BLEACHの世界でkou・kin・dou・ziィィンと叫びたい   作:白白明け

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出会った者が消える時

 

 

 

 

沈む。沈む。沈んでく。現世の空に桃色の煙が広がっていく。卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』から生み出された最高濃度の阿片が世界を包む。周囲に居た護廷十三隊隊士や十刃達の殆どが阿片に呑まれて幸せな世界を謳歌(おうか)している。

卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』が生成する阿片の煙に制限はない。際限なく広がる阿片(ユメ)は世界を秒と掛からず最高の悪夢へと堕とすだろう。

 

それを止める雷鳴が遠くで響くのを聞いた。

 

空座町の外。”転界結柱”で鳴り続ける雷鳴は、間違いなく長次郎の卍解である『黄煌厳霊離宮(こうこうごんりょうりきゅう)』が生みだす雷の音。

千年を戦い抜いた俺の友は、俺の眼の届かない遠くの何処かで現世を護る為に溢れ出る阿片の煙を空座町内で押し止めようと戦っていた。

今はまだ阿片の煙は空座町内で押し止められている。けれど、いずれは長次郎の手にも負えなくなるだろう。時間と共に飽和するだろうその抵抗は、しかし、俺に安堵を齎した。

俺は何も世界を壊したいと本気で思っている訳ではないのだ。

 

---ただ、問わねばならない。

 

「故に、邪魔してくれるな」

 

俺は真っ直ぐに山本元柳斎重國の眼を見た。一時は激情に駆られた山本元柳斎重國の眼は、自らの右腕である長次郎の奮闘を感じ取っているからだろう。冷静さを取り戻し、静かに俺を見ていた。

 

「風守よ。貴様は、なんてことを仕出かしてくれた。この溢れかえる阿片の毒を消し去るのに、儂は一切を焼き払わねばならぬ。空座町が焦土と化すぞ。…いや、違うな。儂が許せぬと思うのは、そんなことではない」

 

何度でも言おう。山本元柳斎重國とは剣の鬼。敵を討つのに利するモノは全てを利用し、敵の命どころか味方の命にすら灰程の重さも感じない男だった。

 

「風守よ。儂は貴様を、殺さねばならん」

 

そんな男のこんな表情を俺は初めて見た。

 

俺は顔を反らすように山本元柳斎重國から視線を外す。

 

「卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』は強力な卍解じゃ。その本体である斬魄刀部分は儂の卍解であっても容易には焼き斬れん。故に、阿片の生成を止めようとするのなら、貴様自身を殺さねばならん」

 

それは現零番隊隊士『大織守(おおおりがみ)修多羅(しゅたら)千手丸(せんじゅまる)が立てた仮説。斬魄刀『鴻鈞道人』から生成される阿片が俺の霊力によって生み出されている以上、俺を殺せば全ての阿片の煙はその効力を失いただの水蒸気へと戻るという理屈。

そして、それが間違いでないことは既に証明されている。

 

そう、俺にも斬魄刀『鴻鈞道人』が生成する阿片の毒を消し去る事は出来ないが、俺を殺せば斬魄刀『鴻鈞道人』は力を失い阿片は消える。

 

だから、山本元柳斎重國は俺を殺すだろう。

そして俺はそう信じるからこそ、現世で卍解をするなどと言う狂気の沙汰を行えた。

 

「殺せ」

 

俺は山本元柳斎重國の方へと歩きだしながら、そう呟く。

 

「俺を殺せ。山本元柳斎重國。ああ、俺を殺せるのはお前をおいて他に居ないと俺は考えている」

 

例え俺が卍解したとしても正気を失う事のない灼熱の死神。

桃色の煙を阿片の毒ごと消し去る斬魄刀『流刃若火』を持つ最強の死神。

 

「死(など)、既に受け入れた。之は現世に居た頃、テレビから流れてきた言葉の受け売りだが、誰かを殺していいのは殺される覚悟のある奴だけらしい。至言だろう?反論の余地がない。故に、ああ、山本元柳斎重國。俺にはあるぞ?誰かの心を殺し、欲望の儘に振る舞い、我欲を通し、お前に殺される。その覚悟が、俺にはある---だから、全ての後に。しっかりと俺を殺してくれ」

 

そう言って俺は山本元柳斎重國の横を通り過ぎた。

 

