BLEACHの世界でkou・kin・dou・ziィィンと叫びたい   作:白白明け

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風守風穴との出会い方②

 

 

 

「万象一切灰燼と()せ『流刃若火(りゅうじんじゃっか)』」

 

 

---太陽をみた。

 

---人の形をした太陽をみた。

 

 

山本元柳斎重國の斬魄刀『流刃若火』が解号と共に解放される。噴き出す爆炎。立ち上る(ほのお)(うず)。火炎を従えながら君臨する最強の死神は、藍染惣右介を見ながら、その姿にかつて己の前に立った男の姿を重ねていた。

 

「似ておるのぉ…本当に」

 

千年前、護廷十三隊設立当初。その頃から”最強”と(うた)われていた山本元柳斎重國の前に立った男は、藍染惣右介とは違い支配欲が希薄であり、藍染惣右介とは違い思慮深くも無く、藍染惣右介とは違い現状に不満を抱くような(こころざし)を持ってはいなかった。

 

「しかし…その若さで儂の前に立つ姿。何より顔に浮かんだその笑みは、まるで鏡映しの如く。似ておる」

 

ならば同じなのだろうと山本元柳斎重國は考える。山本元柳斎重國の命に切っ先を伸ばし、炎熱地獄に沈んだ世界を愛した男と同じく、藍染惣右介が自らの命に届きうる力を持った死神であることを山本元柳斎重國は理解する。

 

「燃えよ。藍染惣右介。儂はもうこれ以上…あやつの如き阿呆を抱えきれん」

 

幾たびの戦場を経て未だに無敗。護廷十三隊を創り出した恐るべき死神。最早前を歩む先達(せんだつ)は無し。山本元柳斎重國は中段の構えで藍染惣右介を見据えながらつぶやいた。

 

「故に燃えよ。枝葉の如く」

 

”最強”とは(すなわ)ち、”最も強き者”を指す。その戦いに奇を(てら)う必要は無く、奇策の介入する余地はない。中段の構え。山本元柳斎重國は剣道の王道であるその構えから、ただ静かに斬魄刀を振り上げ、そして、振り下ろすのみ。

 

「すぅ---しっ‼」

 

斬魄刀『流刃若火』が振り下ろされ、爆炎が巻き起こる。

 

死を運ぶ熱量と共に迫りくる火炎が藍染惣右介へと迫る。唯の振り下ろし。本来は半径約四メートルの殺傷圏内。近距離戦闘しか行えない筈の刀という武器から放たれた単純な上段切りという攻撃が、前方半里を焼く広範囲攻撃へと昇華する。

 

出鱈目(であたらめ)だと、山本元柳斎重國と相対する藍染惣右介は思った。

 

迫りくる爆炎。それを前に藍染惣右介は左腕を(かざ)す。

 

「縛道の八十一『断空(だんくう)』」

 

八十九番以下の破道を完全防御する防壁を詠唱破棄で創り出す。『断空』の壁に阻まれ火炎は藍染惣右介まで届かずに消えていく。

初撃は防がれた。ならばと駆ける走狗の様な真似はせずに山本元柳斎重國は冷静に再び斬魄刀を中段の構えへと戻す。そして、そこから先はさっきまでと同じ動作。振り上げ。振り下ろす。ただそれだけ。

斬魄刀『流刃若火』の一太刀が生みだした火炎を防ぐのに藍染惣右介は八十番台の縛道を唱えなければならなかった。そこまでしなければ一太刀を防ぐことも出来ないという事実。

そして、そこから理解できる一つの結末。

いかに藍染惣右介が膨大な霊力を持っていたとしても、永遠に縛道の八十一『断空』を唱え続けることは出来ない。何時か霊力が尽きる時が来る。

それが果たして百の振り下ろしの後か。千か。万か。あるいは億か。それは解らない。しかし、事実は一つある。それは山本元柳斎重國は万の振り下ろしだろうが億の振り下ろしだろうが容易くやり切ってしまうだろうという事実。

