BLEACHの世界でkou・kin・dou・ziィィンと叫びたい 作:白白明け
皆様の暇つぶしになれば幸いです (__)
尸魂界。瀞霊廷。護廷十三隊一番隊隊舎にある庭園に美しい白髪を風に靡かせる少女‐卯ノ花風鈴の姿はあった。護廷十三隊総隊長‐山本元柳斎重国の趣味で作られた純和風の庭園は護廷十三隊の隊士であるならばだれでも自由に出入りのできる開放された場所であるのだが、場所柄故か利用する隊士は一部の一番隊隊士を除きほぼ皆無だった。池の中を泳ぐ錦鯉を眺めながら「こんなにも美しいのにもったいない」と漏らす卯ノ花風鈴だったが、並みの隊士であるなら総隊長である山本元柳斎重国のお膝元に軽々しく足を踏み入れることを恐れ多いと感じてしまうのも無理はない。庭園の手入れの為に一番隊副隊長である雀部長次郎忠が結構な頻度で顔を出すというのなら尚更に。
しかし、それでもやはり勿体ないと嘆く卯ノ花風鈴は池の錦鯉を眺めていた視線を上げてそうは思いませんかと隣に立つ母親に声を掛けた。
「それもこれも爺様と長次郎の顔が怖いのが悪いんですよ。昨今の現世では親しみやすい上司が部下から好かれる風潮だというのに。爺様も長次郎も何時も眉間に皺を寄せています。あれでは下の者たちは怖がって近づいてこれないじゃないですか。ねぇ、母上もそう思いませんか?」
卯ノ花風鈴の軽口と共に漏れた不満を聞きながら、母親である護廷十三隊四番隊隊長‐卯ノ花烈は小さくため息をついた。
「それが威厳と言うものです。現世がどうであれ、この瀞霊廷の秩序が保たれているのは山本総隊長と雀部副隊長の威厳があってこそ。そこに不平不満を漏らすような隊士は貴女以外にはいませんよ」
「そうでしょうか。爺様と長次郎の顔が怖いから誰も言えないだけなのでは?」
「…はぁ。あの
「それは違うぞ。母上。私は二人の悪口を言っているつもりはない。私は爺様も長次郎も心の底から尊敬しているし、大好きだ。あの二人が本当は優しいことも私は知っている。だから、もっとみんなに好かれて欲しいと考えているだけだ」
「だとしてもです。貴女にそのつもりがなかったとしても貴女の言葉は悪口と取られても仕方のないもの。貴女の気持ちも理解しますが、もう少し言葉を選びなさい」
「むぅ。わかりました」
頬を膨らませながら返事をする卯ノ花風鈴の態度に卯ノ花烈は二度目のため息をこぼしながら、「仕方のない子ですね」と微笑んで父親譲りの白髪を愛し気に優しく撫でた。卯ノ花風鈴はその手を素直に受け入れながら心地よさそうに目を細める。
それは何処にでもある母親と子の姿。世界を滅ぼして尚も世界を優しさで満たしたいと願った彼女の父親と彼女の夫が何よりも望んだ家族の形。
そんな理想郷に踏み入れることの無粋さを理解しながらも、二人とこの場所で落ち合う約束をしていた一人の死神が顔に蛇の様な薄い笑みを張り付けながらやってきた。
「いやぁ、邪魔します。待たせたみたいですみません。ちょっと今度の遠征の件で天貝隊長と話し込んでしまいましたわ」
「あ、
「いえ、お疲れ様です。市丸隊長」
銀髪細眼の死神。護廷十三隊三番隊隊長‐市丸ギンの登場に、はしゃぐ卯ノ花風鈴に対して卯ノ花烈は一礼しながら返事を返して、次に先ほどまで愛娘の頭を撫でていた手で拳骨を作り、それを愛娘の頭に落とした。
「痛い!?母上、いきなり何をするんだ!」
「風鈴。いくら私的な場とはいえ市丸隊長は貴女の直属の上司でしょう。しっかりと“隊長”と呼びなさい。貴女はもう護廷十三隊の隊士なのですから、最低限の礼儀は弁えなければなりませんよ」
「むぅ。わかりました。市丸兄隊長と呼べばいいんですね?」
「“兄”を抜きなさい」
「しかし、母上、
「公私を分けなさいと言っているのです」
「しかし、ルキアさんは朽木隊長のことを何処でも兄様と呼んでいるぞ!」
「…よそはよそ、うちはうちです。そんなに朽木家が羨ましいなら、朽木さんちの子になりなさい」
「そ、その理屈は卑怯だぞ!」
