「せんぱいっ!お久しぶりです!」
久しぶりに生徒会長、一色いろはにばったりと会ったのだがどうやら気分はいいらしい。普段ならば無視かスルーなのだが今日は少し違う。っていうか結局どっちも無視されてるし。あれ? もしかして、おれ、嫌われてる……?
と、まあふざけてみるが、よく聞いてみれば鼻歌まで歌っているしさすがに気にならないでもない。
「おぉ、どうしたんだ? なんか随分機嫌がいいようだけど。」
「ひどいなぁ~せんぱい。わたし、いつでもニコニコしてるじゃないですかぁー。」
いや、たしかにニコニコしているけども。なんかニコニコよりもその裏の腹黒さが滲み出てるような気がしてしまって実際ニコニコの方には集中出来ないんだよなぁ。
どうやら顔に出てたらしい。一色がじろっと睨んでくる。
「せんぱい?なんか変なこと考えてません?」
「いや、なにも。全く何のことか分からんな。証拠はあるのか、証拠は。」
「まだ何も言ってないのにそんな事言ってる時点でアウトですよ…………。」
あれ?これはもしかして、俺やらかしたかな?
「はぁ、まあ、別にいいですけど。それよりもお願いがあるんですっ!」
許して気分を上げさせてから一気に落とす作戦らしい。ガッツリ引っかかった。上げて落とすの良くない。
「なんだよ。悪いけど俺忙しいんだ。」
「今、そういうのいらないですから。」
ジト目+低めの声=いろは素らしい。最初に会ったときのルンルン感は一体どこにいったのか聞いてみたいけどなんだか地雷な気がして仕方ないので暫しお口チャックする。
それを理解の証と受け取ったのか一色は話を続け出す。
「せんぱいのお家にネコちゃんいるじゃないですかー?で、わたしもネコ好きじゃないですかー?」
「いや、知らねぇし。ていうかネコ、好きなのか。」
「えぇ、まあ、好きですよ。って、じゃなくて!だから、お家にお邪魔していいですかって事を聞いてるんですよー。」
「え、マジで言ってる?」
「マジです。ちょー大マジですよ。っていうか何なんですかその顔仮にも可愛い後輩が家に行ってあげるっていうのにその顔はないですせんぱい目以外はまあまあ整ってるけどさすがにそれは守備範囲外ですごめんなさい。」
「久しぶりにそれ聞いたわ……。俺は何回振られたらいいんだろうか…………。」
というかその言い方だとこの白け顔をどうにかすれば守備範囲内という事になっちゃうんですがどうでしょう。
「で、どーなんですか?連れてってくれるんですか?
ハッキリしないとこの場で泣きますよ。全力でワンワン泣きますからね?」
理不尽すぎる上にどうしようもできない脅しのダブルコンボ、八幡にはこうかばつぐんだ!
「わかったよ。けど今日はちょっとアレだから土曜日でどうだ。それなら都合いいと思うんだが。」
「……なにがちょっとアレなのかは気になるとこですけど。
分かりました。じゃあ土曜日に家に行きますからね?急に予定ぶっこむとかすっぽかすとかナシですから。」
八幡べつに驚いてないよ?やろうとしてたこと言い当てられてドキドキなんてしてないよ。ぜんぜんしてない。はちまんうそつかない。
「じゃあそーゆーことで! 期待してますからね?」
最初に会った時など比べものにならないくらいの笑顔を残してさっさと立ち去っていく。どうやらまた上機嫌になったらしい。今度はややスキップ気味だった。スキップなんて生で見るのは初めてだ。よっぽどネコに会えるのが嬉しいらしい。そこまで喜んでいただけるんならカマクラには我慢してもらうことにしよう。
そういえば会った時に上機嫌だったのはなんでだろうか。まあ、今度聞けばいいか。そんなに重要なことでもないだろうし。
まあ、それはさておき、目下俺がすべきことは決まっている。えらく遅れたもっともらしい理由をすぐさま考える事だ。それを捻り出せなければ、俺を待つ運命は氷漬けか罪悪感しか感じられない視線アタックのどちらかだ。
――そんな事を考えながら今日もまた奉仕部のドアを開いた。
遂に土曜日になってしまった。いや、別にいいんだけどさ。なんかネコの為とはいえ家に女性が、それもかなり可愛いタイプの後輩が来るなど初なのだ。まあドンと来いといった感じで構えてればいいハズだ。
