吹雪ですよ、司令官   作:月日星夜(木端妖精)

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第十二話 雪ですよ、司令官

 

 新年。

 三が日を終え、現在の日付は1月4日。吹雪と過ごし始めて一週間と少しが経った。

 二人での生活には結構慣れてきた。未だにドギマギする事も多いが、間違いは起こっていない。

 朝早くにリビングへ下りれば、厚着をした吹雪が窓に身を寄せて庭を眺めていた。

 

「おはよう」

「あ、おはようございます、司令官」

 

 どこか思いつめたように見えたような気がしたのだが、挨拶をすると、いつも通りの笑みを浮かべて会釈をした。気のせいだったかな。

 

「何見てるんだ?」

 

 吹雪のすぐ隣に立ち、同じように庭を見下ろす。今日もはらはらと雪が降っていて、庭は一面真っ白だ。地面にはところどころ枯葉の色が見え隠れしている。植えてある柿の木が時折身を揺らして雪を落としていた。

 

「雪、か」

 

 ぽつりと呟く。そこに意味はない。ただ、降る雪の一粒一粒がふいに鮮明に見えたから、名前を言った。それだけの事だった。

 視線を感じて斜め下に顔を向ける。吹雪が思いつめたような表情をして俺を見上げていた。

 どうしたんだ、と問いかけるべきだろうか。何か言いたい事があるように見えるから、それが言えるよう促すべきだろうか。

 考えているうちに吹雪はふいと顔を逸らし、庭の隅の方を見始めてしまった。

 

「雪、ですよ…………司令官」

 

 か細い声が聞こえた。

 それは間違いなく吹雪のもので、だがそこにどういった意味があるのかは読み取れなかった。

 

「綺麗だな」

「そ……う、ですね」

 

 何かある。

 吹雪の反応は明らかに鈍く、どう考えたって何かあるとしか思えなかった。

 じっと吹雪を見下ろしていれば、しばらくして彼女は俺を見た。

 

「あの、司令官。具合が悪かったりはしませんか?」

「ん? いや、特には……大丈夫だけど」

 

 唐突な質問だった。きゅうに吹雪が具合はどうかなんて聞いてくるので、首筋に手をやって撫でながら、自分の体の調子を確かめてみた。

 ……頭はすっきりしてるし、体は普通に動く。熱がある訳でもない。気持ちが悪いわけでもない。体調不良ではないな。

 

「でも、顔色が悪いですよ?」

「そうか? 別になんともないんだがな」

 

 なおも言い募る吹雪に、自分の顔を触りつつ返す。

 そんな事より飯にしよう。腹の虫が暴れ出しそうだ。

 今日のごはんな何かなっと。

 

 

「やっぱり顔色が悪いです。風邪かもしれません」

 

 食後の一服に吹雪が用意してくれた紅茶を楽しんでいると、吹雪がまたそんな事を言い出した。

 ……そんなに今日の俺は顔色が悪いんだろうか。さっき鏡を見た時はいつも通りだと思ったんだが……。

 

「病院に行きましょう」

 

 きっぱりと吹雪が言った。

 勢いに押されて頷いてしまうところだったが、いやいや、と持ち直す。仮に俺が風邪をひいているとして、病院に行く必要はないだろう。うちには常備薬だってあるし。

 そう伝えても吹雪は引く気が無いらしく、行きましょう、と繰り返した。なぜそうも病院に連れて行こうとするのだろうか。それは今朝の思いつめたような表情と何か関係があったりするのか?

 

「……まさかとは思うが、吹雪。あの子に変な事吹き込まれたんじゃないだろうな」

「あの子って、朝姫ちゃんですか?」

 

 そう、その子。

 いいとこのお嬢様で、唯我独尊我が道を行く破天荒娘だ。

 突拍子もない行動で吹雪と友達になったあげく、事あるごとに何やら送りつけて来たり(どうやって住所を調べたんだろうか)、頻繁に吹雪とメールを交わしているみたいで、その朝姫ちゃんに何か教えられたのではないかと思ったのだ。

 吹雪は真面目で素直であるから、鵜呑みにしてしまった可能性がある。いや、吹雪だってきっちり自分の考えを持っているし、それは変だと言える強さも持っているが、あの子は口が上手いからな……。それにぐいぐい押してくる。俺だって丸め込まれてしまう事がしばしばあるのだ。

 そうそう、メールと言えば友人――男友達――と頻繁にメールを交わしているのだが、彼にはまだ吹雪の事は知らせていない。結構長い付き合いで気心も知れた相手ではあるものの、そう簡単に話せるものではない。が、隠し通せるようなものでもないだろう。今まで何度も家に上げた事もがあるのに、最近になって一切それを禁止するなど、何か隠しているだろうと詰められるのは目に見えている。