尸魂界における刀剣術の始源。元流(げんりゅう)。その開祖こそ山本元柳斎重國。

最古の剣客が積み上げてきた修練が無限の火炎となって藍染惣右介に襲いかかる。

 

繰り返す事が幾度目か。山本元柳斎重國の攻撃を防ぎ続けるしかない藍染惣右介。

その状況に変化が起こる。

 

「『流刃若火』(ひと)()-”撫斬(なでぎり)”」

 

それは今までの火炎とは種類の違う火炎。広がらず一筋に収められた炎。

 

「縛道の八十一『断空(だんくう)』」

 

その一太刀は『断空』を断ち切ってみせた。

 

「…なん、だと?」

 

詠唱破棄とは言え大鬼道長の八十番台の破道ですら止められる己の『断空』が易々(やすやす)と切り裂かれた。そして、その一太刀はそのまま藍染惣右介まで迫り、鮮血が飛び散った。

 

身体を焼き斬られる。身体が痛みの悲鳴を上げている。それに対して取り乱すこともせず微笑を浮かべる藍染惣右介だが、それは痛みに耐えているだけでダメージは確実に身体に蓄積していた。

 

 

 

---太陽をみた。

 

---人の形をした太陽をみた。

 

 

 

藍染惣右介は山本元柳斎重國の強さを知っている。斬魄刀『流刃若火』。それは間違いなく最強の斬魄刀。純粋な戦闘能力のみで言えば藍染惣右介よりも山本元柳斎重國は強い。

山本元柳斎重國は藍染惣右介が知る限り”最も強い死神”だ。

 

「---だが、それだけだ」

 

山本元柳斎重國の霊圧が熱量となって藍染惣右介を焦がしていく。血が。肉が。魂が乾いていく感覚。それは純粋な痛み。しかし、それでも藍染惣右介の身体は”頭を垂れよ”などとは、言ってくることは無い。

 

山本元柳斎重國(やまもとげんりゅうさいしげくに)。君はただ、強いだけだ。私はその強度に、恐怖はしよう。畏怖も(いだ)こう。だが、しかし、屈することは決してない。何故なら私の力は、その強度すらも()えうるからだ」

 

---砕けろ『鏡花水月』。

 

藍染惣右介の解号と共に硝子(がらす)の砕ける音がした。

 

そして、瞬間、山本元柳斎重國の視界から藍染惣右介の姿が消えた。

 

「…ふん。ようやく本番か」

 

掻き消えた藍染惣右介の存在を山本元柳斎重國は追いきれない。

 

斬魄刀『鏡花水月』。その斬魄刀は極めて異質。能力は『完全催眠』。五感全てを支配し一つの対象の姿・形・質量・感触・匂いに至るまで全てを敵に誤認させること。(はえ)を龍に見せることも、花畑を沼地に見せることも出来る。

その能力を戦闘に応用すれば、どれほどの脅威になるのかを語る必要はないだろう程に危険で強力な斬魄刀。

 

山本元柳斎重國の前から姿を消した藍染惣右介は山本元柳斎重國の背後から現れた。

藍染惣右介の斬魄刀が振るわれる。死角からの一撃を山本元柳斎重國は類まれなる危機感知能力、直感的に避けてみせる。そして、返す刃で藍染惣右介を切り裂いた。

しかし、切り裂いた藍染惣右介の姿がぼやけて消える。その藍染惣右介は斬魄刀『鏡花水月』の作り出した(まぼろし)。そして、再び山本元柳斎重國の背後から藍染惣右介が姿を現した。

 

山本元柳斎重國の身体から、鮮血が飛び散った。

 

「これで、互いに一撃。まずは痛み分けか」

 

「笑止。笑わせるなよ小童が」

 

