BLEACHの世界でkou・kin・dou・ziィィンと叫びたい   作:白白明け

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風守風穴の終わり方②

 

 

 

 

---正義とは何か?

---邪悪とは何か?

 

問いかける声の全てに微笑を返しながら、俺は頭上で己の尻尾を追い回る巨大な白痴の魔獣に目を向ける。ウルキオラとの戦いの中で発動した卍解『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』は今だ消えることなく俺の手の平に握られている。

それは未だに敵地であるから卍解の解除はしないなどと言った判断の上での行動ではなく、単に卍解を解除できないという困った理由でしかなかった。

何がそんなに嬉しいのか。手に握る斬魄刀の柄からは本体である白痴の魔獣の歓喜の感情が嫌という程に伝わってくる。

それと同時に零れだす仙丹の妙薬は俺の頭を覚醒させる。一呼吸ごとに冴えわたる頭脳は、ある種の夢を俺の脳裏に描かせた。

 

「…俺は世界を、救えるのではないか?」

 

 

『苦しいのなら、悲しいのなら、閉じてしまえばそれで良い。己が至上である夢を抱いて眠ってしまえよ。その為の妙薬は用立ててやろう。なに、気楽に吸えよ。俺はお前たちの幸せを願っている』

 

 

それかつての俺が説いた理屈。阿片窟(とうげんきょう)の番人であった頃の俺が思い描きながら、山本元柳斎重國に焼き捨てられた願い(モノ)

(みな)と同じく夢を見たいと思った願いと同じく願った一つの思い。

 

終ぞ果たせず終わったその思いは、叶えることなど不可能だった願いは、卍解『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』から伝わる全能感を感じてしまえば切り捨てるには惜しいと俺に思わせた。

 

「…争い無き世界。皆が夢を見るだけの世界。ああ、素晴らしきかな阿片窟(とうげんきょう)。皆、痴れてしまえば、それでいい?」

 

疑問の様に漏らした呟きに俺は返答など求めていなかった。脳裏に思い描いたその時点で俺の中で答えは出ているのだから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それこそ至福だと疑う事などせず、俺は阿片を生み出す”万仙陣(ばんせんじん)”を白痴の魔獣を形作る幾億の触手を用いて更に完全な形で編んでいく。阿片を生成する為に込める霊圧を高めていく。頭上で回る白痴の魔獣は歓喜のあまりに失禁をした。

卍解『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』の本体である幾億の触手で編まれた七竅(しちきょう)なき翼を持つ白痴魔獣から生み出されるもの全ては最高濃度の阿片毒を持つ。その原液に等しいモノを全身に浴びながら、俺は高らかに嗤ってみせる。

 

「世界よ。俺がお前を、救ってやろう」

 

藍染惣右介の裏切り。山本元柳斎重國の怒り。巻き起こる現世での戦い。その全ては現世と尸魂界がここ虚圏と同じように阿片に沈んでしまえば全て解決するのだと阿片に痴れて明解となった俺の頭脳が正解を弾き出す。

 

世界の全てを救う為、勇者は剣を取る。

そこに果てしない阿片(ユメ)を見て。

 

 

 

 

 

 

 

阿片に痴れぬ強靭な身体。”風守”という阿片窟の番人。それすらも夢に誘うことの出来るほどの濃度の阿片を生成するに至った史上最悪の卍解-『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』。

その能力(チカラ)は風守風穴から遂に正気を消してみせた。

阿片の毒に微睡ながらも生来の優しさから他者を害することはせず、故に阿片の毒が齎す悲劇を知り、世界を阿片に沈めるという夢を思いつきながら、世界の為にそれを封じてきた男は盲目(もうもく)仙王(せんおう)へと()ちていく。

 

風守風穴の中の”護廷(ごてい)”が死ぬ。

 

一死(いっし)(もっ)大悪(たいあく)(ちゅう)す”

(あく)(もっ)巨悪(きょあく)()つ”

 

かつて初代護廷十三隊を築き上げた山本元柳斎重國が掲げたその二文は尸魂界史上空前絶後の大悪人『卯ノ花八千流』を抱え込み、生粋の阿片狂い阿片窟の番人『風守風穴』をも吞み込んだ。それは全て尸魂界を護る為。悪を以て巨悪を討つ為。その為に”悪”を烙印された彼らは”護廷”を掲げることを許された。