「………相も変わらず、救えぬ阿呆が」

 

山本元柳斎重國の言葉が何故だか、すごく心に残った。

 

 

 

 

 

 

 

俺は藍染惣右介の前へと歩いていく。藍染惣右介はその場から動くことなく、俺がやって来るのを待っていた。

その最中に視界の端で動く影を俺は捕えた。それは五人の影。うち二人は俺も良く知った者達。何処からやって来たのだろうか浦原喜助と四楓院夜一だった。その二人は黒崎一護と砕蜂をそれぞれ抱えて、この場から離れていく。その四人に続く死覇装を来た死神。俺は見覚えがあった。

 

「あれは…前に十番隊の隊長をしていた志波家の死神か?黒崎一護と何か言い争っているな」

 

久しく姿を見ていなかった元隊長格の死神の存在に俺は少なからずの興味を抱いたが、直ぐに今気にすることじゃないと視線を外す。

 

 

そして、俺は藍染惣右介の前に立った。

 

 

語る言葉は既になかった。俺がそうである様に、目の前の藍染惣右介もまた同じであるのだろうと俺は思った。

思えば長い戦いだった。百十年前から続いた因縁。先延ばしにし続けてきた決着は、きっと一瞬の内に着くだろうことを俺は分かっていた。

藍染惣右介の斬魄刀『鏡花水月』。俺の斬魄刀『鴻鈞道人』。

互いにその能力は他者の精神への干渉と言っていい。ありもしない幻をみせること。発動条件の違いこそあるが、この二つの斬魄刀がぶつかった場合、その決着は互いに相手のみせる幻覚にどれだけ耐えられるかという点に絞られる。

 

つまり俺の戦いとは斬魄刀『鏡花水月』がみせる幻の真偽をどれだけ見通せるかという戦いであり、藍染惣右介の戦いとは充満する阿片の毒に痴れることなくどれだけ正気を保っていられるかという戦いだ。故にその戦いは斬魄刀を振るうまでもなく既に始まっていた。

そして、もし仮に阿片の毒に耐えきり斬魄刀『鏡花水月』の能力を藍染惣右介が発動することができたのなら、藍染惣右介に勝機がある。斬魄刀『鏡花水月』の能力が俺に対しても有効であることは瀞霊廷動乱の際に証明されている。

 

だからだろう、藍染惣右介は余裕を崩すことのない微笑みの(まま)に俺を見る

 

「風守風穴。私の勝ちだ。瀞霊廷での動乱の際、君に対して私は己の姿を山本元柳斎重國に見せることができた。それが出来るのなら、『鏡花水月』の能力は君の命に届くだろう。何故なら君は、自分を殺そうと腹を刺した雛森君(あいて)に対して、中毒者(かぞく)だからと手心を加えるような気狂いだ。優しさと言えば聞こえがいいそれは、しかし、やはり支離滅裂な思考回路でしかない」

 

ならば必然的に俺に対してみせる(まぼろし)は決まってくると藍染惣右介は言う。

俺が決して斬ることの出来ない相手。斬魄刀を向けることすら戸惑う存在。

 

「それは―――君の本当の家族に他ならない」

 

 

藍染惣右介の言葉を遮る様に俺は斬魄刀を(はし)らせた。

 

 

 

 

 

 

 

互いに霊力を(もち)いて空に浮かびながら行われる空中戦に置いて、地上で戦う時の基本。所謂(いわゆる)定石(じょうせき)というものはあまり意味を成さない。

剣道に置ける(みっ)つの基本形。上段の構え。中段の構え。下段の構え。それぞれに天地陰を示すその三種の構えは地上であるならば盤石(ばんじゃく)であり定石だ。

しかし、それは互いが浮かんだり沈んだりせずに戦う場合にのみに限る。

 

俺が奔らせた一線を藍染惣右介は右でも左でも後ろでもなく、上に逃げることで避けた。

そして、そのまま俺を見下ろしながら左手を翳す。

 

「破道の六十三-『雷吼砲(らいこうほう)』」

 

上空から放たれる雷の砲撃を斬魄刀で斬り捨てながら、俺も上へと飛翔する。

戦いに置ける高所の優位は語るまでもなく、二次元(へいめん)ではなく三次元(ぜんめん)で繰り広げられる空中戦に置いてその優位はそのまま勝敗に直結するだろう。

そして、だからこそ藍染惣右介がその優位を捨てる筈も無く俺が上へと飛翔するのに合わせてさらに上へと飛んでいく。

 

