や。誰にもやらんよ。誰にも泣かせへんよ」

 

市丸ギンの閉じた瞼の裏に浮かぶのは一人の少女。そして、今は女性となった彼女の姿を思い浮かべながら市丸ギンは蛇の様に(わら)ってみせる。

 

「僕が、乱菊を守る」

 

ただそれだけ。ただそれだけ。かつて只戦(ただソレ)と外道を歌い刃を奔らせた埒外の修羅が居た。戦いを求めることに理由は無く。いや、戦う事こそが戦う理由なのだと嗤った修羅の感性を終ぞ風守風穴は理解することは出来なかったが、今この場に風守風穴が居たのなら市丸ギンの言葉に諸手を上げて賛同したに違いない。

 

守る為に戦う。至極真っ当な正道は市丸ギンのみならず彼の部下である吉良イズルも口にした戦う理由。そして何より阿片窟の番人たる”風守”が説いた法。

只守(ただソレ)の為に戦う。

只守(ただソレ)だけの為に市丸ギンは藍染惣右介の殺害を決めた。

風守風穴の下に就いた。

 

最恐の男を倒す為に最悪な男のチカラを借りた。

 

「乱菊が奪われたモノを取り戻す」

 

果たして藍染惣右介の陰謀の過程で松本乱菊になにがあったのか。市丸ギンがどうして藍染惣右介を(たお)すと決意したのか。その過程を市丸ギンは口に出して説明する気にはなれない。言葉にした瞬間に舌が腐る。だが珍しい話じゃない。

藍染惣右介が存命する限りそれが繰り返させるかもしれない。

だから、幼き頃の市丸ギンは刀を握った。

 

「その為に、君ら、邪魔や」

 

邪魔だから斬る。自らの道に立ち塞がる者を切る。真っ当であろう。正道であろう。否定することなど誰にも出来ない理屈の下でのみ市丸ギンは斬魄刀を握る。

守るのだ。愛した者を。守る為に斬るのだ。愛した者が居るのだから。

 

「誰にも邪魔はさせへんよ。その為に…ずっと頑張って来たんや。ずっと、ずっと、頑張ったんや」

 

愛した(ひと)を傷つけた(もの)を殺す為に愛した(ひと)を傷つけた(もの)の下に就くという無様極まりない真似を()としたこと。それは全て願った結末への布石であった。そうでなければいったい誰が耐えられようか。仮に耐えられたとするのなら、それは最早、雄ではないと市丸ギンは吐き捨てよう。

 

「長すぎた時間は此処で終わる。此れにて、お仕舞(しまい)や」

 

隊長格の死神と二人の十刃の戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

ノイトラ・ジルガ。そして、ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクにとって市丸ギンとの戦いは虚夜宮(ラス・ノーチェス)の守護の為に残された時点で想定していたモノであったが、まさかニ対一で戦うことになることは思ってはいなかった。

ニ対一。数という目に見える形での優位性は語るまでもなく、だが、しかし、ノイトラとネリエルの二人は欠片の油断も抱くことは無かった。

虚夜宮(ラス・ノーチェス)の王たる藍染惣右介の後ろを悠々と歩いていた市丸ギンの姿をノイトラとネリエルの二人は知っている。藍染惣右介の後ろは並の死神が立てる地位ではない。同じ部下という立場であるからこそ理解できる市丸ギンの異常性は、そのまま脅威へとつながるだろう事を理解しながらノイトラとネリエルは互いに目配せをする。

視線のみでの意思疎通。それを成し得るのは二人の関係性が十刃(エスパーダ)同士という関係性から一歩踏み込んでいるからこそ。

互いに馴れあう気はない。だが、同時に隣に立つ破面の事は中級大虚(アジューカス)の頃から知っている。

かつて白い死神風守風穴と伝説の最上級大虚(ヴァストローデ)バラガン・ルイゼンバーンとの間で起こった死闘に置いて意図せずとも互いに背中を預け戦った二人の破面は持ち前の戦闘センスと頭脳を持って阿吽の呼吸を見せつけた。

 

ノイトラの口が開く。同時にネリエルは市丸ギンの視界から消えた。

 

「”王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”‼」

 