初代護廷十三隊。殺し屋の集団と揶揄された彼らはそれでも”護廷(ごてい)”が為に戦った。

それが風守風穴の中で変わろうとしている。”悪”ではなく尸魂界を脅かす”巨悪”に成ろうとしている。阿片に狂いそれに気が付かぬまま、彼は手を伸ばす。彼が愛した護廷十三隊という夢そのものを貶めることになると気づかないまま、風守風穴は史上最悪と化した万仙陣へと手を伸ばす。

 

世界を破滅に導く陣が(まわ)ろうとしている。

 

(まわ)そうとする手を止める彼の味方は---もう、いない。

 

 

「待て」

 

 

否である。

 

 

「待て。風守風穴」

 

 

風守風穴が犯そうとする(あやま)ちを優しく正してくれる味方はいなかった。けれど、風守風穴が万仙陣に伸ばしかけた腕を掴み止めてくれる者はいた。

乱暴ではあるけれど、それはお前自身が後悔することになると風守風穴への確かな思いやりがあった。風守風穴の腕を掴む手には敵意があった。けれど、敵意に含まれるのは害意や悪意だけでは無かった。

故に風守風穴は己の手を掴み止める者の方を見た。

虚夜宮(ラス・ノーチェス)への入り口で貴方だけは通さないと自分の前に立ち、ならば相手に成ろうと嬉々として彼の前に残った風守風穴は阿片に酔い痴れ何時の間にか彼の事を意識の枠から外していた。

風守風穴の頭は再び彼を認識する。

 

東仙要は風守風穴を虚の仮面の下の盲目の瞳でしっかりと見据えていた。

 

辺りに充満する桃色の煙。阿片の毒。その中心点と言っていい風守風穴の傍に居ながら、東仙要は狂うことなくまだ意識を保っていた。全ては東仙要の顔全体を覆うように形成された虚の仮面。死神代行黒崎一護が持つ物と同じ(ホロウ)のチカラを宿したそれを手に入れた東仙要は仮面のチカラで吸い込む阿片の毒性を最小限に留め、同じく手に入れた超速再生(ちょうそくさいせい)で次第に痴れていく肉体を再生し続けていた。理屈こそ進化の過程で阿片の毒に適応した風守風穴の息子であるウルキオラ・シファーと同じだが、”風守”の系譜でないただの死神である東仙要が阿片へ適応する為に支払った犠牲は多くあった。純粋な死神として十分な力を持つ隊長格の彼が虚のチカラという外道に手を染める為に藍染惣右介と共に歩むこと。失った絆と名声。地位と名誉。

---全ては風守風穴を討つ為に。

その為だった。東仙要の最愛の女性を失う結果を齎した阿片という麻薬をばら撒く風守風穴を倒す為に東仙要は刀を握った。

 

そんな彼は今、風守風穴の自滅を止める。

苦渋に満ちた表情を浮かべながら、放っておけば甚大な被害と引き換えに風守風穴の破滅が確約されると理解しながら、それでも東仙要は思わず手が動いた己の善性に(じゅん)じた。

 

「何故、お前が止める?」

 

白痴のまま首を傾げる風守風穴に東仙要は苛立ちを隠そうとしない口調で、しかし、風守風穴を思いやる言葉を返した。

 

「私が、貴方が憎い。殺したいほどに貴方が憎い。…だが、同時に認めてもいる。千年、千年だ。死神の身であっても気が遠くなる程長い時間、彼方は瀞霊廷を、尸魂界を、現世を守り続けてきた。それは事実だ」

 

「…」

 

「その貴方が、全てを台無しにしようとしている。それは…---」

 

---あまりにも悲しいことだ。

 

そう続くはずの東仙要の言葉は、しかし、彼自身がそれを飲み込んだことで止まる。何を馬鹿なと頭を振り東仙要は掴んでいた風守風穴の腕を乱暴に振り払うと斬魄刀の切っ先を風守風穴の喉元に付きつける。

東仙要の刃が風守風穴の命に届くまで数センチ。だと言うのに風守風穴はそんな刃など見えないかのようにいつも通りの混濁した瞳で東仙要を見据えながら、微笑んで見せた。

 