 それに、吹雪の事を知らせたいという欲求もある。友人に隠し事をしている負い目があるからではなく、単純な……なんと言い表すのが正しいんだろうか、一番近いのは彼女を紹介する事だろう。

 羨ましい事に友人には彼女がいて、これまで事あるごとに惚気られてきた。昨日も今日もメールの内容はそんなもんだ。たまに大学がどうの、次はいついつが予定の開いている日だのと混じる程度で、八割方彼女自慢が目的になっている。

 独り身の俺には耳に毒だったが……ふっ、前年のクリスマスからもはや俺にはそのような呪文は効かなくなった。俺には吹雪がいてくれるからな。吹雪とは彼氏彼女の間柄ではないが、上司部下という間柄でもない。家族ではないし友人というのも違う。恋人未満の何かだ。そう俺は認識しているのだが……あー、吹雪はこの関係をどう認識しているのだろうか?

 甲斐甲斐しく世話をしてくれるし、尊重してくれるしで俺はかなり吹雪を好いているのだが……やはり彼女にしてみれば、俺は『司令官』以外の何物でもないのだろうか。だとしたら少し悲しいな。

 

 そんな風につらつら考えながら、吹雪が腕を引くのに合わせて歩いていれば、自室に連れ込まれた。何がしたいのだろうと見守っていたのだけど、ジャンパーを取り出して俺に羽織らせようとしてきているあたり、本気で病院に連れて行こうとしているらしいな。

 

「吹雪、俺はどこもおかしくないって」

「でも、変です。おかしいです、司令官。私、心配で……!」

「そ、そうか」

 

 心配か。

 吹雪はじっと俺を見上げ、気のせいか瞳を潤ませている。不安を感じているのか?

 そんな目で見られては弱ってしまうな……。不安を取り除くには何をすれば良いのだろうか。素直に病院に行く……こんなに健康なのに?

 しかし俺にはそれ以外何も思いつかず、吹雪もやたらと病院行きを勧めてくるので、彼女に付き添ってもらって家を出た。

 

 病院というのは休日も平日も大差なく混んでいる。診察を受けるまでに数十分から数時間かかり、会計するにしても数十分かかる。午後ならば多少空いているのだが、はて、なぜ俺はこんなに病院に詳しいんだろうな? 最寄りの大きな病院に来るのは、両親が事故死した時と俺が事故に遭った時、それ以前には体調不良の時などに数度足を運んだ程度だ。

 ま、気にする事でもない。俺の名前が呼ばれ、吹雪と連れ立って医師の下へ行く。担当の人はかなり年を食った爺さんだった。ここに来るたび、毎回この人に診てもらっている気がする……。

 

「ふむ、風邪ですな」

「え、本当ですか?」

 

 まさか、思ってもみない事を言われ、困惑する。風邪の症状はわかるかな、と問われたので、一つ一つ挙げていってみたのだが、そのどれもが俺には当て嵌まらない。

 

「目はどうですかな。この指の本数は?」

 

 俺の前へピースサインをしてみせる医師に「二本です」と答える。……なんの検査だ、これ。

 

「では昨日の夕飯は?」

「はぁ、カレーですが」

「うんうん」

 

 手に持つファイルに何やら書きこんでいくお爺さん。

 彼はさらに二、三質問を投げかけてくると、うがい手洗いを徹底すれば良いでしょうと告げた。

 ……終わり? あっさり終わったなあ。

 

 退出して長椅子に座り、会計までの時間を吹雪と話して潰す。それは館内に置かれている絵画についてだったり、注意喚起のポスターについてだったり、飲み物が欲しくないかなどの確認だったりした。

 会計を済ませ、帰路につく。吹雪はもう俺を心配などしていなく、いつもの調子で隣を歩いていた。

 

「大事が無くて良かったですね!」

「ああ、そうだな」

 

 元々なんもなかったけどな。

 彼女の不安は晴れたようだし、良しとするか。

 ……しかし、なぜ吹雪は俺が風邪をひいているとわかったのだろうか。本人すらわからない事だったというのに。

 そう問いかければ、吹雪は跳ねるようにして俺の前へ出ると、くるんと振り返って、

 

「司令官の事ならなんでもわかるからです!」

 

 そう言い切った。

 前に言ってた事よりも進化してるじゃないの、と照れずにはいられない。

 

「そうかそうか、なら俺も吹雪の事がなんでもわかるようにならないといかんな」

「……応援しますよ!」

 

 言い返してみれば、暗にお前には無理だと言われてしまった。いや、そこまでキツイ言い方ではないだろうが、まあ、色々と資料も残っててわかりやすい俺と違い、吹雪は起源も不明な艦娘だからな。

 だからって俺は諦めるつもりはない。いつの日か必ず吹雪の全てを理解してみせよう。

 どこの熱血主人公かは知らないが、俺は空にそう誓ってみた。

 本当にできると良いんだけどな。

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