十刃(エスパーダ)の為に存在する虚閃(セロ)。元来、天蓋の下で放つことは許されない地形すら変える戦術的破壊砲をノイトラは初手から撃ち込んだ。

唸りを上げて迫りくる破壊の光線をまともに喰らえば市丸ギンとて一撃で沈みかねない。

それを態々喰らう理由は無いと身を(かわ)す市丸ギン。しかし、そんなことはノイトラとてわかっていた。幾ら破壊力があり巨大だとはいえ真っ直ぐに進むだけの破壊の波に飲まれるほど市丸ギンは弱くも愚かでもないだろう。あるいは回避ではなく相殺という形を取ったのなら霊圧同士のぶつかり合いという勝負に持ち込めただろうが、避けられる攻撃を態々相殺する理由もない以上、回避こそが正解だった。

 

「なんや、当たっとらんよ?」

 

余裕を見せる市丸ギンに対してノイトラは更に余裕のある表情で嗤った。

 

「…その正解を狙い撃つ」

 

市丸ギンの背後から声がした。市丸ギンが避けた”王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”の直線上にネリエルは立っていた。数瞬後にネリエルにノイトラが放った”王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”が直撃する。まさかの同士討ちかと驚愕する市丸ギンの心配を他所にネリエルは”王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”を大口を開けて()()()()()

 

 

「すぅぅ----

 

「なん…や?」

 

それは”重奏虚閃(セロ・ドーブル)”。放たれた虚閃(セロ)を飲み込み己の霊圧を乗せて跳ね返すネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクの固有技。ただの虚閃を飲み込み反射するだけでも脅威となるその技で今回飲み込んだのは”王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”。加えて上乗せするのは己の放つ”王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”に匹敵する霊圧。

 

此処に十刃同士の共闘でしか見ることの出来ない技が炸裂する。

 

 

二重奏(デュアル)王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)

 

 

---がぁぁ‼」

 

一撃で地形を変える破壊の波が二重となって市丸ギンの背後から放たれた。破壊力は二倍。破壊の規模も単純に倍。避けきれない破壊の光線を前に市丸ギンは余裕を捨てる。

初手からの奥の手を晒してみせた敵を前に己も手の内を隠すことを諦める。

 

「卍解・『神殺鎗(かみしにのやり)』」

 

声は平坦。抑揚も無い。叫ぶ様に卍解(さいあく)を呼んだ風守風穴とは対照的に語尾も荒立てる事はせず静かな声で市丸ギンは神を殺す鎗(ロンギヌス)を呼ぶ。

 

「…神殺鎗(かみしにのやり)。良い名やろ?」

 

風守風穴に彼がかつて戦った敵である滅却師(クインシー)の事が理解できると読まされた聖書という書物。内容を市丸ギンは理解することが出来なかったが、そこに出てきた聖槍には心打たれた。神の子の死を確認する為に刺された只の槍は聖血を受けて神器(じんぎ)にまで昇華した。己の卍解もまた()()()()()の死を確信させるモノであると笑いながら、市丸ギンは”二重奏(デュアル)王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”を伸びる刃で両断してみせる。

 

避けられないのなら破壊を斬るという手段を見せた市丸ギンにネリエルは驚き一瞬の隙を見せる。

 

「噓でしょ…」

 

「なんや、隙だらけやないの」

 

その隙を突く様に神殺鎗(かみしにのやり)の刃は始解とは比べ物にならない長さまで伸びてネリエルを両断せんと迫る。それを防いだのはノイトラ。ノイトラは歴代最高硬度を誇る鋼皮(イエロ)を持って市丸ギンの一刀を防いで見せる。市丸ギンの一刀はノイトラの皮一枚を切り裂くに止まったが、勢いの付いた刃を受け止めたノイトラはネリエルを庇うように抱えたまま吹き飛ばされる。

砂煙を上げて地面と衝突しただろう二人を市丸ギンは急く様に追撃することなく、神殺鎗(かみしにのやり)の刃の長さを元の脇差の長さまで戻しながら砂煙が晴れるのを待つ。

 

 

帰刃(レスレクシオン)(うた)え”羚騎士(ガミューサ)”」

 

帰刃(レスレクシオン)(いの)れ‼””聖哭螳蜋(サンタテレサ)”‼‼」

 

 

 

砂埃を吹き飛ばしながらネリエルとノイトラは帰刃(レスレクシオン)を終えた姿で現れた。

 