山本元柳斎重國の振るう斬魄刀は藍染惣右介の身体を斬る。しかし、その全てが(まぼろし)。斬魄刀『鏡花水月』のみせる幻覚に過ぎない。

いかに斬魄刀『流刃若火』が最高の攻撃力を持つ斬魄刀であろうとも当たらなければ意味はない。故に戦況は藍染惣右介に傾いた。

 

かに思われた。しかし、”笑止”と山本元柳斎重國は嗤ってみせる。

 

「幻に阻まれ届かぬのなら、よかろう。諸共(もろとも)(すべ)てを焼いてやろう。のぅ、藍染惣右介。百余年前に貴様が風守の奴と対した時の事を覚えておるか?」

 

忘れる筈がない。藍染惣右介はあの夜のことを忘れない。

 

「目に見えぬ敵。どこに居るかもわからぬ敵への最良の策は…全方位への無差別攻撃であると、風守の奴に教えたのは他ならぬ儂じゃ」

 

 

「『流刃若火』(ふた)()-”二度斬(にどぎり)”」

 

 

振るわれること二度。火炎が四方(しほう)四里(よんり)を焼いた。

 

燃え盛る炎の中から姿を隠していた藍染惣右介が飛び出してくる。

 

「馬鹿な…血迷ったか。護廷十三隊総隊長。君が力を無差別に使えば、周囲で戦っている護廷隊士達も巻き込むぞ」

 

「皆、覚悟はできておる。一死(いっし)(もっ)大悪(たいあく)(ちゅう)す。それこそが護廷十三隊の意気(いき)()れ」

 

巻き上げられた火炎と荒れ狂う熱波は藍染惣右介のみならず四方四里に居る者全ての身を焦がすだろう。しかし、それすら構わぬと斬魄刀『流刃若火』を振るう山本元柳斎重國の諸行は鬼畜と断罪されて然るべき行い。

だが、強者とは常にそうでなければならない。冷酷さの先にある平和がある。苛烈なまでの敵意があるからこそ平穏を脅かす敵を斬れる。少なくとも山本元柳斎重國が生きてきた時代はそういう時代だった。敵を討つのに利するものは全てを利用し、人はもとより部下の命すらにも灰ほどの重さを感じずに戦い続けなければならない時代があった。

山本元柳斎重國はそんな時代を戦い抜いてきた男。敵を焼き尽くした焼け野原の上に平和を築いた英雄。

 

故にその剣は---烈火(れっか)(ごと)く。

 

藍染惣右介の身体を火炎が包む。

 

「ぐっ、あああああああ!」

 

逃れようにも逃げ場などない炎熱地獄。幻をみせたとしても幻諸共全てを焼き尽くす火炎の前に藍染惣右介は初めて纏っていた冷静な顔を捨て大声を出した。

 

その声に応える者がいた。

 

「藍染様‼」

 

第2十刃(セグンダ・エスパーダ)ティア・ハリベル。彼女は藍染惣右介の危機を前に、受け持っていた死神達との戦闘を連れてきていた従属官(フラシオン)三人に預け、藍染惣右介の元に駆け付けた。

 

ティア・ハリベルは既に帰刃(レスレクシオン)を終えている。ティア・ハリベルの帰刃(レスレクシオン)は『皇鮫后(ティブロン)』。膨大な水を生み出し右腕と一体化した巨大な剣でそれを自在に操る能力。

火に対する水。五行思想(ごぎょうしそう)に置ける優劣を以てティア・ハリベルは山本元柳斎重國に相対した。

 

「”断瀑(カスケーダ)”‼」

 

しかし、もしそれを山本元柳斎重國を知る死神が見たのなら、目を伏せて静かに首を横に振るに違いない。山本元柳斎重國という死神はそういう常識の通用する相手ではない。

 

生み出された膨大な水。洪水の如く山本元柳斎重國に迫った水の全ては山本元柳斎重國の身体に届く前に全てが蒸発した。

 

「…そんな、馬鹿な」

 