卯ノ花親子の微笑ましいやり取りを見ながら市丸ギンは卯ノ花烈に対してずいぶんとまるくなったなぁとそんな感情を抱きつつもこれ以上の話の脱線を恐れて「まあまあ」と二人の間に入る。
「卯ノ花隊長。僕は礼儀作法とかそんなん気にしません。風鈴ちゃんはなにも僕を軽んじている訳じゃない。それは僕の隊の部下たちもわかってることですし、呼び方は追々直せばいいことです。だから、その辺にしてあげてください」
「…わかりました。確かに隊長である貴方がそれでいいというのなら、私が口を出すことではありません。…しかし、市丸隊長。あまり風鈴を甘やかさないであげてくださいね」
「はい。わかってますわ」
蛇のように薄く笑いながらもそう言う市丸ギンの言葉を信じて卯ノ花烈は矛を収める。そして、「助けてくれてありがとう!市丸兄大好き!」と市丸ギンに抱き着こうとした卯ノ花風鈴に二度目の拳骨が落ちる。流石の市丸ギンも今度は庇わなかった。
閑話休題。
今回、卯ノ花風鈴、卯ノ花烈、市丸ギンの三人が集まったのは何も秘密の会合をする為ではない。秘密の会合をするのなら、山本元柳斎重国のお膝元である一番隊隊舎の庭園に何て集まらない。だから、三人が集まったのは旧知の仲でただ世間話をする為だけではあるのだが、それでも人のあまりいないこの場所を選んだのには隠すほどのことでもないがあまり人に知られるのもよくないことが会話の内容に含まれることを理解しているからこその配慮だった。
話を切り出したのは卯ノ花烈。卯ノ花烈は卯ノ花風鈴が腰に差している斬魄刀に目を向けながら言う。
「まずはお礼をいいましょう。市丸隊長。貴方の配慮のお陰でこの子は無事に風守さんの遺産を受け継ぐことができました。本当にありがとうございます」
そう言って頭を下げる卯ノ花烈に対して市丸ギンは驚いた表情を浮かべる。市丸ギンはてっきり先の虚圏での遠征で卯ノ花風鈴を秘密裏に斬魄刀『鴻鈞道人』が封印されていた“封神台”に送り出したことを卯ノ花烈に責められると考えていた。
山本元柳斎重国が持つ史上最強の最古の炎熱系斬魄刀『流刃若火』と並び伝えられる、嘗て風守風穴が振るった史上最悪の斬魄刀『鴻鈞道人』。
阿片の毒を含む煙を際限なく生成するという風守風穴の妻である卯ノ花烈からしても最悪としか言いようがないその斬魄刀は約一年前に起きた藍染惣右介率いる破面陣営と護廷十三隊との全面戦争の最中に風守風穴の手によって完全な形で卍解を果たし虚圏を阿片に満ちる
比喩でなく世界を滅ぼしかねない担い手を失った斬魄刀を前に護廷十三隊と破面陣営は一時的休戦を余儀なくされ、休戦の代償として藍染惣右介はいつ爆発するかも不明な爆弾を虚圏にて引き取ることとなり、現在に至るまで虚圏と瀞霊廷は冷戦状態にある。
その爆弾が今は卯ノ花風鈴の手にある。それは考えうる最悪の状況だと大勢の者が言うだろう。冷戦の楔は藍染惣右介の手を離れてしまった。あるいはこの瞬間にも藍染惣右介が再び天に挑もうと戦争を仕掛けてくるかもしれない。そんな可能性すら否定できない事態に市丸ギンの行動によってなってしまっている。
そのことを市丸ギンは卯ノ花風鈴の母親である卯ノ花烈から責められると思っていた。だからこそ、礼を言って頭を下げた卯ノ花烈に困惑する市丸ギンにたいして、卯ノ花烈は頭を上げると説明を始めた。
「独断での斬魄刀『鴻鈞道人』の封印の解除は確かに褒められることではありません。しかし、“最悪”とはいえ力の塊である斬魄刀をいつまでも敵地においておくわけにもいかなかったことは事実です。何時か封印を解かなければならないことは私も山本総隊長もわかってはいたこと。だからこそ、私はこの子に斬魄刀『鴻鈞道人』を扱えるだけの実力を持ってもらう為、心血を注ぎこの子を育ててきたつもりです。そして、今、最悪と呼ばれた斬魄刀はこの子の腰に収まっている。卍解さえしなければ暴走の危険性は無いのでしょう。―――いえ、あの