「そうか。東仙要。お前は…俺のことが好きなのだな?善哉善哉。嬉しいぞ」

 

喉元に刃を付きつけられながらもそう笑う風守風穴は間違いなく狂ってしまっている。

漏れ出す言葉の全てが虚飾を剝がされた本音でしかなく、その全てが阿片に痴れるが故に本心であると東仙要は理解した。

 

「傷つけたい程に俺を愛してくれるか?殺したい程に俺を好きなのだろう。卯ノ花がそうである様に、お前もまた俺が大好きなのだな?」

 

「…風守、風穴」

 

思わず零れた敵の名前に込められた感情に一番驚いたのは東仙要自身だった。その声色は憎しみを向けるべき相手を前にするにはあまりにも優しすぎた。

 

「俺もお前のことが嫌いではないぞ。俺の夢に、護廷十三隊に刃を向けたことには怒りを覚えたが、ああ、きっと深い訳があったのだろう。なら、なに、気にするな。これからは仲良くやっていこう」

 

それは今、虚圏どろこか尸魂界すら阿片に沈めようとしていた男の言葉ではなかった。いや、風守風穴は気が付いていない。彼が愛すると語る護廷十三隊が、”万仙陣”が完全な形で回り尸魂界が阿片に沈めば壊れてしまう。そんな簡単なことに気が付けない程に、阿片に狂い知性を失ってしまっている。

 

---けれど、ああ、けれど。

 

風守風穴が差し伸べる手はあまりに優しく。掛ける言葉は温かかった。

刃を向けられながら、敵意を向けられることなど考えはしない。東仙要の善性を欠片も疑うことなく藍染惣右介の裏切りすら何か理由があったのだと語る様は人を疑う事を知らない赤子の様でしかなかった。

喉元に付きつけられた刃を前に東仙要がそれを突き刺す事など考えもせず嗤う風守風穴は阿片に狂っている。それは間違いではない。だがしかし、同時にそれが阿片に犯され零れた本音で在るのなら、愚かしくも認めねばならないと東仙要は涙する。

 

目の前の敵は赤子だ。母親から与えられた優しさと同じように疑うことなく、世界は優しさで溢れていると信じている。

 

「ならば…ああ、ならば、貴方は優しいのだろう。根は善人なのだろう」

 

風守風穴は敵にすら阿片(あいじょう)を振りまく。その形が阿片という狂った産物であるとはいえ、風守風穴は確かに敵の幸せすら心の底から願っていた。

それは間違いのない事実であり、風守風穴は敵の幸せすら願える聖人君子であったのだと理解しながら、東仙要は絞り出すように怨嗟の声を出した。

 

「だが…貴方は間違えた。…その愛を、正義を、向ける方向を間違えたのだ‼」

 

世界は優しいと。優しい世界はあるのだと信じる赤子の様な男に憎しみを向けねばならなかった。誰かが言ってやらねばならないと、東仙要は叫ぶ。

 

「阿片によって(もたら)される悲劇がある‼」

 

---阿片に痴れた男は詰まらない(いさか)いから同僚を殺し、それを(とが)めた妻すら殺した。

 

「眼を覚ませ風守風穴‼貴方が仙丹の妙薬だと語るソレは、今の貴方がそうである様に…心を壊すただの麻薬だ‼」

 

---それはありふれた悲劇だ。珍しくも無い惨劇だ。

 

「確かに一時の快楽は人の救いとなることもあるだろう‼だが、情けない!情けない‼千年を戦い続けた貴方らしくない‼現実で戦うことから逃げ続け、いったいどこに辿り着けるという‼‼」

 

悲鳴の様な声。激情となって零れる言葉の全ては東仙要が語る正義その物だった。

 

「悲しみに塗れながらも人は強く生きられる筈だ!阿片などに頼らずとも苦しみを乗り越えられる筈だ‼風守風穴、貴方とて信じた筈だ。人は、阿片(そんなモノ)などに頼らずとも強いと!…最強と呼んだ男が…貴方には居た筈だろう!」

 

東仙要は知っている。

かつて風守風穴が信じる最強の死神と同じように世界を愛した死神がいたことを知っている。

 