ティア・ハリベルはその光景に動揺を隠しきれなかった。山本元柳斎重國はティア・ハリベルの攻撃に対して何をした訳でもない。ただチラリと横目でティア・ハリベルの姿を見た後は直ぐに藍染惣右介の方へと視線を戻した。視線を向けられた。それだけでティア・ハリベルの”断瀑(カスケーダ)”は残らず蒸発した。それはつまり山本元柳斎重國の身体から漏れ出す熱量がティア・ハリベルの生み出した水量を越えていたという事実に他ならない。火と水。物量が違えば相性などに意味はなく、比べるのも馬鹿馬鹿しいほどの力の差が山本元柳斎重國とティア・ハリベルの間には存在していた。

 

「………退()け。小娘」

 

「………」

 

力の差は歴然。しかし、藍染惣右介という主の危機を前にして退けと言われて素直に退くほどにティア・ハリベルは素直な女性ではない。

 

戦雫(ラ・ゴーダ)!」

 

帰刃《レスレクシオン》により右腕と一体化した巨大な剣から水の刃が放たれる。水圧により研ぎ澄まされ、金剛石(ダイヤモンド)すらも両断する鋭さを持ったその刃は、しかし、それもまた山本元柳斎重國に届くことなく蒸発した。

 

「…っ」

 

どの様な攻撃も決して通じない。ティア・ハリベルの一人芝居。しかし、屈辱に塗れながらもティア・ハリベルは攻撃の手を休めることはしなかった。

少なくともティア・ハリベルが攻撃を続けている間は山本元柳斎重國に動きはない。藍染惣右介から注意を反らしている。ならば、このまま攻撃を続け藍染惣右介の傷が少しでも回復する時間を稼ぎ---

 

「退けと言ったのが、わからんか?」

 

山本元柳斎重國が斬魄刀『流刃若火』を振るう。

ティア・ハリベルの思惑はあまりにも呆気なく終わりを告げた。ティア・ハリベルの生み出した水の全てを蒸発させながら進む火炎は瞬間、ティア・ハリベルを包んだ。

 

あまりにも呆気ない幕切れ。ティア・ハリベルは山本元柳斎重國の業火に焼かれた。

そのままでは死んでいただろう窮地からティア・ハリベルを救い出したのは、他でもない藍染惣右介だった。

 

「…藍染…様」

 

業火が晴れたその場所には藍染惣右介に横抱きに抱えられたティア・ハリベルの姿があった。

藍染惣右介はティア・ハリベルを身体を下すと視線を向ける事も無く言った。

 

「ティア。もう下がっていなさい」

 

「…しかし」

 

「この戦いに君程度が介入する余地はない。君は私の命令通りに他の死神を足止めしていればいい」

 

「…御意(はっ)

 

藍染惣右介の物言いにティア・ハリベルのプライドが傷付かなかった訳じゃない。しかし、助けに行った主に逆に助けられるという状況に羞恥を覚え、そして、まるで何処かの国の姫の様に優しく横抱きにされるという状況に顔を赤らめながらティア・ハリベルは静かにその場を退いていく。

 

ティア・ハリベルの介入というイレギュラーが終わり。戦況は再び振り出しに戻る。

斬魄刀『鏡花水月』の完全催眠によって意識の裏をかく藍染惣右介。そして、そんな策諸共を燃やし尽くさんとする山本元柳斎重國。

戦況は周囲を巻き込む形で肥大していき、いずれ両軍に多大な犠牲を出し終わるだろう。

 

 

 

 

 

 

多くの命が消えていく。

その事実に悲しみを覚えるかのように空が()いた。

 

ギチギチギチと神経を削る様な音が空から響いてき。その場に居た全員があまりの事態に戦う手を止めて空を見上げた。

 

そして、空が割れる。

 