上を飛ぶ藍染惣右介を撃ち落とそうと俺もまた左手を藍染惣右介へと向けながら鬼道を詠唱する。

 

「破道の三十三-『蒼火墜(そうかつい)』」

 

俺の左の掌から放たれた(あお)い炎は藍染惣右介へと迫るが、当然の如く避けられる。此処までは空中戦に置ける予定調和。繰り広げられるは優位を保てる高所の奪い合い。

詠唱破棄で放たれる互いの鬼道が弾幕の様に飛び交う駆け引きの中で俺は声を荒げた。

 

「惣右介!なぜだ‼なぜ!裏切った‼」

 

俺の声に藍染惣右介は怪訝な表情を浮かべた。

---違う。そうじゃない。そんな思いのままに俺は言葉を続ける。

 

「俺達を裏切ったのはいい‼理解は出来ぬが否定はしない。お前にはお前の目的があり、それがお前の痴れた夢なのだろう?ならばいい。---だが、なぜ。なぜ!東仙要を虚圏に置き去りにした‼俺に殺されると知りながら、なぜ‼」

 

(いささ)(くど)いぞ。要は君と戦う事を望んでいた。それが要の願いだった。私はそれを尊重しただけだ」

 

「やりようならばいくらでもあった筈だ。いや、(まこと)に俺を殺さんとするのなら、お前は東仙要と共に俺と戦うべきだった。そうで在れば俺の命に届いた筈だ。それがわからなかったお前ではないだろう」

 

そうだ。気が付かない筈がない。藍染惣右介程の男が、神算鬼謀の蒲原喜助にも及ぶかもしれない程の天才が、わからない筈がない。俺は強い。それは比喩ではなく事実だ。

たださえ強かった俺はウルキオラ・シファーとの戦いで卍解を発動した。千年以来の卍解は俺の予想を超えて進化していた。ただでさえ強かった俺は、さらに強くなっていた。

 

「それをお前は、感じ取っていた筈だ。俺が卍解した時、お前はまだ虚圏に居たのだろう?」

 

「…」

 

藍染惣右介の沈黙は隠す気も無く事実を語っていた。

 

「ならばその霊圧を感じ取り理解した筈だ。以前の俺なら、東仙要にも万に一つの勝機があったが、それすら潰えたと悟った筈だ。なのになぜ、お前は動かなかった。お前ほどの男が---何故‼」

 

会話の最中、遂に藍染惣右介へと追いついた俺は斬魄刀を奔らせる。それを藍染惣右介は斬魄刀で受け止めた。

刃と刃が交差する。正面から向き合う形になった俺は藍染惣右介の顔をみる。

 

「何故‼---な、は?」

 

そして---驚愕した。

 

「………惣右介。お前、泣いているのか?」

 

正面からみた藍染惣右介の顔は泣き顔と呼ぶにはあまりに涼し気で、しかし、頬から一滴の涙が伝っていた。

あまりの光景に愕然とする俺に藍染惣右介の声が届く。

 

「要は君を倒す為だけに生きていた。それが彼の正義そのものだった。…何故止めなかったと問うたね?逆に問おう。風守風穴。君は、友の生涯を賭けた夢に対して、それは無理だと言えるのか?」

 

「…それは…だが…死んでしまっては…」

 

「”死”が何だというのかな?私達死神が死を恐れてどうするという。それに自身の目的の為に命を賭け、たとえ敗れたとしてもそれは”死”ではない。本当の”死”とは誇りを捨てる事だ。正義を捨てる事だ。目的を忘れ漫然と生きることだ。---私はァ‼」

 

交差した刃に藍染惣右介の力が籠められる。

俺はあっさりと弾き飛ばされた。そして、再び見上げる様に藍染惣右介を見た。

そこには俺の知らない藍染惣右介が居た。

 

「私は、要に死んで欲しく等なかった‼故に(めい)(くだ)した‼君と戦い。そして、死ねと‼要の誇りを護る為に。要が正義を貫く為に‼それの何が(あやま)ちだ!何も理解していない痴れ者が、正義は我にありとでも言いたげに論するな!…不愉快だ」

 