「彼女は、この世界を愛していた。だから世界の為に、正義を貫く為に死神となった。私はそんな彼女を美しいと思った。盲目の眼に彼女の姿は映らなかったが、その魂が美しいことは理解できた。………貴方と同じだ、風守風穴‼」

 

誰よりも世界の平和を願い、誰よりも強い正義を持ち、その為に戦うことを選んだ彼女は、しかし、戦う事すら出来なかった。彼女を殺したのは夫だった。つまらぬ諍いから同僚を殺した男はそれを咎めた彼女も殺した。その男は---阿片窟に出入りしていた。

 

彼女に、何が足りなかったのか。男を見る眼か?時の運か?

抱えられるだけの正義では平和を願うには足りないのか?

 

 

「違う。要らぬのだ。…風守風穴。気付(きづ)け。いい加減に…気が付け…」

 

 

東仙要は仮面の下で涙を零す。東仙要は自分の言葉が目の前の本当は優しい男の心を(えぐ)ると理解していた。

それでも誰かが言わなければならないことだった。

 

だから、東仙要は言った。

 

 

「人を守るのに、阿片(それ)は要らぬのだ」

 

 

「………?」

 

 

風守風穴は首を傾げた。それは東仙要の言葉を理解できなかったからではない。むしろ、理解して己の中に芽生えた感情(いたみ)に気が付き思わず左胸に左手を添えた。

 

それは阿片窟(あへんくつ)の番人が決して理解してはならない感情だった。

それは桃園の夢に沈む者が抱いてはならない感情だった。

 

---気が付けば、阿片(ユメ)は晴れてしまう。万仙陣は閉じてしまう。

 

それに気が付いた卍解『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』の本体である白痴の魔獣は口無き喉で唸り声を上げる。己の尾を追い回るだけの白痴の魔獣は風守風穴(あるじ)の前に立つ東仙要を”敵”だと認識した。

白痴の魔獣を編んでいた触手が解けて波となって東仙要へと向かって行く。その数、幾億。その一本一本が触れただけで命を沈めてしまうだろう猛毒の触手。

それを避ける術は無く東仙要は触手の波に飲まれながら絶頂の果てに息絶えるだろう。

その結末に東仙要が抗う術はない。立ち向かう術はない。否、そもそも卍解『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』を相手に戦うという発想自体がズレている。

 

そもそも本来の風守風穴の卍解には担い手の意思が無くとも自動で敵を攻撃するなどと言う戦いに特化した能力は持っていない。卯ノ花烈の始解『肉雫唼(みなづき)』と同じように戦闘能力はない。ただ阿片を生み出すのみ。そこに害意はない。

無論、阿片の毒は風守風穴の”敵”を痴れさせ刃を振るえば”敵”を斬るだろう。だが、担い手である風守風穴に戦う意思が無いのなら『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』は戦う事など出来ない卍解だ。

 

その筈だった。しかし、今の『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』は風守風穴を阿片に痴れさせるに至り、担い手という手綱(たづな)を失っている。故に『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』は暴走という形で自我を持った。担い手である風守風穴への愛を滾らせながら、白痴の魔獣は狂気に目覚める。

 

 

---”テキ”ハ。コロス。

 

 

それは終ぞ風守風穴が持ちえなかった殺意(かんじょう)

 

 

始めから誰もが言っていたことだ。斬魄刀『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』が史上最悪の斬魄刀と呼ばれる所以は阿片の毒を生み出すという凶悪な能力を持つから、()()()()。生み出す阿片の毒の濃度の調整は可能。しかし、担い手である風守風穴ですら斬魄刀『鴻鈞道人(こうきんどうじん)』が阿片の毒を生成するのを止めることは出来ない。故に---最悪。担い手の意思に関係なく世界を破滅させかねない斬魄刀。

 

 

斬魄刀には”心”がある。そんな事は死神であれば誰でも知っている。

そして”心”が在るなら斬魄刀の行いが担い手である死神の意思に反することもあろう。

 

 