上空で開かれた現世と虚圏を繋ぐ黒腔(ガルガンタ)が開く。

そして、そこから桃色の煙が噴出した。甘い香りを漂わせるその桃色の煙が果たしてなんであるのかを今更、説明する必要もないだろう。

その桃色の煙から逃げる様に黒腔(ガルガンタ)から飛び出してきた人影は三つ。

一人目は市丸ギン。二人目は吉良イズル。そして、吉良イズルに抱えられながら出てきたのは藍染惣右介に捕らわれていた井上織姫だった。

 

「井上!」

 

「あ、黒崎君!」

 

井上織姫の登場に第6十刃(セスタ・エスパーダ)グリムジョー・ジャガージャックと戦っていた黒崎一護は思わず声を上げる。井上織姫は黒崎一護の声に喜びながら無事を報せようと大きく両腕を振り、バランスを崩して吉良イズルの手から落っこちた。

 

「ちょ、動かないでくれ」

 

「え…きゃあああ!」

 

「井上!?」

 

地面に衝突するギリギリで黒崎一護に助けられ、なんとか井上織姫は無事だった。

そんな光景をカラカラと笑いながら見ていた市丸ギンは、次に眼下で繰り広げられていた戦闘の後と山本元柳斎重國と戦う藍染惣右介の姿を見る。

 

「あかん。もう始まっとるわ」

 

「落としてしまった人間は無事ですね。…僕達はどうしましょうか。市丸隊長」

 

「どうするもこうするもあらへんよ。僕らに出来ることはもうない。織姫ちゃんを虚圏に充満していた阿片の煙から守るのに霊力使ってしまって、もう空っぽや。出来ることは無い。せやから…」

 

「…見ているしか、ありませんか」

 

「そや。---それと、早く逃げろと言うしかないわ」

 

市丸ギンは蛇の様に口元を釣り上げて嗤った。

 

 

そして、黒腔(ガルガンタ)から、その死神は現れた。

 

伸びた髪を適当に束ねた白髪痩身の男。

 

頭上に桃色の獣を従えながら、甘い阿片の煙をまき散らし、混濁した眼で戦い傷ついた護廷隊士と十刃(エスパーダ)達を悲し()に見ながらも顔に浮かぶは軽薄な笑み。

 

善哉善哉(ぜんざいぜんざい)

 

 

拡大する被害と戦況を変える為、風守風穴は現れた。

 

 

 

 

 

 

「風守殿…」

 

突如として空いた黒腔(ガルガンタ)。そこから現れた風守風穴の姿を見た朽木ルキアは思わず戦う手を止めて呟いた。

視線の先に居るのは風守風穴。朽木ルキアが知る限り敗北とは無縁な強い死神。

ならば朽木ルキアは歓喜するべきだ。

護廷十三隊特派遠征部隊部隊長、風守風穴。その名は山本元柳斎重國や卯ノ花烈。雀部長次郎と同じく千年以上前から護廷十三隊に刻まれている。

そんな彼がやって来た。ならば、それは援軍であり、この戦いの勝利を決定付けるモノである筈だ。

 

---故に歓喜するべきだ。

 

そのことを朽木ルキアの頭は理解している。けれど、何故だか朽木ルキアの顔は蒼白に変わった。

 

「なんだ。なんなのだ。…()()は本当に風守殿なのか?」

 

朽木ルキアの身体が歓喜を拒む。視線の先に居る風守風穴の姿に何故だか恐怖を覚えた。

朽木ルキアの知る風守風穴という死神は確かに狂っていた。風守風穴の後に続き歩いていた頃の朽木ルキアが、混濁した眼で笑いながら、阿片を配り歩く風守風穴の姿に何も思わなかった訳ではない。恐怖することも嫌悪感を抱くことも無かったと言えば嘘になる。けれど、それでも風守風穴に(なつ)き行動を共にすることが出来たのは、風守風穴という死神がどれだけ狂っていようとも信頼することが出来たからだ。

 