返す言葉などなかった。

藍染惣右介の言葉は正しかった。

 

「…そうか。…そうか。惣右介」

 

正しかったから、俺はそれを素直に受け入れて。

 

「それが痴れたお前から漏れた本音か」

 

あまりにも正しすぎたから、俺はそれに首を振る。

 

「だがな、惣右介。それは強い者の理屈だ。強者の言葉だ。俺の様な弱虫は、俺の様な弱い奴は、こう思う。---生きてこそ。生きてこそだろうと」

 

「………君がそれを言うのか。君もまた命を捨てて此処に立っている筈だ。君の卍解は一度解放すれば君自身ですら解除できない。千年前に解放された際には山本総隊長が尸魂界を火炎地獄に変えることで無理やりに解除したが、まさかそれを繰り返す訳にもいくまい。君はこの戦いの後に殺される。そういう約束の元で、此処でこうしている筈だ」

 

藍染惣右介の言葉の全てが真実だ。その通り俺はこの戦いの後に山本元柳斎重國に殺される。俺が自身がそう決めている。俺自身がそう望んでいる。

だから、俺が語る”生きろ”という言葉の何と安っぽいことかと、思わず自嘲が漏れる。

だが、それでもと、俺は言うのだ。

 

「確かに世界には命を賭ける価値のあるものが数多(あまた)あろう。誇り。正義。目的。平和。あるいは破壊。そして家族。それを否定する気はない。一度きりの人生だ。欲望の儘に生きればいい。善哉善哉。好きにしろ。俺はおまえがそれを幸せだというのなら、否定する気は毛頭ない。おまえが詠う快楽の歌を聞かせてくれよ」

 

命を賭けるに値すると。お前がそう思うのならば、お前の中ではそうなのだから。

 

 

だが、それでもと、俺は思うのだ。

 

 

「だが、俺は生きていて欲しい。どんな形でもいい。俺はお前たちの幸せを願っている。だから、()()()()()()()()。誰の為でもない、これは俺の我が儘だ」

 

 

 

---『だから、()()()()()()()()。誰の為でもない、これは俺の我が儘だ』

 

風守風穴の口から出たその言葉を聞いた時、藍染惣右介は深く理解した。

目の前の死神がやはり”善”からは程遠い男であることを理解した。風守風穴の根底にあるものは善性だと誰もが言った。狂人ではあるが根は善人なのだと。

藍染惣右介はそれは間違っていると考えていた。本当に善人なら阿片なんて言う一時の幸福感の代わりに最終的に自己の崩壊を(もたら)すものを気安くばら撒く訳が無い。

無論、本当に阿片に縋らなければ生きていけない様な、風守風穴の故郷である西流魂街80地区「口縄(くちなわ)」の洞窟に住んでいた様な者たちに阿片を与えるのはわかる。外界と接する術を持たない彼らから阿片を奪えばそれこそ其処は地獄になるだろう。

だが、この世に生きる全ての人が阿片に縋らなければ生きていけない程に弱い訳じゃない。

阿片に頼らずとも生きている者は幾らでもいる。

 

それを風守風穴は知っている筈だ。それを知って尚、風守風穴はあまりに気安く阿片をばら撒いていた。それがどんな結果を齎すかを理解しながら、地上で平穏に暮らす者達を見つけると洞窟から手を伸ばし足を()いた。

 

阿片。ケシ科の植物から生成される麻薬。それは沈痛や陶酔といった作用があり、多量の摂取により昏睡や低迷を齎す。

それは安価な快楽だ。知らねば普通に生きていける者達も知ってしまえば抗い難い。

普通に生きる弱くない者達もその快楽に抗える程に強くはないのだ。

 

「風守風穴。君は正直な人間だ。それは事実だ。そして、君は人の笑顔をを見るのがきっと好きなのだろう。それも事実だ。人が幸せにしている様を文字通り心から願えるのだろう。だが、君は決して善人ではない」

 

藍染惣右介はかけられた言葉の意味がわからないとでも言いたげな風守風穴を見下ろしながら、それを責める気はないと首を振る。そして先ほど風守風穴がそうしたように自嘲した笑みを浮かべた。

 

「私もまた善人などではない。だから、きっとこんなことをいう権利は私には無い。だが、あえて言わせて貰おう。この言葉は私ではなく、東仙要という死神が君を語った言葉だ。---君の様な者が居るから、人は嘆き悲しむのだ」