………………やっぱムリ。むっちゃ緊張してる。手汗がエグいことになってる。これ本人が来たら緊張で死ぬんじゃなかろうか。死因:緊張とか全然笑えない。
大体こうなったのは全部小町のせいだ。きっとそうだ。その話を説明するには昨日の八時に遡る必要がある。(探偵っぽく)
八時、丁度その頃夕食を食べ終えて二人でゴロゴロしている時だった。とりあえず言っとくべきかなー、いや、でもなー、みたいな葛藤をしていると小町から喋りかけてきた。
「どったの? いつも以上にキモちわるいよ?なんかあった?」
心配と罵倒は一緒くたにすべきではないと思います。というかなんだその高等テクニックは。罵倒するなら罵倒だけにしてくれ。心に堪えるものがあるんだから。
「いや、明日小町、遊びに行くんだよな?」
「うん?そうだけど?それがどーしたの。まさか、お兄ちゃんが誰かを家に呼ぶなんて有り得ないし。」
ものすごくどーでもいいけど、明日小町と秋田小町はにているなとおもいました、まる
「いや、そのまさかなんだよなー。実は。」
「…………お兄ちゃん。辛いことがあるんなら聞くだけ聞くよ?」
「心配してくれるのはありがたいが、悪意があるようにしか思えないぞ。」
「だって、あのお兄ちゃんだよ!?友達なんかいらないとか一人のほうが楽だとか抜かしてるあのお兄ちゃ、ごみいちゃんなんだよ!?」
「なんで言い直したんだよ……。間違ってないけど。
いや、別に誘ったわけじゃなくてな。ネコ好きだから見たいんだと。」
「んー、ネコってことは雪乃さん?」
「いや、違う。というか、お前たぶん面識ないぞ?うちの生徒会長さんだよ。」
「むむっ。」
「なんだよ?知ってたのか。」
「ううん全然。見たことはあるんだけど。」
「なんだそりゃ。……まあ、そーゆーことだから明日はアレなんでゆっくり楽しんできてくれよ。」
「じゃあその代わりに一つお願いがあるのです!」
「変なのだったらやらんからな?」
「キスして……うにゃーーーー!」
キ、が聞こえた時点で頭をぐりぐりする。そんなはしたない子に育てたつもりはありませんからね。実際は育てたというより育てられてる感があるけど気にしない。
「まあ、それはちょっとおいといて。ホントはその人の写真が欲しいのです!」
「まあ、それくらいなら。けどあくまで一色がOKを出したらだからな?」
「はーい。いやー、明日が楽しみだなー!」
そういってバチコーンっとウインクを決めてから部屋を出ていこうとする。が、不自然に途中で止まっている。どうした? と声をかける前にいきなり小町がこんなことを言い出した。
「その人、お兄ちゃんのこと随分信用してるんだねっ。」
捨てゼリフというには破壊力の高すぎるセリフを残して今度こそ居間を出ていく。俺はというと暫くの間サーバーダウンしていた。
そんなことがあったせいでどうやら意識しすぎているらしい。そろそろ一色もくるだろうしこの手汗をどうにかしよう。じゃないと素でドン引きされる未来が見える。頭で考えたら昨日の小町のことがリフレインされそうな気がして仕方ない。ここは頭ではなく心で感じようかな、と超現実逃避的思考を組み立てて冷静さを取り戻していると。
ピンポーン、という聞き慣れた音がする。どうやら遂に来てしまったらしい。さあ、比企谷八幡気合いをいれるんだ、と意気込んでドアを開ける。
…………外にいたのは黒い猫を名前にした有名な宅配便だった。 なんだこれきまづっ。荷物を受け取り中に引っ込んでからクッションに向かって思いっきり叫ぶ。
ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、マジで恥ずかしい。暫くの間、俺の奇声は止むことがなかった。
例の郵便事件から30分は経っただろうか。またもやピンポン音が聞こえてくる。連続で郵便というのはあまり聞かないけど、もしこれでまた郵便だったら今日は予定をガン無視して部屋に引きこもること間違いなしだ。
「せんぱいっ。こんにちはですです!