朽木ルキアは理解していた。目の前の男は自分とは違う価値観で生きている狂人だが、根底にあるものは愛情であり優しさだと。

風守風穴の後ろを歩いていた頃に朽木ルキアが感じていたのは、温もりだった。

その温もりは朽木ルキアにとって忘れることの出来ない存在である志波海燕の様に知らぬ間に陽だまりに手を置いていた時の様な暖かさではなかった。例えるのなら、風守風穴の与える温もりはぬるま湯の様な温度だった。心地いいその温度は、しかし、何時までも其処に()かっていては人を駄目にする類の暖かさ。

それは風守風穴が(もたら)す阿片と同じように依存すれば毒になる温度。しかし、きっと人が生きる上では必要な筈の(ぬる)さ。

 

---善哉善哉。好きにしろ---

---お前がそう思うのなら、お前の中ではそうなのだろうよ---

 

自分の全てを否定せずに受け入れてくれるという誰もが望むだろう場所が風守風穴の傍にはあった。

 

だが、その温度が今の風守風穴からは失われていると朽木ルキアは感じた。

 

「風守殿…一体、何があったのですか?」

 

呟くような疑問の声だった。けれど、静まり返っていたその場所で朽木ルキアは風守風穴へと届いた。風守風穴の眼が朽木ルキアに向けられる。

そこで朽木ルキアは風守風穴の変化に気が付いた。

 

「風守殿の目が…赤い」

 

風守風穴の身体から漏れ出す桃色の煙。(けむ)る周囲に暗みながら風守風穴の眼は普段の黒眼とは違う怪しい赤色に輝いていた。

何故、風守風穴の眼が赤く輝いているのか。霊圧の影響か?卍解による変化か?興奮すると眼が赤く輝く種族なのか?

---否。全て違うと朽木ルキアは直ぐに気が付いた。

 

「風守殿。目が充血する程に泣いて、おられたのですか?」

 

風守風穴は静かに頷いた。

 

 

 

 

 

 

「風守殿。目が充血する程に泣いて、おられたのですか?」

 

黒腔(ガルガンタ)を潜り現世へとやってきた俺の眼に飛び込んできたのは山本元柳斎重國と相対する藍染惣右介の姿。そして、戦う護廷十三隊と十刃達。

呆然と立ち尽くす俺に朽木ルキアだけが声を掛けてくれた。

 

その声に頷く。

 

泣いた。泣いた。眼が充血する程に、涙が枯れる程に泣き腫らした。ただ悲しくて泣いた。ただ悔しくて泣いた。心が痛くて泣かずにはいられなかった。

その胸の内を俺は静かに藍染惣右介に向けて語る。

 

「惣右介。東仙要が死んだぞ」

 

「………」

 

藍染惣右介からの返事はない。俺は構わずに言葉を続けた。

 

「お前の仲間の東仙要だ。あいつは正義を語り平和を願った死神だったぞ。俺を倒し、阿片を排し、正義を()(とお)そうとして戦い、当たり前の様に死んだぞ。なあ、惣右介。お前はわかっていただろう?東仙要では俺に勝てないと。いや、東仙要だけではない。たかだか三人の少数で俺達を足止めできる筈がないとわかっていながら、なぜお前は東仙要達を置き去りにした?」

 

「滑稽だね。風守隊長。まさか君の口からそんな言葉が出るとは思わなかった。なぜ要を虚圏に残したかだって?それは要がそう望んだからだ。要は君を殺す為に私と歩みを共にして、その足跡を正義と呼んだ。たとえ死んだとしても後悔など無かった筈だ」

 

藍染惣右介はそう言って微笑みながら、逆に問おうと俺に視線を向けた。

 

「風守隊長。いや、風守風穴。もう一度言おう。()()()。”やりたくないことはやらなくていい”。それを是とした君が何故、後悔など口にする?東仙要が死んだのが悲しいか?苦しいか?なら、殺さなければ良いだけだったろうに」

 

惣右介の言葉が俺の心に突き刺さる。その痛みは阿片でも消すことの出来ない痛み。

 