「…はぁ、なるほどなぁ。それが僕や風鈴ちゃんにお咎めがない理由ですか。僕はてっきりまだ山本総隊長に斬魄刀『鴻鈞道人』の封印を風鈴ちゃんに解かせたのが露見してない思ってましたわ」
「私や山本総隊長が斬魄刀『鴻鈞道人』に気が付かない訳がないでしょう。それも真央霊術院で『浅打』を自分の物に出来ないまま卒業したこの子が斬魄刀を腰に差していることに疑問を持たない訳がありません」
本来、真央霊術院を卒業し死神となる為には金型の斬魄刀である『浅打』を自らのものとしなければならない。死神が斬魄刀を振るい虚と戦う以上は斬魄刀を扱えることが死神の第一条件だ。無論、例外は存在する。元隠密起動総司令官‐四楓院夜一は卍解を習得しながらも斬魄刀なしで戦った方が強いという理由から斬魄刀を所持しておらず、また護廷十三隊八番隊副隊長‐
そして、卯ノ花風鈴もまた例外の一人として真央霊術院を卒業している。そんな例外であった卯ノ花風鈴は自分の物に出来なかった『浅打』を受け取ってはいるのだが、常日頃持ち歩くことはしていなかった。そんな彼女が斬魄刀を腰に差して歩いている。なるほど、違和感を感じるなという方が無理があると市丸ギンは納得しながら安心したようにため息をついた。
「バレればまずいと思ってましたけど、お咎めなしなら安心しましたわ。…ちなみに卯ノ花隊長。もし風鈴ちゃんが斬魄刀『鴻鈞道人』を御しきれなかった場合、どうなってたんやろなぁ」
「私が貴方たち二人を斬り殺し、私も責任を取り自刃していたでしょう」
「おお、怖いなぁ」
そう言いながらも薄い笑みを絶やすことのない市丸ギンの横で「私が親父殿の遺産を受け継げぬ筈がないだろう」と無駄に胸を張る卯ノ花風鈴。卯ノ花烈は少しだけ二人を責めたくなったが、終わったことであり山本元柳斎重国がそれで良しとしたことを掘り返すことはせずに言葉を続けた。
「ともかくとして風守さんの遺産が無事にこの子に受け継がれたことを私も山本総隊長も嬉しく思っています。それは同時に藍染惣右介への楔が外れたことを意味しますが、攻めて来るならばそれで良し。今度は塵も残さす燃やし尽くしてやろうというのが山本総隊長の意見です」
その時は私も前線に出ますので、心配はいらないでしょうと言う卯ノ花烈の言葉に事実のみしか含まれていないことに戦慄しながらも市丸ギンは表情を変えることなく「頼もしいですわ」と軽口を返した
。
市丸ギンにとって藍染惣右介という男は復讐の対象だった。市丸ギンの大切な人である護廷十三隊十番隊副隊長‐松本乱菊が藍染惣右介に奪われた大切なものを取り戻す為に市丸ギンは裏切りの刃を抱いて藍染惣右介の下に付き、裏切りの刃を振るう為に最悪と呼ばれた風守風穴の後ろを歩いた。そして、市丸ギンは復讐を果たしたと言っていい。いまだ藍染惣右介が虚圏の支配者として存命なことに何も思わないわけではないが、藍染惣右介の力を知る以上は無駄に好戦的になるわけにはいかないというのが市丸ギンの心の内だった。
しかし、何もしないのは面白くない。その意趣返しともいえる嫌がらせの一つが藍染惣右介が“封神台”にて封印していた斬魄刀『鴻鈞道人』の解放でもあったのだが、それを行おうと虚夜宮を訪れた市丸ギンと卯ノ花風鈴に対して藍染惣右介は余裕の笑みを絶やさないままあまりにもあっさりとそれを受け入れ、“封神台”への案内役に腹心の部下まで付けてみせた。
その市丸ギンの思考回路を読み切ったと言わんばかりの余裕たっぷり横っ面を市丸ギンは殴り飛ばしたくはあったがそういうわけにもいかず、結果として障害らしい障害もなく斬魄刀『鴻鈞道人』は卯ノ花風鈴の手に渡った。
そう。いくら言葉を交わそうと重要なことは結局、そこに集結する。斬魄刀『鴻鈞道人』。世界を歪めに歪めたその斬魄刀が最悪の死神と呼ばれた風守風穴の実の娘である卯ノ花風鈴に受け継がれた。その事実は決して秘密ではない。知ろうと知れば誰でも知れることだ。
しかし、大々的に喧伝することでもない。だからこそ卯ノ花烈は世間話の場所に一番隊隊舎の庭園という人気のない場所を選んだ。