って、なんで印鑑なんか持ってるんですか?」
どうやらやっとご本人様が来たらしい。コイツのせいであんな目に遭ったのかと思うと少々怒りも湧いてくるのだが。まあそれはいいとしても、印鑑はもしもまた郵便だった時のための用心なのだがそこら辺をいったところで話のネタにもならなさそうだし。
「まあ、いろいろあったんだ。 それより随分遅かったがなんかあったのか?」
話を逸らしたほうが無難な気がする。それはどうやら成功したらしい。一色も印鑑の話にはそれ程興味がなかったのかすぐに話に乗ってきた。
「あぁ、いえ。ちょっと用意しないといけないものがあったんです。それよりも、そろそろ中に入れてほしいんですけど。」
「あ、あぁ。すまん。」
――ガチャリとドアを開いて一色を招き入れる。
一色の出で立ちは青っぽい色のスカートと白のニット。それに亜麻色の髪を際立たせるような小さな帽子。シンプルにまとめているだけに本人の魅力がより引き立っているように思える。オシャレなんかはいまいち分からないが一色が可愛いという点については否定出来なさそうだ。すごい上から目線で何様だよって話だけど。
「えっと、あの、さすがにそんなにジロジロ見られると困るんですけど…………。」
八幡くんいっぺん死のうか! マジでなにやってんだ俺。いや、悪いのは俺じゃないんだ。今日の一色が悪いんだ。と、やや無茶苦茶な思考回路で心を落ち着けようとする。大分落ち着いてきたところで話を戻していく。
「あーっと、どうする?カマクラならすぐに触れるぞ。」
正確には俺がつかまえたのではなく昨日のうちに小町が言い聞かせていたのだ。うちの妹は動物と話せるらしい。やだ、いつの間にそんな能力が備わったのかしらん。
と、まあ冗談はさておき。この時間はエサタイムなのでカマクラも俺が触っても許してくれるというわけだ。普段は全力で嫌がるけど。なんか俺、嫌われすぎじゃない?
「うーん、そうでしたねー。けど、せんぱいご飯食べました?」
「唐突に話を変えるな……。いや、これからなんか適当に作ろうかと思ってたんだが?」
「あ、それなら丁度いいんです。わたし、作りますよ。ネコちゃんのお礼ってことで。」
「え、いや、いいです。」
「なんで敬語なんですかぁー!いいじゃないですか、どうせカップ麺でしょー?」
「ぐっ…………」
――図星ですねー、と明らかに呆れた声音でバカにされる。まあ、それはそれでいっかなー、と呟いてる人がいるけど気にしない。気にしたら負けだ。
「じゃ、使わせてもらいますねー。そのあとにネコちゃんと戯れることにします!」
なんでもいいけどお戯れってなんだか響きがアレだね!えっちぃのはいけないとおもいます。とりあえず一色は料理する気満々のようだし前にも料理はするといっていたから任せてしまってもいいか。
「もう好きにしてくれ……。」
それでも若干疲れてるのはきっと気のせい。そう思いながらも少し楽しみにしている俺もいる、いやいやそれこそ気のせいだ、と気のせいループに入りながらも。
鼻歌を歌いながら手早く調理していく彼女の後ろ姿を眺めさせてもらう事にしよう。きっとそれくらいは許されるハズだ。
一色のおしゃべりクッキングタイムはいつの間にか終わってた。ごめん、うそ。まずおしゃべりしてませんでした。というか料理っておしゃべりしながらするようなものじゃない気がするんですが世の中の主婦さん的にはどうなんでしょう――と脱線しまくりのムダ思考をしながらも。本家ほどではなくとも手早く作られた料理はかなり高いレベルだと分かる。
目の前に置かれた皿にはオムライスとゆで卵、それからブロッコリーonマヨネーズと見事に卵づくしだった。見た目としては整えられていて食欲をそそられるのだが、そのカロリー量を考えると少し手を出しづらいものがある。それは表情にも表れていたらしい。かなり苦い顔になっていたらしく、作った本人の一色がわちゃわちゃと身振り手振りでこうなった理由を説明、もとい弁明し始めた。