()()()()。風守風穴。君は自らが説いた理屈の否定した」

 

東仙要を斬った時に湧き出た感情。

 

---俺は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。---

 

その痛みは俺を殺す。

その怒りは俺を殺す。

 

涙は枯れた。

瞳は怒りで充血する。

 

「そう仕向けたのは、お前だろう!」

 

黒腔(ガルガンタ)を抜けた時から既に抜き身で握っていた斬魄刀。

その切っ先を天へと掲げる。

 

「素晴らしかったのに…美しかったのに…相対することに、誇らしさすら感じられるほどの死神。俺の生涯で唯一出会った、()()()()などではなく、()()()()を掲げた男であった‼」

 

---理解して(わかって)いる。これは俺の我が儘だ。

 

「その才覚が…正義が…護廷が為に生かされたのなら、どれほどの功績を生み出したか…」

 

---東仙要と俺の歩みは決して交わることは無かっただろう。俺が阿片を愛し、東仙要が阿片を憎む以上、その対峙は必然であり。故にどちらかの絶命は確定的だった。

 

「惣右介。覚えているか?俺はお前を千年に一度の逸材と言ったが、その言葉を撤回しよう。ああ、砕蜂の言う通りだ。お前など…東仙要に比べれば、取るに足らぬよ」

 

---それでもと。それでもと、俺は東仙要と笑い合う阿片(ユメ)が見たい。皆が幸せに笑っている。そんな阿片(ユメ)に酔いたいと(こいねが)う事の何処が悪い。

 

「故にお前が、お前では、止められぬのだ。()()()()()()()()()----万仙陣は止まらない」

 

俺の言葉に眼を見開き真っ先に怒りを飛ばしてきたのは藍染惣右介ではなく、藍染惣右介と対峙していた山本元柳斎重國だった。俺が卍解を解くことなく現世にやって来た時点で殺気に満ちていた山本元柳斎重國は俺の言葉を聞いて爆発した。

 

「風守ッ、貴様ァァ‼」

 

山本元柳斎重國の斬魄刀『流刃若火』が俺に向けて振るわれる。その間、動くことの出来る者はいなかった。当然だろう。会話の内容を理解していなければ、援軍としてやって来た筈の俺に向けて剣を振るう総隊長である筈の山本元柳斎重國。その殺気が本物で有ればあるほどに、理解が及ばぬその一振りに、介入する影は一つ。

 

俺に向けて迫りくる火炎。阿片の毒は火に燃えて影も残さず消え失せる。

斬魄刀『流刃若火』と斬魄刀『鴻鈞道人』の力関係は絶対だ。故に山本元柳斎重國が本気で俺を殺す気で放つ業火に俺が抵抗する術はない。

 

俺を救ったのは山本元柳斎重國の一振りに唯一介入することの出来た剣鬼。

俺が愛し俺を愛した女は今日も俺を守ってくれていた。

 

業火を斬る斬撃が放たれる。

 

「ありがとう。卯ノ花」

 

「いえ。(これ)は決めていたことです。山本総隊長も雀部副隊長も貴方の敵として立つのなら、私は、私だけは貴方の味方であろうと。たとえ貴方が世界を滅ぼしたとしても、私は貴方の味方ですよ」

 

「愛しているぞ。卯ノ花」

 

「愛しています。風守さん」

 

 

「このッ馬鹿者共がァアッ‼‼」

 

 

迫りくる山本元柳斎重國の相手は卯ノ花烈がしてくれる。いくら山本元柳斎重國が最強の死神であろうとも、白兵戦最強と謳われた初代剣八を相手にすれば手間取るだろう。

 

時間さえあればいい。心を込めて詠う時間さえ有ればいい。

 

天に掲げた斬魄刀『鴻鈞道人』を通じて天上に従える白痴の魔獣に命じる。

それは虚圏で痴れた頭で唱えたような、そんな軽い気持ちで行う詠唱ではなく。心を込めて確固たる意志を以て俺は世界を壊す詠唱をする。

 