帰刃(レスレクシオン)を終えたネリエルの姿は上半身が人で下半身が羚羊(かもしか)というギリシャ神話に登場する半人半獣を連想させ、右手には両刃の円柱槍(ランス)が握られている。

対し帰刃(レスレクシオン)を終えたノイトラの姿は触覚を思わせる左右非対称の三日月型の角が頭部に生え腕が節足動物(せっそくどうぶつ)の様な装甲で覆われた上に六本に増えた。六本になった腕のそれぞれに大鎌を携える姿は昆虫の蟷螂(かまきり)を彷彿とさせた。

 

市丸ギンはその二人の姿が伊達ではないことを知っている。ネリエルはその姿から連想させる通り十刃(エスパーダ)”最速”を誇り、ノイトラは市丸ギンの一撃を受けて皮一枚で済むほどの”最硬”を誇る。

 

”最速”と”最硬”。悪夢としか思えない二人を前にして市丸ギンは尚、笑ってみせた。

”最速”と”最硬”。確かにそれは素晴らしい。有象無象とは程遠い。歴戦の猛者である市丸ギンにして恐怖するべき対象だ。だが、しかし、その恐怖は市丸ギンが考える”最恐”には程遠い。

 

市丸ギンは静かに構えを変える。それは剣道の正道から外れた構え。(つか)を両の手で逆手に握り切っ先を敵に向けるという常識外れの型。その状態から攻撃する方法などあるのかと疑問を抱かせる態勢を見せながら、市丸ギンの口元は孤を描く。

 

「君ら、強いわ」

 

市丸ギンの口から零れるのは純粋な称賛。

 

「流石は№3(トレス)、流石は№5(クイント)や。藍染惣右介が選んだだけのことはある。始解も見せずにいきなり卍解させられるとは思わへんかったよ。『虚圏』が風守隊長の手に堕ちるのゆっくり見ながら()ろう思うとったのになぁ。それが楽でええよ。…なぁ、よく考えてみ?僕と戦う意味はある?悪い話じゃないと思うよ。虚達(きみら)、救われたいんやろ?」

 

無邪気に…などとは言えない笑みを浮かべながら世界が滅びる様を眺めたかったと語る市丸ギンにネリエルは反射的に斬りかかろうかと考えてしまった。

虚圏が阿片に沈む。それはかつてバラガン・ルイゼンバーンが命を賭して避けた最悪の結末に他ならず、中級大虚(アジューカス)であった頃のネリエルとノイトラはその防衛戦に参加した。虚圏(せかい)を守る為の戦いだった。

虚圏(ここ)は退化の恐怖と同族を喰らわねば生きられない絶望の世界で在ったけれど、それでも虚達にとっては故郷で在り自分たちが生きる世界だ。

だというのに唐突にやって来た死神は上から目線でこう言った。

 

---お前達を()()()()()()と。

 

悪い冗談どころの話ではない。その場の誰もが恐怖と共に怒りを抱く。お前は何様のつもりだと。何をもって自分たちを救うと言うのかと激怒した。

そうだ。少なくとも中級大虚(アジューカス)となった虚達(かれら)は決して死神に救われるような存在ではない。理性があった。個性があった。感情があり倫理を持つ物すら居た。それを押しなべて(ホロウ)と烙印し辛いのだろうと勝手に涙する様なモノに与えられる救いなど少なくともネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクは認めない。

 

「貴方は‼---

 

「落ち着け、ネル」

 

---ノイトラ…」

 

飛び出そうとするネリエルを止めたのはノイトラだった。ネリエルの動きを手で制し、彼女に顔を向ける事も無く市丸ギンを睨みつける。

市丸ギンは笑みを深めた。

 

「冷静やね。意外や。君はもっと怒りやすいと思ってたよ」

 

「はっ。俺は軽い挑発に乗る程に馬鹿じゃねぇし、この雌ほど死んだ奴(ルイゼンバーン)を尊敬もしてねぇだけだ。あの爺は風守風穴とかいう死神に負けて死んだ雑魚だ。そして俺は、テメェに負けるような雑魚にはならねぇってだけだ」

 

「そか。君、恐いな。正直、№5(きみ)より№3(かのじょ)の方が恐い思うとったけど、違ったみたいや。始めに狙うんは…君やね」

 

