其ノ壱
里から少し離れた獣道を歩く。
かれこれ3時間この森の中を歩いているが、いっこうに“そこ”にたどり着く気配はない。カカシは口布を徐に下げると 、苛立ちと疲れを混ぜ混んだような重たいため息を吐いた。
「…まったく、どこが就任祝いなのかね。」
そんな吐露も吐いてはみるが、それを受け取ってくれる人も当然いない。強いて言うならば、木々の奥から護衛をしている暗部たちといったところだろう。
カカシは左手にもった紙を恨めしそうに見やった。だからといって何かが変わるわけでもないが、この鬱屈とした気持ちを押さえ込む気休め程度にはなった。
なにせ、その紙こそ今の状況を作り出した原因のようなものだったからだ。
時は4時間前に遡る。
つい2日前に六代目火影の正式な就任を終えたカカシは、休む暇なく木の葉の里から他里関係に及ぶ重大な書類やらの引き継ぎを2日がかりでやってのけたところだった。
そこに台風の目はやって来た。
「随分と手際よくやってるみたいだね、カカシ。」
そんな、子供をからかうような言葉ぶりで綱手はカカシの前に立った。
ようやく火影という重荷から解放されたせいか、以前よりも随分と陽気になった。その一方で、金遣いもまた一段と荒くなったとか…。
何はともあれそんな第二の人生を(終活)を楽しんでいる“綱手さま”がなぜこんなところにわざわざ足を運んだのか。
カカシは何か重大な事件でもあったのかと、厳しい表情をしてみせたが、「そういうことではない。」と笑い飛ばされてしまった。一気に肩の力が抜けたカカシは、シカマルよろしく、面倒くさいと言わんばかりの力の抜けた声でここにきた理由をたずねた。
「お前も六代目火影になってしまったからには、なかなかここから出ることは出来なくなるだろうと思ってな。」
そういって渡されたのが“例の紙”だった。
「…なんですか、これ。」
折り畳まれたそれを丁寧に開くと、何やら地図のようなものがかかれてあった。
「その場所に行ってもらいたい。」
「あの、さっき綱手さまがおっしゃったように俺、一応火影なんですが…。」
遠慮がちにそう言えば、綱手は至って真剣な顔をして見せる。
「だから頼んでいるんだ。これは“ただの綱手”からの火影への依頼だよ。依頼!」
「依頼…ですか。」
「ああ。報酬はきっちり私のポケットマネーから出す。それに、お前がいない間は私が代わりをつとめておこう。頼めるか…?」
ポケットマネーがあるかどうかは置いとくとしても、ここまでして綱手が頼んでいる依頼を断る理由はなかった。かぶりを縦に振って見せれば、綱手はいつものように得意気な笑顔を見せた。
「まぁ、なんだ。これは就任祝いだと思ってくれればいい。ゆっくりしておいで。」
そんな綱手の顔は今まで見たことのない、何か懐かしいものでも見るような表情をしていた。カカシがそれを物珍しく見ていると、彼女は照れ隠しのごとく眉間にシワを寄せた。
そんなわけで、綱手の怒号にも似た声と共に追い出されるようにしてカカシは今に至っていた。
しかし、綱手が渡してきた地図はあまりに曖昧かつ大雑把な書かれ方をしているために、紙の中にある目印を手探りで探している状況となっていたのだ。そのうえ、木々を伝って走っていけばすぐだというのに、火影という守られた存在はそれをも禁止されている。そんな状況において、ため息を吐いてしまうのも必然と言えるだろう。
そもそも、この依頼は少し妙だった。
綱手の口ぶりからして目的地は娯楽施設のような場所だとカカシは推測していたが、行く寸前に手土産として持たされたのが“お神酒”だったのだ。
つまり、心休まる場所ではあるが、神聖なところというわけだ。
そんな場所にわざわざなぜカカシを行かせたのか─
しかも、火影となった今のタイミングに…。
火影の伝統という線も考えてはみたが、それならわざわざ綱手がポケットマネーをはたいて依頼しなくてもいいわけで…。
カカシは小さな疑問と推測をたてながら、ただただ道なき道を歩いた。
「……っ。」
里を出てから約5時間。
もう日は暮れかかろうとしている中、ようやく“そこ”にたどり着いたカカシの第一声は──絶句。
カカシの目前にあったのは、ただの古びた平屋だった。周りにある高い木々のせいで柱には多く苔が生え、屋根にある藁はところどころ剥げてしまっている。
その自然との一体感は確かに神々しいしいものではあるが、やはりただの廃墟のようにしか見えなかった。
「ねぇ、ここで本当に合ってるの?」
思わず暗部たちを呼び出したずねる。
「我々も地図をいただきましたが、ここで合っていると思われます。」
彼らもどうやらなんとも言えない現状に狼狽しているようだ。
カカシは再び家を見やった。
こんなところにこさせるためにわざわざ5時間も歩かされたのかと思うと、どっと疲れがました。
これならまだ火影の仕事をたんたんとこなしつつ、イチャパラを読んでいる方がよっぽど心も体も休まっていただろう。
カカシはこの依頼を引き受けたことを酷く後悔した。
「火影様、我々が中を調査してきましょうか?」
暗部がたずねる。しかし、カカシは頭をふった。
「お神酒の事もあるし、俺が行くよ。」
「ですが…。」
かつて己も暗部だったカカシは彼の気持ちがよくわかった。今、彼らに課せられた任務は火影を守ること。敵の罠の可能性があるかぎり、用心をする必要がある。
それをわかったうえでカカシは断ったのだ。
「これは俺の命令だ。」
優しく微笑みかけると、暗部たちは黙って各自の場所へと姿を消した。
“優秀な”忍たちが育っているようだ。
その言葉には少しだけ皮肉めいたものがあった。
命令に忠実に従う忍。
それは忍として優秀であり正しい。しかし、もしカカシの選択が間違いだったとしたとき、彼らは黙って火影が死ぬのを見ているだけになるだろう。
決して彼らが悪いわけではない、悪いのはただそれだけを“優秀”と教えた我々世代なのだ。
『ルールや掟を守らないやつは、クズ呼ばわりされる。だが、仲間を大切にしないやつは、それ以上のクズだ。』
「そうだろ、オビト。」
もう赤く染まることのない左目を押さえる。カカシは大きく息を吸い込むと、寂れた扉に手をかざした。