人皆(ひとみな)七竅(しちきょう)()りて、()って視聴食息(しちょうそくしょく)す。()(ひと)()ること()し」

 

白痴の魔獣を編む幾億の触手を用いて天空に巨大な”万仙陣(ばんせんじん)”を編んでいく。

その陣が生みだす阿片の毒は俺の生み出せる至高の阿片(ユメ)。それぞれが思い浮かべた理想の世界へと誘う、万人にとって最も幸福な世界。

 

太極(たいきょく)より両儀(りょうぎ)(わか)れ、四象(ししょう)(ひろ)がれ万仙(ばんせん)(じん)

 

それは東仙要に止められた阿片(ユメ)。今まで守って来たモノを全て捨ててしまうモノ。

 

 

---戦いなど、忘れて、夢をみろ。

 

 

眼下に広がる戦場を見ながら、俺は至極真っ当なことを言う。

 

 

「良い夢をみたいだろう?」

 

 

俺は雛森桃を見た。

俺はコヨーテ・スターク・リリネット・ジンジャーバックを見た。

俺はティア・ハリベルを見た。

俺はエミルー・アパッチを見た。

俺はフランチェスカ・ミラ・ローズを見た。

俺はシィアン・スンスンを見た。

俺はグリムジョー・ジャガージャックを見た。

俺は大前田(おおまえだ)希千代(まれちよ)を見た。

俺は虎徹(こてつ)勇音(いさね)を見た。

俺は朽木白夜を見た。

俺は阿散井(あばらい)恋次(れんじ)を見た。

俺は狛村左陣を見た。

俺は射場(いば)鉄左衛門(てつざえもん)を見た。

俺は京楽春水を見た。

俺は伊勢(いせ)七緒(ななお)を見た。

俺は日番谷冬獅郎を見た。

俺は松本(まつもと)乱菊(らんぎく)を見た。

俺は草鹿(くさじし)やちるを見た。

俺は朽木ルキアを見た。

俺は茶渡泰虎を見た。

俺は石田雨竜を見た。

俺は井上織姫を見た。

 

その全員が心の中で頷くのを感じた。

 

「いいぞ。いいぞ。好きに思い描け。---そのときおまえは、おまえの中で世界の勝者だ。俺はおまえの幸せをいつ如何なる時も祈っている‼」

 

 

 

卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』。--(まわ)(まこと)万仙陣(ばんせんじん)

 

 

 

至高の阿片が溢れ出す。それがみせるのはそれぞれが思い浮かべた理想の世界。

 

家族を失った者は家族と共に過ごす日々を夢みるだろう。

 

「…お兄、ちゃん」

 

「…じいちゃん(アブウェロ)

 

「…母さん」

 

「…緋真(ひさな)

 

力を求める者には力を与える。

 

「チカラ、力!俺が、最強だ‼」

 

「今を守り切るだけの力…」

 

他者との繋がりを欲するのなら与える。独りを望むのならまた然り。

 

「なあ、リリネット。俺達はもう、孤独(ひとり)じゃないのか?」

 

「スターク。ああ、スターク‼」

 

 

一攫千金を狙う者は巨万の富を得る夢をみる。

動かぬ身体を(いと)う老人は若く活力に溢れた姿に変貌する。

人生に後悔を残した者は過去へ戻り。辛い過去を持つ者はそれを改竄する。

 

此れこそが俺の卍解の神髄。千年前には至れなかった理想世界。

誰もが希求(ききゅう)する阿片(ユメ)である。

 

 

 

東仙要という死神が命を賭して否定した世界が再臨する。

 

「惣右介。止められるというのなら、止めてみせろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






もうやらないと言ったな。あれは嘘だ。

痛みに耐えながら涙目で頑張っちゃうラスボスとか、もう至高の萌えキャラですよね?





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