「はっ!やってみやがれ‼出来るもんならなぁ‼‼」

 

ノイトラは市丸ギンに向けて駆ける。それは先ほどのネリエルの様に怒りに任せた考えなしの特攻ではなく、戦略を以て行われる突撃。卍解『神殺鎗(かみしにのやり)』の能力をノイトラは戦いのやり取りの中で異常に伸びる刃という能力であると分析する。始解『神鎗(しんそう)』の能力もまた刀身を伸ばすモノ。単純に考えればその増強型。”二重奏(デュアル)王虚の閃光(グラン・レイ・セロ)”を両断した事から刃の強度と切れ味もまた伸縮性と同じように桁外れに上がっているだろう。

武器同士の戦いにおいて勝敗に帰結するリーチという要因を自在に操るあの卍解は脅威だ。しかし、それだけならば勝機はあるとノイトラは踏み込んだ。

ノイトラの鋼皮(イエロ)は一度、市丸ギンの一撃を防いでみせた。次もまた皮一枚で防げるなどとノイトラは奢らない。次は斬られるだろう。切り裂かれるだろう。だが、斬り殺させることはない。腕の二本や三本を犠牲にすれば命までは届かない。幸い、帰刃(レスレクシオン)したノイトラには六本の腕がある。返す刃で敵を断てるとノイトラは笑みを浮かべた。

 

「テメェの敗因は俺より手数が少ねぇことだ‼死神‼」

 

初撃を防ぎ必殺を誓うノイトラを前に市丸ギンは口を開いて嗤ってみせた。

 

「…冷静や」

 

ノイトラの戦法は粗削りではあるが確かに必殺。成功すれば必ず殺せるだろう。だが、忘れていることがあった。いや、忘れていた訳ではなかったが、ノイトラは自分の持つ戦闘センスと能力を過信し見過ごしていた。帰刃(レスレクシオン)したノイトラには六本の腕がある。なるほど、確かにその六本の腕をもってするのなら大抵の事には対処できるだろう。---手が届くのなら対処も出来よう。

 

「…冷静やから、気づけへん」

 

(つか)を両の手で逆手に握り切っ先を敵に向けるという()()()()()()。それは剣道の正道から外れた()()。その状態から攻撃する方法などあるのかと疑問を抱かせる()()

市丸ギンは既にその必殺の(かたち)を作っている。

 

()()()()()()

 

名を--

 

 

「”無踏(ぶとう)”」

 

 

()()必要(ひつよう)など()神速(しんそく)一鎗(いっそう)がノイトラに向けて放たれた。

 

躱すことの出来ない速度。卍解『神殺鎗(かみしにのやり)』の真に恐れるべきはその長さでも強度でも切れ味でもない。()()()()()。刃を伸び縮みさせるその速度は音速を超える。雀部長次郎の持つ光速の三分の一という次元外れの速度を誇る雷系最強にして最速の卍解『黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)』が存在する故に最速こそは名乗れないが、それを除けば並び立つモノの無い卍解こそ『神殺鎗(かみしにのやり)』。

 

最速の斬魄刀ではない。しかし、ノイトラでは反応できない速度であることに変わりはない。最硬では最速次点に追いつかない。

 

 

神殺鎗(かみしにのやり)』の刃はノイトラに向け真っ直ぐと伸びていき、ノイトラの胸に突き刺さる。

 

---筈だった。

 

「なん…だと…」

 

「へぇ」

 

驚愕の声を零したのはノイトラ。感心した様に笑ったのは市丸ギン。そして、ネリエルはノイトラを庇い傷を負っていた。

十刃(エスパーダ)最速を誇る彼女は『神殺鎗(かみしにのやり)』の刃に追いついて見せた

 

「ネリエル…テメェ…何してやがる!」

 

ノイトラは自らの前に立ち『神殺鎗(かみしにのやり)』の刃をその身で受け止めたネリエルに対して怒気を隠さず声を荒げる。雌に庇われた雄。それはノイトラにとって屈辱という他にない。ノイトラは(おまえ)(おれ)の上に立っているのが許せないと常に下剋上をネリエルに叩き付けてきた。そんな自分が、庇われた。

その事実に怒りを燃やすノイトラに対してネリエルは、その感情を余すところ無く理解しながら、うるさいと両断する。

 