「あ、あのですね!こうなったのにはいちおー理由がありましてですね……」
珍しく語尾が濁るくらいに慌てている。あまりの慌てっぷりに少し笑いが込み上げてきた。別に人の不幸を笑ってるわけではございませんよ。
やや不服そうではあるが、俺の笑いを見てとくに怒っていないと判断したのか普段と同じあざとさを取り戻していた。
「なんかせんぱいって甘いの好きじゃないですかー。それも極端に。
だから卵もいけるのかなーって感じで試しちゃいましたっ。」
てへっ! みたいにやってもダメなものはダメだ。可愛いけどダメなんだ。
「いや甘いのが好きなのは認めてもいいが、さすがにコレはカロリーヤバそうだなぁ……」
「えぇー!じゃあ、えっと、マッ缶ですっけ?アレの代わりだと思ってくださいよぉー。
っていうかカロリーとか、せんぱい、疲れたOLみたいな事言わないでください。」
「いや、おい、待つんだ一色。疲れたOLバカにするんじゃねよ。あの人たちの自分へのご褒美システム素晴らしいだろ。」
いやホントにあのシステムいいと思います。疲れた自分を自分自身で癒すあたりとかぼっちの資質ある。何様だよって話だけど。
「はあ、まあなんでもいいんですけど。というかなんか先延ばしにしようとしてません?」
ぎ、ぎくっー、な、なんでそんな事がわかったんだー(棒)
とふざけてみても結局食べないことには何も始まらない。わざわざ作ってもらったものだし一色のことだから味は良いハズ。ここはカロリーなど知らぬ!の方針でいくとしよう。
が、食べようと意を決していざという時に一色が突然、
「……あの、そんなにアレなら無理しなくても大丈夫ですよ?」
と言ってきた。彼女らしくなくかなり控えめな物言いだ。いや、別に貶してるわけではなくて。
良くも悪くも彼女は人のスペースに入るのが上手い。それにはもちろん得意のあざとさも関係しているが、今のはさすがに本心からだと分かる。
少し俯き、いかにも自身なさげな雰囲気が出まくっている。伏せ目がちの瞳はやや潤んで、形の整った綺麗な唇からは何か言おうとしてまた止めての繰り返しをしていてなぜか色っぽさがある。手は膝の上に行儀よく乗せられているが両方ともまるで我慢するかのようにきつく握り締めらている。極めつけは声だ。ほんの少しでも雑音が入ればかき消されそうなか細い声は聞くものの心に訴える有無をいわせない強力な魔力がある。
若干の罪悪感と庇護欲が湧いてくる。普段のあざとさを知っていながらこの破壊力では何も知らない人間なら即落ちの可能性すらあるな。
「いや、大丈夫だ。食えるし食う。ちょっと気合いをいれてたというか…………まあ大丈夫だ。」
大丈夫を二回いったのはあくまでカロリーを気にしてだ。絶対に一色の魅力についてでは決してない。
「ふふっ、じゃあ、頑張って食べてくださいね。
……その、応援してますから。」
「応援されることでもない気がするが、まあ、じゃあいただきます。」
食べてみれば料理好きというだけあって美味しい。見た目に負けず劣らずの美味しさに思わず笑みが浮かぶ。なんやかんやで時間が経っていたせいか作りたての温かみはないが、一色の暖かみのようななにかを皿越しに感じてしまう。そのせいでドギマギしてしまったのはご愛嬌。
ただその姿を見て安心でもしたのか一色が肩を下ろすようにして一言
「はぁーー………………良かったぁー」
そんな風に言われれば嬉しくもなるというものだ。それに加え、先程の魔力とはまた別の、心からというのが分かる満面の笑みまで浮かべられればカロリーなどどうにでもなりそうだし。実際カロリーなんて大したものじゃなさそうな気がしてきた。
現実逃避をしながらもこんな笑顔を見られたならそれで充分割に合ってるだろう。