卯ノ花烈は市丸ギンから視線を外し、卯ノ花風鈴を見た。
「風鈴。斬魄刀を見せてくれますか?」
「…とっちゃやだぞ」
「盗りませんよ。その斬魄刀は私であっても扱いきれないものです」
母親の言葉に卯ノ花風鈴は腰に差していた斬魄刀を卯ノ花烈は手渡した。
卯ノ花烈はそれを受け取ると刃の収められ鞘を一度だけ愛おし気に撫でた後、卯ノ花風鈴に返す。
「母上、もういいのか?」
「ええ。それは貴女が持つべきもの。風鈴。ありがとうございました。―――そして、
「親父殿の、意思ですか」
「はい」
卯ノ花烈は小さくうなずくと空に視線を向ける。雲一つない青空に思い浮かべるのは卯ノ花烈が唯一愛した男。長い白髪を適当に束ねた長身痩躯の男は何時だって混濁した目で善哉善哉と嗤っていた。
「風鈴。その斬魄刀は貴女に大きな力を与えるでしょう。ともすれば世界を滅ぼすことも、あるいは世界を救うこともできるのでしょう。尸魂界を救う為に虚圏も現世も滅ぼしかけた風守さんのように―――
だから、その力を悪用するだなんて的外れな言葉を卯ノ花烈は吐く気はない。
そもそも力に善悪などないのだと卯ノ花烈は知っている。
世界を炎熱地獄に変える力を使いながら平和のために尸魂界に灼熱の楔を打ち込んだ最強の死神の存在を卯ノ花烈は知っている。
阿片の毒を生成するという最悪としか言いようのない力で弱者の為の桃源郷を築こうとした最悪の死神の存在を卯ノ花烈は知っている。
雷鳴が轟くほどに強大な力を持ちながらも苛烈なまでの忠誠心故に決して表舞台に立つことはせず一個人を支えることのみに生涯を捧げる死神の存在を卯ノ花烈は知っている。
だから。
「その力を以って、風鈴。貴女は生きたいように生きなさい。成りたいものに成りなさい。好きな夢を思い描きなさい。そのとき貴女は、貴女の中で世界の勝者です」
卯ノ花烈は亡き夫の言葉を娘に伝える。
卯ノ花風鈴にとって母親である卯ノ花烈は素直に尊敬に値する人物だった。強く美しく聡明であり時折怖いときはあるけれど優しい母を卯ノ花風鈴は憎まれ口をたたきこそすれ嫌ったことなど一度もなかった。けれど、だからこそ最悪と呼ばれた死神である卯ノ花風鈴の父親をなぜ卯ノ花烈が愛したのか。そのことを疑問に思いもした。
自分の実父-風守風穴が最悪と呼ばれるに値する狂人であったことを卯ノ花風鈴は理解していた。母親である卯ノ花烈や兄がわりの市丸ギン、天貝繡助。友好を結んでいる朽木ルキアなどから父親の武勇伝を聞くたびに頭の螺子が外れた人だったんだなと思い、敵対していた藍染惣右介に話を聞く機会を得たときには実の父の姿に恐怖を覚えもした。
そして、斬魄刀『鴻鈞道人』を手に入れた時に卯ノ花風鈴は風守風穴と直接の対話を果たした。
斬魄刀『鴻鈞道人』。その具象化した姿は他ならぬ風守風穴その人だ。それは誰も知らない卯ノ花風鈴だけの秘密。斬魄刀『鴻鈞道人』の中で風守風穴が生きているという事実。考えればそれは当然の帰結だった。破壊され消滅しかけた卍解『四凶混沌・鴻鈞道人』を風守風穴は自身の全霊圧を以って修復した。そのときに風守風穴は存在ごと斬魄刀『鴻鈞道人』に取り込まれている。そして、斬魄刀『鴻鈞道人』が阿片の煙を生成するだけでなく操ることも可能になったのは風守風穴と斬魄刀『鴻鈞道人』が融合したからこその変化。
斬魄刀の中にいた父親は娘と出会い歓喜しながら、その身体を強く抱きしめた。そして、娘は伝え聞いた話の全てが真実であったとこを知り、実父が敵味方分け隔てなく向けた世界を犯すほどの人間愛に触れた。
卯ノ花風鈴の網膜はその瞬間に風守風穴によって焼かれてしまった。世界の全てを救いたいと願いながら世界の全てを滅ぼしかけ、それでも自分の信じた希望を次の世代に引き継ぎ死んだ男の背に卯ノ花風鈴は英雄をみた。そして、同時に目の前の英雄が理解すべきではない正真正銘の狂人であることも理解した。
卯ノ花風鈴は風守風穴に憧れた。しかし、風守風穴が正真正銘の下種であることに変わりはない。―――ならばなぜ自分の母はこの人を愛したのだろうか?。以前から抱いていた疑問は卯ノ花風鈴の頭を悩ませた。