「勘違いしないでちょうだい。さっき、私は貴方に庇われた。だから、借りを返しただけよ。それに、この程度の傷ならまだ戦えるわ---いえ、もう終りね。市丸ギン!」

 

ネリエルは左手で自分の腹部に突き刺さった『神殺鎗(かみしにのやり)』の刃を握る。

市丸ギンの表情に若干の焦りが滲んだ。

 

「これで逃げられないわ‼」

 

そして、ネリエルは右手に持った両刃の円柱槍(ランス)を市丸ギンに投擲した。

 

「”翠の射槍(ランサドール・ヴェルデ)”‼」

 

翠色の霊圧を纏った投擲槍が唸りを上げて市丸ギンに放たれる。これもまた”必殺”。当たれば致命の一撃となる威力を誇る攻撃を市丸ギンは避けられない。

 

終わりだとネリエルは確信する。

 

その確信を覆すのは一人の死神。

 

 

 

 

(おもて)()げろ『侘助(わびすけ)』‼」

 

 

 

 

常に市丸ギンに追随し鬼道で姿も霊圧も消していた吉良イズルが市丸ギンの危機に飛び出して迫りくる”翠の射槍(ランサドール・ヴェルデ)”の前に立つ。

 

この戦い。ニ対一ではない。始めからニ対二。しかし、それでも力の差はきっとニ対一と変わらないと誰よりもわかっていたのは吉良イズルだった。

副隊長どまりの吉良イズルでは勝利することが出来るのは従属官(フラシオン)クラスの破面まで。とても十刃(エスパーダ)との戦いに介入できるだけのチカラは持たない。だからこそ身を隠し勝機(チャンス)を狙えと市丸ギンから命じられていた吉良イズルは、しかし、市丸ギンの危機を前に姿を見せてしまった。

理性ではなく感情で動いた身体。それを背後で見ている市丸ギンはきっと呆れたような顔を浮かべているに違いないと知りながら、吉良イズルには後悔が無かった。こうなってしまっては仕方がないと半ば開き直りながら、”翠の射槍(ランサドール・ヴェルデ)”に向かって斬魄刀を振り下ろす。無論、即弾かれる。反動で右腕の骨にヒビが入った。構わずまた振り下ろす。右腕の骨は折れた。この間、数瞬。称えるべきは数瞬の中で二度の斬撃を繰り出した吉良イズルかあるいは一瞬で吉良イズルの利き腕を壊したネリエルの”翠の射槍(ランサドール・ヴェルデ)”か。

そんな事を考えながら、激痛の中で吉良イズルは左腕でも同じことを繰り返した。

 

「つぅああぁああ!?」

 

骨が砕ける激痛の中で繰り返した斬撃は計六回。右腕を折り二回。左腕を折り二回。折れた両手で加えて二回。

一撃を止めようとして失った両腕。戦線復帰が不可能な深手を負いながら、しかし、その行動は決して無駄ではなかった。元来、副隊長クラスが止めるとこなど出来ないネリエルの”翠の射槍(ランサドール・ヴェルデ)”を吉良イズルが止めてみせる。

 

「そんな…」

 

己が”必殺”が自重に耐えきれず地に落ちる様にネリエルは目を疑う。

斬魄刀『侘助(わびすけ)』の能力は斬った物の重さを倍にすること。一度斬れば倍。二度斬ればそのまた倍。斬られたものは自重に耐えきれず頭を垂れる様に地に伏せる。故に『侘助』。

 

自重(じじゅう)六乗(ろくじょう)。その重みに耐えきれず必殺の槍は地に落ちた。

 

しかし、同時に吉良イズルも地に倒れる。

 

その様を見ながら市丸ギンは労うように言った。

 

「頑張ったなぁ、イズル。ありがとう」

 

その声を聞いて吉良イズルは満足げに笑みを浮かべた。

 

ノイトラの”必殺”から始まり市丸ギンの”無踏(ひっさつ)”。そしてネリエルの”射槍(ひっさつ)”。都合、三度の”必殺”が行われながら倒れた者は吉良イズルの一人だけ。

仕切り直しだと構え直すノイトラとネリエルの前に市丸ギンは頭を下げた。

 

