吹雪ですよ、司令官   作:月日星夜(木端妖精)

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第十三話 艦娘ロックオン

 

「司令官、これを私につけてください!」

 

 季節は冬。いや、もう春か?

 2月14日は聖ウァレンティヌスに関する記念日で、世間では女性が誰かにチョコを贈るめでたい日とされている。それでもって、うちの吹雪は数日前から頻繁にお出かけしたり(一人での外出もするようになったのだ。これには理由がある)、リビング出入り禁止令を言い渡されたりしていたので、さぞや面白嬉しい事をしているんだろうなぁーと幸せな妄想に浸りながら今日という日を心待ちにしていた。

 バレンタインデーの朝、桜ヶ丘中学の制服に身を包んだ吹雪が、朝食後に俺に包みを渡してきた。どう考えても例のアレである。黒くて硬くて甘いアレ。

 

「なんだろうなー、なん、なん……だ、これは……」

 

 すっとぼけつつ、上目遣いで俺を見上げる吹雪をチラ見しながら包みを開ければ、ピンク色の包装紙に包まれた固形物を発見した。取り出してみればそれはハート形で、それはとても頑丈で、それは中心に鍵穴がついていて、それはチョーカーとセットになっていた。

 あれー、これ見覚えがあるぞ。艦これの艦隊編成画面で艦娘を選ぶ際、各キャラクターの名前の右側にカーソルを移動させると出現する艦娘保護機能にそっくりだ。

 それで、何? 吹雪はさっきなんと言ったっけかな?

 

「つけろ?」

「はい」

「これを?」

「はい!」

「俺に?」

「はい!!」

 

 まじで?

 吹雪はいちいち俺の言葉に元気な声で返事をして、しかし反面、顔は真っ赤である。

 さすがにこれをつけるのは恥ずかしいと、そう思っているのがありありと伝わってくる。なのに彼女はこれを俺に渡し、つけろと願っている。

 この突拍子もない言動……間違いない、朝姫ちゃんの差し金だ!

 朝姫ちゃんは最初に出会った時からわかるように結構な艦これファンらしく、金に物を言わせて様々なグッズやらを買い漁り、無ければ作らせたりしているらしい。お嬢様人生をエンジョイしすぎだろう。傍若無人とはまさにこの事。で、オーダーメイドの艦娘用錠前が一つ、吹雪の手に渡った訳だ。

 

「一つ聞くけど、なんでこれをつけて欲しいんだ?」

「だ、だって、私は司令官の艦娘なのに、ロックされてないなんておかしいって朝姫ちゃんが……」

 

 あの子の仕業である事が確定した。いや、吹雪が何も言わずとも確信してたけどね。こんなグッズは見た事なかったし。

 

「私、司令官のものですよね? 司令官の吹雪ですよね?」

 

 不安げに瞳を揺らして詰め寄ってくる吹雪に、これは、なるほどと勘付いた。かなり不安を煽られてるな。口の上手い朝姫ちゃんの事だ、吹雪を誑かしてそれをネタにからかおうとか画策しているのだろう。なんて奴だ。許せん。

 怒りに震えて顔を真っ赤にし、心臓をばくばくどきどきいわせて震える俺に、吹雪はなおも『司令官のものにしてください!』などと言い寄ってくる。ええいやめんか! まずい、その発言はマズイって!

 俺の理性がちょっとでも残ってるうちにとっととやめるんだー!

 

「そ、そりゃそうだ。君は他の誰の吹雪でもないぞ……!」

「本当ですか!?」

「本当だとも。だからそんなものをつけなくても大丈夫だ!」

「そ、そうですよね! うん! ……よ、よかったぁ~」

 

 これつけて学校行かなきゃいけないのかと思いました、なんて胸を撫で下ろしている吹雪に、そうならなくて心底安堵したよと肩を叩いておく。

 学校。

 そう、彼女は今、中学校に通っているのだ。

 

「あ、もうこんな時間! それでは司令官、行ってきますね!」

「ああ、行ってらっしゃい」

「司令官もお仕事がんばってくださいね!」

 

 時計を見上げた吹雪は、大慌ててテーブルにたてかけられていた学生鞄を引っ掴むと、さっさと玄関に走って行ってしまった。

 玄関口まで見送り、彼女が出ていけば、鍵を閉めて一息つく。

 なぜ彼女が学校に行っているのかと言えば、それは冬休みが終わったっからの一言で片付く……訳ないか。

 そういう設定だから、としか言いようがない。

 吹雪はこの世界に来た際、役割を与えられた。近所の中学の制服を身に纏い、勉強道具一式を持ち、学生鞄をぶら下げていたのだから、その役割とは学生に他ならないと俺は推測した。