担い手の意識なく振るわれる『四凶混沌(しきょうこんとん)鴻鈞道人(こうきんどうじん)』の触手攻撃に東仙要は反応できない。風守風穴には攻撃の意思すらないのだ。受ける側がとてもじゃないが、反応なんて出来るはずも無い。対処できるとすればそれは卯ノ花烈という最強の剣術家の扱う理外の理、”反射”くらいのもの。

 

東仙要は抗うことも立ち向かう事も無きないままに幾億の触手の波に飲まれていく。

 

---そうなる筈だった。

 

 

「まて」

 

 

それを止めたのは風守風穴の声だった。たった一言で東仙要に伸びていた触手の全ては東仙要に触れるギリギリで止まる。

 

「おすわり」

 

その一言で暴走し自動攻撃という特性を得た『四凶混沌・鴻鈞道人』の本体は大人しくなった。

 

東仙要が呆気に取られる中で正気を失っている筈の風守風穴は理知を取り戻した瞳で東仙要に語り掛ける。

 

「………東仙要、俺は今、何をしようとしていた?」

 

風守風穴の問いかけに東仙要は何を今更と風守風穴の暴走を語る。

 

卍解で『虚圏(せかい)』を阿片に沈める…それは、狂気の沙汰だが”護廷”という概念に照らし合わせればギリギリ許される範疇。虚圏は死神にとっては虚の根城。敵地と言っていい場所。そこで風守風穴が卍解をすることは、人間達に分かり易く言うのなら敵国に向けて核爆弾を落とすことに等しい。無辜の民も巻き込むそれは人道から外れた行為ではあるが戦争という題目の上ならば辛うじて理解できる理がある。虚圏(ウェコムンド)という魂魄を喰らう虚しかいない敵国(せかい)でそれを行うのなら、風守風穴の行動は死神の中では一定の理解が得られるだろう。

だがしかし、その後に風守風穴が行おうとしていた”万仙陣”の強化。『四凶混沌・鴻鈞道人』の本体である白痴の魔獣。その触手を用いてさらに強力な万仙の陣を編むという行いが(もたら)す結果は世界の境界を越えて現世も尸魂界も阿片に沈めるという狂気でしかない。

ベルカ(しき)国防術(こくぼうじゅつ)と言う現世に置いて空想に終わった防衛策がある。それは敵国に攻め込まれた際、()()()()()()()()使()()()()という狂気の防衛策。国を護る為に国を壊すという狂気。

風守風穴は現世に居た頃の書物に乗っていたソレを東仙要の言葉を聞いて思い出す。

 

世界の平和を護る為に世界を阿片に沈める。それで全ての戦争は消える。

 

それは真理ではあるが、正気の風守風穴にして血の気が引くほどに狂っていると思えるそれはベルカ式国防術に通じるモノがあるだろう。

 

「それを…俺はやろうとしたのか?」

 

幼心に一度は思い描いたことのある夢ではある。けれど、その夢は荒唐無稽なものであると山本元柳斎重國に燃やし尽くされずとも気付けた筈のものでしかない。

”護廷”の範疇からは言うまでもなく外れている。

 

卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』が完全な形で解放され、生まれて初めて阿片の毒に完全に狂い正気を無くしていた風守風穴に理性が戻る。

全ては東仙要が白痴と化し肉体の痛みを感じなくなった風守風穴に阿片狂いが気が付いてはいけない感情(いたみ)を与えてくれたお陰だった。その痛みが気付(きつ)けとなり風守風穴は正気を取り戻したのだった。

 

 

 

 

 

 

正気を取り戻した俺は頭上で大人しくしている卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』の本体を睨みつける様に視線を送る。巨大な白痴の魔獣はしょぼくれた様に身体を(ちぢ)こまらせた。

確かに俺は万人の意思を尊重し善哉善哉好きにしろと嗤ってやり認めてやりたいと思っているが、限度というものはある。加えて相手が自分の斬魄刀の意思であるのなら、遠慮などせずにやり過ぎだと攻め立ててやる。

俺が正気を失っている間に俺の身体でなんてことをしようとしてくれたのか。確かに尸魂界のごく一部、故郷である西流魂街80地区『口縄』の阿片窟(とうげんきょう)以外の尸魂界の地が桃園の煙に霞むのをみたいと思わない訳じゃないが、それで尸魂界が滅ぶというのならいくら俺でも自重はする。

 