「謝らなならんことが、二つある。一つは二体一や思わせといて、イズルを隠してたことや。まあ、けどこれは実はニ対二やったってだけの事。そんな怒らんといてな」

 

カラカラと笑う市丸ギンをノイトラは訝し気に睨みつける。

 

「…テメェ、何の真似だ?此処にきて言葉を交わす意味なんざもう()ぇだろ。謝るだ?はっ。仲間を隠してたから卑怯なんて言う気はねぇよ。戦いだろ?卑怯卑劣で結構じゃねぇか」

 

「…そか。なら、もう一つも謝らんでええね。ただ、一応、教えといてあげるわ」

 

「ああ?」

 

市丸ギンはそう言うと長さを戻した『神殺鎗(かみしにのやり)』の刃の身を二人に見せつける様に晒した。

 

「見える?ここ、欠けてんの。…欠けた刃を彼女の中に置いてきた」

 

市丸ギンの言葉にノイトラは驚いたようにネリエルを見る。ネリエルもまた貫かれた自身の傷に手を伸ばす。

 

「『神殺鎗(かみしにのやり)』の刃は伸び縮みする時に一瞬だけ塵になるんよ。そして、刃の内側に細胞を()かし(くず)猛毒(もうどく)がある。…欠けた刃は今、君の中にあるんよ」

 

市丸ギンの斬魄刀を握っていない左腕がネリエルの立つ方向へと伸びる。

 

「終わりや」

 

”必殺”とは()()()()という意味だ。ノイトラの”必殺”は発動しなかった。ネリエルの”必殺”は吉良イズルを倒すに留まった。

そして、市丸ギンの”必殺”はネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクを殺しきる。

 

 

「”(ころ)せ”-”神殺鎗(かみしにのやり)”」

 

 

()かし(くず)猛毒(もうどく)がネリエルの体内で発動する。

神殺鎗(かみしにのやり)』が付けた腹部の傷口からネリエルの身体は解け始める。

 

「ネリエル‼」

 

「ノイ…トラ…」

 

反射的に伸びたノイトラの手を握り返そうとしたネリエルの手は、しかし、指先に触れる瞬間に溶けて崩れた。

 

「………」

 

あまりにも呆気ない第3十刃(トレス・エスパーダ)ネリエルの死に唖然とするノイトラに対して、市丸ギンはその意識を自分に向ける為に柏手(かしわで)を一度だけ鳴らす。

パンッと、静かな場に音が響いた。

 

溶けて逝ったネリエルの方を向いていたノイトラの意識が自分に向いたのを確認すると市丸ギンはカラカラと嗤いながら言った。

 

「まずは御一人様、お仕舞(おーしまい)♪」

 

「嗚呼あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ‼」

 

ノイトラの視界が赤く染まった。目の前でネリエルが死んだ。その感情が悲しみである訳が無く苦しみだと知りながらノイトラは怒りに駆られ市丸ギンに突っ込んだ。

 

---それは…俺が超える筈だった(もの)だ。

 

ノイトラは常に戦いに飢えていた。№5《クイント》でありながら、十刃(エスパーダ)最強すら語った。それは全て戦いを求めていたからだ。戦う為に戦い続けてきたその姿は外法を説いた埒外の修羅に通じるモノがあった。いや、あるいはノイトラ・ジルガという破面が埒外の修羅と同じように純粋に闘争(たたかい)のみを追い求めていたのならその刃は”八千流”にすら届いたかもしれない。

しかし、ノイトラ・ジルガの闘争(たたかい)には一点の不純物があった。

 

---それは…俺が()()く筈だった(おんな)だ。

 

ノイトラが力に恐怖を覚えたのは伝説と狂人の戦争を見た時だった。

ノイトラが力を求めたのはその戦いの中で自分より強い雌が居たからだった。

ノイトラが戦いを求めたのは目の前の(おんな)より強くなりたいと願ったからだ。

ノイトラ・ジルガが”絶望”したのは破面(アランカル)になって尚、ネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクを超えられなかったからだ。

 

ノイトラ・ジルガという破面が望んだものは一つ。

 

「テメェェェエエ!俺の(おんな)に手ぇ上げやがったなぁああああ‼」

 