だって卯ノ花風鈴からみた卯ノ花烈は強く美しく聡明で優しい母親の理想像の様な女だったのから、たとえ生きていたとしても普通の家庭が築けるはずもない風守風穴をなぜ卯ノ花烈は愛したのだろう。
斬魄刀『鴻鈞道人』を手にした時から、そんな疑問を抱えていた卯ノ花風鈴は、しかし、卯ノ花烈もまた風守風穴と同じ穴の狢であったことをようやくに理解した。
「風鈴。その斬魄刀は貴女に大きな力を与えるでしょう。ともすれば世界を滅ぼすことも、あるいは世界を救うこともできるのでしょう。尸魂界を救う為に虚圏も現世も滅ぼしかけた風守さんのように。その力を以って、風鈴。貴女は生きたいように生きなさい。成りたいものに成りなさい。好きな夢を思い描きなさい。そのとき貴女は、貴女の中で世界の勝者―――
その言葉は決して善良な、理想の母親が娘にかける言葉ではなかった。我がままに生きろと言う。我欲のままに歩めと言う。それは他者を思い図ることを止めろと言うのと同意義に取れる言葉の羅列だ。そう、誰であろうと言う。『他人を思いやり生きろ』と言う。『他者の幸福を祈れる人間になれ』と誰であれ親であるなら子にそう言い聞かせるだろう。あるいは卯ノ花烈の夫である風守風穴が生きていたのなら、娘にそう言い聞かせたことだろう。事実として風守風穴は他人の思いを尊重し敵の幸福すら願っていた。それがどれ程の狂気を孕んでいたとしても、風守風穴の底にあるものは掛け値なしの優しさだった。その優しさを風守風穴は娘にも持って欲しいと願ったに違いない。
それは、卯ノ花風鈴も知っている。
そして、卯ノ花烈は風森風穴の言葉がそれで終わらないことを知っている。
『他人を思いやり生きろ』『他者の幸福を祈れる人間になれ』
その言葉をただの同調圧力だと切り捨てるのもまた風守風穴。
『お前がそう思うのならお前の中ではそうなのだろう』『善哉善哉好きにしろ』『己が真のみを求めて痴れろよ』
善悪もなく全てを受け入れる愛に満ちた狂人こそが卯ノ花烈の愛した
きっと彼が生きていたのなら、たとえ娘が自分とは相いれない価値観を持っていたとしてもそれを笑いながら受けれたに違いないと卯ノ花烈は思う。自分の考えを語りながら否定されればお前の中ではそうなのだな肯定する。それが卯ノ花烈が愛した男の底なしの
だから、卯ノ花烈は卯ノ花風鈴の亡き父親に代わり彼が掛けただろう言葉を娘に伝え。
母親として娘に愛情を注ぐ。
―――忘れないで下さい。私たちはいつ如何なるときも、あなたの幸せを祈っています」
そして、卯ノ花風鈴は自分が今までずっと父に向けられた人間愛に劣らない愛情を母から注がれていたことを理解した。
『他人を思いやり生きろ』『他者の幸福を祈れる人間になれ』と誰であろうと言う。否。否である。狂気的と言えるまでの愛情を子に捧ぐ親だけはそんなことを口が裂けても言うことはない。親が願うは子の幸福のみ。それ以外の他者に向ける思いやりも幸福もありはしない。少なくとも卯ノ花烈は言葉では何と言おうとも世の理に反する事になろうとも仮に卯ノ花風鈴に危機が迫ったのなら誰であろうと敵に回すことに躊躇はない。
そう、公私を分けろと言ったのは卯ノ花烈自身。仮に卯ノ花風鈴が斬魄刀『鴻鈞道人』を御しきれなかったのなら斬り捨て自刃していたという言葉もただの建前で全て嘘。仮に山本元柳斎重国が卯ノ花風鈴を危険だと判断したのなら、卯ノ花烈は躊躇なくその刃を山本元柳斎重国に向けるだろう。
忘れてはならない。卯ノ花烈は嘗て愛した男の為に全てを敵に回すことを選んだ女。その
それを理解した卯ノ花風鈴は喜びのあまり卯ノ花烈に抱き着いて口づけをした。
娘からの熱烈な愛情表現に戸惑いながらも、卯ノ花烈は仕方のない子ですねとやさしく微笑む。
そんな光景を見て心底引き攣った表情を浮かべる市丸ギンはこの後、松本乱菊の元に行って膝枕をしてもらって癒されようと心に決めるのだった。