---鴻鈞道人。幾度となく俺を救ってくれたお前が、俺を思いやったことだという事はわかっている。幼心に抱いた阿片(ゆめ)()痴る(みる)という夢を叶えてくれたことには感謝しかない。その上で己の欲望の儘に生きることを恥じる俺ではない。しかし、なあ、『鴻鈞道人』。もし仮に、俺が本当に正気を失い痴れたなら、いったい誰が微睡に微笑む中毒者(かぞく)を守る。

 

---阿片(ゆめ)()痴れたい(みたい)。けれど、俺は阿片(ゆめ)に溺れることは出来ない。

 

俺はお前の思いはありがたいがと、卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』の本体に心の中で語り掛けながら頭を振る。白痴の魔獣は悲しそうに尻尾を垂らした。

 

斬魄刀との対話を終えた俺は東仙要に向き直ると素直に頭を下げた。

 

「悪い。世話を掛けたな。ありがとう。お前が俺を止めてくれてよかった。お前は俺から世界を救った勇者だ」

 

率直な感謝を述べる俺に東仙要は驚いたように身体を揺らして反応した後、思いつめた様に自らの持つ斬魄刀に視線を向け、その切っ先を再び俺に向けた。

 

「…なあ、東仙要。俺とお前は本当に戦わなければ、ならないのか?」

 

「…」

 

「俺の眼を覚ましてくれたお前の言葉なら、俺は齎す仙丹の妙薬を皆に用立てる量を減らすことも(やぶさ)かではないぞ?求める中毒者(かぞく)がいる以上、その者たちに用立てる事を止める積りはないが、もしお前がこれ以上に阿片(ユメ)を広めるなというのなら…考えよう」

 

俺の提案に東仙要の仮面の下の瞳が揺れたのを感じた。阿片を振りまく俺と阿片を憎む東仙要の争いの妥協案として、俺の提案は最大限の譲歩をしているつもりだ。

けれど、東仙要は静かに首を横に振った。

 

「私は、貴方を許さない。貴方が齎すものを、決して認めない」

 

「…桃園の夢に沈むことで安らぎを得る者がいる。阿片に頼らなければ、安心して呼吸すら儘ならない者達もいる。その弱者の声を斬り捨てることが正義か?」

 

「そうだ。それが私の正義だ。私の正義は、阿片(クスリ)を絶対に許さない」

 

「そうか…残念だ」

 

正気を取り戻してくれた恩がある。俺は東仙要の人間性を嫌いではない。むしろ、好いてすらいる。己の志に準じて歩む男の姿に嫌悪を向ける者が居る者か。それが愛した女の遺志を継いだ男の背だと言うのなら、喝さいを持って称える(べき)だ。

 

「それでも俺は…お前を斬らなきゃならない。東仙要。お前が正義を譲れぬように、俺にもまた譲れぬ愛がある」

 

俺は両腕を大仰に広げながら、高らかに声を張り上げた。

 

「阿片に沈んだ『虚圏』。この光景を見ろ、東仙要。この地に置いての争いは消えたぞ?いま、世界は阿片(アイ)で満ちている‼---それを素晴らしいとは、思えないか?」

 

「………貴方は、壊れている。阿片に狂うずっと前から、壊れている。先の言葉を再び返そう‼---貴方は‼愛の矛先を間違えた‼‼」

 

東仙要が突き出した切っ先。そこから放たれる喉元に向けての突きを俺は首を動かす最小限の動きで躱す。返すように放つ横薙の斬撃を東仙要は斬魄刀を握っていない左腕で防いだ。切り裂かれる東仙要の左腕。飛び散るしぶき。刻まれた傷は、しかし、超速再生という虚固有の能力により瞬時に再生する。続けざまに放たれる縦横無尽の斬撃。その全ては自分の身体の事など考えない人体構造を無視した軌道で描かれる。

ゴキゴキと東仙要が斬撃を放つ度に響く音は、彼自身の肉体の悲鳴に他ならず。だからこそ、捨て身の攻撃は俺の身体を切り裂くに至る。

 

---グゥゥウウウウ。

 

俺が頭上に従える白痴の魔獣が口の無い喉で唸り声を上げる。担い手たる俺の危機に動き出そうとするソレを俺は無言で制した。何故だと問いかける己の斬魄刀に手を出すなと忠告する。