力は欲しい。その為にノイトラ・ジルガは強くなろうとした。誰よりも。生まれて初めて目にした(じぶん)より強い(おんな)と戦う為に、最強はノイトラ・ジルガ以外に存在してはいけない。立ち向かう奴は叩き潰す。容赦はしない。強かろうが弱かろうが。赤子だろうが獣だろうが。一撃で叩き潰す。二度と立ち上がる力も与えない。どんな手段を使ってもノイトラ・ジルガは勝利し続ける。

 

---その()てに(ゆめ)()死様(しにざま)(さら)(ため)に。

 

 

 

 

これは回顧。ノイトラとネリエルが交わした言葉の記憶。

 

---「ノイトラ。貴方は何故、そう迄して戦うの?」---

 

---「死にてえからだ。戦いの中で死にてえからだ」---

 

 

 

 

ノイトラ・ジルガはネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクとの戦いの中で死にたいと願った。

 

 

 

 

「”無踏(ぶとう)連刃(れんじん)”」

 

怒りを感じた。悲しみを感じた。死んでいく女を前に男が感じるであろう感情の全てを市丸ギンはノイトラから感じた。それでも市丸ギンは戦いの姿勢を欠片も崩さなかった。

 

「………知っとったよ」

 

ノイトラがネリエルに向ける感情を市丸ギンは理解していた。形こそ違うが同じものだと市丸ギンは思っている。ノイトラ・ジルガという破面(アランカル)も市丸ギンという死神も共に同じモノの為に戦っていた。

 

無踏(ぶとう)連刃(れんじん)”。文字通りの必殺の連撃がノイトラの身体を襲う。

怒りに任せた特攻は初めに見せた腕を犠牲に返す刃で命を狩る必殺の形からは程遠く、連続して放たれる音速を超えた突きの全てがノイトラの命まで届く。

 

「知っとった。知っていて、僕は君の前でネリエルを殺した。…謝らんよ」

 

崩れ落ちるノイトラを前に市丸ギンは決して頭を下げることはしなかった。謝罪の言葉も吐かなかった。戦場で戦い倒した敵を前にして市丸ギンは決して目を反らすことはしなかった。

 

「許せなんて言わへんよ。僕が彼女を殺した。僕が君を殺す。せやから…僕を恨んで、死んでええよ」

 

 

市丸ギンとの戦闘によってノイトラ・ジルガとネリエル・トゥ・オーデルシュヴァンクの両名は死亡した。

 

 

 

 

 

 

ネリエルとノイトラとの戦いを終えた後に市丸ギンは吉良イズルの治療に入る。四番隊(ほんしょく)ではない市丸ギンだが、特派遠征部隊の副隊長になるにあたり必要になると風守風穴から叩き込まれた治療技術で吉良イズルの折れた両腕を治すこと位は出来る。

 

治療の最中、吉良イズルは困った様に口を開く。

 

「その、市丸副隊長。治療してくれるのはありがたいのですが…風守隊長の応援に行かなくても良いのですか?」

 

吉良イズルの口から出たのは虚夜宮(ラス・ノーチェス)に入る前。虚夜宮(ラス・ノーチェス)の入り口でお前だけは通さないと立ちふさがった敵を前にならば俺が相手をしようと嬉々として残った風守風穴の名。

今だ敵と対峙しているだろう風守風穴の元へ向かわなくていいのかという吉良イズルに市丸ギンは首を振ってその必要はないと言う。

 

「風守隊長は負けへん。あの人じゃ、風守隊長に勝てる訳がない。そんなこと、イズルもわかってるやろ」

 

「それは…そうかも知れませんが…」

 

「”絶対”や。あの人じゃ、風守隊長には勝てへん。そんなこと…あの人が一番、よくわかってる」

 

吉良イズルの治療をしていた市丸ギンの視線が天蓋が写す偽りの青空へと向かう。

思いうかべた一人の男の姿に市丸ギンは静かに眼を開いた。

 

「なあ、東仙さん」

 

 

 

 








原作を読んでいた思った事。

ノイトラさん…大分、ネリエルさんのこと好きですよね?

幼女状態で自分の前に現れた時は、思わず「お前…ネルか?」って愛称で呼んでましたし。そもそも闇討ちして仮面割ったのだって、「お前がいない間に俺は強くなってやるぜ!だから戻ってきたら決闘(デュエル)しようぜ!」みたいな考えがあったようですし。




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