 しかしまさかそれが当たっているとは夢にも思わなかった。

 1月7日の朝、吹雪が『自分は学生であるから学校に行かなければならない』と言い出さなければ、完全に忘却の彼方だった。

 以来吹雪はまったく普通の女学生として学校生活を楽しんでいる。友達も順調に増えているそうで、喜ばしいやら寂しいやら複雑な心境だった。

 ちなみに俺は再び仕事を始めた。在宅ワークだ。パソコンを使って色々な事を(ほんとにいろんなことを無差別に)こなし、給金を貰っている。雇先は佐野……。

 吹雪が学校に通うようになるにつれ、家事に勉学にと忙しくしている彼女の傍でのんびりしているのも気まずくなり、仕事を探し始めたのだが……真っ先に朝姫ちゃんにとっつかまった。

 『仕事探してるんだって? 朝姫にお任せ!』なんて電話がきて、俺は嫌な予感が止まらなかった。

 最初にやらされたのは彼女のとこの傘下の会社の警備員だ。駐車場管理。お堅い制服に身を包み、オーライオーライと車を誘導。最初彼女を疑っていた俺も、これがまともな仕事と分かればやりがいを感じ始める。だが三日でクビだ。朝姫ちゃんが別の仕事をやらせると言ったかららしい。そうして今度は英会話教室の講師として雇われ、僅か一日で叩きだされた。当たり前だ、俺は英語などできないし、ましてや教える事など到底不可能。

 仕事をくれるのはありがたいが、俺の能力を顧みたものにしてくれと朝姫ちゃんに直談判した結果、彼女のわがままを叶えるお仕事につきましたとさ。

 意味がわからん。しかしめちゃくちゃ割の良い仕事である。しかもこれ、雇い主は朝姫ちゃんでなくそのお父様である。あやふやな雇用ではなく、れっきとした正社員である。書類上ではナントカという会社の一員に分類されているが、これで無職ではなくなったのだ、胸を張って吹雪と顔を合わせられる。

 俺は手に職をつけ、誰憚る事なく吹雪と話せて幸せ、朝姫ちゃんはわがままの受付先ができて幸せ、吹雪も胸を張って俺の事を紹介できて幸せ。みんな幸せだな、何もおかしくはない。

 今日も今日とて朝姫ちゃんの代わりにネットゲームのキャラクターのレベル上げをしたり、ガラス工房と打ち合わせをしたり、彼女のボディーガードさん達とミーティングしたりと大忙しだ。

 たまにふと我に返って「なんで俺こんな事やってるんだろう」なんて思ってしまうが、はっはっは、これも立派な仕事だ。そう思わないとやってられない。

 自分で職を探す事も検討したが、今のご時世、そう受け入れてくれるところなどなく……バイトより遥かに割の良いこの仕事を投げ出す気にはなれず、とりあえずの現状維持だ。

 

 お腹が空いてきた頃にいったん休憩を入れ、時計を見れば午後1時。

 昼食は吹雪が作り置きしてくれているチャーハンを食べる。いつも思うが吹雪の料理はプロレベルだ。俺が作るとべっちゃべちゃのチャーハンは、吹雪が作るとパラパラで味もしっかり全体に染み込んでいる。同じ材料を使っているのにこの差はなんなのだ……技量の差だな、うん。

 

「……ん?」

 

 あっという間に平らげて空になった皿をキーボードの横に置いた際、こつんと弾かれた艦娘保護用の錠前が気になった。改めて手に取ってしげしげと見回す。……なんか今朝より柔らかくなってないか? これ。

 ぷんと香る甘い匂い。こ、これはまさか……!?

 

「やっぱりチョコだったか。ありがたやありがたや」

 

 ピンクの外装は銀紙の色。継ぎ目を見つけて爪で掻けば、簡単に剥がれて中身を覗かせた。逸る気持ちを押さえてじっくりと味わう。あー、司令官やってて良かった。

 

「……そういえば」

 

 バレンタインデーのチョコはめちゃくちゃ嬉しかったのだが、もし今朝吹雪がこれを俺に渡してきた際、素直に彼女の首にかけてやっていたら、吹雪は自分で言った通りロックされたまま学校に行く気だったのだろうか。

 もしそうなっていたらを考えると恐ろしくなり、しばらく仕事に手がつかなくなったのであった……。

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