俺は東仙要を認めていた。魔王(おのれ)を殺すに足る勇者(おとこ)で在ると認めていた。東仙要との決着に他者の介入は許さない。それは例え己の斬魄刀であったとしても、邪魔をすることは許さない。

 

捨て身の斬撃を前に俺は距離を取る。後に構えるは地の型とも称される下段の構え。真剣の斬り合いにおいて足元への攻撃に特化したその構えは、敵に攻撃を躊躇させる効果がある。無暗矢鱈に踏み込めば踏み込んだ足を切り裂くと威圧しながら俺は東仙要の出方をみる。

東仙要は俺が構えを変えたのを見て、同じく構えを変える。猛攻故に先ほどから構えていた上段での構えを解いて切っ先を下へと押していく。王道である中段の構えから放たれたのは初撃と同じ喉元への突き。しかし、それは一撃で終わらず流れる様に二撃目、三撃目の突きへと繋がった。熟練の剣術家が放つ突きの三連撃は現世に置いて回避することは不可能とまで云われた技の一つ。

一撃目の突きを躱す。二撃目の突きを躱す。次いで放たれた三撃目の突きに合わせる形で俺は下段の構えを解き斬魄刀を振り上げる。刃の背で三撃目の突きを弾きながら、振り上げた刃をそのまま振り下ろす。攻防一体の俺の()()(はら)いは、しかし、東仙要から繰り出された四撃目の突きに相殺された。

 

「…四連(しれん)か」

 

三撃目で終わる筈の連撃を流れる様に刃を引くことで四撃目に繋げる東仙要の剣術の冴えに俺は感嘆する。生来の盲目である目の前の剣士は、光が見えない故に常人離れした聴覚と嗅覚と剣の冴えを手に入れた生粋の達人だった。

 

---だからこそ、惜しいと俺は苦渋の表情を浮かべる。

 

「まだだ!行くぞ‼風守風穴‼」

 

「…ぐっ、来い!東仙要‼」

 

その気真面目な性格通りに東仙要は今まで堅実に鍛錬を積み重ねて来たのだろう。あるいは俺への憎しみがさらにその技に磨きを懸けたのかもしてない。

 

「私は貴方を決して認めない!誰もやらぬと言うのなら、私がやろう。私が貴方を殺す正義を成そう‼そして、阿片の齎す全ての邪悪を、空に立ち上りうる桃色の煙を、雲の如くに消し去ろう‼‼」

 

その剣技は千年の後に白兵戦最強たる”八千流”にすら届いたに違いがない。他ならない”風守”である俺がそう思うのだから、間違いなどではないだろう。

 

「私の正義の全てを掛けて‼」

 

そして、その正義が護廷十三隊の為に注がれたのなら、どれ程に素晴らしかったことだろう。

あり得た筈の未来の光景に俺の頬を涙が伝った。殺したくなどないのだと本音を叫ぶ本能を俺はそれでも押さえつける。

 

---やりたくない事は、やらなくていい。

 

心に浮かぶ本音が俺の心を苦しめる。

 

---苦しいのなら、悲しいのなら、思うがままに生きればいい。

 

俺は本能のままに生きることは素晴らしいと謳った。阿片に痴れながら、やりたいことだけをやって、嫌なことから逃げることは責められることではないと説いた。

それは真実であると俺は疑うことはしなかった。それは今でも変わらない。

 

たった一度の己の人生だ。欲望の(まま)に生きて何が悪い。

 

 

---戦いたくないのなら、戦わなければいい。

 

 

けれど、俺はそれでも東仙要を斬りたくないと叫ぶ身体を無理やり動かし、刀を振るう。

 

 

それは俺が説いた理屈の否定に他ならない。俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

それが何故かは俺にはわからない。けれど、俺の意思は東仙要を斬らんと吼えた。

 

終わりの時は近い。既に剣戟のぶつかり合いは百を超えた。

 

「鳴け『清虫(すずむし)』‼」

 