 

 

 

 

「---君の様な者が居るから、人は嘆き悲しむのだ」

 

そんな藍染惣右介の言葉を聞いた時に俺は空が暗くなっていることに気が付いた。それは勿論、時間と共に日が沈み始めた訳じゃない。苛烈を極めた戦いだったが、時間にすれば一時間ほどしかたっていない。日が暮れるには早すぎる時間。ならば何故、空は暗くなってしまっているのか。その理由は見下ろせば直ぐにわかった。

先ほどまで立っていた空座町の大地があまりにも遠くなっている。

俺と同時に藍染惣右介もまたそれに気が付いたようだった。

 

「そうか。成層圏に達したか。少しばかり派手に飛び過ぎたな」

 

「………おぉ。何時の間にかこんな上に来ていたのか。上に見えるあれが宇宙という奴か。すごいな」

 

戦いの最中に思わず漏れた互いの本音に思わず俺と藍染惣右介は顔を見合わせて、互いに失笑した。

 

そして、そんな弛緩した戦いの空気を変える為に俺は斬魄刀の切っ先を藍染惣右介に向けて問いかける。

 

「そう言えば惣右介。お前、なぜ痴れない?『鴻鈞道人』の阿片の毒への耐性を東仙要と同じ様に虚化によって身につけているのか?」

 

「いや、私は虚化などしていないよ。死神の戦いとは霊圧の戦い。君が雛森君の『飛梅(とびうめ)』の爆発を身体の内側から撃ち込まれても生きていた様に、あるいは山本総隊長や卯ノ花隊長が君の『鴻鈞道人』の能力を受けながらも戦える様に、私もまた君の生み出した阿片の毒をある程度なら抑え込める」

 

「そうか。流石は惣右介。数百年しか生きていない身で俺達の霊圧に拮抗したか。だが、ある程度といったな?なら、そろそろ限界だろう?」

 

「ああ、もう直に私は阿片に堕ちるだろう。鬼道系の斬魄刀を持たない私では『鴻鈞道人』によって生み出される阿片の毒を消し去る事は出来ない。そして、卯ノ花隊長の様に日頃から君と触れ合うことで阿片の毒への耐性を身につけている訳でもないからね。直に時間切れだよ」

 

「なら、俺の勝ちだな」

 

「いいや。私の勝ちだ」

 

そう言った藍染惣右介の姿が突如俺の前から消えた。霧が薄れる様に消えていくその様は間違いなく斬魄刀『鏡花水月』の能力によるもので、何時から幻をみせられていたのかという疑問が浮かんだが、しかし、俺は動じることなく周りを見渡し声を出す。

 

「無駄だ。今更、幻など見せられたところで意味はない。既に『鴻鈞道人』の生み出した阿片の毒は辺りに充満している」

 

「「わかっているよ」」

 

藍染惣右介の姿を探し声をした方向を見ればそこには藍染惣右介が()()立っていた。

俺はそれを怪訝な様子でみる。

 

「幻覚か、あるいは分身か。どちらにしても珍しくもない。砕蜂は俺の前で十五人には分身してみせたことがあるぞ」

 

「「これは幻でも分身ではないよ」」

 

「なに?」

 

「「”時間停止”と”空間転移”というのは知っているかな?四十六室により使用はおろか研究さえも禁止されている禁術だ。これを扱える死神を私は一人だけ知っていてね。君も知っているだろう。握菱鉄裁(つかびしてっさい)だ。彼は之を用いて百十年前に私によって虚化した平子真二らを救った。その話を聞いた時に興味が湧いてね。君に対する奇策になるかもしれないと片手間に研究をしていたんだ」」

 

会話の最中に重なる声があった。二人並ぶ藍染惣右介の横からさらにもう一人の藍染惣右介が現れた。

 

「「「そして、研究は成功した」」」

 

藍染惣右介が次々と現れた。

 

「「「「”時間停止”は”時間操作”に、”空間転移”は”次元転移”に昇華した。結果として起こることがどういうことか、君に理解できるかな?つまりは---

 

 

 

 

「「「「「「「「「「こういう事だ」」」」」」」」」」

 

 

 

 

気が付けば俺は十人の藍染惣右介に取り囲まれていた。

 

「なん…だと…?」

 

