瞳の記憶   作:本田な

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其ノ弐

──…

 

『本当にこんなところでいいのかい?』

 

男は女に訊ねた。

 

『ええ、あなたといられるのなら…。』

 

女はそういって男に微笑んだ。

 

────……

 

 

扉の向こうは、一面の闇だった。

微かに入り口から差し込む月明かりのお陰で目の前が廊下であることはわかるが、その先は全く何があるか見当がつかないほど闇に溶け込んでいた。

 

“このまま闇の先へ足を運べば、地獄にたどり着くのではないか?”

 

不意に、根拠のない不安が身体中を駆け抜けた。頭の中ではそんなことはただの妄想だと理解していたが、うっすらと額に脂汗がにじむ。

 

一歩進む度、目は暗闇になれていく。

そうして、目を開いるのかもわからなくなったときにはもうどれが現実で、己自信が何者だったかと言うことすら忘れてしまうのだ。

 

カカシは、はっと息継ぎをするように我に返った。柄になく息を荒らげ、狼狽した表情を隠す余裕すらない。きっと今の状況下ならばこんな虚弱な男を誰も六代目火影などとは思わないだろう。暗部らも心配そうに木の裏から視線をおくる。

カカシはふうっと息を吐くと、いつものように平然とポケットにあるハンドライトを取り出した。

照らされた廊下はたった10m程しかなく、当然地獄の入り口もありはしない。

カカシは頼りなく照らす丸を見つめながら、取り乱した己を省みた。

さっきのどうしようもない恐怖を彼は知っていたのだ。否、“知る”という言葉よりもさらにそれは親密な関係だといえた。

いわば、影。

そして影は孤独という名の魔物だった。

 

今さらなぜ…?

 

しかし、彼がその先を考えることはなかった。

例えその答えを見つけたからといって、何かが変わるわけではないことをわかっていたからだ。

今の自分の心にはちゃんと光がいる。

そう思えるのは、脳裏に浮かんでくるナルトたちの笑顔のおかげだろう。

 

「さてとっ、続けますか。」

 

まるで暗示のように空元気な声でそういって、カカシは重たかった足をようやく動かした。

 

廊下を半分ほど行った右手側に台所、左手側に洗面所があり、廊下の突き当たりにはただ1つ12畳ほどの部屋があるだけだった。ここまで来れば、もはや本当に普通の民家である。

神聖な場所でも社でもないただの家に綱手様は何を伝えたかったのか。

思いつくのは、カカシ自身とこの家との関係性だけだったが、何か心当たりがあるかと言われれば確信をもって頷ける自信はどこにもなかった。

 

カカシはひととおり部屋を確認すると、再び台所へと戻った。そして、口布を顎まで下ろすと、ハンドライトをくわえて詳しく調査し始めた。

昔ながらのプルスイッチを引っ張ってみるが、当然のごとく電気は引かれていない。水屋の蛇口も同様に調べるがやはり、結果は同じだった。

おかしいところと言えば、火元の窓にカーテンがかかっていたということだった。

火を扱う場所において換気用に窓は必須であるが、それにカーテンをつけることは無意味…というよりも、むしろ危険だ。

改めて考えてみれば、この家には光の侵入経路がほとんどない。

 

この家の風習か、

それとも何かしら身を隠す必要があったのか。

 

ここに住んでいた人間の形跡がないかあらゆるところを探してみるが、闇と長年の埃がそれを邪魔する。特に埃はさっきカーテンをさわったせいで部屋に充満していた。

口布を下げていたことでそれは悪戯に鼻をくすぐった。

 

「へっくしゅんっ!」

 

見事な擬音語が部屋に響き渡った。

それと同時にカカシの体はバランスを崩し、前方にある棚のようなものに体当たりをしてしまった。加えていたライトもくしゃみの勢いで床へと落ち、平淡な壁を照らしている。

カカシは棚にもたれて座ると、また淡い光を見つめていた。

 

『大丈夫か、カカシ。』

 

それは一瞬だった。

思わず辺りを見渡すが……何もない。

しかし、確かに聞こえた声に彼の心臓は不整脈を起こしていた。

 

一体、ここは…。

 

何かを思い出しそうなのに、考えれば考えるほどよけいわからなくなる。

幻術にかかっているのかと、幻術返しを試みるが何か変化が起きた様子もない。

 

カカシはまだ速く脈打つ心臓をなだめるように手を当てた。そして、起き上がろうと床に手をついた時だった。床よりも冷たく硬い無機質な物体が彼の右手に触れた。周りの形をたどってみると、それが写真立てであることがわかった。

さっそくそれを見るために、ゆらゆらと左右に転がっているハンドライトを取り上げ、それに当てた。

 

光は美しい一人の女性を写し出した。

 

しかし、カカシはその写真に息を飲んだ。

その女性はただの美しい女性と言うにはあまりにも異なっていて、異様だった。

 

『これは……っ!』

 

そこでカカシの言葉は途切れた。持っていたハンドライトも写真も床へ乱雑に落とし、ただただ彼も床にうずくまっていた。

息をするのもやっとの激しい頭痛。

それは左目の奥を強くえぐられているような痛みで、万華鏡写輪眼を開眼したときのような気分だった。しかし、その目を持っていない今、そんな症状が起きることはありえないことだった。

 

呻き声をあげれば暗部たちがやってくる。

 

しかし、カカシはそれが嫌だった。本当は自尊心などではなく、ただ彼らをこの家に入れたくなかったのだ。

彼自身その理由はわかっていなかった。

しかし、ただその意志を貫かんと唇を必死に噛んだ。

 

しばらくして激痛は収まった。

しかし、彼は何かの術をかけられてしまったかのように、ゆっくりと深い眠りに落ちてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆっくりと闇の先へ体が落ちていく。

いや、堕ちているのだろうか。

 

しかし、浮遊感はなく、海の底へ沈んでいっているようだ。

 

さっきまでとは比べ物にならないほど完全な闇が視界を独占しているというのに、はじめのような恐れはない。

むしろ心地がいい。

 

唯一周囲を確認できる聴覚からはサラサラとした優しい風のような音が聞こえてくる。

その遠く聞こえる音に耳を傾けると、さらに意識は遠くへと消えていくのだった。

 

死んでしまったのだろうか、それとも…。

 

こんな不可解な状況下だというのに、何も考えたくはないと思ってしまう。

 

 

 

ただ─────…眠い。

 

 

 

 

 

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