此処で東仙要は斬魄刀を始解する。俺は驚き眼を見開いた。東仙要は死神として持つ斬魄刀のチカラを虚の仮面というチカラを得るために捨てていると思っていたからだ。そうでなければ早々に斬魄刀を解放していた筈だという俺の浅はかな考えを笑うようにリィィンという涼し気な音が斬魄刀『清虫』から鳴り響く。

瞬間、俺の三半規管が狂わされる。地面が揺れているような感覚は、無論、揺れているのは己であるという三半規管が狂わされた結果による平衡感覚の消失であり、その隙を突く様に東仙要の刺突が俺に放たれる。

この瞬間に気が付いた。この一瞬の好機を作る為だけに東仙要が帰刃(レスレクシオン)という完全に虚化していれば得られていた能力を捨て、僅かに残った死神のチカラを捨てずにいたことを。

それは賭けだっただろう。中途半端な虚のチカラと中途半端な死神のチカラしか、今の東仙要には残っていなかった。

しかし、東仙要は賭けに勝った。

 

避ける事など敵わないその刺突は俺の命に届き得ていて---その刺突は俺に届くことなく地に落ちた。

 

終わりが近いことは分かっていた。霊圧を含めた能力を飛躍的に向上させ超速再生すら可能にする虚化というチカラには、その強大な力故に時間制限があるだろうことには気がついていた。

 

虚化の終わりが近いことも東仙要の霊圧の変化を見ていれば、自ずとわかった。

 

---バリン。

 

音を立てて東仙要の顔を覆っていた仮面が砕ける。

それと同時に東仙要は周囲に充満する阿片の毒への耐性を失った。

 

致命の一撃となる筈だった刺突の踏み込みが、膝から折れる。斬魄刀を握っていた手は弛緩し柄から離れる。斬魄刀『清虫』は地面へと落ちた。

 

俺は目の前で倒れる様に覆いかぶさって来た東仙要の身体を受け止めた。

 

「東仙要」

 

俺の呼びかけに鈴虫の様な涼しい声が返された。

 

「…そうか。…私の正義は…届かなかったか」

 

悔し気に、けれど、清々しさを感じさせる声だった。

 

「…本当は、わかっていた。…私が恨むべきは、貴方ではなかった」

 

「何を言う?それは違う。お前には俺を恨む権利がある。俺は、仙丹の妙薬が惨劇を齎すことを理解している。お前は、その被害者なのだろう?なら、お前は俺を恨んでいい」

 

俺の言葉に東仙要は小さく首を横に振る。

 

「私が、真に恨むべきは…彼女を愛していながら、動くことが出来なかった弱かった頃の私自身だ。盲目だからと…愛した彼女を幸せにすることを諦めた…あの頃の私だ」

 

 

 

 

「私は…弱かった。弱い正義では、何も守れない」

 

 

 

 

「ならば、私は…力が欲しい。正義を貫く…力が欲しい。そして、私は至るのだ…彼女の…隣に………」

 

 

最後に女性の名前と思われる単語を口にして、東仙要は息を引き取った。

 

「………東仙要」

 

瞳から零れる涙を俺は拭う。しかし、涙は()()なく流れ続ける。

この結末は俺が阿片をばら撒いたから起こった悲劇。東仙要の身に起きた惨劇の原因は俺にある。それは理解している。その悲劇がどこにでもありふれたものであると知っている。

阿片は心を救う妙薬に成りえるが同時に心を壊す猛毒だ。それを知って(なお)、おれはそれでも(なお)と説いたのだ。

そこに後悔は欠片もない。けれど、零れる涙は止まらなかった。

 

「お前の正義は、届いているぞ。俺の心は…斬られている。こんなに…痛い。…痛いんだ」

 

俺の心は痛みを知った。

 

 

 

 

---”風守”とは阿片窟(とうげんきょう)の番人の名。その意味は、弱者を護らんとする意思だ。

 

---”風穴”とは、語呂が良いように己で付けた。

 

---”風穴(ふうけつ)”。風穴(かざあな)()(すさ)暴風(ぼうふう)(すべ)てをその()()けるという意味(いみ)()めた。

 

 

 

 

俺は痛みに苦しみながらも立ち上がる。

 

 

 

 

---”風守風穴”。

 

 

 

 

その名は、終わる事など許さぬと。

現世に目を向け、立ち上がる。

 

 

 

 

 

 


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