「「「「「「「「「「私が本当に君との戦いで流されるままに成層圏にまでやって来たと思ったのか?この技は霊力の消耗が激しく一度の戦闘で一度しか使えないのと強力過ぎるのが欠点でね。空座町は”王鍵(おうけん)”を作る為に重要な重霊地(じゅうれいち)。消し飛ばしてしまう訳にはいかないからね」」」」」」」」」」

 

そう言いながら十人の藍染惣右介は左手の人差し指を天へと向けながら、口をそろえて鬼道の詠唱を開始する。

俺はあまりの事態に動けずにいた。

 

(にじ)()混濁(こんだく)紋章(もんしょう)

不遜(ふそん)なる狂気(きょうき)(うつわ)

()()がり・否定(ひてい)し」

(しび)れ・(またた)き・(ねむ)りを(さまた)げる」

爬行(はこう)する(てつ)王女(おうじょ)

()えず自壊(じかい)する(どろ)人形(にんぎょう)

結合(けつごう)せよ」

反発(はんぱつ)せよ」

()()ち」

(おのれ)無力(むりょく)()れ‼」

 

 

「「「「「「「「「「破道の九十『黒棺(くろひつぎ)』‼‼」」」」」」」」」」

 

 

藍染惣右介の放つ完全詠唱の『黒棺』。その多重(たじゅう)詠唱。

それは時空が歪む程の重力の奔流。俺にも理解できない漆黒が暗い空を覆うように広がっていき俺を押し潰した。

 

「ぐがあああああああぁぁあああぁぁああぁ‼‼」

 

軋む。歪む。重い。痛い。身体にかかる重力は重圧となって俺の身体を壊そうとする。

それが果たしてどれほどの時間続いたのだろうか。血達磨になりながら『黒棺』から解放された時には藍染惣右介は一人に戻っていた。

 

「この技で”もう一人の自分”を存在させることの出来る時間は鬼道一つ分の詠唱時間という短い時間のみだ。だが、完全詠唱の『黒棺』を十人の私が唱えたのならそれは地形を変えて余りある重力の奔流だ。…それを受けてまだ生きているとは、正直私は驚いているよ」

 

「………」

 

「だが、もはやそうやって浮いているのがやっとだろう。私の勝ちだ。風守風穴。私の勝ちだが、それでも私はまだ万全を期すとしよう」

 

そう言いながら藍染惣右介が斬魄刀『鏡花水月』の刃に自分の指をあてる様子を俺は霞む視界で見た。

 

「このまま動けない君に近づき刃を突き立てれば君は死ぬだろう。けれど、万が一がある。ならば私は慢心を捨て疑心を以て君を殺そう。君はそうするに値する私の敵だ」

 

藍染惣右介の指が斬魄刀『鏡花水月』の刃を滑る。斬魄刀『鏡花水月』の刃に赤い血が伝った。

 

「私のみせる幻に沈め。沈んでしまえよ。風守風穴。君が望み、望むがままに堕ちるがいい。温かい(かいな)の中で永遠に続く幸福な夢をみよ。これで終わりだ。君の物語は締めくくられる」

 

そして斬魄刀『鏡花水月』の刃が輝いた。

 

藍染惣右介が斬魄刀『鏡花水月』の能力でみせるもの。それは俺が抗い難い記憶の奥底に眠る一人の女性の姿。

もし仮に俺という死神の人生を物語に例えたのなら、その物語に置いて一番称賛されるべき者は、最強を謳われた死神でも、最悪を冠した大罪人でも、千年を戦い抜いた戦友でも、ましてや俺自身でもない。俺という狂人に溢れる程の愛情を注ぎ。俺を狂ったままに終わらせなかった。俺の母親に他ならない。

 

”名”も”性”も千年という時間と共に摩耗し擦り減った。

最早、俺が覚えているのは己の名前が本当は”風守”でも”風穴”でも無いという事だけ。

それでも辺境の地の洞窟の底で生まれた俺は今でも覚えている。

---母の腕の温もりとその愛を。

 

()しくも君のユメが君を殺す。さらば千年を生きた死神よ。さらばだ阿片窟(とうげんきょう)を築いた仙王よ。さらば、死ね」

 

 

 

 









さて、藍染様が星十字騎士団並みにインフレしたな。
どうするか( 一一)

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